ブライガー
「リセちゃん、そんな心配そうな顔で見られるとまたパーセンテージが上がっちゃう……」
思いっきり睨みつけてやると、武雷牙亜は嘆息してから腕をぐるぐる回して答えた。
「見ての通り、完全に元通りだ。血を流しすぎたせいで治療してから数日間はおとなしくしてたけどな。それ以降は後遺症とかもなく問題なしだ」
「そうか……そういや重傷としかしか聞いてないけど、どんな怪我したんだ?」
「右腕切り落とされた」
思ったよりインパクトの大きい回答に俺とシードは眉を潜めて武雷牙亜の右腕を見る。
その様子を見て武雷牙亜は豪快に笑った。
「後遺症はないっていったろ? いやぁすげぇな<<リザレクション>>! 腕がまるまる綺麗に再生されるとは思わなかったわ」
「……よく生きてたわね、貴方」
「俺もやられた瞬間には死んだと思ったけどな。痛覚軽減入れててもクッソ痛かったし。速攻で俺を抱えて<<テレポート>>してくれたフランメと治療してくれたリーシャオには感謝だわ」
聞いたことの名前が出てきたが、グレン戦の時のパーティメンバーと<<リザレクション>>してくれた術士か。
しかし……確かにすごいな。今存在している武雷牙亜の腕は前と全く変わらない。何も話を聞いていなければ、誰も彼の腕が一度切られて再生されたものなどと思わないだろう。
「お前たちも万が一の時の為に<<リザレクション>>使えるプレイヤーの所在は押さえておいた方がいいぜ」
「ああ、それは問題ない。うちのギルドに一人使えるやつがいるからな」
うちのスライム君は支援系Onlyに絞ってスキルを取得しているため、かなり上位のスキルまで使えるようになっている。こちらに来てからは幸いなことに今のところ使う機会はないが、確か<<リザレクション>>も使えたはずだ。
「成程、パーティ内にいるなら安心だな。ああそうそう、傷の治療だが基本的に早めにした方がいいらしいぜ?」
「当たり前の話じゃない?」
首をかしげるシードに、武雷牙亜が話を続ける。
「いや<<リザレクション>>の時に聞いたんだけどな、一定以上自然回復とかで傷が回復するともう回復系のスキル掛けても戻らないらしい。片腕を無くしたNPCに対して<<リザレクション>>を使ったけど腕は復元されなかったっていってたよ」
「成程。傷跡を残したくないんであれば早めにスキルで直した方がいいってことね」
「そういうこった」
「そもそも傷を治せる人間が側にいたらすぐに直せ。あと今回みたいにあまり無理するなよ。それこそ命を落としていてもおかしくなかったんだから」
「リセちゃん、心配して……」
ギロ。
「……すまん、今のは悪かった。約束する、気を付けるよ」
「よし」
武雷牙亜はアホだが、古い付き合いの友人だ。こちらで死んだプレイヤーが向こうに戻っていないことが確定した以上、こちらの世界で死ぬことはそのプレイヤーが完全に失われる事を意味する。友人を失うことは当然ながら避けたい事だった。
今この世界にいる友人だけが、俺が今後の一生で会う事が出来る数少ない友人なのだから。
身長差があるため見上げる俺の瞳に、だが今度は茶化すようなことは言ってこなかった。俺の瞳にそれだけの真剣さを感じたのだろうか。
そして彼は俺達二人の見回し、ふと頭を大きく下げた。
「……突然どうしたの?」
問うシードに対し、武雷牙亜は頭を下げたまま答える。
「グレンの件だ。最初にきりだすべきだったな」
「グレンの件がどうかしたのか?」
「俺達の不手際で迷惑をかけた」
「……不手際という訳じゃないだろう。お前らのおかげで奴の正体も知れたし、そのおかげでうちの近くの村に被害を出さずに済んだ。結果としてお互いの手柄だろう」
そう思ったので、協会から出た報酬は武雷牙亜と半分ずつにしてもらっている。
「そういってくれると助かるな」
武雷牙亜が顔を上げる。そしてふと視線を逸らすと窓の外を眺めて呟いた。
「お前らがグレンを倒してくれたおかげで、殺されたうちのギルドメンバーやクィンシィも多少は浮かばれるか。後はアイツらが無事に現実世界に戻れてるといいんだがな……」
彼の言葉に、俺は思わず声が漏れそうになるのをなんとか押さえつけた。恐らく横にいるシードも同様だ。唾をのむ声が耳に届いた。
俺達はすでに彼らの命……クィンシィというのは恐らくグレン戦で殺された仲間か。それがすでに永遠に失われたことを知ってしまっている、だがそれを口に出す事は出来ない。
約束があるから喋れない……というだけではなく、どうやら世界の真実への発言はミーミルから何かしらのロックを掛けられているらしく、ユグドラシルへの到達者ではない人間に話そうとすると一時的に思考がフリーズさせられるらしい。要するに物理的に伝えられるないようにされているわけだ。
だから今の俺達には武雷牙亜の言葉にそうだな、と頷くしかなかった。
それから俺達はそれぞれ思い思いの場所に腰を降ろして、この世界に来てからの事を語り合った。これまでもちょくちょくメールでやり取りはしていたが、直接話をするとやはり話は弾む。ギルドの話やスキルの話、この世界自体の話などいろいろ話した。
ここでの会話は俺達にとっては有意義なものとなった。さすがに大規模ギルドに所属していることがあり武雷牙亜は様々な情報を持っており、それを俺達に惜しげもなく教えてくれた。逆にこちらは教えられる情報があまりなく(口に出せる情報があまりないともいう)申し訳なさを感じたくらいだ。
そんな実益的な話以外にもゲーム時代の話などをしていたら、気が付けば太陽が頂点に達していた。そろそろ合流の予定時間だ。
「名残惜しいけど、そろそろ行かなければいけない時間ね」
「ああ、昼過ぎにギルドメンバーと合流予定だったな」
頷き、シードが立ち上がる。と、そこで何かに気づいたらしい彼女が動きを止めた。
「どうした?」
「あ、うん、ちょっと待って。……武雷牙亜、この本ちょっと中身見ていい?」
「構わんぞ」
「ありがと」
そういって彼女は机の上から一冊の本を見ると、パラパラと中を流し見て……そして目を見開いた。
そして武雷牙亜の方へ向き直ると、やや早口気味に言った。
「これ、在原先生の新作じゃない。悠久シリーズの新刊? なんであるの」
「そりゃ先生がこっちの世界に来てるからだよ。今メールマガジンで新作を定期的に提供してるぜ」
「ほんと!? 気づかなかったぁ……それにしても先生アルテマトゥーレやっているとは聞いていたけどこっちに来てたんだ……」
「ええと……誰の話をしてるのか聞いていいか?」
話についていけない俺が問いかけると、シードが答えてくれた。
「在原成美先生はプロの小説家よ。主にサイバーパンク系の小説が多いんだけど……私ファンなのよね」
あー、サイバーパンク系統か。そっちは俺手を出してないや。
シードは手に持った小説を掲げ
「これ、在原先生は書籍でも出版してるの?」
その問いに武雷牙亜は首を振った。
「いや、先生は配信だけだな。知人が印刷業を始めたんで、そいつに頼んで刷ってもらっただけだ」
「ああ、印刷機作ろうって話を以前聞いたな。もう完成したのか?」
「らしいぜ。流石に現代のレベルの量の印刷は無理だが、それなりの量の印刷は出来ると言っていた。まぁ単色モノクロでイラストとかはまだ無理らしいけどな」
「へー、いいなぁ。私の分も印刷してもらえないかしら?」
「あー、今は多分無理だな」
「そうなの?」
シードの問いに頷き、武雷牙亜は言葉を続ける。
「ああ。なにやらとある作家が出した書籍がこの世界のNPCに受けたらしくてな、需要過多で今殆どそれの印刷で予定が埋まってらしい。ある程度数を依頼するならともかく、単品の依頼は今は請け負ってくれないんじゃないかな」
「そうなのね、残念。その作家さんて有名な人なのかしら?」
「いや、聞いたことないし多分プロじゃなくてアマチュアだろ。アズマを舞台にした短編集らしいんだが、内容的にもありきたりでプレイヤー間での評判はイマイチなんだが、多分この世界にはそういう物語がないみたいでそのせいかNPCには受けているらしいぜ」
「へぇ……まぁ私達には見慣れた話でも、ところ変わればって奴かしらね。ああ、そういえば」
「おい、シード」
そのまま二人は小説の話で盛り上がっていきそうな気配だったので、横から割り込む。
「あ、ごめん」
彼女も時間が差し迫っていることを思い出したらしく、言おうとしていた話を打ち切って手にもった小説を机に置いた。
「武雷牙亜、後ででいいから先生の作品を配信してもらうのにどこに連絡とればいいか教えてもらえるかしら?」
「ああ、後でメールを送るよ」
「お願いね……それじゃ行きましょうか、リセ」
「ああ」
頷きながら、そんなシードを見て考える。時間の都合があるので話は打ち切ってもらったが、シードに新しい娯楽の種ができたようで喜ばしいことだ。
この世界はプレイヤー達の手によっていろいろ変化していっている。この分だとこの先の未来はそんなに退屈を感じずに済む世界になるかもしれないな。




