世は並べて事も無し、でも退屈です。
俺達がこの世界の真実を知ってから、一ヶ月ほどたったある日の事。
あの日以降、俺達は予定がある日を除けばそれぞれ行動を縛ることなく自由に行動している。トレーニングをしたり散歩をしたり、ギルドハウスの小規模な改装をしたり、まぁ様々だ。
ただしルールとして朝昼夕の3食の食事の内昼と夕は揃って取ることにしていた。理由は──コミュニケーションがどうとかそういう話ではなく、基本食事の準備をしている俺が面倒になるからだけだ(朝は起きる時間わりとバラバラなんで個別)。最近ではリアルやシードがちょこちょこ手伝ってくれてはいるがまだ任せられるほどではないので未だにギルドメンバーの胃腸は俺が握っている。
そんなわけで今日もいつも通り全員が食堂に揃って談話をしながら夕食を取っていたところに、それをリアルが言い出した。
「旅行に行きたい」
と。
「旅行?」
俺の問い返しに彼女は頷いて続ける。
「今日散歩してる時に思ったんだけどさ。せっかく自分の足で歩けるようになったんだし、みんなで旅行に行きたいなって」
この1ヶ月、日々の雑談の中でそれぞれの現実時代の話なども何度も話題に出ていた。その中で彼女が元々足を患っていたことは俺だけではなく皆に知れ渡っている。彼女はその話自体は暗い雰囲気では話さず、せっかく歩けるようになったんだから何々したいという風に使って甘えるなどしていた。まぁその甘えも散歩やちょっとした遊びの誘いなど、可愛い物ばかりだが。
この提案もその甘えの延長戦上な部分はあるだろうが、別の理由もあるだろう。
「いろいろな事が落ち着いてきましたからね、悪くないんじゃないでしょうか?」
「そうだな」
フラットの言葉に俺も頷く。
ギルドハウスの改装案もさすがにここ一ヶ月で大部分がまとまった。すでに部屋の拡張などは完了しているしレクリエーションルームなども改装は終わっている。外部の増築施設などはまだ手がついてないが、これは案が固まっていないわけではなく増築を依頼する大工の手が現在空いていなくて先延ばしになっているだけだ。それ以外の小規模な改装も一段落したし、一ヶ月前に立てた当面の目標は概ね達成したといえる。
で。その結果どうなるかというとだ。
暇! になるのである。
何せ金銭の不安は全くないので働く必要性がないし、元学生組にも通う学校がない。一応リアルには現役学生だったらしいフラットや岩鉄がある程度勉強を教えているが、当然試験もないし歴史や地理など最早教える意味がないものも多いためそこまで一気に教える事もない。
こうなると、うちのギルドハウスが大きな街とはそれなりに離れているというのも悪い部分で響いてくる。大きい街に行けば様々な店があるし、遊ぶところもある。フルハイムには図書館のような物もあったから時間は有意義に使えるだろうが、いかんせん片道半日以上かかるとなると時間が余っているとはいえ気軽に行く気にもならない。
俺自身は家事もあるし家庭菜園や花壇のようなものを作り始めている。更には温泉の改装にのめり込めんでしまい、毎日何かしらいじっているような状態で暇は感じていない。むしろ働いていた現実時代よりも充実していると言えるかもしれない。
……あれこれ、定年退職したお爺さんみたいじゃね?
いや、うん。それはまぁいい。
まぁ俺はそんな感じだが、皆がそんな暮らしを送っているわけじゃない。毎日のやる事といったらトレーニングと散歩、後は配信されてくるいくつかのメールマガジンを読むくらいしかないわけで皆退屈を感じてきている頃だろう。
普通異世界転移なんぞしたら退屈などしている暇もない気がするが、俺達の場合衣食住とそれを担保する金銭が揃ってしまっており、しかもこの世界が丁度大きなメインシナリオの展開を終えたばかりで世界を脅かすような存在もいないから戦う理由もない。
そう平和すぎることによる退屈という、ある意味贅沢な悩みを得てしまっているわけだ。
「旅行……悪くないわね。前も旅には出たけどあれは概ね移動で旅行なんて言えるものじゃなかったもの」
当時の事を思い出しているのか、中空を見つめながらシードが言う。
まさにその通りであの時は現実世界へ帰るのを目標に、殆どの日程で先を急ぐのを優先していた。そのため街自体はいくつも寄っているが、観光的なものはほとんどしていない。大概の街は飯と睡眠をとっただけだ。
「いいんじゃない、皆で家族旅行」
「うんうん、いいよね!」
シードやフラットと同様に同意するメイの言葉に、リアルがこくこくと大きく頭を縦に振って頷く。
それを見た俺は岩鉄に視線を送ると、彼は意図を察して頷いた。
「俺もいいと思うぞ。そのついでに上手くいけば装備のアップグレードもできるしな」
その岩鉄の言葉にメイはポンと手を合わせ
「買い物という意味で言えば、ギルドハウスを彩るインテリア商品とか衣類とかも見つけられるかもしれないね!」
「僕たちは持ち帰りの荷物になることを考える必要もありませんしね」
拡張インベントリを持つ俺達は、よほどでかい物でもない限りは旅先で買っても手持ちの荷物になることがない。
「それを考えると、目的は果たせなかったけどユグドラシル目指して本当に良かったよね」
リアルの言葉に皆が頷く。
帰る事は叶わなかったし知りたくない真実を知る羽目にはなったが、超便利機能を入手できたし何より真実を知らなければ俺達はかなわない目標をずっと追う事になっていた。
俺達は真実を知る事により割り切りを付けて、その結果穏やかな暮らしを手に入れた。そう考えればあの旅は意味あるものだったと断言できる。ただそれはそれとして浮かんでくる記憶は概ね大変だったことばっかりだよな。例えば──
……いらん事を思い出した。あの件は自分の記憶から抹消するんだ──
「リセ、眉間に皺が寄ってる。……もしかして問題ある?」
声を掛けられてはっとする。視線を向ければリアルが不安そうな顔でこちらを見ていた。俺が旅行に対して難色を示していると思われたらしい。俺は慌てて首を振る。
「違う違う、ちょっと前回の旅の最中のいらんことを思い出してただけだ」
俺の言葉で何かを察したシードが慈愛の表情で俺の事を見てきた。多分お前が察したことはあってるけど、その目で見るのはやめろ。
「それじゃ、リセも賛成?」
そんなことには気づかず、リアルは俺の事を上目遣い気味にこちらを見てくる。最近甘える時によく見せる仕草だ。彼女に余計な事を吹き込んだのは誰だろうな?
でもまぁ、彼女がそんな甘えた態度を取らなくても、別に否定する理由はないんだよな。
退屈な日常な中で新たな予定ができるのは喜ばしいことだし、先ほど岩鉄達が言ったように旅先で手に入れられるものもあるだろう。
それに何より、旅先でそれぞれがやりたいことを見つけられる可能性を俺は期待している。
例えばの話で言えば旅先で歌手活動をしている別のプレイヤーを見たシードが、やはり自分も同じ活動をしたいとか言い出したら俺は喜んで支持する。ただし一緒にデビューしよとかほざかれたら、断固として拒否するが。
俺達は家族となったが、家族になったからって常に一緒にいる必要はない。家族は帰る場所であって、それぞれの生き方を縛るものはないのだから。
勿論そのことを皆に今の時点で言う気はない。前の時と同じように「探さないといけない」と思われるのもアレだしな。
「旅行、いいと思うぜ。ちなみに行先とか、ある程度考えていたりするのか」
賛同と共に聞いてみる。そうすると彼女は満面の笑みを浮かべ、目一杯元気な声で答えた。
「アズマ!」




