来客
それはグレンとの対決の4日後、ギルドハウスの改装の話をした翌日の事だった。
花壇用の作業を一段落させちょっと部屋で休憩していたところ、ふと外の方から声がした。
ギルメンの誰かの声ではなかった気がするし、来客か? ただここに来る人間に思い当たる節がないし、そもそも一応玄関部分には呼び鈴が備えつけられているんだが……まぁいいか。確か他の皆はまだ全員外だったはずだ……俺が出るしかないな。
腰を降ろしていたベッドを離れて、部屋を出る。俺の部屋は2階なのでやや小走りに階段を下りていくと、また声が響いた。
「ごめんくださーい!」
……聞き覚えがある声だな。誰だっけ?
「いまでまーす!」
返事だけ返して、玄関に駆け寄る。
鍵はかけていないのでそのまま両開きの扉の片方を押し開く。
そこには二つの姿があった。そのうち一人は正面に立っていたため、すぐに顔が目に入る。
それは壮年の男だった。年の頃でいえば丁度現実世界での俺と同年代くらいか。岩鉄よりも大きい体をしておりリセよりは頭一つ以上大きいし、体つきもかなり筋肉質だ。それだけでも目印になりそうだが、その人物は更に目印となる特徴があった。
それは口元に立派に蓄えられた黒いカイゼル髭。俺の知り合いの中ではこんなマッチョのカイゼル髭は一人しかいない。
「カイゼルのじーさんか!?」
「よう、リセ。元気にやっとるようじゃな」
特徴のままの名前を持つ男は、その体躯に似合わない人懐っこい笑みを浮かべて小さく手を上げる。
ゲーム時代を含めても大分久々に会う事になる男に、俺は扉の外へ出て歩み寄ろうとして──
突然横から伸びてきた手に両頬をつままれた。そしてそのまま体の向きを強制的に変えられる。
真紅の瞳と目が合った。
その瞳の持ち主は頬を膨らませ
「こーら、リセ。ヒカリの事は無視かー?」
「ひたひ、ひたひ、ひえなはったんだよ!」
口元を抑えられてるので上手くしゃべれない。というか普通に力入れられてるので痛ぇ!
ぺちぺちと抑えている両腕を叩くと、力は緩められた。が、離してくれない。
正面に立つ人物は、若い女性だった。年の頃は20代の半ばか前半くらい。燃えるような赤い髪と瞳を持つその女性は今度は表情を一変させて喜色満面な表情となると、俺の頬を掴んだ両手をうにうにと動かした。
「おー、リセに触れる触れる。ぷにぷにで触り心地がいいわね」
「ええい、離せっ!」
彼女の両手を掴むと、力を入れて引っぺがす。
今度は彼女は素直に離してくれた。そして俺と視線を合わせるために曲げていた膝を伸ばす。
彼女もやはり長身だ。うちの女性陣の中で一番背が高いシードよりも拳一つ分は高いだろう。
「お前も来たのか、陽狩」
顔を見ることでようやく浮かんできた名前を呼ぶ。
そう、もう一人の来客はグレンの件でこちらに情報を流してくれていた相手だった。やはり直接会うのは大分久々だったため声だけでは思い出せなかった。
しかし……本当に懐かしいな。
俺とシードはアルテマトゥーレの初期からのプレイヤーだが、この二人も同様だ。俺達は途中からギルドを作りあまり野良プレイなどをしなくなったが、初期の頃はこの二人と一緒になることも多かった。
まるで田舎の同級生にでもあった時に似た感傷が浮かんで来て、俺は思わず二人に聞いていた。
「どうしてこんなところに……いや、二人とも少しゆっくりしていけるのか?」
「いけるいける」
「問題ないぞ」
「だったらこんなところで話しているのもなんだ、上がってくれ。お茶くらいは出すよ」
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「おや上手いなこのクッキー。リセ、お前が作ったのか?」
俺が作り置きをしておいたクッキーに噛り付いたカイゼルが、感心したような声音で聞いてくる。
「一応な。元々料理はそれなりにやってたんで」
答えながら紅茶を注いだ来客用のカップを二人の前にサーブし、空いている席にも一つ置いてそこに腰を降ろす。
そして俺から話を切り出した。
「二人はなんでこんな辺境に?」
「自分で辺境とか言っちゃうんだ」
俺の言葉に、紅茶に口を付けていた陽狩が楽し気にクスクス笑う。
「あんた達のいる最前線からは正反対の位置といえるからな。辺境といって差し支えないだろう」
「こちら側に来ているプレイヤーで初心者プレイヤーはほとんどおらんからな。プレイヤー視点で見ればまぁそうなるかの」
カイゼルの言葉に頷く。
「で、理由は?」
「こないだメールした絡みの件でこっち来たのよ」
……ああ! そういやグレンの討伐に向かっているハイマスターって誰だか聞いていなかったけど、この二人だったのか!
この二人、カイゼルと陽狩は二人ともハイマスターと呼ばれる高レベルプレイヤー……というか事戦闘に関してでいえばアルテマトゥーレでもトップクラスに位置する実力者だ。強さでいえば、普通の人間の体のままであのグレンと同等のスペックを持っており、それが更にスキルを使ってくる。
ようするにうちのギルドメンバーが総出でかかっても勝てない。そういうレベルの相手だ。
「でも到着したらその用件は片付いてたんだけどねぇ」
陽狩が大きく椅子にもたれ掛かり、足の半分を浮かせる。それ床が傷むからやめて欲しいなぁ。
しかしどうしよう……まぁこの二人だったらいいか。
「すまん」
「なんだ、やっぱりお前じゃったか」
仕方なかった事ではあったものの、やはり気持ち的に無駄足を踏ませてしまったことに対して申し訳のない気持ちがあったため俺が謝罪の言葉を口に出したところ、みなまで言う前にカイゼルが口を挟んだ。
「……気づいてたのか?」
「単純な話よ。この地域で有力なギルドってあなた達含めてそれほどいないし、何より目立たないために手柄を放棄してる辺りね」
成程な。まぁ、彼らになら知られても問題ない。俺の協会への要望の意図も理解しているのだから他言もしないでくれるだろう。
「気にする必要もないじゃろ。ワシ達が来るまで待っていると犠牲者が出ておったんじゃろ?」
頷く。
「ま、なので仕方ないよね。それでさ、せっかくこっちまで来たのでついでにこの辺りがどうなっているのか見て回るかって、カイゼルと一緒に見て回ってたのよ?」
「まぁ孫娘と旅行に来た感じでな」
「そうね、おじいちゃん」
これは本人が公言している事だが、カイゼルのプレイヤーは80超えの爺さんということだ。なので親しいプレイヤーからはよくじーさんやおじいちゃんと呼ばれている。
「それに、いいお土産もできたしね」
「お土産?」
見た感じ、彼女たちは特に何も持っている気配はない。街にでも置いてきているのか?
紅茶に口を付けながらそう考えていると、陽狩が俺をじっと見て言った。
「ねぇ、岩鉄君だっけ? 彼が虚空に武器を消してたけど、アレ何のスキル?」
ぷぴっ!
思わず俺は口に含んでいた紅茶を噴き出した。
うおっとやべえ、服には……かかってない、大丈夫! ……いやそうではなく!
「ナンノハナシデスカ」
粗相の後を布巾で吹きながら返事したがめっちゃ棒読みになった。
カイゼルと陽狩がじっと俺を無言で見つめてくる。まぁそうだよね、こんな反応を見せたら。
あー、どうすっかな。この二人だと竜翔さんの懸念の一つである死ぬ可能性はほぼないし、竜翔さんの存在を知っても恨みをぶつけに行くことはないだろう。他言無用で話しても問題がない気はするが、個別で勝手に約束を反故にすることを判断するのはどうなんだろう。うーむ……
しばらく悩んだ末、俺は一つの事を口にした。
「ユグドラシルだ。それ以上言えない」
これなら俺達が彼に合う前にしっていた情報だし、アルテマトゥーレの設定を知っていれば思いついてもおかしくないことだ。話しても問題ないハズ。
「ユグドラシルに行けば手に入るのかしら?」
「さっき言った通りだ、これ以上言えない」
「ふむ……」
陽狩は口元に手を当ててしばらく考えた後、言った。
「竜翔探して聞いてみるか」
……は?
「彼の事知ってるのか!?」
俺の言葉に、陽狩の顔ににまぁーといった擬音が付きそうな笑みが浮かんでくる。
やべ、やらかした!
「どうやら竜翔が絡んでいるみたいね? アイツは普通に友人よ」
言いつつ、彼女の笑みが変化する。先程のいやらしさのある笑いとは違う……まるで新しいおもちゃを目の前にした子供のような笑み。
「オーケーオーケー、もうOKよ。後は自分で追っていった方が面白いものね?」
「そうじゃな。一から十まで知ってしまってはつまらん」
……この辺の思考に至る辺り、本当にこの二人はがっつり廃マスター(誤字に非ず)だなぁと思う。深く追及されないのは本当に助かるけどな。
その後二人はこちらの世界に来てからの話をしばらく話した後、宿を取っているらしい街へと<<テレポート>>で帰っていった。明日にはアークバレイへと向かうそうだ。ちなみに所在に関しては俺は別に漏らしておらず、陽狩は普通に彼があそこにギルドハウスを建てていることを知っていた。
まぁそこまで知っている友人なら問題ないだろう。……問題ないよな?
とりあえずアークバレイの方向に向かって心の中で謝罪しておく。
あとあれだな、今日皆が帰ってきたら拡張インベントリの使い方に注意しないとな……
次話から2部開始となります。




