Episode:54
部屋の中へ入って、鍵はかけずに扉だけ閉める。それからそっと窓へ忍び寄って、外を覗き見た。
闇を通して、何人もが倒れているのが見える。それに屋内からは時々爆発音まで聞こえるから、陽動部隊はそうとう派手に やってるらしい。
この調子なら救出隊――きっと二手に分かれてるはず――は、じきに来るはずだ。
「あ、殿下。えっと……掛けて、待っててください。あたしはこれから、外へ行ってきます」
けど、答えがない。
「殿下?」
「――お前たちはいつも、こんなことをしているのか」
厳しい声。
「こうやって人を殺すことばかり覚えて……学院というのは、いったいなんなんだ!」
「――そのシエラ学院の傭兵隊を、アヴァンは頼りにしています」
そう言い返せたのはたぶん、学院をそんな風に言ってほしくなかったからだろう。
あたしにとって学院は――夢、そのものだ。
「それにご存知のとおり、学院生のかなりの人数が、親と縁の薄い者ばかりです。
あそこへ行くことがなかったら、もうとっくに死んでいたかもしれない。そんな人ばかりなんです」
「………」
殿下が言葉に詰まる。きっとそんな世界は、想像を遥かに超えているんだろう。
でも、事実だった。シルファ先輩も、エレニア先輩も、ロア先輩も、シーモアも、ナティエスも、みんな親なし子だ。
「これがいちばんいい……そうはあたしも言えません。けど、生きられただけ、衣食住に困らないだけでも十分なんです」
「だが……」
殿下の言いたいことも分かった。けど学院生のほとんどは、ほかに選択肢を持たなかったのだ。
「……殿下」
「なんだ」
「もし殿下があたしたちをそのように思われるのなら……貧しさと戦争とを、なくしてください。
それがなければこんな目に遭わずに済んだ、それが殆どなんです。――孤児は」
分かっている。これがそんな簡単に無くせないことなんて。ただそれでも、言わずにはいられなかった。
たぶん……殿下に知ってほしかったのだ。
今はもう権力を失ったとはいえ、神聖アヴァン帝国の末裔というだけで、そうとうの影響力はある。だからこそ分かってほしかった。
自分ではどうすることもできずに、戦争の中や社会の底辺で潰されていく子供たちがいることを。
明日の夢を、強引に断ち切られる命があることを。
――奇妙に長い、僅かな沈黙。
「……わかった。そうしよう」
それが殿下の答えだった。
「実を言うと――」
「殿下、ルーフェイア!」
なにか言いかけた殿下の言葉に重なったのは、エレニア先輩の声だ。
「先輩、ここです!」
大声ではないけれど分かるように答えて、そっとドアを開ける。
「無事なのね?」
「はい」
思っていたよりずっと早く、先輩とシーモアとが来てくれた。すぐに殿下を引き渡す。