Episode:52
◇Rufeir
ふっと目が覚めた。
――なにかが、動こうとしてる。
戦場でよく感じた気配だ。この感覚の後は大抵、奇襲をうけることが多かった。
室内はまだ明かりが点けられていて、起き上がると目立つから、いつでも動けるように体制だけ変える。
(どうした?)
いっしょに寝ていた殿下が、そっと聞いてきた。怖がるフリをして、上手く殿下のベッドに潜り込めたから、何かと便利だ。
(分かりません。でも、何かありそうで……)
(そうか)
時間はよく分からないけど、まだ夜明けにはだいぶありそうだ。2人に増やされた見張りが、片方は寝ていて、もう片方も眠そうにしていた。
外から話し声が聞こえる。どうもこの夜半に、誰か尋ねてきたらしい。
耳をそばだてる。
どうも女の子が道に迷って、ここへ泊めて欲しいと懇願しているようだった。
――けど、この声。
どう聞いてもナティエスの声だ。とすると、先輩たちここを突きとめて助けにきてくれたんだろう。
だとすると全員、テロに巻き込まれないで済んだんだろうか?
と、どぉんという爆発音が響いた。
「な、なんだ??」
驚いた見張りのひとりが、半分寝ぼけながら窓へ駆け寄った。
あたしもとっさに起き上がる。
「ルーフェイア、何が起こった」
『殿下、ベッドの下へ。細かいことはわかりませんが、安全とは言えないようですから』
こちらには古代ローム語で答えておいて、見張りの様子をうかがう。
「まったく、なんだってんだ?」
銃声。ガラスの砕ける音。
窓の外を見ていた見張りが、倒れる。
「おいどうした……うわぁっ!」
慌ててそばへ寄ってみたものの、眉間に穴が開いて絶命している仲間に、残った見張りが驚いて叫ぶ。
その隙を、あたしは見逃さなかった。
一挙動で間合いを詰め、味方の惨状に思わずのけぞった見張りへ肉薄する。
鳩尾に左の蹴りを叩きこみ、さらに身体をくの字に曲げた男の首筋へ、両手を組んで振り下ろした。
骨の折れる鈍い音。でもあたしの力で、しかも武器がなくては、大人の男性相手に手加減できない。
結局声も立てずに、この男も床に倒れた。
「――シエラの凄さは聞いていたが、噂以上だな」
ベッドの下から出てきた殿下がまず言ったのは、この言葉だった。けっこう肝が据わっている。
「このくらいは、学院生なら大抵できます」
なにしろ小さい頃から、傭兵としての訓練が続けられるのだ。この年齢――特にAクラス――ともなれば、それなりの戦力にはなる。
「えっと、1、2分、時間をいただけますか? ちょっとこれじゃ、戦えないので……」
「今戦っていなかったか?」
殿下に突っ込まれたけど、このままというわけには行かないから、急いで動きづらいだけのドレスを脱いだ。ミルあたりなら平気そうだけど、あたしはあんまり、ドレスで戦う趣味はない。
下は当然戦闘服。ドレスが裾の広がるデザインだったおかげで、ツールキットまで入れたポーチもつけてあった。
ついでに太ももに止めておいた小太刀を外して、腰につけなおす。
さすがにほっとした。やっぱりこの状況で丸腰というのは、どうにも落着かない。