Episode:38
「さぁ、会場へ戻りましょう。案内しますよ」
ほぼ間違いないと見て、ドレスの裾に手をかける。
「うわ、先輩いきなり、何してんです!」
後輩が悲鳴に近い声をあげた。
「丸見えですよ!」
「――?」
ドレスの下、太腿につけておいた短剣を取ろうと裾をたくしあげただけなのに、何を騒いでいるのか分からない。それとも、隠しておいた短剣が丸見えになったのが、悪かったのだろうか?
なぜか男たちも、動きが止まって隙だらけだった。
その男たちに、問いかける。
「アヴァンの紋章は?」
「え? 猛き火竜がどうかしましたか?」
後輩たちにも緊張が走った。
さっきの問いは、合言葉だ。警備役は「青い竜」と答えることになっているが、何も知らない潜入者なら、正直に実際の紋章を答えてしまう。アヴァンの紋章が広く知られているのを、逆手に取った方法だ
そしてこの男たちは今、本当の紋章のほうを答えた。
「さぁ、そんなオモチャはこちらへ。危ないですよ」
まだ分かっていない男たちに、切りかかる。
「エレニア、シーモア、殿下を!」
「はい!」
二人が駆け出し、男たちが舌打ちしたその時。
「――伏せろっ!」
爆発音に、とっさにそう叫んだ。私以下全員が大地へと伏せる。
轟音があたりを揺るがし、爆風が身体の上を駆け抜けて行く。
木々の葉がざわつき、ちぎれて宙に舞った。
「全員、無事か?」
おさまったところですぐに起き上がり、確認する。
「はい、大丈夫です」
言葉どおり、幸い誰にも怪我はなかった。庭園の割と奥、木立のほうまで来ていたのがよかったらしい。
「捕虜を取りそこなったな……」
辺りを見回して、その言葉が口を突いた。
最初からタイミングが分かっていたのだろう、男たちは逃げ出したあとだ。そして私が切りつけた相手は、殺されていた。
「ナティエス、報告を頼む。他は私と来てくれ。殿下が心配だ」
「はい!」
後輩たちの返事を背に、庭園の奥へと走り出す。ミルの姿が見えないのが気がかりだったが、とりあえず後回しだろう。
その行く手、木立の間から、突然光が射した。
「魔法?」
閃く稲妻に、エレニアがいぶかしげな声を出す。
「ルーフェイアだろう、行くぞ」
侵入者がこんな目立つことを、するわけはない。だとすれば戦闘になったか、あの子が合図で放ったかだ。
だが私たちが現場につくよりも早く、嫌な音が聞こえてきた。
かすかだったが間違いない。車の駆動音だ。
――間に合わなかったか。
背筋を冷たいものが伝う。