Episode:36
呪文が発動して、虚空に稲妻が閃いた。これを見れば、先輩たちは何か起こったことは、分かってくれるはずだ。
「な、なんだ?」
瞬間明るくなった辺りに、男たちが慌てる。
「わからん、だが急ぐぞ!」
短銃を突き付けられたまま――あたしにはあんまり意味が無い――追い立てられるように暗い庭園を横切って、塀のところまで来る。
驚いたことに柵の一部が門になっていて、出入りが可能だった。なにかあったときのために隠しでつくられたのだろうけど、これが今回は裏目に出たみたいだ。
暗いうえに、に門の向こうも木々が茂っていて、見通しはあまりよくない。けどどうにか、車が停められているのを確認する。
――それにしても。
さっきも思ったけど、やっぱり内通者がいたらしい。そうじゃなきゃこんな場所の隠し扉、部外者が知ってるわけがない。
「過激派」って話でここへ来たけど、アヴァンの内部事情は、かなり複雑みたいだった。
何かの手がかりになるかもしれないと、男たちの話を聞き漏らさないようにする。
「ほんとにこのまま、殿下とこの子を連れて行くのか?」
「目撃者を放っておくことは出来ん。
まぁ、少ししてから死体を放り出すさ。そうすればアヴァンの手落ちだと、ユリアスが責め立ててくれる。好都合だ」
なるほど、と思った。
どうもこの過激派、アヴァンがユリアス――シエラの本校があるあたしたちの国――と対立すること自体は、むしろ嬉しいみたいだ。ただそれには、少し長引かせて騒ぎを大きくしてからのほうが、確実ってことなんだろう。
何か特定の思想で動く集団が、騒ぎを起こしてるだけって思ってたけど、もっと大掛かりな組織みたいだった。
いろいろ考えながら、ともかく当分は、おとなしくしておくことに決める。
今のあたしの強みは、ふつうの女の子と思われてることだ。彼らはあたしが戦えるなんて、夢にも思ってない。
この勘違いを、利用しない手はなかった。
「予定通り白い森へ向かうぞ。――さっさと乗るんだ」
この部隊?のリーダー各らしい男に、車へ押し込まれる。
「この子に乱暴なことをするな。骨でも折れたらどうする気だ」
「殿下、立場が分かってらっしゃらないようですね」
言葉とともに、銃口が向けられる。
けど殿下は、微動だにしなかった。
「生かしておいたほうが価値があるから、攫うのだろう?
それに僕に手を出せば、この国の世論は一気に動く。そうなったら困るのは、お前たちのほうだと思うが」
この殿下、思ってたよりもずっと、肝が据わってる。それに自分の価値がどこにあるかも、それがどう利用できるかも、ちゃんと把握してる。
ちょっと見直した。
まぁそれでも、いざ脱出となったら、役には立たないだろうけど……。
「まったく、口の減らない殿下だ。まぁそれも、いまのうちだろうが」
男が言いながら、前の席に乗り込む。
「尾けられていないだろうな。よし、出せ」
闇の中を、車が走り始めた。