7-18
代えの病院服に無理矢理着替えさせられ、とある界隈では価値がかなりあると思われる染み付きは没収されてしまった。
「・・・ふぅ。それで、現状は?」
椎名に水を入れたコップを持ってきて貰い、やっと水を飲めた周一は喉の違和感を若干和らげる事が出来た。
「それは・・・」
『周一が予想していた通りです』
「・・・(コクン)」
椎名はブロッサムの言葉にそっと頷いた。俺の予想は椎名には言っていない。という事はブロッサムから聞いたのだろう。
この予想とは俺とブロッサムが作戦中に話していた時に、俺が保護される立場になった場合の世間の反応についてだ。勿論、答えは明白。どこも批判の嵐という訳だ。
「・・・だから言っただろ」
「で、でもっ!」
『ずっとこのままでは、あなたも。私達も。そして世界も。滅ぶまで変わりません』
「・・・随分と人間を知った口だな」
『あなたと居て、人間を観察することが出来ましたからね』
「そうか」
人とは呼ばず、人間と呼んだ。
「なあ?そんなお前に聞くけど。人と人間の違いって何だ?」
「ちが、い?」
椎名はあまりピンと来ていないらしい。
『そうですね。私が今答えられるのは、人は現在を。人間は未来だけを見て行動している。と言った所でしょうか』
「・・・そうか」
『椎名はどうですか?』
「どうって・・・」
解答に困る椎名。
『椎名の思ったことを聞かせてください。椎名の答えが間違っていると指摘するわけではありません。椎名の考える、人と人間の違いです』
「ん~・・・ブロッサムのを聞いた後だとそう思っちゃうよ。だって偉い人って大勢の前で人のためになる事をするとかしてるとか言ってるけど、目の前で困ってる人は見向きもしないし。それに自分が困ったら自分を守るために周りを犠牲にするし・・・」
『そうですね。その場合、それは人ですか?人間ですか?』
「私は・・・ああいうのは人間であって欲しいかな」
少しの間の後、椎名は言葉の意味に納得がいったのか。そう答えた。
『そうですね。私もそう思います』
「・・・きっと今騒いでる奴らは全員。人として当然とか。国とか世界のためとか言ってんだろ?」
『はい。加えれば、サクラコーポレーション関係者も叩かれています』
「それじゃあこの病院もかなりまいってるだろうな」
「うん。私、ここに来るのを見られる度に嫌な視線や陰口を聞こえるように言われてる。お母さんと院長さんがもめてたりもしてたし・・・」
「そういや、その。お前のお母さんってのは?」
「入るわよぉ~」
白衣を羽織った女性が2人、ドアから入ってくる。一人は金髪。サクラコーポレーション社長、桜アリアだ。もう1人は黒髪の女性だが誰だかわからない。思い当たるとしたら先程名前が出ていた春原と言う人物だろう。
「あっ、おはよう!」
「・・・そうじゃないでしょう」
俺が起きている姿を見て気さくに挨拶してきたアリア。そんな姿に頭を抱える黒髪の女性。それを見ていた俺の視線に気付いたのか、黒髪の女性が俺に顔を向けた。
「周一君。私の事、覚えているかしら?」
「・・・・・・」
覚えているか。と言われれば、顔に覚えは無いが声は聞いたことがある。
「・・・検査の時の人か?」
「っ!?覚えてたの?」
「いや、声に聞き覚えがあっただけだ。あんたの顔を覚えてたわけじゃない」
「・・・まあ、当然よね。あの時からもう7年も経つもの。むしろ声だけでも覚えててくれて嬉しいわ」
そうか。あれから7年か。日付とか気にしたこと無かったからな。
「ちぃ~はぁ~やぁ~っ!」
アリアがちはやと呼んだ黒髪女性に飛びつく。
「アリア!今話してるんだから!」
「私とも一緒にお話ししてぇ~」
「もうっ!あんたが出て来てからずっと話してるでしょうが!!ええいっ、鬱陶しいっ!!椎名!」
「は、はいっ!」
「コレ、どっかに持ってきなさい」
「う、うん。わかった。ほらっ、おかーさん!」
「いやぁっ!わたしもおおおおお・・・」
娘に首根っこつかまれて病室を出て行くその母親。なんともシュールな光景だ。というかアレ、本当に桜アリアか?
「・・・ったくもう。ごめんなさいね。あの子、ずっと捕まってたでしょ。だもんで私と話したくて仕方が無いのよ」
その気持ちは少しだけわかる。俺もブロッサムと話してそんな感覚を感じた事があるから。
「改めて、私は春原千早。アリアとは高校時代からの友達。それと、サクラコーポレーションのシステムエンジニアをやってるわ」
システムエンジニア?
「あの時の検査は私が担当だったのよ。検査にはあの機械を扱える人が病院には居ないから会社から人を派遣してたの。そしてあの日、君を担当したのが偶然私だった」
「・・・んじゃ医者じゃないのになんで俺を診れたんだ?」
「ん?それはアリアの力」
「は?」
「アリアがヤバイ脅しをかけたらしくってね。それで私を臨時のバイトとして雇って貰ってるって形にしてもらった訳、ほらっ」
白衣にはここの病院の名前が入った名札が付けられていた。
「覚えてる?この病院で検査を受けた事。それが噂になると病院の評判的にアレでしょ?それを優作が手を回して隠蔽したらしいんだけど、それを公表するぞとか。改ざんしてるアレやコレも一緒に、とか」
あんな見た目は大人、中身は子供っぽい人がそんな事をしてんのか。そういえばもめてたとか言ってたな。
「ま、病院の医療機器は一通り扱えるし薬の知識も多少はある。用意するとか言ってた薬とか点滴も断って、私が勝手に置き場から持ってきてるから毒を下手に混ぜる事も出来ないからね」
「・・・ってことはあんたは俺の命の恩人ってことか?」
「そう思ってくれるなら私は嬉しいわ」
「・・・なんで助けた?」
これだけは聞かずにはいられない。
「助けたかったから。それだけじゃダメかしら?」
即答だった。しかもさっきのような笑みを含めた会話の顔ではなく真顔で。そのまま春原は続ける。
「私があの時、偶然担当した。だけどあなたをあんな目に合わせてしまった。その罪悪感から来る償い。世間はそんな風に思うでしょうね。実際、私の事を覚えていた病院の人はそう言ってたわ。でも違う。私はあの時からずっと考えてた。もしあなたの検査結果を優作にではなく、先にアリアに伝えていればあなたの人生が壊される事が無かったんじゃないかって。アリアならあなたの結果を悪いモノとは絶対に判断しない。必ずあなたの助けになってくれるって」
たぶん。言う通りなのだろう。桜アリアは俺にこいつを託してくれた。
周一はそっと右手の腕輪に視線を送る。
こいつのおかげで俺は今こうして生きているからだ。
「でも、こうなってしまった。私が判断を誤ったから。まさかあなたの親達まで、あなたを見捨てるなんて思わなかった。あの子を自分の子として見れないって言われた時には何も言い返せなかった。でも普通は、家族なら誰もがかばうものだと思ってた。でもそんな事は無かったんだって、あの時思い知らされた」
「俺の父さんと母さん。あのおっさんと来たよな。なんかあったのか?」
「それは・・・」
少しの間の後、答える決意が出来たのか。口を開いた。
「優作が隠蔽を提案しに来たのよ。色々特典を付けてね。それを2人はすぐに了承した。私は立場的に優作の下。何も言えなかったわ。アリアに迷惑がかかるって言われてね」
「そっか。でもそれって結局償いだろ?」
「そうね。でもアリアは自分の事をそうは考えなかったわ」
【私ね、その言葉。もう言いたくも聞きたくも無いの。許して貰う為にする事。それが当たり前。それが正しい。でもそれって何が正解なの?相手が許すって言ってくれるまで続けるの?そもそも許されないことをしたのに許して貰う為って何?・・・私、あの子に。周一君に土下座したの。その言葉を使って。でも周一君は何も言ってくれなかった。当然だよね。許して貰えないって解ってて土下座してたんだもん。そんな私を見て許すなんていう訳が無い。私、馬鹿だった。あんなことしてるよりも他にもっと出来る事があったはずなのに。少しでも最悪から遠ざけるための行動が出来たはずなのに。・・・ねぇ、千早。人生を奪った相手を許す事って、あなたに出来る?私には・・・出来ないよ。だって、私からその機会を、華蓮と椎名を奪って、華蓮と椎名をあんな目に合わせて。そんな事をした優作を許す気にはなれなかった。あの姿を見て、ざまあみろって思っちゃった。でも周一君は違った。あんなになっても華蓮と椎名を、そしてブロッサムも。助けてくれた。ブロッサムに話を聞いたら、助けてとお願いしたら助けてくれた。ですって。あんな目にあったのに、あんな目に合わせた私の娘達を助けてくれた。普通は許せないよね。でも助けてくれた。助けたい相手に助けられた。そんな人からまだ、許すなんて言葉を欲しがるなんて酷過ぎる】
・・・それを聞かされて、俺は何をすればいい?許すと言ってやればいいのか?そんな上辺だけの言葉が聞きたいならいくらでも聞かせてやる。それで俺の過去が
「・・・それで、アリアは言ったの」
【「起きた過去を変えることなんて人間には出来ない。でも人には未来へ繋がる現在を変えるために動く事は出来る」】
「・・・って。それを聞いて私は決めた。あなたの未来のために助けたいって。今だけでも力になりたいって思ったの」
春原が喋ってる途中で何かが迫ってくる音が聞こえてくるが、その正体はすぐにわかった。
「あああああああっ!!言った!千早が先に言っちゃった!それ私がいいたかったのにいいいいいいいい!!」
ドアを力強く開けて大声を出すアリアの姿。その腰にはしがみついたが力負けしてそのまま引きづられた椎名がグロッキーになっていた。
「ああもう!うっるさい!!!ブロッサム!あんた黙ってると思ったらアリアにリークしてたわね!」
『いえ。私はアリアにこの場の状況を常時伝えるように指示されていましたので、他意はありません』
「ねぇ~きいてる~?私がぁ~」
「(イラッ)」
ぎゃあぎゃあと騒ぐいい歳した女性2人。2人はのちに復活した椎名に叱られる事になった。




