7-17
(・・・ここは?)
虚ろの中、目が覚めると白い世界。いや、電灯の様な物が見えるから天井なのだろう。つまり俺は仰向けで寝ている事になる。体を動かそうとするが、何かが体の上に乗っているため上手く動けない。
『起きましたか』
右側から最近よく聞いていた声が聞こえる。だが声量が小さい。
「・・・ブロッサムか?」
声が少し擦れている。喉に痛みは無い。つまりは水分が足りていないのだろう。
一体どれくらい寝ていたのだろうか?
『はい。おはようございます、周一。・・・と言っても今は午前11時27分。おそようございますと言った方が正しいでしょうか?』
「・・・お前、そんなくだらねぇ事を」
『あ、出来ればそのまま寝ていてください。出来なくてもそのまま寝ていてください』
「なんだそ・・・わーったよ」
今度は力を込めて体を起こそうとした周一をブロッサムが止める。その理由は周一の胴体の上にあった。
「すぅ・・・すぅ・・・」
俺が助けた少女。椎名が俺の胸の上で寝ていた。椎名は俺が寝ているベッド側の椅子に腰掛けているので、正確には頭と腕が乗っている状態だ。俺を見ながら寝てしまったのだろうか?こちらを見ながら気持ち良さそうにヨダレを垂ら・・・んんっ!?
「なぁ。ブロッサム」
『はい』
「どうしてもか?」
『どうしてもです。可能なら椎名が目覚めた時にはまだあなたは眠っているという状況にしてください』
演技をしろと!?このヨダレ少女のためにか?
『因みにこの姿は画像保存をし、アリアと華蓮に秘密裏に送っています。周一も見ますか?』
「共犯にす・・・アリア?」
『あっ。そうですね。あなたが目覚めるまでの3日間に起きた事を簡易的にお伝えしておきましょう』
ブロッサムは周一が眠ってしまった後の話をし始めた。
俺と華蓮はあの後。椎名が台車で運び、区域出口で待ち構えていた人々の所に辿り着くとすぐさま華蓮だけは先に担架、そして救急車に乗せられた。だが俺には椎名以外誰も近付こうとはしなかった。それどころか、椎名が華蓮を救急隊員に任せようと俺から離れた隙を狙って、発砲した警察官が4人も居たそうだ。どうやらその中の1発が右足に当たったらしい。その音を聞いて、血を更に流し出した俺の姿を目撃した椎名は激怒したそうだ。
「もうこれ以上私達の命の恩人を傷つけないで」と叫んだらしい。
俺に近付こうとした激昂する椎名を止める警察官やマスコミ、更に野次馬まで。椎名の壁となり、俺への道を塞いだ。泣きじゃくる椎名の前に突如として現れたのが桜アリア。サクラコーポレーション社長で椎名と華蓮の母親だった。どうやら海原優作が手を回し、釈放させたらしい。華蓮が言う事を聞かなかった時の為の保険だったのだろう。華蓮が駄目ならアリアを脅すか、もしくは華蓮にアリアの傷付く姿を見せつけるつもりだったのか。その真相まではわからない。
アリアは椎名に近付いて安心させた後、アリアと共に来ていたお付きの女性に椎名を任せた。そして壁共を威圧し、その道を開けさせた。最後に警官が立ち塞がったが、それすらも威圧して構うことなく警官の横を通り抜けた。そして無言で俺が乗っている台車に手をかけ、椎名用に用意されていたであろうもう一台の救急車に無理矢理乗せた。それに続いて椎名とアリアも同じ車両に乗り、病院に向かうように指示をした。救急隊員達は渋っていたが無言の威圧によってそれを制したらしい。お付きの女性にはここまでアリアを運んだ車で会社に向かい、事後処理の作業を進めるように伝えた。
そして俺と華蓮、椎名は、アリアの監視の下で医師達による治療が行われた。治療が終わると華蓮は集中治療室へ。椎名は主に切り傷程度だったので軽めの治療とカウンセリングを受けて終わった。そして俺は、外からしか空けられない電子ロックの隔離病室へと移された。勿論誰もが俺の看病をやりたがらない。その話し合いを偶然聞いた椎名は「私がやる」と言っていたが、さすがに通らなかった。だがこの病院の春原という女医が駆けつけ、その任を引き受けた。
こうして俺は寝ている間に殺される事も無く、目覚めることが出来たらしい。
少なくともその春原という女医の顔は知っておきたい。どうして俺を助けようと思ったのかを聞きたい。そう思った。
『・・・と、経緯はこんなところです。他に何かありますか?』
「・・・水が飲みたい」
『でしょうね。水なら出入口の所にありますよ』
視線をそちらに向けると確かに流し台が見える。コップも備え付けられている。だが
「・・・どうしろと?」
『椎名を起こさずに飲んでください』
「・・・おい」
何?こんな状態の俺に腕でも伸ばして水を飲めと?
『もしくは、椎名から水分を確保するのも一手だと愚考致します』
すると胴体に微振動を感じた。
「愚考でしか」
何しれっと、「だったらそのヨダレで水分取れば?」みたいなこと言ってんのこいつ。もうその口元にはヨダレが無いのに。あとはこの服の染み付いた鮮度の落ちたモノのみ。
だが、その手段を取らざるおえないか?この喉を潤す方法が他に無いと言われたら・・・
「・・・最後の手段としてはアリだな」
「ぶええええっっ!!?!?痛っ!?」
その発言に椎名は飛び起き、そのままの勢いで椅子から転げ落ちる。
「『やっぱり』」
その反応に2人が同時に答える。
「いっ、いちゅからぁっ!?」
出入り口の流し台付近まで尻もちのまま素早く後ずさる。椎名が離れたことによってようやく体を起こせた。だが体が重く感じる。3日も寝ていれば当然なのだろう。
「経緯を聞いてた時。呼吸が変わってから」
『椎名。演技をするなら細かい所を注意しないとすぐに気付かれてしまいますよ』
「っ~~~~~~!!?」
顔を更に真っ赤にする椎名。それは椎名にとってはつまり・・・そう思われたと考えるだろう。
「あと、これはかんべん」
「っ!?見ないでえええええっ!!」
自分のヨダレが染み付いた病院服を見せる周一にとうとう顔を両手で覆いながら左右に振り始めた。
『いえ、周一。とある界隈の男性は、美少女のヨダレをご褒美と称しているそうです。むしろ周一は椎名に感謝するべきなのでは?きっと椎名も喜びますよ』
右腕に嵌められた銀色の腕輪から椎名に聞こえない声量で俺にそう提案するブロッサム。
・・・まあ、椎名は少女としては美というよりも可愛い少女と言う方が合っている気がするが。それが 美少女の括りに入っているのならばそうするべきなのだろう。それで今の機嫌が変わるというなら尚更だ。
「椎名」
「・・・・・・」
呼ばれた椎名は動きを止め、そっと手の指を開いて俺を見た。
「・・・ありがとうございます?」
「バカああああああああああああああああああああっ!!!」
椎名は流し台にあったコップを手に取り、俺の頭へと命中させた。




