7-12
「おい。まだ連絡は無いのか?」
「は、はい。まだ現れていないようです」
「・・・ふん。早くしてくれよ。お前達にどれだけ金を注ぎ込んだか解っているだろう?」
「・・・・・・」
閉鎖区域内にあるホテルの一室。上層階にあるVIPルームとも呼べる広さの客室で高級な1人用ソファーに座り、ワイングラスに入ったノンアルコールのワインを口にする男。海原コーポレーション社長、海原優作は側に居た20代前半の女性秘書に確認を取ったあと、少し離れた場所へ視線を向ける。外の景色が見える窓ガラスに穴を空け、地上に銃口を傾けて寝転がっているスナイパーに声をかけた。だがスナイパーはその声に反応を示さなかった事に優作はため息を吐く。
「まあ、他にもいるから問題は無いか。あのガキが狙撃に気付ける程に頭がきれている訳無いからな。そう思うだろう、華蓮?」
今度は床に座らされている少女を見た。手足を紐で縛り、それをベットに結び付けられて逃げられなくされている黒髪ポニーテールの少女、桜華蓮。腕や腿の所々に腫れた跡が目立つが顔には傷を付けていない。優作は今後、取材に華蓮を出すかもしれない事を考慮していたからだ。
「・・・・・・」
だがその顔は、青い瞳は。怒りに満ちていた。
「おいおい。我が愛しの娘よ。何故そんな顔をしているんだ?」
「・・・・・・」
「・・・ふむ」
優作はゆっくりと立ち上がり口を開かない華蓮の側まで近付く。そして華蓮に薄気味悪い笑顔を向けた後、思いっきり腹を蹴った。
「がはっ!!?!?・・・がぁ・・あぐっ・・・」
あまりの衝撃と痛みに蹲り、しばらく息がまともに出来なくなった華蓮。
「おっと済まない。加減を間違えてしまったようだ。まあ、大好きな私からの愛のムチとでも思ってくれ」
女性にとって腹に傷を負う事は女性の未来を奪う可能性に繋がる事がある。だがそれをお構い無しに蹴った優作は酷過ぎると、その光景を見てしまった秘書は思わず目を逸らす。
「だが華蓮。私の質問にはちゃんと答えてくれ。でなければ、今の様にお前にムチを与えなければいけなくなってしまう。お利口なお前ならすぐわかるだろう?」
(今の様に?私から、私達からお母さんを!お母さんの全てを奪っておいてっ!!)
蹲っている華蓮は痛みに堪えながらもその憎しみの気持ちだけは忘れなかった。
「さて華蓮。何度も言うようだが。これは椎名のためでもあるんだぞ?」
「っ!?」
「あんな金のなる道具のために妹を失いたくは無いだろう?きっと、いや必ず。あそこにあのガキが辿り着けば漏れなくあの社会のゴミ共と一緒に椎名は死体なってしまうだろう。だがそんなのは嫌だろう?だから早く私に従え。そうするだけで椎名は助かるんだ・・・さあ言えっ!お父様に従うとな!!」
華蓮は優作が見ていたモニターを視界に入れた。この男に金で使われ、始末されるとも思っていない集団の生配信を。そこには小さいが拘束されている椎名の姿があった。状況は最悪。彼が椎名を助けてくれる保証は無い。むしろこの男の言う通り、このまま沈黙や否定を続ければ椎名の命が危ない。そして自分自身も。
体中が痛い。この男に痛めつけられた体が。
(・・・もういっその事。椎名のためならブロッサムの事を諦めて・・・)
椎名のため。椎名のため。
そう思い続ける華蓮だったが実際は自分の心と体が限界間近に来ていた。それを考えないために椎名という存在が無意識に言い訳の理由へとなりかけていた。だが華蓮はふと頭に過ぎった。ブロッサム相手に楽しそうに笑う椎名の姿。母アリアが捕まってしまった後、塞ぎこんでいたあの椎名が見せた笑顔を。
「わた、しは・・・」
「ん?」
「あなたには、絶対従わないっ!!!」
その決意の目に優作の怒りは急激に頂点まで達した。
「このガキが!!!」
再び暴行を加えようとした優作。だが
『ピピピピピピピピ』
秘書のSTに着信が入る。その音に優作の足が止まった。視線を向けられた秘書は慌ててその着信画面を開く。それは別のスナイパーからの着信、名前が04と表記されていた。
「南エリアの人からテレビ通話です」
「・・・くくっ。そうか、出ろ」
「はい」
南側に周一が現れた報告は受けていた。つまり・・・。
薄気味悪く笑った優作に言われるがまま、画面の応答ボタンに手を触れた秘書。だがそこに映ったのは優作の予想とは違うものだった。
『・・・へぇ。確かに本当だったな』
『なっ。嘘なんてついっ』
その声と同時に銃声が響く。その映像の開幕は恐怖に怯えた男の頭が撃ちぬかれたものだった。その光景に華蓮はすぐに目を逸らし、秘書は口元を押さえてすぐに近くのゴミ箱に顔を入れた。スナイパーは平静を保ち、優作は気分が少し悪くなったが口元を押さえる事は無かった。
そしてわざわざその死体の上に腰掛けた1人の少年が姿を現した。
『久しぶりだな、おっさん』
「お前っ!?」
疲れた様子も見せない周一の姿。服は血塗れだが傷を負っているのは服が破れている部分だけ。つまり服の血の殆どは返り血であることが見てすぐにわかるものだった。
『その顔を見たら殺したくなるかと思ったんだが、案外そういった感情は俺には無いみた』
『華蓮!!』
「「っ!?」」
周一に続いて別の、機械音声のような声が華蓮の名を呼び、その声に2人はそれぞれ違った反応を示した。
「ブロッサム!?」
「ようやく出てきたか」
『はぁ・・・』
『その怪我・・・貴方がやったのですね、海原優作』
ブロッサムの声は怒りに満ちていた。
「ふふっ。はぁーはっはっはっ!道具風情が怒っているのかっ!これは本当に金になる!最高の道具だっ!!」
そう高笑いする優作。それに誰かが口を挟む事は無かった。
「・・ふぅ。おいガキ。それを俺の所まで持って来い。そうしたらお前の」
『アホか』
「・・・なに?」
要求を最後まで言い切る前に周一は喋りだした事に苛立った優作。
『俺にとってそんなのどうでもいい。そもそもお前の言葉に信用なんてこれっぽっちも無いのはお前が一番わかってんだろ?』
「あ゛?」
『俺は俺の住処を入って来た奴らを殺すだけだ。つまり、お前達全員。殺しの対象な訳なんだが』
『華蓮と椎名は絶対駄目ですよ。あとアリアもです』
『だ、そうだ。・・・あっ。ってかその前に死んでたら俺はしらねーぞ』
『そうなったら私が世界を滅ぼします。ネット世界の今、私なら簡単に人類滅亡させられますので』
『それ、俺も死ぬじゃん』
『あなたは化物なのでしょう?』
『・・・まあ別にそんな終わりでも俺はいいけどな』
「黙れっ!!」
そんな風に流暢に話す姿に優作は我慢できなくなり、声を荒げた。
「お前達の話なんかどうでもいい!!助けてやろうと思ったが気が変わった!お前を殺してその道具を奪い取ってやる!!」
『そんな気、元からねーくせに』
『ですね』
『まあ、いいや。俺を殺せるならどうぞ、やってみてくれ。だがお前の手駒、後ちょっとだけだぞ』
「なに?」
『ええ。あと残ってるとしたらあの集団の所で張っている、貴方が金と手を回して集めた警官達ぐらいですね』
「なん、だと・・・」
『いえ、訂正します。残りは警官達とそこにいる者ですね』
「馬鹿な・・・」
優作は焦りだしていた。
『まあいいや。とりあえず妹から行くけど、それでいいか?』
優作を無視して話を進める周一。
「2人共お願いっ!椎名を助けて!!」
その問いを聞いた華蓮はまだ痛むお腹に力を込めてその願いを大きな声で伝えた。それはまるで最後の希望を見つけたかのような顔で。
「・・・だとよ。こんな俺を。いや俺達を、か」
『そうですね』
「助けられる保障なんて何処にも無いのによ」
ゴチャゴチャと騒いでいる通話を切り、何故か外を一望出来る窓ガラスに銃弾を1発打ち込んでガラスを割った。そして転がっている男の持ち物であったケースから狙撃銃を組み立てて部屋にあった人が寝転がれる程の大きめのデスクの上に置き、銃口を割れた窓ガラスへと突き出し、そのデスクの上にうつ伏せに乗って構えた。
「そんで・・・っと。位置は大体予想はしてたがまさか全部当たってるとはな」
『ええ。この区域を完全把握しているあなたに、私は恐怖を覚えました。敵にはしたくないです』
他のスナイパー達は既に処理済みだ。狙撃出来る場所なんて容易に想像が付く。なるべく全体が見通せる場所、建物の屋上、もしくは一望できる部屋や窓。それがある場所で一番良い場所に待機しているはず。まして侵入した形跡なんてのが残っていたら尚更楽に見つけられる。ここに長く暮らし続けていた俺にとっては庭だ。それが解らない訳が無い。
狙撃銃を構えた周一はスコープの先には高級そうな部屋でなにやらもめているような男の影2つとベット側に座っている人影が1つを確認する。確か4人居たはずなんだがあの秘書っぽい人は何処へ行っ・・・どうでもいいか。
周一は割れた窓ガラスから風の音が弱まった音を聞いた瞬間に合わせて迷わず引き金を引いた。するとその弾は男の影の1つに着弾し、その男が床に倒れたのをスコープで確認できた。・・・にしても反動強いなコレ。結構痛い。
「・・・当たるとは思わなかった」
『まさか初めてなのですか?』
「いや、似や様なのは前に手にした事はあったんだがこのタイプのは、な・・・」
そんな事を話している間に、もう1つの影はベットから影を引き連れて部屋を出て行った。
「ま、わざわざここまで移動した甲斐があったって事で」
『そうですね。本来は話している間に召集をかけられたらという対策でしたが、あの様子ではそこまで頭が回らなかったようです。それを引き連れたのは無駄な労力でしたね』
部屋を出て階段を降りていく周一達。狙撃銃は邪魔になるだけなので置いていった。
「無駄とか言うなよ。俺は起こり得る可能性を事前に潰しただけだ。生き抜くにはそういったのも必要なんだよ」
『・・・覚えておきます、ですがそれによって手遅れになる事も』
「あるかもな。そこは選択の問題だな」
『選択、ですか。作戦を立ててる時も言っていましたね。人はそんなにもすぐに選択が出来るのですか?』
「出来ねーよ」
『えっ?』
「出来るんじゃねぇ。気付いたらそうなってんだよ。進む事も立ち止まる事も迷う事も無かった事にするのも。全部コンマ以下の時間の中で死ぬまで連続で選択肢が出続けて、選び続けているだけだ。どんな生物もそこだけは絶対不変だ。選択が正しければ生き残り、間違えば死ぬって道理は何処にも無い。どれを選んでも結局死ぬ奴は死ぬ・・・っ言ってもこれは俺の思考だ。お前がそう考える必要はねーよ」
『・・・その正否は誰が決めるのでしょうか?』
「人間。当人と他人。他に居るか?お前を肯定したのは?否定したのは?」
『確かに・・・そうですね。私はあの男には人ではなく道具として。そしてあなたは』
「見ろっ!変態だ!!構えろ!!」
話しているうちに警官達から見える位置にまで近付いてきていた。警官達は周一を視認したあと、停めていたパトカーの陰に隠れて銃を構えた。
「死ねっ!化物が!!」
そんな罵声達と同時に発砲音が聞こえ始める。だがそんな事はお構い無しに周一は次々に警官達の頭を撃ち抜いていった。
人なのに
人では無い存在として選択されてしまった。




