夢と現実の朝の食卓
リビングへ向かうと、コーヒーの良い香りが漂っていた。
真弓が取引先のコーヒー店から、いつも美味いコーヒーを買ってきてくれるようになってから、朝は色々なコーヒーが飲めるようになった。
真弓とは、同じ大学の教育学部英語学科で、同じクラスグループの飲み会で知り合った。
「自分の得意な外国語を活かして世界中を駆け巡り、みんなの役に立つ仕事がしたいね」と、将来の夢を語り合ったことで意気投合し、付き合い始めた。語学力を試すために、2人で何カ国も海外旅行をした。しかし、教育実習で出会った現役教師たちのやる気のなさに愕然とした。教員課程を取っていたので教員免許こそ取得したものの、教師になることに疑問を感じたのだ。
二人で語り合った夢を叶えようと、企業を受けた。真弓は得意の語学力を活かし、第一希望だった一流商社の「山活商事」に就職して世界を相手に仕事をしている。
一方の僕はというと、就職活動では夢が叶わず、地元の公立高校の教員採用試験を受けた。「地元の子供たちの夢づくりの力になれれば」と教員になり、今に至っている。
夢を叶えて頑張っている彼女。地元の公立高校で燻っている僕。そんな僕に比べ、いつも彼女は楽しそうでキラキラして見えた。
「おはよう、今朝はゆっくりだね。ベッドで何してたの? 遅いから先にコーヒー淹れちゃった。今日は取引先の灘満珈琲さんからいただいたハワイのコナコーヒーだよ。いい香りでしょ!!!」
楽しそうに彼女が言う。
「何してたの?」だって!? 一瞬ギクッとした。まさか、女子高生にLINEしていたとも言えないし、自分の股間を観察していたなんて口が裂けても言えない。
取り繕うように、「ありがとう、いい匂いだね。すぐに朝ごはん作るよ!」と返した。お互いに仕事をしているので朝食作りは交代制で、今朝は僕の番だ。
「ところでさ、博、体調大丈夫? 今朝の博のアレが元気無さそうだったから……よっぽど昨日、宮本先生とやり合って精神的に辛いのかなと思って」
一体どこを見てんだよ! いつもアレを見て僕の健康状態を判断してんのかい!と思いながら、少し苦笑いをして、
「大丈夫だよ! ただ精神的に疲れてるだけだから」と返した。
真弓が心配してくれるのは嬉しいのだが、真弓が判断基準にしているその「男性の健康のバロメーター」が僕のアレ無くなっていると思うこと自体が、精神的に辛かった。
台所に立ち、フライパンで卵を二つとソーセージを焼き始める。フライパンの中で、二つの目玉焼きの間にあるソーセージの並びを見てなんとなく男の子のアレ想像してしまい、少しウルっとなった。
僕ってこんなに涙脆かったっけ? などと思っていると、
「本当に大丈夫? 今泣いてなかった?」
真弓が心配そうに、キッチンのカウンター越しにこちらを見ていた。僕の変化を感じ取っているみたいだ。
誤魔化そうと、「油が跳ねて目に入っただけだから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」と言うと、
「ほんとうにー? 普段あまり『ありがとう』なんて言わないのに、珍しいじゃん」と真弓。
やっぱり何か疑っている。焦る気持ちを抑えつつ、焼けた目玉焼きとソーセージをお皿に盛り、トーストと真弓が淹れてくれたコナコーヒーをカップに注いで食卓に並べた。
二人とも食事を終えて身支度を整えると、真弓の方が先に玄関へ向かった。見送る僕の方に振り返り、
「元気出してね!」
と、僕のアソコをポンポンと軽く叩こうとした。思わずバレると思い、腰を引いてかわした。
なぜか彼女はクスクスと笑いながら玄関を出て行った。
――ふう、なんとか誤魔化したが今晩どうしよう……と思いながら、僕は学校へ向かった。




