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第十五章 ―― 熱と氷

あれからさらに二日、雪は止まなかった。


彼は毎日のように外へ出て、食料を探してきた。私はそれを止めようとしたけれど、彼は「鬼は大丈夫だ」の一言で、私の言葉を封じた。けれど、そのたびに彼の顔色が悪くなっていくのを、私は見逃さなかった。


三日目の朝、彼は起き上がれなかった。


「……護?」


私は、彼の布団のそばに座り、彼の顔を覗き込んだ。彼の顔は、いつもより青白く、唇はわずかに震えている。私は、手を伸ばして彼の額に触れた。


――熱かった。


「……護、あなた、熱がありますよ。」


「……そんなことは、」


「あります。あなたは、いつもよりずっと熱い。」


私は、慌てて水を汲み、濡れ布巾を作った。彼の額にそれを乗せると、彼は小さく眉をひそめた。


「……すまない。」


「謝らないでください。あなたが無理をしたからです。」


私は、彼の手を握った。いつもは冷たい彼の手が、今日は熱を持っている。その熱が、彼が確かに生きている証のように思えて、私は少しだけ安心した。


けれど、その熱は、彼が鬼であることを超えて、人間と同じように病んでいることを示していた。


「……護。鬼は、熱を出さないと思っていました。」


「……出るときは、出る。」


彼は、掠れた声で言った。


「……俺は、人よりは強い。けれど、完全ではない。」


その言葉に、私は初めて彼の「不完全さ」を知った。彼は、鬼であっても、決して無敵ではない。病み、苦しみ、そして――弱さを持つ。


私は、その事実が、なぜか愛おしかった。


「……護。大丈夫です。私が看ますから。」


「……迷惑を、」


「迷惑ではありません。」


私は、彼の手を握る力を強めた。


「あなたが私の熱を看てくれたように、今度は私があなたを看ます。それが、夫婦です。」


彼は、何も言わなかった。けれど、その手が、微かに私の手を握り返した。


その日、私は彼のそばを離れなかった。水を替え、布巾を冷やし、時折彼の額に手を当てて熱を確かめる。彼は、うつらうつらと眠ったり目を覚ましたりを繰り返していた。


夕方、彼がうわごとを言った。


「……花よ。」


私は、手を止めた。


「……花。すまない。俺は、」


その言葉は、そこで途切れた。彼は、まだ眠っている。夢の中で、彼はあの女性に謝っているのだ。


私は、彼の手を握りながら、そっと言った。


「……護。あなたは、謝らなくていい。あなたは、もう十分に償いました。」


彼の眉間のしわが、少しだけ和らいだ。


夜、彼の熱はさらに上がった。私は、布団の端に座り、彼の手を握り続けた。彼の手が、時折、私の手を探すように動く。そのたびに、私は彼の指をしっかりと握った。


「……綾乃。」


彼が、私の名前を呼んだ。意識がはっきりしているのか、それとも夢の中なのか、分からなかった。


「……ここにいます。」


「……俺は、お前を、」


「はい。」


「……お前を、離したくない。」


その言葉に、私は涙がこぼれ落ちた。彼は、夢の中でも私を想っている。その事実が、何よりも私の心を満たした。


「……離しません。私は、あなたの手を離しません。あなたが、いつか鬼でなくなっても、あなたが人間に戻っても、私はあなたの手を握り続けます。」


彼は、それ以上何も言わなかった。けれど、その手が、私の手をしっかりと握り返した。


深夜、彼の熱がようやく下がり始めた。私は、ほっとして、彼の額に手を当てた。熱はまだあるけれど、さっきよりは確かに下がっている。


「……綾乃。」


彼が、目を開けた。金色の瞳が、かすかに私を映す。


「……お前、寝ていないな。」


「寝ていません。あなたの熱が下がるまで、寝られません。」


「……馬鹿な。」


彼は、そう言って、小さく笑った。その笑顔に、私はまた涙がこぼれそうになった。


「……護、あなたが、笑ってくれて、よかった。」


「……お前がいるから、笑える。」


その言葉は、彼の口から自然に出てきたように思えた。彼は、もう、自分を隠すことをやめたのだ。


私は、彼の手を握ったまま、彼の隣に横たわった。


「……護。もう、無理をしないでください。」


「……約束は、できない。」


「護。」


「……お前が、腹を空かせていると思うと、無理をしてしまう。」


私は、その言葉に、言葉を失った。彼は、私のために、自分の体を顧みずに動いてしまう。それが、彼の愛の形だ。


「……なら、私も無理をします。あなたが無理をするなら、私も無理をします。あなたが外に出るなら、私も外に出ます。あなたが食料を探すなら、私も一緒に探します。」


「……馬鹿な。」


「馬鹿でもいい。あなたが私を想うなら、私もあなたを想います。それが、私たちの約束です。」


彼は、しばらく私の顔を見つめていた。そして、ゆっくりと、私の手を自分の胸の上に引き寄せた。


「……ここに、いる。」


「……何がですか。」


「……お前の手が、ここにいる。それで、俺は十分だ。」


彼の胸の上で、彼の鼓動が伝わってくる。ゆっくりとした、確かな鼓動。鬼の鼓動が、私の手のひらに響いている。


その夜、私は彼の胸の上に手を置いたまま、眠りに落ちた。


――彼の鼓動が、私の安眠の子守唄だった。

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