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瀬戸の御朱印物語  作者: ざこぴぃ
第二章
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9/26

第八話・……ごめんね。

 ――柳井市、稲荷山神社境内。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 暗くなってきた山中で道子の悲鳴が響き渡り、その声に驚いてか、バサバサバサッ! とカラスが羽ばたく音が聞こえた……。

「はぁはぁ! は、春くん! 今の何!!」

「お婆さん……いや、あれはたぶん狐だ。さっきのお婆さんが狐だったんだよ」

「何の冗談よ……」

 山道の入り口からおんぶをし、神社の入り口まで来た所でお婆さんの姿が見えなくなった。背負っている最中に、どことなく獣の匂いがしたのと、人間にしては体重が軽い気がしていた。お婆さんが消えなければ、何とも思わなかったかもしれないが、神社の入り口に着いた途端にいなくなったのだ。ほぼ狐の仕業だと考えていいだろう。

「狐につままれた様な気分だよ」

「春くん。それを言うなら狐をおぶってた様な気分なんだよ」

「それもそうか。おぶってたもんな」

 このご時世にまさか狐に化かされるとは思ってもいなかった。

 そして神社で参拝を済ませると、御朱印が濃く表示された。

「道子、これで三つ目の御朱印は完成みたいだ。たぶん奉仕とは『お婆さんの手伝いをしなさい』っていう意味だったんだと思う。偶然やけど、間に合って良かったな」

「そうなんだ! 良かった! 今回も試練の代償とやらを受けなくて済んだのね。全部、私のおかげね」

「え? お婆さんをおぶったのは僕だけど」

「は? お婆さんに声をかけたのは私だけど」

「道子はお化けを見た様な悲鳴を上げてたじゃないか」

「春くんはお婆さんの匂いを嗅いでたじゃない」

「あのな? あれは嗅いでたんじゃなくて、匂ってきたの!」

「そんなにムキにならなくてもいいやん!」

「道子だって!」

「もう春くんなんか知らない! ふんっ!」

「……」


 ――それから黙ったまま僕達は登って来た山道を下りて行く。霧は徐々に濃くなり、街へ出る頃には小雨も降り出していた。

「道子、宿まで走ろう!」

「……」

「道子!」

「私……もう帰る」

「は?」

「ごめん……」

「おいっ! 道子!」

 道子は僕の手を振り払い、駅の方へと歩いて行く。

「待てって! 悪かったよ!道子のおかげだから――」

「嘘よっ! そんな事これっぽっちも思ってないんでしょ!! 春くんの馬鹿っ!!」

「何だよ! 何が気に入らないんだよ!」

「何が? そんな事、自分で考えなよ!」

「言わないと分からないだろ!」

「……ねぇと……」

「え? 聞こえない!」

「……千鶴ねぇと来れば良かったじゃない!! 私なんか呼ばずに! 千鶴ねぇと……千鶴ねぇと……」

「道子! お前言って良い事と悪い事があっ――!」

「だって! 春くんは千鶴ねぇが好きなんでしょ!! 私なんか来なければ良かったのよ!」

「道子……」

 雨は次第に強くなり、昨日と同様、今日もまたずぶ濡れになる。

 何でこんな事になったのだろう……。そもそも何の為に試練なんか受けてるんだ……? 母さんを治す為……? そんなの本当は無理だって分かってる。父さんだって母さんだって、一生懸命病気と闘ったんだ……でも無理だった。こんな理由も分からない試練を受けるより、母さんの傍で少しでも顔を見せてあげた方がいいんじゃないか……?

 去って行く道子の背中を追うことも出来ず、僕は山道の入り口で一人佇む。

「追わなくていいのかえ?」

「……アリス様。見てたんですね」

「うむ。わしはお主らの監視役だからのぉ。神社の入り口で試練の完了を見届けて山を先に下りたのじゃ」

「……アリス様。僕はどうしたらいいんだ。千鶴ねぇも母さんも……道子にも……。何て言えば良いか分からない……」

「簡単な事じゃ。自分に嘘をつかぬ事……これが今のお主に必要な事じゃと思うがの。のう、プリン」

 ……雨はさらに降り続け、止む気配はない。

「プリン? ふむ、まだ帰って来ておらぬみたいじゃな。甘えてくる相手がおらんのはつまらんもんじゃの。のぉ、千家のこせがれよ」

「……甘えてくる相手か。ふっ……そうだな。行ってきます」

「……先に宿に行っておるぞよ」

「はい」


 僕は道子を追いかけた。辺りは暗くなり雨も降り続く……。

 数百メートル先の角を曲がった所で、一人の女の子がうずくまり、暗がりの自動販売機の陰で……泣いていた。

「道子!」

「ひっく、ひっく……」

「ごめん……道子! 僕が君に甘え過ぎていたんだ! 千鶴ねぇがあんな事になって、責任を感じて……! 千鶴ねぇの事は好きだけど、それは憧れって言うか……いや、何て言っていいか分からないけど、僕は――」

 言いかけて、ふと千鶴の言葉を思い出す。


「『春臣君、元気でね! たまには連絡下さい』やって! ふぅん……これが春臣の彼女かぁ。眼鏡が似合っとって、可愛いらしいやん。ちょっと道子に似てるかぁ……」


 僕にとって千鶴ねぇは憧れであって、姉的な存在だった。でもいつも傍で支えてくれるのが当たり前だった道子こそが、今の僕にとっては……大切な人なんだ!

「僕は道子の事が――」

 車が水溜まりを跳ね上げ、道子にかからない様に壁を作る。そして車のライトが、泣いている彼女を照らし出す。

「ひっく、ひっく……ねぇさまぁぁぁぁ!!」

「道子……って、なんでやねん」

 うずくまっていたのはプリン様だった。

「プリン様!傘を買ってきま……あれ?春くん……?」

 道子は後ろにいた。

「え……あぁ、道子」

「コンビニに傘を買いに行ってて……。いやね、ほら。プリン様がアリス様と稲荷山神社の境内で待ち合わせしてたのだけど、来なくて、見捨てられたって言われてね」

「え。アリス様なら、先にホテルに帰って……」

「なにっ!? それは誠か! ねぇさま! 今、行きます!!」

 スタタタタッ! と忍者の様な動きで、プリン様はあっという間に見えなくなった。

「道子……」

「春くん……あっ! 傘! プリン様行っちゃったから、一緒に使おうか……」

「うん……」

 二人で傘に入り、今日の宿泊先のホテルへと歩く。

「その……さっきはごめん。言い過ぎた」

「ううん、私の方こそごめん」

「……」

「……さっき、何を言おうとしたの?」

「僕は……いや。それより寒くないか?」

「うん、びちゃびちゃだね。春くん、早く着替えないと風邪ひいちゃ――」

 僕は道子を抱きしめると、傘は地面に転がり、二人は雨に打たれる……そして初めてのキスをした。

「春くん、大好き……」

「僕もだ」

 お互いの濡れた服がくっつき、そして離れる。手を繋ぎ、傘を差し直すと寄り添いながら宿へと向かう。

 宿に着くまではもう言葉はいらなかった。


 ――十八時。ようやくホテルに着き、チェックインを済ませ、先に大浴場へと向かう。

 早く風呂に入って温まりたい。

 次の行き先も気にはなっているが、雨の中で御朱印帳を濡らすわけにはいかず、三番目の御朱印をもらった後は鞄に入れたまま、まだ次の行き先も確認していない。


 お風呂を済ませ、部屋に戻るとなぜかアリス様とプリン様が広縁(ひろえん)の椅子に腰掛け、くつろいでいる。

「あれ? 部屋を間違えたんか? 一〇八号室……いや、合ってるよな?」

「おぅ、千家のこせがれよ。ご苦労であった。すぐに夕飯の時間じゃそうじゃ」

「あぁ、うん……。ところでアリス様、プリン様、僕の部屋で何してるの?」

「見て分からぬか。くつろいでおるのじゃ」

「そうだ! そうだ! 分からぬのか!」

「いやいや。アリス様達は部屋を別に予約してたんじゃないの?」

「人間のくせに無粋じゃのぉ。お主らのルールなぞ知らぬ」

「そうだ! そうだ! お主らのルールなぞ知らぬ!」

「いや、そうじゃなくて。僕はどこで寝たらいいのって話をしてるんだけど?」

「なぬ? わしにそんな事を言わせるのかえ? それはあれじゃ、そのぉ……あれじゃ」

 なぜかもじもじし始めるアリス様。

「プリン、説明してやるがよい」

「はい! ねぇさま! 千家の雑魚は、小娘と同じ部屋で朝まで過ごすのですわ!」

「はあ!?」

「うむ、そうじゃな。分かったのなら、わしの部屋からさっさと出て行くが良い」

「そんな無茶苦茶な!」

「無礼者! さっさと行きなさいっ!」

 プリン様が置いてあった刀に手をかけ、僕は慌てて部屋を飛び出す。そして隣の道子の部屋をノックした。

「道子! ごめん! ちょっと入れてくれないか!」

「はぁい――」

 部屋の中から声が聞こえ、ドアのロックを外す音が聞こえた。

「どうしたの? 春くん……」

「道子? あっ、いや……その……」

「ん? どうした?」

「目のやり場に困るというか……。浴衣がちょっと、はだけ……」

「ひゃぁ!! ちょちょちょちょちょちょ……」

 風呂上がりなのだろう。いつもはくくっている髪を下ろし、眼鏡も無く、大人っぽい道子を見て、一瞬部屋を間違えたのかと思った。さらに浴衣がはだけており、目のやり場に困る。顔が真っ赤になった道子は慌てて浴衣を直す。

「ごめんなさい! 荷物の片付けしてて、暑かったから少し浴衣を緩めてて……ひゃぁ!!」

「あ、いや。こっちも急にごめん。実はアリス様達に予約してた部屋を乗っ取られて……」

「はい?」

「僕と道子の二部屋取ってたんだけど、向こうの部屋はアリス様達が使うって追い出されたんよ。他に部屋借りるのもお金かかるし……」

「……ふぅん。変な事しない?」

「しない! しない! しない! 神様に誓っ……アリス様以外の神様に誓って!」

「じぃぃぃぃぃぃぃ」

「………………………………」

「じぃぃぃぃぃぃぃ」

「………………………………うっ」

「あっ、今、目が泳いだ」

「え! 違うって泳いでないって!」

「ぷっ! あはははは! 冗談よ。さ、春臣君。入りなさい」

「あ、はい。ありがとうございます。失礼します」

「あはははは! 春くん、職員室かよっ!」

「何だよ! 道子こそ、先生みたいな言い方すんなや」

「あはははは! もう笑わせないで!」

 そんなこんなで何とか部屋にも入れてもらえ、その後、アリス様達に声をかけると、レストランへと向かった。


 ――夕食も終わり、四人で部屋へと帰って来たタイミングでその電話は鳴った。

「プリンよ、うまかったのぉ」

「はい! ねぇさま! 特にプリンがおいしゅうておいしゅうて――」

「わしはあのイカを焼いた――」

「それじゃ、アリス様プリン様。おやすみなさい」

 そう言いながら、僕が部屋へ入ろうとドアを開けた時、スマホが鳴り、着信画面に千鶴の名前が表示される。

「え! 道子! 千鶴ねぇから電話!」

「えっ! 嘘! 良かった!」

「もしもし! 千鶴ねぇ! 大丈夫か!?」

『もしもし? 春臣くん?』

 すぐに声で、千鶴じゃないと分かる。

「……おばさん?」

『えぇ、ごめんなさいね。遅い時間に』

「いいえ、全然大丈夫です。千鶴ねぇの具合はいかがですか? あれ、おばさん? もしも――」








『……ごめんね』








「え……どういう……」

『さっきね……千鶴が……。息を引き取ったの……ごめんね……ごめんね……』

「え……何、言っ……」

「春くん? どうしたの? 千鶴ねぇは――」

「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁ……!!  あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ……!!」


………

……


 ――そこからは頭が真っ白になり、あまり覚えていない。僕はスマホを床に落とし、それを道子が拾うと、僕と代わり電話でしばらく話をしていた。


 号泣しながら……。

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