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瀬戸の御朱印物語  作者: ざこぴぃ
第二章
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第九話・昔々あるところに

 ――瀬戸千鶴、享年二十。

 神戸の専門学校に通う笑顔の似合う活発な女の子。死因は心不全……幼い頃から患い、周りにはそれを隠す様に生きてきた。

 二〇二八年三月三十日。

 千家春臣と旅行に出かけ、笠岡市伏越港のフェリー乗り場付近で倒れ、そのまま病院へ。翌日、帰らぬ人となった。


「えぐ、えぐっ……!」

「何でだよ……!!」

 僕と道子にとって、同じ島の出身である二つ年上の千鶴は姉的存在であり、憧れであり、道標でもあった。

 ホテルの部屋で道子と二人悲しみに打ちのめされた。もう千鶴の笑顔を見る事も、話をする事も出来ない。

 部屋にはアリス様とプリン様も来て、黙ったまま広縁の椅子に座り、じっと外を眺めている。今の僕達には誰の声も聞こえない、ただただ悲しみで胸がはち切れそうだった。

 一時間程経っただろうか? 道子がタオルで涙を拭いながら、話しかけてくる。

「ひっく……春くん。おばさんの話では明日がお通夜なんやって……ひっく。千鶴ねぇは今夜、笠岡の病院から松山へ連れて帰るそうよ……ひっく」

「明日……」

「うん……。鶴島には戻らず、市内の葬儀場へそのまま行くみたい。場所は後で連絡するって……」

「そうか……」

「どうするの?」

「……行くさ。千鶴ねぇの顔を見て、文句の一つでも……うぅっ!」

 言葉を発しようとすると、胸が熱くなり、涙がまた溢れた。

「分かった、私も一緒に戻る。アリス様、プリン様……聞いての通りでして、私達はここでリタイアさせて頂きます」

「……そうか。残念じゃが、致し方ないの。最後にお主らに良いものを見せてやろう。プリンよ」

「はい、ねぇさま!」

「良いもの……?」

「電気消しますわね」

 そう言うとプリン様が部屋の明かりを消し、窓を開けた。

 外は雨が止み、窓から見える山の上には満月が浮かんでいた。

「満月か……。アリス様、見せたいものって満月ですか?」

「千家のこせがれよ。山を良く見てみるが良い」

「……山? あれは確か、今日行った稲荷山神社の……え? 何か動いている……?」

 目を凝らして山を見ると、明かりの様なものが見える。それは等間隔で、山の形に沿うように続いていた。

 道子も眼鏡をかけ、僕の横で窓の外を眺める。

「アリス様、あれは何ですか? 松明の明かりの様な……」

「うむ、小娘よ。あれは狐に嫁入りじゃ」

「狐に嫁入り……? 狐の嫁入りではなくてですか?」

「そうじゃ。お主らの世界ではそう言うのかもしれぬな。正式には狐に嫁入りじゃ」

「狐の嫁入りは聞いた事があるけど、狐に嫁入りは初めて聞いた……」

「そうやね……」

 誰に言われる訳でもなく、その山に向かい手を合わせる。

「一つ、お主らに昔話をしてやろうかの」

「昔話? はい、アリス様」

「うむ。――昔々あるところに二匹の親子狐がおりました。親子狐は――」


……

………


 ――昔々あるところに二匹の親子狐がおりました。母狐と、その子狐です。親子狐は、とある家の天井裏に住み着いていました。

 ある日、その家に赤ん坊が産まれました。それはかわいいかわいい女の子でした。親子狐も毎日天井から赤子を覗き見てはあやし、赤子も親子狐に気付いてか、天井を見ては良く笑いました。

 その赤子が七つになる頃でした。何やら人間達がバタバタとしています。その日の夜、その子は家に帰って来ず、居間からはすすり泣く声が聞こえてきました。

「きっとあの子に何かあったに違いない」そう思った親子狐は後日、人間の親の後をこっそり付いて行きました。人間達が入った建物の窓から中を覗くと、あの子がいました。顔や手に管の様な物を繋がれ、目を閉じ寝ている様でした。

 子狐は思いました。この娘を助けてやりたい、と。

 子狐は家に帰ると母狐に相談しました。あの子を元気にしてやりたいと。母狐も黙って頷きました。

 一ヶ月後、あの子が帰って来ました。待ってましたとばかりに子狐は、人気のない頃合いを見計らい、部屋へと下り、娘の体に取り憑こうとした時でした。

「どこの狐じゃ! その子に近付くでねぇ!!」

 子狐は、ちょうど部屋に入って来たお婆さんと出くわし、逃げようとしました。

「これでも喰らえ!!」

 お婆さんは近くにあった狐の置物を、子狐に向かい投げつけました。それは偶然かあるいは、お婆さんは知っていたのか。その狐の置物に当たった子狐は、あろうことかその置物の中へと吸い込まれる様に消えてしまいました。

 そして子狐を助けに来た母狐は箒を振り回すお婆さんに飛びかかり、そのまま取り憑きました。

 ……いつしかその狐の置物は、行方知れずとなり、お婆さんに取り憑いた狐は、お婆さんが病気で体を壊すまで、その目を通し娘を見守ってきました。

 そのまま時は流れ、娘が十八の誕生日を迎えた頃……。娘の病気が再発。生死の境を彷徨う娘が見た夢は一匹の子狐の夢だったそうです。

「……ようやく会えましたね」

「……あなたは誰?」

「私は稲荷山狐の息子、センノタヅと申します」

「狐の息子……? タヅさん?」

「はい。稲荷山狐とは五百年以上この世で生き長らえ、妖かしとなった狐で御座います。と言う私も、もうすぐ百歳になりますが……」

「百歳!! ひょえぇ……。それでその狐さんがどうしてここに?」

「はい。あなたが産まれてから私達はあなたをずっと見守ってきました。しかし、あなたはもう長くは生きられません」

「……あと、どのくらい生きられますか?」

「……無理せず養生をして二年、あるいは三年……。普通の生活を続けて数カ月……といったところでしょうか」

「そっかそっか……。もうすぐお別れなのか……でもそんな気はしてた……」

「そこであなたにご提案があります」

「提案?」

「あなたは先日、屋根裏で古文書を見つけ、私の封印を解いてくれました。そして私とあなたの魂は今、結びついています。あなたは間もなく人間としての生涯を終えるでしょう。ですが、まだ生きる方法があります。それは――」

「……そうなのね。それは少しだけ考えさせて下さい。それとは別に一つだけ狐さんにお願いあります」

「私に出来る事であれば……」

「あいつ……あいつと一度、一度だけでいい。旅をしてみたい――」

「分かりました。善処致します」

 こうして人間の娘は子狐と共に生きて行く事を決めたのでした。


……

………


「――決めたのでした。おしまい」

「アリス様!? ……それって千鶴ねぇの話じゃないんですか!」

「え? 道子? どういう事?」

「さての、わしは昔話をしただけじゃ」

「春くん! 見て! あの山の狐に嫁入りは千鶴ねぇなんだよ!」

「そういう事か……! さっきのお婆さん! どこかで見た事あると思ったら、小さい頃に千鶴ねぇの家で見たお婆さんや!」

「え!? 今日のお婆さんって千鶴ねぇのお婆さん!?」

「確かそうや……。子供の旅立ちを見送りに来たってこういう意味やったんか……」

 僕達はまた山に向かい手を合わせる。もしあの松明の明かりの中の一本が本当に千鶴だったのなら……。

「千鶴ねぇ、ありがとう」

「千鶴ねぇ、いつかまた会いたいです」

 千鶴が急にいなくなった事にひどく動揺したが、今は少しだけ気持ちが軽くなった。そして狐に嫁入りは三十分程で徐々に消えていく。

「行っちゃったね……」

「あぁ……」

「春くん、明日帰るんでしょ?」

「そやね。千鶴ねぇの顔を見て、ちゃんとお別れせんとな」

「うん、分かった。時刻調べるね……確か柳井港からフェリーが出てたと思うんよ……」

「ありがとう、道子」

「さて、プリンよ。わしらも部屋に戻り、一杯やるかのぉ」

「はい! ねぇさま! 晩酌ですわね! いつものコーラ買ってきます!」

「プリンよ、バラすでない」

「子どもかっ! ……いや。アリス様、プリン様、本当にありがとう。今、見聞きした事が本当かどうかは分からないけど……ちゃんと千鶴ねぇにお別れを言ってくるよ。試練は間に合わないだろうからリタイアするけど、いつかまた……」

「千家のこせがれよ。リタイアするのは構わぬが、次の行き先は見てないのじゃな。まぁ、どちらでも良いわ。わしらは明日の朝立つでの。それまでに決めたらええ」

 そう言うと、アリス様とプリン様は部屋を出ていった。


 道子と二人、部屋に残され、開けっ放しの窓から空を見上げる。

「明日は晴れそうね……」

「あぁ……」

 雨も止み、綺麗な星空が見える。

「さっき、アリス様が次の行き先がどうこう言ってたわよね?」

「ん? あぁ、でももういいよ。明日は千鶴ねぇを見送るんだ」

「春くん、御朱印帳見てもいい?」

「いいよ、そこのバッグに入ってる」

 道子は暗がりでバッグから御朱印帳を出し、外の明かりで四つ目のページを開く。

「次は……」

「ははは……これで遠かったらますますリタイアやな」

「次は……伊豫稲荷神社(いよいなりじんじゃ)

「え?」

「あれ? この神社って……もしかして愛媛県?」

「たぶん伊予市やな、そこ」

「明日、千鶴ねぇのお通夜が松山やろうから、近いな……」

「ほんまやね。どうする? 春くん。私は春くんの言う通りにする」

「……少し考えてもいいか?」

「分かった。今夜はもう寝ましょう」

「そやな、おやすみ。道子」

「おやすみ、春くん」

 その日は肌寒い夜だった。それは少しだけ窓を開けたまま、もしかしたら千鶴が見ているかもしれない気がして、そのまま眠ったからなのだ。


 ――ありがとう千鶴ねぇ。そしてさようなら。

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