第十話・瀬戸内海横断
――四月一日(御朱印集め三日目)。
山口県柳井市。
「春くん、おはよう」
「あぁ……おはよう、道子。ん? ここはどこだ……?」
「春くん、何寝ぼけてるの」
壁には金魚の形をした提灯がぶら下がっている。
「……あっ、柳井のホテルか。そうや、昨夜は千鶴ねぇの……」
「うん……。思い出した? 起きて支度しよ。モーニング食べたら、出発するわよ」
「あぁ、分かった。フェリーの時間調べたんだっけ?」
「うん、柳井港から三津浜までの九時のフェリーを予約したから、八時半には出なきゃ」
「そうか、ありがとう。助かる」
そして支度を済ませ、ホテル一階のレストランで、バイキング形式のモーニングを食べていると、アリス様達もやって来た。
「うむ、おはようぞ」
「アリス様、プリン様、おはようございます」
「して、お主らの答えは出たかの?お主らがリタイアするのならわしらは、監視役を外れ帰る事になるのじゃが?」
「はい、アリス様。僕達は……」
「春くん……」
「僕達は……この試練を続けます」
「ほぅ……」
「春くんっ!!」
「これから伊豫稲荷神社へ向かい、夕方、千鶴ねぇのお通夜に出席して……そこから最上稲荷山妙教寺へ向かいます。これなら全て周れる。試練に合格出来ればの話だけど……」
「うんっ! 分かった! それで予定立ててみるよ!」
「道子、頼んだ」
「そちたちの答えはよう分かった。プリンよ、わしらも伊豫稲荷神社へと向かおうぞ」
「はひ! ねぇさま。ずるずるずる――」
プリン様は、口いっぱいにスパゲッティを頬張りながら、両手でデザートのプリンを持っている。どのタイミングであのプリンを食べるのだろうかと、アリス様の話も半分にプリン様の食べっぷりが気になった。
「――ずるずるずる……ちゅるん。ずるずるずる――」
プリンをおかず代わりにスパゲッティを食べている。知り合いでご飯の時は炭酸ジュースと決めている人がいたが、ご飯の時にプリンをおかずにする神様は初めて見た。お行儀が悪いと、注意した方がいいのか悩む。
「プリンよ。その食べ方は――」
「はひ! ねぇさま! ずるずるずる――ちゅるん」
「――欲張りさんじゃのぉ。わしもしてみるかの」
「はい! ねぇさま! すぐにご用意致しますわ!」
「注意せんのかいっ!」
「ん?」
思わずツッコミをいれてしまう自分が悲しい。
――御朱印集め『瀬戸内横断ウルトラ御朱印巡り』三日目。
ホテルでチェックアウトを済ませ、柳井駅から柳井港までの一区間だけ電車で移動すると、フェリー乗り場へと向かう。
『ボォォォォォ――』
フェリーの汽笛を聞くと、白石島行きのフェリーで隣に座っていた千鶴の事を思い出す。数日前なのに、すごく時間が経った気がした。
「春くん、ちょうどフェリーが着いたみたい。あれに乗るんよ。春くん?」
「……ん。あぁ」
「……千鶴ねぇの事思い出してたんやろ」
「え! あぁ……うん」
「大丈夫や、大丈夫……」
そう言いながら背中をさすってくれる道子の手は小さく、そして冷たかった。
「さんきゅ。ちょっとコーヒー買ってくるわ」
「うん、分かった」
僕は待合室の自動販売機で温かいコーヒーとミルクティーを買い、道子にミルクティーを渡す。
「春くん、ありがとう。私がミルクティー好きなの知ってたんだ!」
「え? そうなん?」
「うん! 何でも分かるんだなぁ、春くんは――」
ごめんなさい。完全にミスりました。東京にいた頃、中学二年の学級委員長がミルクティーが好きで帰りに買って飲んでました。道子さんごめんなさい。
「おおおおおんなのきょはミルクティー好きかな? って思っただけだひょ」
「なぜ、噛み噛みなのだ」
「へ?」
「おい、春くん。誰かと間違えたな」
「そそそそそんな事はにゃひ!!」
「あやしいのだ」
「ほ、ほら、道子。フェリー着いたぞ!」
「じぃぃぃぃぃぃ」
「さ、行こう行こう」
「じぃぃぃぃぃぃ」
『ボォォォォォ――』
フェリーの汽笛に助けられ、フェリーに乗り込むとそこでまさかの再会があった。
「――じゃけえ! 言うとるでしょ! 桃太はもうちぃと男らしゅうしたほうがええ!」
「そんなこと言われても、元からこねぇな性格じゃし……」
「あぁ! もう! ぐずぐず言わんの!」
「……」
フェリーの船内には、座席とカーペット敷きの床がある。二時間半の移動となる為、雑魚寝出来るスペースでは数人の人が横になり、仮眠を取ったりしている。
そこから紅葉と桃太の仲睦まじい会話が聞こえてきたのだ。
「あれ? 紅葉さんと桃太君やん」
「春くん、知り合い?」
「あぁ、そうか。道子は初日いなかったから二人を見てないか。あの二人も伏見狐の御朱印帳を集めとる」
「あれ? 春臣さん?」
「桃太君、おはよう。紅葉さんもおはよう」
「おはようございます。やっぱり千鶴さんは一緒じゃないんですね。御朱印帳から名前が消えてたから心配してました」
「何しに来たんや? 違うおなご連れて……きしょ」
「ちょっと! 紅葉! 春臣さんすんません」
「ははは、桃太君も大変やな。こっちは道子。千鶴ねぇの代わりで一緒に周ってるんよ」
「初めまして、道子って言い――」
「あのおなごはどしたんよ。まだ勝負はついとらんじゃろうに。うちが怖うなって逃げたんじゃなかろうね」
「千鶴ねぇは……。あぁ、ちょっと風邪を引いて、熱が出たんで急遽交代したんよ。紅葉さんごめんな」
「しょうもな!あんだけの雨で風邪ひくなんて、うちの相手にもならん。うちの勝ちじゃ」
「ちょっと! 春くん! 千鶴ねぇは――」
「そやな。紅葉さんの勝ちや。千鶴ねぇには僕から伝えとくわ。道子、向こうに行こ」
「うん……」
「ふんっ!」
「ちょっと! 紅葉! 春臣さん、道子さんすんません!」
「桃太君達も頑張ってや。僕らも……頑張るけん」
「はい。いつもすんません」
僕達は雑魚寝スペースを後に、船内を移動し、空いている椅子へと座る。
「ねぇ、春くん。あれで良かったん?」
「あぁ……言うても何も変わらんし、僕らは僕らのやれる事をしよ。今は他のチームの事を考えてやれるほど、余裕もないし……」
「そやね……。でも、ちょっと変わった子やったね」
「最初は千鶴ねぇが喧嘩を吹っかけたんよ……はぁ」
「そうやったん……何か目に見えて分かる気がするわ……」
「そやろ……」
ため息交じりの些細な喧嘩など、フェリーのエンジン音にかき消され、そして波に消えていく。
――千鶴は死んだんだ。
その一言は言えなかった。言ったら駄目な気がした……。僕の中ではまだ千鶴はあの病院で眠っている……。そして僕が行ったら、いつもの調子で笑って馬鹿にするんだ。そうであって欲しいから、今は口にはしない。
「春くん、泣いてるの? これ、ハンカチ使って……」
「う、うん……ごめん……」
「よしよし……」
「うぅぅ……」
「大丈夫、大丈夫……」
フェリーは順調に進み、僕は疲れからかいつの間にか眠ってしまっていた。小一時間程寝ただろうか。誰かの声が聞こえ、目が覚める。
「道子……どしたん?」
「あ、春くんおはよう。ゆっくり眠れた?」
「あぁ……ちょっと首が痛いかも……あいたた……」
「ふふ。今ね、桃太君が来てさっきの謝罪とコーヒーを持って来てくれたんよ」
「そうやったん……気付かんかったわ」
「少し話をしたんだけど、紅葉さんがあんな態度取るには理由があるんやって」
「理由?」
「うん。彼女のお姉さんが交通事故で、そのまま目覚めないまま入院してて……それで今回の御朱印帳巡りに参加したらしいのよ」
「あぁ、それで参加したんか。お姉さんを元気にしてあげたいんやな」
「うん、そうみたい。それで千鶴ねぇがね……お姉さんにそっくりなんやって」
「千鶴ねぇが?」
「見た目じゃないよ。性格がね……。元気な時はいつも喧嘩ばかりだったらしくて、急に喧嘩相手がいなくなって……寂しかったんじゃないんかな……」
「そうやったんか。それであんな態度を……」
「うん、千鶴ねぇの事、言わなくて正解だったかも」
「そやな。……ちょっとデッキで風に当たりに行くよ」
「あっ、私も行く」
フェリーは色んな人の思いを乗せて、波しぶきを上げ、瀬戸内海を突っ切っていく。楽しい思い出も悲しい思い出も……瀬戸内海を眺めていたら少し心が安らいだ気がした。




