第七話・稲荷山神社
――三月三十一日(御朱印集め二日目)。
草戸稲荷神社の本殿にお参りを済ませると、御朱印帳の三ページ目に次の行き先が表示される。
「次は稲荷山神社……か」
「稲荷山神社……? 似た名前の所もあるけど、位置的に山口県かな? ここみたいやね」
草戸稲荷神社を後に福山駅へと向かいながら、道子がスマホでマップを開き、次の行き先を調べてくれた。
「柳井市?」
「そうみたいやね」
「……道子、言いにくいんだけど……」
「どうしたの? 改まって……まさかプロポーズ!? 待って待って! 心の準備が……すぅはぁすぅはぁ……。はい! 喜んで! 末永くよろ――」
「いや、違うんだ」
「がーん」
「いや、違うんだ。違うというか、全く別の話なんだ、聞いてくれ」
「……いやよ。私はリタイアはせんし、万が一、五感を失う事になっても……諦めんけん」
「おま……知ってたんか!」
「春くん、気付いてなかったの?」
「何を?」
「これって絵本『狐の婿入り』のお話そっくりやけん」
「え? あの小さい頃に読んでた絵本?」
「そうよ」
「そう言われたら、そんな昔話があった気もするけど……」
絵本『狐の婿入り』。それは、狐の娘を好きになった村の男が、狐の出す試練に五つ挑戦し、最後は結婚するという昔話。
「もし絵本の通りだとすると、そうなるかなぁって。それに春くんのお母さんの為なら仕方ないって思って……。『諦めんのはやってからにしいや!』でしょ?」
「かなわんなぁ……全部知ってて、おみくじ引いたんか……?」
「うんっ! えへへ。たまには褒めてくれてもいいんだぞ!」
「もう無茶はするな。危なかったらすぐリタイアするからな。将来、僕のお嫁さんになってくれるんやろ?」
「……うん」
「ほんなら、言う事聞いてくれ」
「……うん」
一時しのぎでそう言ってしまったのか、それとも僕の心に変化があったのか? それは分からないが、道子を危険な目に遭わせるわけにはいかない……そう思った。
「道子、とりあえず次の目的地を目指そうか」
「そうやね。それとこれ、春くんに預けとく」
「ん? 何?」
「私が今までこつこつと貯めてきた、春くんとの結婚資金。少ししか無いけど使って」
「はぁ!? いやいやいや……はぁ!?」
渡された封筒には五万円入っている。
「道子! こういうのは駄目だ! 受け取れない! 色んな意味で!」
「……冗談やん。来る前に春くんのお父さんに頼まれたんよ」
「え? そうなん? ……ほんなら、ええか」
「うん! たぶんタクシーも使わないとだし、泊まる所も決めながら行かないと!」
「そうやな……助かる。道子、ありがとう」
「そんな素直にお礼言われると私……」
「ん?」
「想像妊娠しちゃう」
「なんでやねん」
僕達は福山駅まで戻り、今度は柳井駅へと向かう。
――三つ目の御朱印を求め、広島県福山市から西へ、今度は隣の山口県へ。山陽新幹線を広島駅で下車し、広島駅で山陽本線に乗り換え岩国を経由し、柳井駅へと移動。約三時間の電車移動だ。
電車の中で柳井市での宿泊先も確保し、今日は稲荷山神社までの参拝で終了となりそうだった。
柳井駅に着くと、稲荷山神社までは徒歩で向かいながら、何気なく御朱印帳を見て気付く。
「ふぁ?」
「どうしたの? 春くん。すっとんきょうな声を出して」
「すっとんきょうかどうかは分からないが……道子、これを見てくれ」
「ふぁ?」
道子がすっとんきょうな声を上げて、御朱印帳の裏表紙を覗き込む。
「名前が消えてるやん……」
「あぁ……リタイアしたのかもしれんな」
「嘘……。何かあったのかしら……」
「試練の代償、五感を失う事に気付いたか、もしくは失ってリタイアしたか」
「やばいやつやん……」
山口福、山口泰子。そして香川凛、淡路島之介……。四人が既にリタイアしていた。
二番目の試練でリタイアしたのか、三番目でリタイアしたのかは、これだけでは分からない。
凛の連絡先も登録はしてある。もし何かあれば向こうから連絡はあるだろう。今は詮索せず、自分達の試練を乗り切る事だけを考えよう。
稲荷山神社へ登る山道へと着くと、一人のお婆さんが道路脇に腰掛けている。
どこかで見た事のあるお婆さんだったが、それは良くある風景というか、誰か座っている程度で特に気にする事もなく、軽く会釈し通り過ぎようとした時……。
「こんにちは。お婆ちゃん、具合でも悪い? 大丈夫?」
道子がお婆さんに話しかけた。
「お、おい、道子」
「ん……? お前さん達、お稲荷さんに上がるんかね?」
「はい。お婆ちゃんはどうしたの?」
「わすもお稲荷さんにお参りに上がりたいんだけんど、膝が痛くてねぇ。これからタクシーを呼ぼうかと思っちょって……」
「タクシーなら私が呼びますが……。ねぇ、春くん。おんぶしてあげられない?」
「Why?」
「春くん。――困ってる人を見かけたら?」
「助けてあげよう、ホットケナイ」
「良くできました! 春くんには私をプレゼント!」
「ちょっ!それは鶴島の看板に書いてあるキャッチコピーというか、大人が考えた――」
「ありがとうねぇ。それじゃぁ、お言葉に甘えて……」
甘えるんかい! と心の中でツッコミを入れながらも、さすがにほっとけず、お婆さんをおんぶする。
「……くんくん」
「お婆さんは稲荷山神社へは良く行かれるんですか?」
「いえね。今夜、子供が旅立つのでね。お稲荷さんにお参りして、末永く幸せになれる様にお願いしに来たんだよ」
「へぇ、そうなんですか。幸せになられると良いですね!」
「……くんくん。お婆さん、犬飼ってます?」
「はて? 犬はこうちょりませんが」
「そうですか。すいません、変な事聞いて……お婆さん、猫飼ってます?」
「はて? 猫もこうちょりませんが」
「そうですか。お婆さん、鳥――」
「春くん! 会話が噛み合ってないよ! 話題探さなくていいから黙って歩く!」
「……はい」
「ふぉふぉ、面白い子達やの」
お婆さんを背負いながら、山道を歩いて上がる。山道とはいえ、車でも行ける道だ。比較的歩きやすいとはいえ、一人背負って上がるには少々きつい。
「はぁはぁ……」
「どした? 春くん! 息が上がってるぞ! ふぁいおー!」
「はぁはぁ……そうは……言っても……はぁはぁ……これは……きつい……」
「お兄さん、無理はせんでもいいけん。ここらで置いていっても、わしは大丈夫やけんねぇ……」
「え? 本当ですか? はぁはぁ……じゃ、お婆さんのお言葉に甘え……」
「甘えんな」
道子の待ってましたとばかりのツッコミで、気持ちを持ち直す。
十分程登っただろうか? 視界にようやく赤い鳥居が見えてくる。
「着いた……はぁはぁ……」
「春くん! もう一息! 頑張れ!」
最後の坂道を登りきり、お婆さんを鳥居の側に下ろす。
「はぁはぁはぁはぁ……」
「よっこいしょ。いやいや、まことにたすかぁました。ありがとうねぇ」
「どういたしまして。うちの春くんが役に立てて良かったです」
「はぁはぁ……」
すると御朱印帳が薄っすら光り、目的地に着いた事を知らせる。
「三番目の……御朱印……」
「見せて見せて!」
そして、試練の課題が表示されるのを待っていると薄っすらと文字が浮かび上がった。
『一刻以内にご奉仕をせよ』
「え? 春くん、これどういう意味? しかも一刻……て、えぇと……二時間だって! 時間ないやん! 奉仕って何よ! 奉仕、奉仕……」
いつの間にか辺りには少し霧が出ている。この後、雨が降るのだろうか? どちらにせよ、元々薄暗い山間部で、夕暮れ時が非常に分かりにくい。
道子がスマホとにらめっこし、急いで情報を集める。
「え、と! あぁ! もう! 早く開いて! 電波悪い!」
「道子、道子!」
「何! もう! お願い、早く――」
「お婆さんが……」
「何! お婆さんがどうしたの!?」
「消えた」
「そう! 良かったわね! あっ開いた! え、と……奉仕とは見返りや報酬を求めず、自発的に……え? 今……春くん、何て……」
「お婆さんがいないんだ」
「はい……?」
先程、お婆さんを降ろした辺りを見るが誰もいない。遠くでカラスの鳴き声が聞こえ、それがまた妙に恐怖を煽る。
「カァーカァー……」
「嘘……でしょ……」
「やっぱりそういう事か。道理でおかしいと思った」
「どういう事! 春くん! 説明して!」
「とりあえず、参拝を済ませよう。行きながら話す」
「えぇ……? 試練の課題はどうするの? ねぇ、春くん!」
道子が僕の服の裾を持ち、足早に古びた鳥居を抜けて行く。
「お婆さんがな……」
「う、うん……」
「匂ったんだよ」
「は? 春くん、冗談言ってる?」
「ちげぇよ。おぶった時に、獣の……そう、動物園の様な匂いって言うんか? あんな匂いがしたんよ」
「もしかして犬を飼ってるとかやなくて?」
「僕も最初はそう思っててん。でもな、お婆さんが言うには犬は飼ってない言うねん」
「言うてたな。でもそれなら猫ちゃうか?」
「せやろ? そう思って聞いたんやけど、猫でもない言うねん」
「言うてたな。ほんなら何?」
「あのお婆さん、妙に軽かってん……」
「ちょ! 春くん! 漫才から急に真顔で怖い話やめてや! もう!」
「……ねぇ、お婆さん。まだそこにいるんでしょ?」
「え……? 嘘でしょ。冗談はやめてよ……」
『ガサッガサッ!!』
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
暗くなってきた山中で道子の悲鳴が響き渡り、その声に驚いてか、バサバサッ!とカラスが羽ばたく音が聞こえた……。




