第五話・何でこうなった?
白石島への訪問を終え、僕達は伏越のフェリー乗り場に戻って来た。
辺りは暗くなり始め、時刻は既に午後五時。これから笠岡駅に行き、山陽本線で福山駅へと向かう。
「それでは千鶴さん、春臣さん。私と爺は、ここからは車で移動致しますわ。どこかでお会いするかもしれませんが、その時はお互いライバルという事でお願いしますわね! くしゅん!」
「なんや、凛。風邪ひいとる場合やないで! へっくしょん!」
「おいおい、二人共大丈夫……? 早く着替えないと……」
「ふんっ! えぇ気味や、バチが当たったんじゃろ」
「おいっ! 紅葉さん今の言い方はないやろ!」
紅葉の言い方にカチンとし、僕が食ってかかろうとすると、千鶴と桃太が止めに入った。
「まぁまぁ! 春臣、気にせんでえぇ。腹でも減ったんやろ」
「すんません、紅葉が……。すんません」
「ふんっ! 桃太行くよ!」
そう言うと、紅葉は一人駅へと向かい歩いて行く。もしかして同じ電車で福山市までは一緒になるのか?
凛に別れの挨拶をし、ふぅと深呼吸をすると、紅葉と桃太の後を追う様にして駅に向かい歩いて行く。
日が暮れると街灯が点き始め、歩道の街灯の灯りを見ながら駅へと向かうが、紅葉がチラチラと後ろを振り向くのが気になり、歩幅を短くゆっくりと歩く。
「春臣、さっきはありがとな」
「ん? さっき? 何?」
「ええんよ、何でもない。それよか、あの子らはどこから行くんやろな」
「桃太達? そう言えば聞いてもないし、聞かれてもないな。凛さん達は言ってた?」
「いや、教えてくれへんかった」
「まぁ、そうやろね。言った所で、あんまり不利になるとは思えんけど、ライバルに手の内はなるべく見せたくないもんな」
「まぁ、せやな。うちらはおばちゃんの病気が治る様にお願いしたらええんやろ?」
「そうだけど、千鶴ねぇはそれでいいん? 知らない仲ではないけど、千鶴ねぇも欲しいもんあるんやないん?」
「なんもないで! せやけど、強いて言うなら彼氏やな!」
「なんやねん、それ」
「あははっ! ほんまに欲しいもんがないんよ! 学校にも行けてる。友達もおる。それに春臣が……」
「ん? 僕?」
「いや、せやな。春臣のおばちゃんが元気になるのが一番に決まっとるやないか。どんだけお世話になってきたと思うんよ」
「そんなに世話になったかなぁ……」
「なったなった! 少なくともうちはそう思っとる」
「そうか……。改めて、お願いするわ。千鶴ねぇ、よろしくな」
「おう! お姉ちゃんに任せとき! オーボエに乗ったつもりで――」
「大船な」
「……え? あれって大船言うん? ずっとオーボエやと思っとった……」
「アホか」
「アホとはなんや! これでも専門学校に受かったんやで! 将来看護師になんねん! ほんで、いつか内科に勤めるやろ! そしたら瀬戸内科医て言うねん!」
「ちょっ! 痛いっ! 痛いって! なんやねん! 瀬戸内海と掛けたいだけやんか!」
「今のは千家のこせがれが悪いのじゃ」
「そうだそうだ! 千家が悪いですわ!」
「うるせぇよ!皆で、僕が……え?」
「わっ! びっくりした!」
「ん? なんじゃ?」
「いつからいたんですか? アリス様……」
「ずっとじゃ」
「……」
「……」
なぜか僕達の後ろを、アリス様とプリン様が付いてくる。
監視役がそれぞれのペアに付いて来るとは聞いたが、それは参加者から見えない様に隠れて付いて来るという意味合いだと思っていた。
「千家のこせがれよ、わしは腹が減ったのじゃ」
「知るかっ!」
「貴様! ねぇさまに向かって何て事を! 成敗してくれる!」
「うおい! なぜそうなる! こんな所で刀を抜くな!!」
「あっははは! ウケる!」
「千鶴ねぇ! 笑ってないでこの子を止めて! ちょっ! プリン様! 石を投げるな! こら!」
「あっははは! やれやれぇ! あっははは……?」
急に千鶴が僕にもたれかかり、足元がおぼつかない様に見えた。
「おい! 千鶴ねぇ! どうした! ちょっと! プリン様、ストップストップ!」
「急にめまいが……」
すると、突然魂が抜けた様に千鶴が歩道に倒れ込む。
「ちょ! ちょっ! 大丈夫か! おいっ! 熱あるじゃないか!!」
間一髪で千鶴を抱えると、そのまま歩道に横向きで寝かせた。
「おかしい……なぁ……さっきま……で……。こんな……所……時間切……れ……なの……?」
「おい! 千鶴ねぇ! だ、誰か! 救急車を! 誰か!」
「……はぁはぁっ! くるし……はぁはぁ……!」
「千鶴ねぇ!? どこか痛いのか! 千鶴ねぇ!」
「プリンよ、これは……?」
「はい、ねぇさま。小娘の首にあざが出ています」
「うむ。そういう事か……」
――十分程して、ようやく救急車が到着した。千鶴の顔は真っ青になり、呼吸が浅い……。目の前でバタバタと救急隊員が千鶴をストレッチャーに乗せ、僕も救急車に同乗し、状況を説明する。
「――と言う訳です。早く病院に!」
「慌てるんじゃないけん! 今、受け入れ出来る病院を探しとるけん、ちょっと待ちなさい!」
「は、はい……うぅっ……! 千鶴ねぇ!!」
『血圧70、意識はありません。はい、はい。でしたら、第一病院で受け入れを……はい、分かりました。第一病院へ搬送します』
「瀬戸さん! 大丈夫ですか! すぐ病院着きますからね!瀬戸さん!」
「誰か……誰か……! 千鶴ねぇを助け……て……」
目の前にある千鶴の手を握ると、涙が溢れてくる……。
何でこうなった? さっきまであんなに元気だったのに……!
「君、彼女のご両親に連絡出来るかね?」
「……は……い」
「しっかりしなさい! 男の子だろう! 彼女は頑張ってるんだ! 君が頑張らなくてどうする!」
「!?」
そうだ……千鶴を……千鶴を助けなきゃ……!!
「も、もしもし……おばさん? あ、うん……春臣です。落ち着いて聞いて欲しいんだけど――」
そのまま救急車は救急病院へと向かって行った……。
――笠岡第一病院。
二十時を回った頃、千鶴の両親が病院へと駆けつけた。
「春臣君!!」
「おばさん! おじさん!」
「千鶴は!?」
「はい。今は容体が安定していて、寝ています。……先生がご両親が来られたら教えてくださいって」
「そう……ありがとう、春臣君」
「春臣君、ありがとう。君がいなかったら千鶴はどこでどうなっていたか……」
「おじさん、おばさん! 違うんです! 僕が……僕が……うぅ……!」
我慢していた涙がまた溢れてくる。
「春臣君、君のせいじゃない。救急隊員から連絡があって話は聞いたけん……。少し休んどって、先生の所に行ってくる」
「はい……これ、千鶴ねぇの荷物です……」
「分かった、ありがとう」
お礼を言われる筋合いはない。先生の所へ向かうおじさんとおばさんの背中を見るのが辛かった。元々、古文書さえ見つけなければ……千鶴の誘いを断り、ここまで来なければ……!! そんな思いに駆られる。
「千家のこせがれよ。それは違うぞよ」
「アリス様? 着いて来てたんですか?」
「そうじゃ。まだそなたらがリタイアするとは聞いておらんからの。それに千家のこせがれよ、お主が何もしなくとも、遅かれ早かれ、小娘は倒れておったじゃろう」
「え? どういう事ですか?」
「あれは狐憑きで生命を維持しておる状態じゃ」
「狐憑き? 何ですか、それは……?」
「狐憑きとは狐が人間に乗り移り、体を操り、奇怪な行動を取らせたり、イタズラをしてみたりと、出る症状は様々じゃ」
「じゃぁ、その狐憑きというのを取り除けば千鶴ねぇは治るんですか!」
「落ち着け、千家のこせがれよ。その逆じゃ。いつから憑いておったかは知らんが、あやつが憑いておったから、今まで生きてこられたのじゃ」
「どういう事ですか……?」
「ねぇさま、戻りました! やはり小娘は心不全で間違いありません。今、医者の話を聞きました」
「プリンよ、ご苦労じゃった。千家のこせがれよ、聞いての通りじゃ。下手したら小娘はもっと前に死んでおったかもしれぬ。狐憑きはの、元気な肉体には悪影響かもしれぬが、たまたま病気等になった際に狐が憑いておるとな、そやつが母体を守ろうとして、底知れぬ生命力を発揮するのじゃ。その証拠に小娘の首には狐のあざが出来ておったわ」
「つまり狐憑きを治さない方が、千鶴ねぇにとっては良かったのか……」
「左様」
「分かりました……」
照明が落ちた夜の病院は、廊下の補助灯だけで何ともいえない寂しい雰囲気になる。ただただ静かな廊下を見つめ、なかなか千鶴の両親が帰ってこないのが気がかりだった。
「しかし、お主はこれで相方を失った事になる。次の御朱印をもらう為には、相方を探さねばなるまい。いかがいたす?」
「リタイアしま……」
そう言いかけて、千鶴の顔が浮かんだ。こういう時、千鶴ならきっとこう言う。
『諦めんのはやってからにしいや!』
そうだ……まだ何も始まってない。
「リタイアしま……せん。相方を探します」
「ルール上、相方の変更は大丈夫じゃ。その配られた御朱印帳を持っておれば参加資格となるからの」
「分かりました……」
――その後、千鶴の両親と付き添いを交代し、病室で千鶴の顔を見た。そこで寝ている千鶴はいつもの気丈な千鶴ではなく、優しく笑っている様な寝顔だった……。




