第三話・白石島
白石島行きのフェリーで、千鶴の同級生の香川凛と合流し、古文書の詳しい話などを聞いていると、あっという間に島へと着岸した。
フェリーからは十数人の客が降り、ほとんどが食料品や資材などの搬入業者、そして残りの数人が目的地へと向かう。
「着いたぁ! 気持ちえぇなぁ!」
フェリー乗り場で思いっきり伸びをし、観光客気分の千鶴と、
「千鶴ねぇ、早く行こや」
千鶴を急かす僕。
「爺、この画角で撮ってちょうだい」
「はい、お嬢様」
マイペースな凛と、いつの間にいたのかお付きのお爺さん。
「桃太! 走るけぇ! ついちょいで!」
「ちょ! ちぃとまてぇ! 紅葉!」
そして尻に引かれる男の子と負けず嫌いな女の子。
「凛さん。この古文書ってもしかして何冊もあるんですか?」
「爺、ちょっとお待ち。春臣さんそれはどうなんですかね? 明治のその時代には、ネットもなければテレビもないですわ。古文書の写しが至る所にあるとは思えません。翻訳を誰かがネットでアップでもしない限り……」
「はっ!? ごめん! それうちや! すぐ取り消したけど、古文書を自慢してアップした事があるんよ! ほんとごめん! と、いうわけで気を取り直して、さぁ行こう! おー!」
「おー! じゃねぇよ! 笑わせんな! 千鶴ねぇ! ライバル増やしてどうするん!」
「許せ、弟よ」
「弟じゃねぇし! はぁ……何の為にここまで来たんだか……」
「若者よ。まぁ、そう落ち込むな! 今夜は千鶴お姉さんと凛お姉さんが慰めてあ・げ・る♡」
「うふふ。それも良いですわね」
「え……? そ、そうなん……?」
「ぷっ! あっははは! 春臣! 何、マジになってんの! ウケる!」
「はぁ!?」
「もう! 千鶴さん! 春臣さんが可哀想ですわ。私が慰めてあげますからねぇ」
「お嬢様、今のはお父上にご報告を致します」
「えぇ!! 爺! 今のは冗談ですわ! 冗談!」
「こいつら何しに来たんや……」
ため息しか出ないまま、前を歩く人達に着いて行く。
「その開龍寺ていうのはこっちの方向で合ってるんやな。皆、やっぱり古文書を知っとるんか……? それともただの観光客か……」
「春臣さん。千鶴さんにも落ち度はありますが、すぐ消されたみたいですし、全文は知らないと思いますわ。明治初期の仮名文字は本当に複雑で、簡単に解読出来るとも思えません。何も知らない人が分かるのはせいぜい、白石島と願望成就のキーワードくらいかと思われます」
「そう言われればそうか……」
「せやろ! うちの言った通りやん! 大丈夫やって!」
「千鶴ねぇは一回黙ってくれる?」
「えぇ! 春臣ちゃんが冷たい! 凛お姉さんに乗り換えるつもりなのね! 不潔よ、不潔!」
「あら? 春臣さんなら大歓迎ですわ! 千家の家の者をお婿さんに迎えるのも面白いじゃありませんか! ねぇ、爺」
「はい、お嬢様」
「ちょっ! 凛! 何でそうなるん! 春臣ちゃんは私が手に塩付けて育てて来たんよ!」
「あら千鶴さん? 手に塩付けて育てたら、せいぜいしょっぱいんでしょうねぇ。ふふふ」
「なんやて! 人間は皆しょっぱいんや!」
「ちょっと! 凛さんのお爺さん! 止めてくださいよ!」
「千家様にお爺さん呼ばわり……あんなに小さかった凛お嬢様がお嫁に行ってしまわれる……ぐす」
「爺! 泣かないで! 私はお嫁には行かないわ! 婿養子を取るのよ!」
この人達は本当に何しに来たんだろう?
前を歩いていた人達も見えなくなり、風情のある家屋の間の道を歩いて行く。雲行きが怪しくなり、ポツポツと雨が降り出した。
「千鶴ねぇ、雨降ってきた! 少し急ごう。傘持ってないし!」
僕達はガヤガヤ言いながらも、急ぎ足で開龍寺の入り口まで辿り着く。
開龍寺の鳥居をくぐり、雨に打たれながら先を急ぐ。遠くで雷の音も聞こえ、雨は勢いを増していく。
「天気予報では三十パーセントやったのに! もう! 春臣が雨男なんやない!?」
「ちがうけん! 僕は大概晴れ男やけん! 千鶴ねぇこそ、昔っから雨女やないかい!」
「きぃぃぃ! 飴女って何やねん! 飴ちゃん持ってたらいかんのかい!」
「その飴ちゃうわ!」
「千鶴さん、春臣さん、二人共ごめんなさい。私、豪雨女なの……うふふ」
「あんたかいっ!!」
凛が豪雨女だとカミングアウトした所で、ようやく開龍寺に着いた。しかし、古文書に書かれていた神社らしき建物が見当たらない。
「何やったっけ? 神社の名前」
「確か、四神神社……」
「看板に書いてあるわね。この先みたいですわ」
お寺の本堂からもう少し先に行った山手にようやく目的の神社が見えてきた。
服はずぶ濡れで、もう雨が降っていようがお構いなしに歩いている。靴もちゃぽんちゃぽん音がし、水溜まりさえ避けずに歩いて行く。
「はぁはぁ……ここやない?」
「はぁはぁ……ようやく着いたん?」
お寺の境内に神社があるのも珍しい。明治時代に神仏を分離し、神社と寺院に分けられたそうだ。
四神神社に登る階段の手前には弘法大師の像が建てられており、この場所で修行をしたそうな。母方の先祖もこの地で生まれ育ち、今の僕と同じ景色を見ていたのだろうか。
四神神社の階段手前には屋根の付いた休憩所があり、そこでようやく雨宿りができる。雨も強くなり、風も出てきた。
休憩所には先に着いたであろう人影が見える。
「ゲコゲコ……」
「千鶴ねぇ、これ帰りのフェリー大丈夫かな?」
「そうやねぇ。電話して聞いてみよか」
「あぁ、そうしよ……て圏外や」
「うちのも……圏外や。あっ! 繋がっ……また圏外や」
「私のも不安定ですわ。爺、帰りのフェリーを確認して頂戴」
「かしこまりました」
いつの間にか一人だけ雨合羽を着ている凛。
「ゲコゲコ……」
「凛さん、お爺さんの携帯は繋がるん?」
「はい、春臣さん。爺には衛星電話を持たせていますので、いつでもバリサンですわ」
「バルサン? バルサンて何?」
「違いますわ、春臣さん。バリサンです。バリバリアンテナ三本立っているという昔の若者言葉です」
「アンテナが三本? アンテナが――」
その時だった!
パッと目の前が明るくなり、皆があっ!と顔を空に向けた瞬間――!
「あっ! 今、光っ――」
『ゴロゴロズッシャン! ズドォォン!!』
「キャァ!」
「うわっ!」
「ぎゃっちゃみぃぃ!」
「きゃぁぁ!」
ぐらぐらと地面が揺れ、すぐ近くで雷が落ちた。
「びっくりしたぁ……」
「千鶴ねぇ、大丈夫?」
「ゲコゲコ……」
「あせったぁ!カエルさんもびっくりしとるみたいやな!」
「これ私の着信音なんじゃけど?」
「は?」
先に雨宿りしていた紅葉がスマホを差し出し、千鶴に画面を見せるとLINEの着信の画面でカエルが鳴いている。
「なんでやねん! ずっと可愛いカエルがおる思っとったやんけ!」
「知りませんよ! そっちが勝手に――え? キャァァァァ!!」
「え?」
紅葉が何かを見て悲鳴を上げ、桃太の後ろに隠れる。
皆一斉に紅葉が見ていた四神神社を見上げた。
長い黒髪で巫女装束を着た少女……。何とも言えないそのおぞましいたたずまいでこちらを見ている。目の色は赤く、真っ白な装束と合わさり、まるで白蛇の様にも見えた。
「お主らが今回の試練の参加者かえ?」
そのおぞましい少女が発するドスの利いた恐ろしい声……と思ったが、思っていた声よりちょっと高い。なぜだ。声が高いと怖さより、面白さを感じる。
「おい! お前ら! ねぇさまが聞いておるのだぞ! さっさと答えぬと――!」
「まぁまぁ、プリンよ。落ち着くが良い。わしは鬼でも死神でもない。そんな事では怒りはせぬ」
「ねぇさま! さすがです!」
「そうであろう。わしは心にゆとりを持って、日頃から……おい、貴様ら早く答えぬか。殺すぞ」
「怒ってんじゃねぇか! あっ……」
間髪容れず、ツッコミを入れてしまった。これは千鶴へのツッコミに慣れてしまった自分の為せる業だ。
「ほほぅ。わしに歯向かう者がまだおるのか。そこで待っておれ……」
「ねぇさま! 手摺りにお掴まり下さい! 危のうございます!」
「うむ……」
四神神社に登る階段は案外勾配がきつく、段の幅が狭い。背の低い少女では下りるだけで怖いのだろう。横向きで手摺りに掴まりながら降りてくる。
――五分後。
「はぁはぁはぁ、待たせたの」
「お前ら! 頭が高い! 控えおろう!」
そう言い放った白装束を着たプリンと呼ばれた少女は、金髪と黒髪が相まって、確かにプリンの様にも見える。
その少女が日本刀らしき刀を抜く。
「お前ら、我が獅子王丸の錆にしてくれるわ」
「あの……ちょっと良いですか?」
「なんじゃ若造。言うてみい」
「お二人は、百歩譲って神の使いだとして、なぜここにおられるのでしょうか?」
「ふふ、わしの名か? 聞いて驚くなよ。わしの名は――」
少女は短い手を大きく広げ、聞いてもいないのに、名乗り始めた……。




