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瀬戸の御朱印物語  作者: ざこぴぃ
おまけ
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24/26

瀬戸の御朱印物語

 

 ――二〇六八年三月末。鶴島。

 僕はもうすぐ死ぬ。今年で六十八歳……よくここまで生きられたものだと感心する。医者には六十まで生きられたら良いと言われていた。

 病名は癌……母親と同じ癌に侵され、残りわずかの時間を実家で過ごしていた。

「道子……」

「あなた、大丈夫? もうすぐ千里達が来るけんね」

「あぁ……。道子、そこの帽子を取ってくれまいか?」

「帽子? えぇ……」

 そう言うと道子は、帽子掛けから、黒の帽子を僕の寝ている枕元に置いてくれる。

「ありがとう……」

「あなた、そう言えばもうすぐ春敏(はるとし)千舟(ちふね)の十六歳の誕生日なんよ。千里が双子を産んだ時はどうなる事かと思ったけど、大きくなってくれたわ。あなたのおかげよ」

「そうか……孫達ももう十六か……」

 あの日から今年で五十年……旅先で巡った瀬戸内海と御朱印帳を最近良く思い出す。

「あら、時間だわ。フェリー乗り場まで千里を迎えに行って来るけんね。何かあったら電話してね」

「あぁ……」


 道子が千里達を迎えに出かけると、僕は机の引き出しに手を伸ばし小さな箱と本を取り出す。

 死ぬまで開けないと誓った小箱。理由は覚えていない……その為、中身ももちろん覚えてはいない。けれど、なぜかこれは開けてはいけないと道子と決めた宝物……。

「道子、すまん……」

 この小箱に何が入っていたのか? このところずっと気になっていた。

 体を起こし小箱をそっと開ける。小箱の中には、小さな瓶に透明な液体が入っており、僕は迷わず一気にそれを飲み干した。

「ふぅ……」

 この液体はいったい何だったのか。しかし、もう死を目前に恐怖は無かった。ただただ……楽に逝けるのなら、この体を蝕む痛みから解放されるのなら、それでも良いかという思いがあったのかもしれない。

 そしてベッドで横になり、目を閉じる。僕は昔の事を思い出しながら眠りについた。


………

……


 ――ガタンゴトンガタンゴトン。

 気が付くと、揺れる電車の中で僕は座っている。何とも奇妙な夢だ。なぜなら、目の前の席に若い頃の自分が座っている。

 窓から見える景色は、空を落とし込んだ様な青い青い瀬戸内海だった。瀬戸内海が窓の外に流れていくと同時に、当時の光景が思い出される。

 確か僕は白石島に向かっていて……そうだ。教えてやらないと……。

「――君は白石島へ行くのか?」

「へ? あ、はい」

「――覚えておくと良い。伏見(ふしみ)の主に会う時には、身代わり狐を持っておくと良いぞ」

「伏見? 身代わり? どういう事?」

「良いか? 忘れるでないぞ――」

 これでいい……これで……。


『チリーン』


 その時、どこからともなく懐かしい鈴の音が聞こえた。

「この鈴の音ってまさか……!!」

 僕は鈴の音の聞こえた方へと、座席の背もたれを頼りに、揺れる電車の中を移動する。

『チリーン』

 その音は時々聞こえ、隣の車両から鳴っている様だった。

 そしてBの二十九番席……その席に彼女は座っていた。窓の外を見ている彼女はあの日と変わらない後ろ姿で、僕は彼女に話しかける。

「もしかして、千鶴ねぇ……?」

「ん? 遅いぞ春臣。忘れ物や」

 僕がいつの日か無くしてしまった狐のキーホルダーを持ち、鈴を鳴らす彼女は当時のまま変わらない笑顔の千鶴だった。

「千鶴ねぇ……会いたかった……うぅ……」

「なんや春臣! 気持ちの悪い! 泣くな泣くな! しかしまぁ……老けたな。あははっ!」

「や、やかましいっ! 何十年経ったと思うとんねん!」

「春臣こそ、何十年待たせんねん! 今度こそ、瀬戸内海ウルトラ御朱印巡り最後まで付き合うたる! 今度はうちの……瀬戸千鶴の御朱印物語の始まりや!」

「御朱印巡り……そやな。今年は五十年目やもんな……。でももうこの身体じゃ――」

 そう言おうとすると、千鶴が待ってましたとばかりに僕を指差す。

「諦めんのはやってからにしいや!!」

「……!? ははは……! そやな。うん、そやな。また頼むわ、千鶴ねぇ!」

「おう! オーボエに乗ったつもりで――」

「それ、大船な。何回言ったら覚えんねん――」


……

………


 ――かすかに僕の名を呼ぶ声が聞こえる。

「あなたっ! しっかりして!」

「おじいちゃん!おじいちゃん!」

「ママ! 今、救急艇呼んだから!」

(道子……千里……春敏……千舟……)

「おじいちゃん、何か持っとる! 本? おばあちゃん? どしたん、泣いとるん?」

「これは……御朱印帳……ね。それにあの小箱も開けたのね……馬鹿ね……。ほんと……いつまで経っても子供なんだから……うぅ……。行ってらっしゃい……あなた」

 意識が遠くなる中、最後に聞こえたのは道子の声だった。




………


……





 道子、ありがとう。先に逝ってる……


 いや……千鶴ねぇと先に待ってる。


 また一緒に御朱印巡りしような――。


 

【完】

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