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瀬戸の御朱印物語  作者: ざこぴぃ
第一章
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第一話・始まりの島


 ――あれから二年が経ち、二〇二八年三月の春休み。

 僕は電車に乗り、四国がんセンターへと向かっていた。

 母親の癌が進行し、入院する事になったのだ。当初、余命三年を言い渡された母親は島の暮らしで安定していたものの、だんだんと日常の生活にも支障をきたし、抗がん剤治療の為に入院した。

 病院へ向かう電車の中でスマホゲームをしていると、SNSの通知が点灯する。

『うちや。元気か?』

「ん? 誰だ? 詐欺か? あ、これ、千鶴ねぇのアイコンか」

『千鶴ねぇ、二年ぶり。元気やよ。どしたん?』

『ようやく分かったんよ。例の本』

 例の本? 最初、本当にその存在を忘れており、やはり詐欺か? と疑った。

『千鶴ねぇよね? 例の本ってなんなん?』

『春臣もう忘れたんか! お前はアホなのか!』

 間違いなく彼女だと文面で察した。

 それはうちの二階で見つけた古文書。当時は意味が分からず、そのまま忘れてしまっていた。

『あっ! 古文書の事か。あれ読めたん?』

『そう! 同じ専門学校の同級生の親が考古学に詳しい人を知っててな。預けてたんよ』

『へぇ……そうなんだ』

 僕は正直、すでに興味を失ってはいた。


 千鶴は高校卒業後、看護師を目指し、専門学校がある神戸へと引っ越した。それっきり連絡もなくなり、古文書について話をする相手もおらず、僕はその本の存在すら忘れてしまっていたのだ。

『春臣、春休みやろ? 岡山まで来れへんか?』

『岡山?』

 千鶴の話では、岡山県笠岡市にある瀬戸内海の白石島(しらいしじま)という所に謎を解く鍵があると言う。

『えぇ、めんどく――』

 そう、返信しかけて打つ手を止める。

 白石島――その島の名前には聞き覚えがあった。

『病院に着くから、後でまた連絡します』

『りょ』

 りょ、というスタンプとピースサインをした千鶴の写真が送られてきた。久しぶりに見た千鶴は少し垢抜けた感じでドキドキした。


 四国がんセンターに着くと、母親の着替えを入れ替え、父親から頼まれていた書類を渡す。

「なぁ、母さん。白石島って確か母さんの……」

「白石島? あぁ、亡くなったおじいちゃんが生まれた所ね。おじいちゃんは幼い頃に白石島を離れたそうだけど、ご先祖様のお墓はあるそうよ。母さんもお墓参りに行こうと思ってはいたけど行けてないわね。どうしたの? 急に白石島って」

「あっ、いや。母さんがそんな話をしてたなぁ、て思い出してね」

「そうね……もし、母さんにもしもの事があったら春臣が代わりに行ってくれる?」

「……母さんが病気を治してから一緒に行くよ」

「ふふ、そうね……。分かったわ」

 あの時、古文書には『願望成就』と書かれていた事を思い出した。もしそれが本当なら、母の病気は良くなるのだろうか?いや、そもそもそんな話がこの世界にある訳がない。……あるはずがない。

 僕はSNSを開き、千鶴に返信を送る。

『――笠岡駅までの行き方を教えて。岡山駅までは電車で行けると思う』

『分かったわ。合流する日を決めましょ!』

 千鶴からの返信はすぐにきた。

 そして三月の終わり、僕は鶴島から一人、岡山へと向かった。


「岡山駅までは特急しおかぜで、岡山駅で乗り換え、そこからJR山陽本線の福山行きで笠岡駅まで移動……」

 乗り換えがスムーズに行くように、何度も時刻表をスワイプして確認する。

 千鶴とは岡山駅で合流する予定なのでそこからは任せておけば良いのだが、頼りにならない男では駄目な気がして、幾分気合いを入れる。

 岡山駅までの道中、左手に瀬戸内海を眺めながらうつらうつらと舟を漕ぐ。家を出たのが朝六時過ぎ。少し早めに家を出て、間に合う様に余裕をもったせいか、眠気に襲われる。


………

……


「――君は白石島へ行くのか?」

「へ? あ、はい」

 いつの間にか、向かい合わせの座席に帽子を深く被ったお爺さんが座っている。僕のいる車両は四、五人しか乗っていない。その為、席はガラガラだった。それなのにわざわざ僕の席に来なくても……そんな事を思う。

「――覚えておくと良い。伏見(ふしみ)の主に会う時には、身代わり狐を持っておくと良いぞ」

「伏見? 身代わり? どういう事?」

「良いか? 忘れるでないぞ――」


……

………


 気が付くと、いつの間にか窓にもたれかかり眠ってしまっていた。

 窓の外には瀬戸大橋が見え、電車に乗っていた事を思い出す。

「あれ……? さっきのお爺さんは……?」

 辺りを見てみるが、そんな老人の姿は見えない。

「夢……だったのか?」

 ふと、スマホを見ると千鶴からの連絡が入っており、慌てて返信をする。

『さっき丸亀駅を通過しました。予定通りに着きます。待っていてください』

『りょ』

 今日は彼女の方が三十分程先に着く予定で動いている。どうやら岡山駅で買いたいお土産があるそうだ。


 瀬戸大橋を渡り、岡山駅に着いたのは十一時を少し回っていた。駅で待っていた千鶴を見つけ声をかける。

「千鶴ねぇ! お待たせ!」

「おぅ! 春臣! 大きくなったなぁ! 昔はこんな小さかったのにな!」

「二年でそんなに変わるわけないやろ!」

「はははっ! それもそうやな! 飴ちゃん食べるか?」

「大阪のおばちゃんか!」

 二年ぶりに会った彼女は見違えるほどに……綺麗になっていた。

「――んで、ここから福山行きの電車に乗って笠岡駅で降りるんやな。春臣は帰りはどうするん?」

「一応、特急で帰る予定ではいるけど?」

「うちもそうしようかなぁ。いやな、今日はそのまま実家に帰ろうと思っててな。ほんでお土産を先に見繕ってたんよ」

「そうなんや」

 ふと、お土産屋の入り口にある狐のキーホルダーが目に止まり、手に取ってみると、小さな鈴からチリーンと何とも心地よい音色が聞こえる。

「かわえぇな! それ。うちが買って帰ろうかな」

「……買うたるよ。おばちゃん、これ一個……いや、二個ちょうだい」

「狐のキーホルダーは一個四百円だで」

 一個は千鶴にそのまま渡し、一個はポケットに入れた。千鶴はすぐに狐のキーホルダーをバッグに取り付けると、また鈴の音が聞こえる。

「ありがとう! 春臣! 大切にするわ! これを春臣やと思って!」

「何で僕が狐やねん。それよか、千鶴ねぇは帰りの席取れたん?」

「それなんやけど、どっちで帰ろうかなぁ思って、まだ電車かバスか決めてないんよ」

「そうやったん。でも今から席取れるん?」

「大丈夫やろ? ほれ、このサイトでさっき空きがあっ……」

「千鶴ねぇ、階段でスマホは危ないで」

「あれ? おかしいな。さっき見た時はまだ空いてて……あれ? どうしよう、満席になってるやん……」

「行き当たりばったりにもほどがあるな。だいたい急に白石島行くって言い出したのも千鶴ねぇやしな」

 僕達はホームを移動し、福山行きの電車を待つ間に、千鶴の帰りの便を探す。

『――間もなく電車が発車致します』

「なぁ、春臣。空きあったか?」

「ん……ちょっと待ってや……今、探しおる……」


『トルゥゥゥ――』

 ――十二時前。

 福山行きの電車に乗り込み、白石島を目指す。

 電車はゆっくり動き出し、僕は景色を見る間もなく、千鶴の帰りの電車の空きを探した。

「春臣見てみ。えぇ、景色やなぁ。神戸から見える瀬戸内海も綺麗やけど、こっちの方が海! って感じすんなぁ……何でやろなぁ……」

「千鶴ねぇ、やっぱ空きがないな」

「まだ探しとったん! もうええて! しゃあない! 今日は泊まるか!」

「あぁ、千鶴ねぇはそうした方が良いかも。下手に空きを待ってると宿までいっぱいになるかもしれんしな」

「何言うとるん。春臣も泊まるんよ」

「は? 何で?」

「当たり前やろ! か弱いお姉ちゃんを一人、右も左も分からん所へ置いて行くんかいな! そりゃあきまへん、通りません!」

「なぜ急に西宮のおばさん風なん……」

「ほんなら、そうやなぁ……福山で泊まって、明日帰りに耕三寺寄るっていうのはどうや?」

「あぁ、耕三寺か。小さい頃、鶴島の集まりで連れて行ってもらった記憶があるわ。ほとんど覚えとらんけど」

「よっしゃ、決まりやな! 宿の予約はお姉さんに任せとき! 春臣は帰りの電車キャンセルな!」

「あぁ、うん。父さんにも連絡しとくよ。千鶴ねぇが一緒なら大丈夫やろ。ほんなら、電車キャンセルするよ」

「福山の……どこにしようかなぁ。チヅルホテル? ここに決定やな。二名――」

「――千鶴ねぇ、って聞いてないやん。キャンセルしたよ」

「オッケー、これで宿は大丈夫や。安心して観光出来るな! って、え!! 春臣! 電車のキャンセル通知きたで! 私乗れるやん!」

「え! 嘘やろ! このタイミングでか! そしたら、今度は宿キャンセルせんといかんやん!」

「ほら見てみ! 特急しおかぜ! Bの二十九……」

「ん? それ、僕がさっきキャンセルした席やん……」

「は?」

「は? やないけん! なんで今度は僕が残って、千鶴ねぇが電車で帰るんよ! 意味分からんけん!」

「あっはははっ! ウケる! 春臣がキャンセルした席買うとこやった! ウケる! はははっ!」

「あほか!」

 もう景色を楽しむ時間もなく、電車はあっという間に笠岡駅に着き、そこから今度は徒歩で白石島へのフェリー乗り場、伏越港へと向かう。

「春臣! 見えた! 見えた! あそこやろ! フェリー乗り場!」

「そうみたいやね。マップで確認したから合って――」

「えっと、次のフェリー……!? もう出るやん! 春臣! 走るぞ!」

「え? 千鶴ねぇ? ちょっ! ちょっ、待てよ!」

 ――こうして僕達は、一時の感情と個人的な欲望で……最悪の運命の鐘を鳴らそうとしていた……。


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