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瀬戸の御朱印物語  作者: ざこぴぃ
第三章
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第十八話・あの日の蟹

 岡山駅から予讃線特急しおかぜに乗り、松山駅まで二時間半の電車移動……。これが旅の最後となる。

「席は、BとSの十二……あったここや」

「ふぅ、間に合ったね。春くん、本当に千鶴ねぇの葬儀には行かないの? 松山駅着が十三時過ぎだから、少し遅れるけど間に合うよ」

「あぁ……。道子、聞いてくれ」

 少し間を空けて道子に話を始める。

『トルゥゥゥゥ――間もなく電車が発車致します――』

「……僕が最上稲荷で、伏見狐様に殴りかかろうとしたのを覚えているか?」

「うん、それはもちろん。ちょうど小さい方の狐さんが伏見狐様を庇う様に前へ出て来て、それから目の前が真っ暗になって――」

「そう。あの時、見てしまったんだ……」

「見た? 何を?」

「あの小さい狐の首輪に……僕が岡山駅で買って、千鶴ねぇにあげたキーホルダーが付いてた……」

「えっ!? 嘘! それじゃ、あの狐さんが千鶴ねぇ!?」

「分からない。でもさっき岡山駅でその売店を見たら、あのキーホルダーだけ売ってないんだ。それに僕も同じキーホルダーを買ったんだけど……それも無くしてしまった」

「なんなんそれ……。怖いんやけど」

「この御朱印巡りはほんと……何だったんだろうなぁ」

「アリス様が言ってたじゃない。二人の仲がもっと仲良くなるんじゃぞ! て!」

「言ってねぇし! おい、道子。もう! くっつくなって。他にもお客さんいるんだから」

「いいでしょ! 恋人同士なんだから!」

「え? いつからよ」

「今から――」


 ――電車はまた瀬戸大橋を渡り、四国へと入る。三日前の僕が緊張した面持ちで、岡山駅へと向かう姿が思い出され、心の中で『頑張れよ』と声を掛ける。

 あの時の僕は久々に会う千鶴に、そして初めての一人旅に緊張し、景色を見る余裕も無かった。

 今は通り過ぎていく瀬戸内海の島々に、それぞれの人が暮らし、懸命に日々を過ごしている……そんな情景さえ浮かぶ。

「道子……帰ったら、一緒に母さんの所へ……って寝ちゃったか」

 道子は僕の肩を枕代わりにすやすやと気持ち良さそうに寝ている。

「電車って最高のゆりかごなのかもな……。って、何言ってんだか」

 そんなくさいセリフさえ、口に出す余裕がある自分がいた。僕はペットボトルのお茶を開け、瀬戸内海を眺めながらお茶を口に運ぶ――。

「ぶはっ!」

「きゃぁぁぁ! 何! 何! 冷たい!」

 窓側に座っていた道子にお茶を全部吹き出してしまった。

「ごめん! ごめん! 拭く物拭く物!」

「もう! 春くん! 人が気持ち良く寝てるのにお茶をかけるとか非常識よ! 春くんは馬鹿なの!? お馬鹿さんなの!?」

「待て待て! 違うんだ! 拭く物拭く物――」

 カバンからタオルを出し道子の頭を拭き拭きする。

「春くん……言い訳だけは聞いてあげるわ」

「言い訳も何も! ほれ!」

 僕は体を反らし、通路の反対側の席を指差す。

「は……?」

「やろ? 窓に反射して、びっくりして吹いてしまったんよ……」

 通路の反対側で……アリス様達が仲良く駅弁を食べていた。

「アリス様!? いつからいたんですか!」

「むしゃむしゃむしゃむしゃ……」

 誰? みたいな顔をし、黙々とご飯を食べるアリス様達。

「道子、もうアリス様と関わるのをやめてもいいかもしれないと僕の勘が言っている」

「うん、私も同じ事考えてた……」

「――ごっくん。久しいの、千家のこせがれと、付き添いの小娘よ」

「アリス様もさっきまでホテルにいただろ! それにすんごい金額を払ってだな!」

「払ったのは香川凛じゃろ? お主のお財布事情ではないはずじゃが?」

「そ、そうだけど! 見てたのなら、出て来て謝罪のひとつでも――いや、今はそれより何でここにいるんだよ!」

「観光じゃ」

「はい?」

「……冗談じゃ」

「はい?」

「千家のこせがれよ! 笑いなさい! ねぇさまがご冗談を言われたのです! 腹を抱えて笑いなさい!」

「なんでやねん」

 ご飯を食べ終わったアリス様が、空いていた僕らの前の席へと座り、爪楊枝でシーハーしながら話始めた。

「お主に言い忘れた事があっての」

「あっ! もしかして小さい箱か! 言われるまで忘れてたよ」

「そうじゃ。あれは時を一度だけ戻す事が出来る不思議な薬が入っておる」

「時を戻す? またご冗談を」

「信じるも信じぬもお主の自由じゃ」

『ピンポーン。次は伊予三島、伊予三島――お降りの際は――』

「ねぇさま! そろそろ着きますわ!」

「うむ。それではわしらはゆく。お主らの働き、誠に見事であった。その秘薬はわしからの褒美じゃ、ありがたく受け取るが良い」

「え? え? ちょっ――」

 伊予三島駅に着くと同時にアリス様達の姿は風の様に消えていなくなる。

『――プシュゥゥゥ』

「夢……? じゃないよな?」

「うん……私もはっきり聞こえた」

「秘薬……。時を……戻せる……?」

「春くん……」

 しばらくして電車はまた動き出す。

 言葉が出てこなかった。道子が何も言わなくても、言いたい事が分かる。

 ――この秘薬は使ったら駄目だ。と、道子の目が言っている。

 もしこの秘薬を使ったらどうなる? 母さんの病気を治せる? いや、違う。

 もしこの秘薬を使ったらどうなる? 千鶴の病気を治せる? いや……違う。

「春くん! 駄目だよ! 何も変わらない! またつらい目に遭うだけだよ! 春くん!」

「……ふぅ。分かってる。時を戻せるなんてそもそもありえない……けど、もし戻れたとしても、母さんも……千鶴ねぇも、きっと助けられない……」

「そうだよ! 春くん。ありえないからね! いい? 絶対使ったら駄目だからね!」

「道子……。分かった、約束する」

 時を戻しても、病気は治せない。教えてあげる事は出来ても、元気な時の本人に響くとは限らない。そもそも病気の知識もない僕があれこれ言っても聞いてもらえないだろう……。もうこれ以上考えるのはやめよう。終わったんだ、この話は……。


 僕は話題を変える為、ずっと思ってた事を口にする。

「なぁ、道子……。道子はどうして僕の事をずっと好きでいてくれるんだ?」

「何よ! 唐突に! 面と向かって言われると恥ずかしいじゃない!」

「え? いや、何か今更気になって……」

「……そう。実は私、あなたに昔助けられた鶴よ」

「まさか! あの時の……!?」

「嘘おっしゃい。助けた事ないでしょ? 鶴」

「ないな」

「はぁ、あのね? 小さい頃……春くんが東京へ行く前にね」

「うん」

「鶴島の防波堤で、一緒に貝を取ってたじゃない?」

「貝……? そんな事あったかなぁ。覚えてないや」

「あったの。パパ達は防波堤の先で釣りをしてて、私達は岸辺で貝を取ってたんよ」

「あぁ、そう言われたらそんな事もあった様な気がする」

「うん、それでね? 岩の間にホラ貝を見つけたんだけど、手が届かなくて」

「あぁ! 思い出した! 道子の方を見たら、頭が見えなくて、尻と足が上向いてて! バタバタして蟹みたいだったな! 今思うと笑える! はははっ!」

「春くん、殴られたいの?」

「はっ……ごめんなさい」

「あの時、貝に手を伸ばしたら足が滑って岩場に挟まって……波が顔にかかるし、すごく怖かったんだ。しかも、顔の横に大きな蟹までいて……生きた心地がしなかった」

「え……まさか、あの時の蟹が……道子……」

「だまらっしゃい」

「ごめんなさい」

「それでね。あの時、春くんが大きな蟹がいるにも拘わらず、必死で手を伸ばして助けてくれたんよね……」

「蟹がいた話は、今初めて知ったんやけど?」

「私、嬉しかったんだ」

「おい、蟹は?」

「岩で腕を擦りむいて、血が出て、靴もズボンもずぶ濡れで……。そんな君にきゅんきゅんしたのよ」

「あぁ……その後にめっちゃ怒られた記憶があるわ……」

「そうそう! パパ達が釣りしてて、私達をほったらかしにしたのが悪いのにね! あはは!」

「ちょっと待て……そう言えばあの日、晩ご飯で父さん達の釣った魚と一緒に、蟹を食べた記憶があるんだが……」

「あの蟹はパパが取ったのよ。あの岩場に大きな蟹がいて怖かった! て、泣きながら教えたら、慌てて岩に頭を突っ込んで取ってたわ。子供より蟹なのかい! って、しばらくパパと口利かなかったもん」

「その節はごちそうさまでした。あっ! それで道子は蟹が苦手なのか!」

「そうよ、あの時の蟹がずっとトラウマなの。でもあの出来事が無かったら、春くんをここまで好きになってたかは分からないわ」

「道子……」

「春くん、大好……」

「それでその蟹は、無事に生まれ変われたのだろうか?」

「春くんはどうしても殴られたいのか?」

「ごめんなさい……」

 そんな思い出話に花を咲かせているうちに、電車は松山駅へと到着する。

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