第十七話・ぴっ!
――四月二日、岡山市内ホテル。
僕と道子は御朱印巡りを終え、凛の用意したホテルへと泊まり、朝を迎えた。
「おはよう、春くん。少し眠れた?」
「道子、おはよう。うん……四時過ぎには寝てたと思う」
「そう、良かった」
「道子、昨日は本当にごめ――」
「春くん、何回も言わせないで。あれで良かったんよ。もしお母さんの病気の話をしても、聞いてもらえるだけで、結果は同じよ」
「そうなんだけど、道子も良い気分はしなかっただろ?」
「はいはい、この話はもう終わり! もう八時よ。バイキングの時間終わっちゃう、早くレストランに行こ」
「あっ……うん」
道子に促され、早々に着替えるとレストランへと向かう。
朝食はバイキング形式だ。朝食が七時から九時までとなっており、数人のお客さんが朝食を食べていた。
「――なんでやねん」
「藪から棒になんじゃ、ここはわしの席じゃ。譲らぬぞ」
「違うわ。何でアリス様達がここにいるかと聞いてるんだ」
「腹が減ったからじゃ」
「……いや、そうじゃなくて」
「千家ちゅるん。ねぇさまを愚弄するとちゅるん。たたっ斬ちゅるん」
「プリンを食べながら刀を抜くな」
「お初にお目にかかります。セリと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はぁ……どうも」
「アタイハ、メノウ。ナマエナド、ドウデモイイ。ソコノコ厶スメ、ツギノリョウリヲ、モテコイ」
「え……あっ、はい……」
(春くん、この人達も神様なの?)
(僕も知らないよ。試練が終わって帰ったんじゃないのか)
「貴様ちゅるん。こそこそとちゅるん、ねぇさまの陰口を言ってちゅるん――」
「言ってません! 料理を取って来ますね!」
道子が少しぷんぷんしながら料理を取りに向かう。それはそうだろう。見ず知らずの神様に顎で使われてるのだから……。
「それはそうと千家のこせがれよ。胸のつっかえは取れたのかぇ?」
「え……まぁ……」
「ふむ。ならば結構。お主の一族は血の気が多いからのぉ……。すぐカッとなって、伏見狐に殴りかかろうものなら、今頃首と胴体が離れておるわ」
「あはは……そうなんだ、知らなかった……。それでアリス様達は、昨日途中からいなかったみたいだけど」
「お花摘みじゃ。レデーにそんな事言わせるでない……クチャクチャ」
「すいません……」
「それはそうと、お主らに渡したい物があっての……クチャクチャ」
「渡したい物?」
「そうじゃ。クチャクチャ……あれどこじゃったかの、確かこの辺に……クチャクチャ」
「アリス様、食べてからにしませんか?」
「うむ……クチャクチャ……あれ、どこに入れたかのぉ……ゴホッ! ゴホッ!」
「ねぇさま! ねぇさま! おのれ! 貴様! ねぇさまに毒を盛ったのか!」
「なんでやねん! 食べながらしゃべるから気管に入ってむせたんだよ!」
「ゴホッゴホッゴホッ……!」
「あぁ……」
アリス様が落ち着くまで、道子が運んでくれた朝食を食べて待つ。
「うむ……ゴホッ……。あ! あったわい。これじゃ……」
アリス様が一枚のメモ書きと、小さな箱をテーブルに置いた。
「これはわしから、お主らが試練に参加した褒美じゃ」
「これは? 神戸市の……マンションの住所?」
「それは私がねぇさまに頼まれて探し回った男の住所ですわ。千家の子よ、感謝なさい。海より深く感謝なさい。死ぬまで感謝なさい」
「そうじゃ。試練の最中、プリンが必死で探しまわったのじゃ。雨の日も風の日も雪の日も……そして三日目でようやく見つけたのじゃ」
「そうだったのか……。雪は降ってはなかったが……」
「うむ、案ずるな。話を少し盛っただけじゃ」
「だろうな。分かった、ありがとう……。ところで誰の住所なんだ? この香川律って?」
「ん? 気付かぬのか?」
「は、春くん! それってもしかして凛さんのお兄さん!?」
「なんだって!!」
「うむ、その通りじゃ。教えてやるがよい」
「アリス様……! ありがとうございます。これで凛さんに少しは恩返しが出来ます!」
「わしは何もしておらぬ。礼ならプリンにするが良い」
「プリン様! ありがとうございます!」
デザートのプリンを持ってきた道子が、デザートのプリンに頭を下げる。
「道子、そっちじゃない」
「え?」
道子の軽い天然ボケは誰にも興味を持ってもらえず、皆、食後のコーヒーを楽しんでいた。
「セリ、メノウモホシイ、ホウビナンカホシイ。デキレバ、キンセン」
「メノウさんは、アリス様の爪の垢でも煎じて飲んでなさい」
「アリスサマノ? サブアカ? ビーエス、ミレルノカ?」
「サブアカではありません。爪の垢ですわ。それにSNSです。BSはテレビで見てくださいな」
「メノウ、テレビモテナイ。ソレニ……イエモナイ……」
頭からテーブルに突っ伏し、切なそうなメノウは……そのままほっとかれ話は続く。
「アリス様。それでこっちの箱の方は?」
「ズズズ……アツッ。うむ。それについてはここでは説明出来ぬ。食後のコーヒーをよばれてから、お主達の部屋へ行こうぞ……アツッ」
「分かりました」
道子がコーヒーを全員に運び終えると、席に着き、アリス様に尋ねる。
「ところでセリ様とメノウ様も、もしかして誰かの監視役だったのですか?」
「うむ。今回の伏見御朱印巡りを合格したのはお主らともう一組いての」
「紅葉さんと桃太君ですね」
「左様。その二人の監視役に、セリとメノウを付けておったのじゃ」
「なるほど、それで理解出来ました。あの二人の願いは叶ったのですか?」
「愚問……結果は知っての通りじゃ。望みは聞くが、それはお主らの心の中の問題を吐き出させるのが目的なのじゃ。何も変わってはおらぬ」
「でもアリス様。腑に落ちない事があります。試練は本当に行われ、五感を失うくらいの覚悟がないと挑めないものでした。その対価があまりにもひどいと言うか……」
「ネタバラしするのは好かぬ」
「そうですか……」
「しかし……そうじゃのぉ。強いて言えば、お主ら二人の感情はいかようにか、変化があったのではないか?」
「え?」
道子がコーヒーをすする僕を見て、そのまま止まる。
「……春くんの事をもっと好きになりました」
「ぶぅぅぅぅ!」
「ぎゃっちゃみぃぃぃ!」
「千家! 貴様!! ねぇさまにコーヒーをぶちまけるとはいい度胸ですわ! 成敗してくれる!!」
「ゴホッゴホッ! 待て! 待て! 今のは不意打ちをした道子が悪い! ゴホッ! 人前でそういう事を言うんじゃない!」
「えぇ! 何でよ! 良いじゃない! 減るもんじゃないんだしっ!」
『ザクッ!』
「へ?」
目の前を切先が通り過ぎ、テーブルが真っ二つに切れ、食べ終わった皿が床に落ち割れていく……。
「ちょっ! プリン様! 本当に切るなんて聞いてないですよ! 当たったらどうするんですか!!」
「コーヒーまみれのねぇさまの仇……いざっ!!」
「お客様! おやめ下さい! 誰か警察を呼んで! 誰か!!」
その後、駆けつけた警察官にとんでもなく怒られた。いつの間にかアリス様達は姿をくらませ、なぜか皆の記憶も曖昧に、アリス様達の事を覚えていなかった。
僕と道子が痴話喧嘩をし、僕がテーブルを叩き割った事になっている。
「壊した全ての商品を弁償して頂くのと、ダブルの部屋三部屋分のお支払いをお願いします」
「三部屋分!? え? 一部屋しか予約してないはずだけど」
「いいえ。千家春臣様のご予約で三部屋ご使用となられております」
「な、なんだって……」
辺りを見渡すが、アリス様達の姿は見えない。
「やりやがった……」
「春くん、もしかして……?」
「あぁ、たぶんアリス様達……やと思う」
「やっぱり」
財布を見てみるが、それだけではどうしようもなく、凛から預かっていたキンキラキンのゴールドカードを取り出す。
「凛さん、ごめん! 使わせてもらいます!」
僕は高々と手を上げ、カードリーダーにカードを通す!
「お部屋代が朝食付きプランで、一部屋一万六千円の三部屋――」
『ピッ!』
「ありがとうございます。そしてこちらが、破損したテーブルの費用が十八万――」
『ピッ!』
「ありがとうございます。続きまして、食器の割れた費用が二万――」
『ピッ!』
「ありがとうございます。最後になりますが、お部屋の冷蔵庫のお飲み物代が四千――」
『ピッ!』
「ありがとうございます。これで全てご精算出来ました」
「……ぴっ」
「春くん、大丈夫? 顔色悪いわよ」
「……ぴっ」
僕はこの日、初めてお金持ちになりたいと思った……。




