第十四話・諦めんのはやってからにしいや!
――千鶴の通夜式で気分が悪くなり、控室で休んでいるといつの間にか眠っていた。
どのくらい眠っていたのだろう? 気が付くと、見慣れぬ天井が見え、体がすごく重く感じる。
「……ここは?」
「あっ! 気が付いた! 良かった……」
「道子……?」
「春くん、痛い所とかない? 気分悪くない?」
「ん……たぶん大丈夫」
「そう、ゆっくり起きて水飲もうか」
「うん」
道子に起こしてもらい、コップの水を一口飲むと、さっきまでの光景が脳裏に鮮明に走る……。
「あ……そうか。千鶴ねぇの姿を見て取り乱したのか……。道子、父さん達は?」
「さっきまでいたんだけど、通夜式が終わるから後でまた来るって」
「そっか……。道子、色々ありがとう」
「え? もう、どうしたの? いつもの春くんらしくないぞ!」
「そうか? なんか分からんけど、だいぶすっきりしたわ」
「そう、良かった。疲れもあるのよ、ずっと気を張ってたから……」
「うん……。戻ろうか、皆に迷惑かけてしまった」
「そんな事ないよ。皆、分かってるから」
道子に手を借り、ネクタイを締め直し、再度会場へと向かう。
会場は既にほとんどの人が帰り、十人ほどの人だけが残り食事をしていた。
「春臣、大丈夫か」
「父さんごめん。自分でもどうしていいか分からなくて……」
「いや、良いんだ。あんなに取り乱したお前を見るのは初めてだったから……」
「ごめん……」
「春臣君、大丈夫? 気分悪くない?」
「千鶴ねぇのおばさん……。ごめんなさい。こんな事になってしまって……」
「春臣君。自分を責めるのはやめなさい。あのね? 千鶴は小さい頃に心不全を患って、今まで生きてこられたのが奇跡なのよ。春臣君のせいじゃないわ。最後になってしまったけど、春臣君と旅行行くのすごく楽しみにしてたんよ――」
「そんな事……」
そうか……僕は誰かに責めてもらいたかったのかもしれない。お前のせいだと言われ、傷を負いたかったのかもしれない。千鶴へのせめてもの償いの為に……。
「――春臣君、これを見て。千鶴が亡くなる前に書き込んでたLINEよ。消しちゃうといけないから、おばさんがそれを写真に撮ったから少し見にくいけど……」
「LINE?」
スマホは病室のベッドの下に転がっており、LINEに気付いたのは病院を出る前だったそうだ。
『――春臣、おーい、春臣! 旅行最後までいけんでごめんな。でもめっちゃ楽しかったで。元気になったらまた行きたいけど、正直な? 体がいうこと聞かんなってきて。しばらく入院かもな。あかん、弱気になっとる。お姉ちゃんやけん頑張らなな。諦めんのはやってからにしいや! やしな。……元気になって皆に会いたい。春臣がくれたこの狐のキーホルダーにお願いしたら元気になれんかな。また会いたいよ、春臣。会いた――』
……そこで文章は終わっていた。
「千鶴ねぇ……うぅ……!」
「誰も春臣君の事を責めてもないし、むしろ最後に千鶴と旅行に行ってくれて感謝すらしてる。だから一人で抱え込まないで……ね?」
「おばさん……うぅ……」
「ねぇ、春くん……千鶴ねぇの顔見て……」
「え……?」
背中を支えてくれていた道子が千鶴の方を指差す。
「もしかして……笑ってる……?」
「うんうん……私にもそう見える!」
気のせいかもしれない。そう思って見たからかもしれない。でも僕が最後に見た千鶴は真っ白な化粧をし、真っ赤な唇の口角を上げ、確かに……笑っていた。
「千鶴ねぇ……また会おうな」
今度は顔を見てきちんと言えた。すると安心した様に千鶴はまた元の顔に戻った気がした。
………
……
…
――二十一時。
葬儀場を後に、凛の用意した車に僕と道子は乗り込む。昼間とは違い、白のワンボックスカーだ。
「私達はこのまま残って、明日の葬儀にも出るから、春臣さんと道子さんは安心して行って来なさい」
「凛さん、何から何までありがとうございます」
「当たり前でしょ? 千鶴さんのかわいい弟と妹なんですから! さっ! 行ってらっしゃい!」
「はいっ!」
運転手と助手席には凛の付き人の爺も同行してくれた。
「春臣様、道子様。この時間だともう電車で行くと間に合いません。高速で瀬戸大橋から最上稲荷まで向かいます」
「はい、それでお願いします!」
「二時間半はかかりますので、少しお休み下さいませ。毛布も後部座席に用意しています」
「ありがとうございます」
正直間に合わなくても仕方ないとどこかで思っていた。千鶴の顔をきちんと見れてどこかでほっとし、僕の中でこの旅行が終わっていた。いや、千鶴がいなくなった時点で終わっていたのかもしれない。
でも千鶴はきっと「諦めんのはやってからにしいや!」と最後まで尻を叩くだろう。それにこうやって、ずっと手を握っててくれている道子がいる。まだ大丈夫だ……最後まで行こう。
車が高速道路に入り、街の街灯が徐々に遠ざかっていく。景色は高速道路の街灯に変わり、同じ間隔で通り過ぎていく。
……もし、白石島に行かなくとも、千鶴は同じ運命だったのだろうか? そんな疑問が脳裏をかすめる。たった三日間の時の流れが早すぎて、頭では処理しきれていない。あぁすれば良かった、こうすれば良かった、と今さら考えたところで何も変わらないのに……。
「千鶴ねぇの分まで……生きて……」
そんな事を思いながら、いつの間にか眠っていた。
車が止まると、自然と目が覚め窓から外を覗く。
「瀬戸大橋?」
「春臣様、トイレ休憩です」
「あ、はい。トイレに行きます。道子? トイレ休憩だけどどうする?」
「あ、うん……私も行く」
車は与島パーキングエリアに到着し、時間は二十三時を指していた。
トイレを済ませ車に戻ると、爺がホットドックとコーヒーを用意してくれていた。
「それで腹ごしらえを。時間はギリギリにはなりますが、間に合うと思います」
「爺……じゃなくて、淡路さん。何から何までありがとうございます」
「いえ。凛様に出来る事は全てしてあげてと申し付かっておりますので」
「淡路さんは凛さんの本当のお爺さんではないですよね?」
「はい。元は凛様のお父様、旦那様の秘書をしておりました。五十を過ぎた頃に体を壊しましてね……。旦那様にご迷惑をおかけしまいと辞職を申し出た所、それなら凛様の付き人にと……あれからもう二十年近く経ちます」
「へぇ。もう体は大丈夫なんですか?」
「はい。当時は日本中を飛び回っていましたが、今は休養しながらですので、続けさせて頂いてました」
「日本中を……それで古文書の解読も出来たのですね」
「仰る通りで御座います。知り合いに神野一族と呼ばれる祓師がいましてね。その者であれば解読出来るのではないかと思い、聞いた所、見事にやってのけました」
「あの、ちなみにいくらくらい……あっ! 別に言わなくて良いんですけど、ちょっと気になって――」
「二百万程で御座います」
「に、二百万!?」
「はい。あの古文書にはそれだけの価値が御座いました。翻訳が終わった古文書は、凛様が千鶴様よりお引き取りされまして、近々博物館へ寄贈される予定です」
「とんでもない代物だったのですね」
「はい。保存状態も良く、有名な絵本『狐に婿入り』の原本ではないかという事でした。作者も同じでしたし、貴重な資料で御座いますね」
「へぇ……。ところで凛さんと淡路さんが試練をリタイアしたのは、やっぱり五感を失うという代償のせいですか?」
「ほぼ正解というべきでしょうか。凛様と私は神戸にある二つ目の神社へと向かいまして、その時、私共の監視役と言われる神様が現れました。名前は確か月子様と白兎様と言われ、私共に代償の説明をされました。凛様はそれでもおみくじを引こうとされましたので、それを制止し、私が先におみくじを引きました。結果は……吉」
「え……? まさか!」
「……私は視力を失いました。とは言え、このご老体で凛様を救う事が出来た事を誇りに思っております」
「嘘……でしょ……? 今、目が見えないの……?」
「はい。道子様、本当で御座います。今日、お二人を目的地まで無事にお送りするのが、私の最後の仕事となります」
「何て事……」
「ですので、私共はその二つ目の試練で凛様がリタイアを申し出られ、終わりとなりました」
「あっ……えっと……その……」
掛ける言葉が見つからなかった。
「さてお話はこのくらいで、そろそろ行きましょうか?」
「あっ! はい。お願いします」
空気を読んでか、爺の合図で車は動き出す。
瀬戸大橋を見上げると、夜空と相まって吸い込まれそうになるくらい、綺麗だった。しかし僕も道子もそれは口に出さず、ただただ車窓から夜空を見上げていた。
車は瀬戸大橋を渡り、岡山県へ。与島から三十分程走り、岡山総社インターチェンジで高速道路を降りると、最上稲荷山妙教寺の看板が見えてきた。
時刻は二十三時三十分……あと三十分程で今日が終わる。
暗闇の中、車のライトに照らされ大きな鳥居が見えてきた。
「淡路様、着きました。駐車場まで行きましょうか?」
「そうですね、なるべく近い方が良いですね」
「分かりました」
マップで確認すると、大鳥居から本殿までまだ距離がある為、そのまま駐車場まで向かってくれた。
「春くん? あれ見て」
「ん?」
道子が指差した大鳥居の横に、二人の人影が見えた。
「運転手さん! ちょっと止まって下さい!」
「かしこまりました」
車はハザードを点け、僕と道子は車から降りると鳥居の石段に座り込む二人に話しかける。
「もしかして、紅葉さんと桃太君?」
「え? 春臣さんと……えっと道子さん?」
桃太が答え、やはり二人だったと道子と顔を見合わせる。
「桃太君達も今から稲荷様の所へ?」
「いえ、僕達はもう行って来まして……」
「ぶつぶつ……」
「そうなんだ。紅葉さん? どうかしたのか?」
「それが……いえ、行けばわかると思います」
「ぶつぶつ……」
「紅葉さんは大丈夫なのか?」
「そうですね……しばらくは立ち直れないかもですが、僕がちゃんと連れて帰りますので。春臣さん達も時間がもうないので行ってみて下さい」
「そうか。桃太君、連絡先交換しとこう。何かあれば連絡くれ」
「ありがとうございます」
「ぶつぶつ……」
あんなに威勢の良かった紅葉が、下を向き、ずっと独り言を言っていた。気にはなるが僕達も時間がなく、車に乗り込むと二人を置いたまま大鳥居を後にした。




