第十三話・旅立ち
――愛媛県松山市内、葬儀場。
時刻は夕方四時過ぎ。千鶴の通夜は六時からの予定だ。僕達が少し早めに葬儀場へ着くと数人の葬儀場スタッフがバタバタと用意を始めていた。
「さて、道子さん。控え室で着替えましょうね。春臣さんは有馬さんが案内して下さいませ」
「よっしゃ! 任せとけ!」
「凛さん、何から何まですみません」
「春臣さん、気にしないで下さいませ。今日は親友の旅立ち……皆で見送ってあげましょう」
「はい……ありがとうございます」
「春くんまた後で。凛さんお願いします」
「はい。道子さん、行きましょうか」
………
……
…
「ふぅ……」
「有馬さん、煙草は体に良くないですよ」
「兄ちゃん、これは電子煙草言うて水蒸気や。タールは入ってへん」
「どっちでも良いですけど」
「つれへんなぁ」
僕と有馬は駐車場近くに設置してある屋外の喫煙所で道子達の準備が終わるのを待つ。
「有馬さんは凛さんの事好きなんですか?」
「ぶっ!! げほげほっ! 兄、兄ちゃん! 唐突やなぁ! なんで!?」
「見てたら分かります。それに今回の御朱印巡りも凛さんの為に参加しようと思ったんやないですか? 参加出来なかったみたいですけど」
「真顔で傷をえぐるなや! しかし兄ちゃんするどいなぁ……。せやで、俺は地位も名誉も凛の家にふさわしい男になりたいねん」
「へぇ……」
「凛は昔っからの知り合いやねん。そうやなぁ……あれは俺が五歳になっ――」
「回想は大丈夫なんで、凛さんの事好きなんですか?」
「ぶっ! 兄ちゃんほんまえぐいなぁ。せやけど、そのツッコミは嫌いやない。どや? 俺と――」
「芸人にはなりませんし、コンビも組みません」
「その容赦ないツッコミ、兄ちゃんさてはもう相方がいるんちゃうん?」
「いません。それにこれはたぶん……」
「……あぁ、そういう事かいな。千鶴やろ? あいつもノリ良かったからなぁ」
「はい……」
「兄ちゃんは千鶴の事、好きやったんか?」
「そうですね……。同じ島で産まれて、小さい頃から千鶴ねぇの背中を追いかけてました。十年、東京で暮らして、島へ戻って見た千鶴ねぇは大人になってて……何というか憧れというか、尊敬というか。でも千鶴ねぇが誰かと結婚して幸せになるならそれはそれでいいか……て」
「ふぅん……」
「茶化さないんですか?」
「なんでやねん。俺をどないな目で見とんねん。ネタにはするかもしれへんけど」
「そう言う有馬さんはまだ答えてくれてませんけど? 凛さんの事好きなんですか?」
「……あぁ、せやな。めっちゃ好きや。それこそ千鶴にも相談してたしなぁ。どうやって凛にプロポーズしよかって――」
「――お待たせしました。準備出来ました……わ……へ?」
「は?」
「え?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!」
葬儀場に凛と有馬の叫び声が響く。
「あわわわわ! なんなんなんなん!」
「やわやわやややんんんなああ!」
二人共、落ち着け。
「はるはるはるはるはるきちっ!!」
「僕の名前は春臣です。凛さんも落ち着いてください」
至って冷静な自分が面白い。
「私はてっきり、お二人はお付き合いされているのかと思ってました」
「僕も道子と同じく、そう思ってた。そもそも付き合ってもないのにプロポーズしようとしてた有馬さんが面白い」
「え! 今、プロポーズしようとしてたん! ウケる! 生プロポーズやん。わくわくやん」
「やろ? 凛さんの返事を待とう」
深呼吸し、落ち着いた凛が顔を真っ赤にして有馬に言う。
「え……と……。その……ごめんなさい!」
「えぇぇぇぇぇぇ!!」
「うそぉぉぉぉぉ!!」
今度は僕と道子の叫び声が響く。そしてここは葬儀場……。
膝から漫画の様にスローモーションで崩れ落ち、それでも電子煙草は握ったまま離さない有馬がまた面白い。
「いや、あの、そのですね。急にププププロポーズと言われましても、私、今日はそんな気分では無いですし、それは日を改めて……」
それはそうだ。何をしているんだ有馬。
そして叫び声を聞きつけてか、警備員が様子を見に来た。
「あの、何かありましたか?」
「え? あっ、いえ。何でもないです、すみません」
「こちら葬儀場ですので、あまり騒がしくされますと……」
「すんません」
地面に突っ伏したままの有馬が言うと、土下座している様にも見える。そして警備員に手を借り、立ち上がる有馬。黒の礼服は既に汚れている。何をしているんだ有馬。
そんな事をしていると、いつの間にか十七時三十分を過ぎ、そろそろ行こうかと、葬儀場へと入っていく。
建物の二階へと上がり、お通夜用に設けられた会場の前で、千鶴の両親が受付をし、参列者が順番に帳簿に名前を書いていく。
そして僕達の順番が回ってくると、千鶴の母親が気付いた。
「春臣君達、来てくれたのね。ありがとう」
「おじさん、おばさん……ご愁傷様でした……」
「後で千鶴の顔を見てやってね」
「はい……」
正直、気が進まない。柳井のホテルでおばさんからの電話を聞いた時のショックが大きすぎてか、頭の中では千鶴が死んだのだとまだ理解しきれていない。笑顔の千鶴が、その辺から「嘘でした! あははっ!」とか言って現れるのを待っている僕がいる……。
部屋に入ると、正面の祭壇には千鶴の写真があり花が飾ってある。千鶴の同級生だった人達も多数おり、見覚えのある顔もちらほらいた。そして後方の椅子に道子と並んで座ると、前の席には見たことある背が見える。
「あれ? 父さん?」
「ん? 春臣、来たのか」
「うん。父さんも?」
「あぁ、島の人達はほとんど来てるんやないか。瀬戸さんの所には皆、世話になっとるし、千鶴ちゃんが産まれた頃から、皆知っとるけん」
「そうやね……」
「春臣、旅行は順調か?」
「うん……。あっ、父さん、旅費ありがとう。道子から預かったわ」
「旅費?」
「うん、五万も入って……え?」
「それはわしやないで。お前が帰って来たら精算してやろうとは思ってはいたが……」
「道子……?」
「あちゃ……バレてもうた……」
「なんや、道子ちゃんもおったんかいな。気付かんですまん。春臣が迷惑かけとらせんかいな」
「あっ、いえ! 全然大丈夫です! むしろずっとこのままでも良いかもしれません!」
「はははっ……おっと、不謹慎やったわ。また遊びにおいで」
「はい。ありがとうございます」
「春臣、道子ちゃんに迷惑かけんなよ」
「分かっとるよ、もう子供やないんやけん」
「お前に任せるけん、母さんも大変な時やけん、心配だけはかけんなよ」
「うん……」
旅費は父親ではなく、道子が用意したものだった。あながち結婚の為に貯めていた費用というのもまんざら嘘では無かった様だ。後でちゃんとお礼を言おう。
道子はバレた事に気まずさを感じてか、早々と隣の凛と話をしていた。
『――それではお時間となりましたので、瀬戸千鶴様の通夜式を執り行います。ご着席頂き、携帯電話の電源をお切り頂くか、マナーモード――』
進行係の女性がおごそかにマイクで話始めた。ガヤガヤしていた会場も静かになり、線香の匂いが漂い始める。五十人程の席は全て埋まり、既にすすり泣く声が聞こえ始めた。
『――それではご住職の寺井早慶様のご入場です。ご住職は瀬戸様のご友人でもあらせられ、本日は島根県よりお越し頂いております。明日の葬儀も引き続き、ご住職が行う予定です』
住職が入場すると、皆にお辞儀をし、続いて祭壇にお辞儀をしてから席に着く。タイミングを見計り、進行の女性が合掌を促した。
『それでは皆様、その場で合掌をお願いします……合掌、礼拝』
僕達は手を合わせ、祭壇に向かい頭を下げる。
それから三十分程の法要があり、焼香が始まった。
「――菩提薩婆呵般若心経……」
『――それでは次の方は前へお並びください』
住職の読経に合わせ、順番に焼香に立ち上がる。僕達も前の列の後ろに並び焼香を待つ……。皆、焼香をした後に花を渡され、千鶴の棺桶へと花を入れていく。
そして僕の番になり、三つ用意された焼香の真ん中へと案内され、焼香を済ませると花を渡され、前の人に続き千鶴の棺桶へと近付く。後ろではすでに道子が泣きながら、ハンカチで目頭を押さえていた。
ドクン……
心音が早くなる。
ドクン……ドクン……
千鶴の顔を見るのが正直、怖かった。
ドクン……ドクンドクン……!
病院で眠っている千鶴を見てから、数日しか経っていない……。
棺桶が近付き、前の人が花を入れ、手を合わせ、席に戻って行く……。
次は僕の番だ。ゆっくりと花を棺桶に入れ、千鶴の顔を見る――
――トクン。
「千鶴ねぇ……」
そこには棺桶の中に横たわる千鶴の姿があった。
「あ……あぁぁぁぁ……! ち、千鶴ねぇっ……!! はぁはぁはぁ……」
我慢していた涙が急に溢れ出した!
白粉をし、真っ赤な口紅を施された千鶴は眠っている様で、今にもまた笑ってくれそうな顔をしている。
「えぐっ……千鶴ねぇ!! はぁはぁはぁ! 何で! 何で! ねぇ! 何でだよ! 何で死――」
それ以上は言葉が出てこない……。死んだ事を認めたくない気持ちと、目の前で死んでしまっている現実がごちゃごちゃになる。そして呼吸が苦しくなり、目眩がし、そのまま棺桶に手を掛けたまま床に膝を着いた。
「はぁはぁはぁ! 何で!ねぇ! 諦めたらいかんのやないっ! 千鶴ねぇ!!」
「――くん! 春くん! しっかりして!」
道子に抱きしめられ、我に返る。
「はぁはぁはぁ……道子……息が……苦しい……はぁはぁはぁ……」
上手く呼吸が出来ない……立ち上がろうにも、目眩がし頭がふらつく。
「春臣、しっかりせんか。控室に行くぞ」
「父さ……」
父親におぶられ、そのまま僕は控室へと退場した。こうなる事はどこかで想像していた。たぶん現実を受け入れられなかった。吐き気がする……頭も痛い……。
「お客様、救急車を呼びましょうか?」
「いえ、少し様子をみます。酸素吸入器は置いてないですよね?」
「簡易の物ならあります」
「それをお借り出来れば」
「はい。すぐ持ってきます」
「春臣、ゆっくり深呼吸するんだ」
「……すぅ……はぁ……すぅ……」
――僕は控室で横になり、父親に付き添われ、そのまま眠りについた。




