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第九十五話:ゼロの裏切り(後編)

しゅうの姿が、溶けるように闇へと沈んでいく。

残されたのは、底知れない虚無を纏ったゼロと、泥のような愉悦を浮かべるミラーの二人だけだった。


「ゼロくん。先、教皇のところ、いってて。僕も後でいくから。……それまでは、待ってるだけ。ね? 勝手に進めないで。僕は、君の監視役。わかってるよね?」


ミラーの軽薄な命令に、ゼロは視線すら合わせない。

ただ、……カサリ、と。蛾の羽が、微かな拒絶の音を立てる。


「……わかった……」


それだけを言い残し、ゼロは無機質な足取りで闇の中へ消えた。

一人残されたミラーは、まるでおもちゃ箱をひっくり返す子供のように、楽しげに独り言を漏らし始める。


「さて、ゲームで、誰をコピーにしようかなぁ♪」


指先で、見えない駒を弄ぶような仕草。


「コピー、長く使えば使うほど、すぐ作れなくなるし…… でも、僕のコピーは、最大5体まであるから、……問題なし♪」


その浮ついた独白を切り裂くように、重厚な金属音が廊下に響いた。


カツーン、カツーン。


現れたのは、オクタ・エラーの一人。【鋼の守護者】アイアン。


「しゅう様は? 中間報告をさせて頂きたいのですが」


「さあ?w」


ミラーは肩をすくめ、 鏡のような薄笑いを浮かべる。


「僕は行くとこあるから、またね♪」


アイアンの問いを煙に巻き、ミラーもまた、闇の中へ消えていった。


静まり返った教皇の寝所。

闇そのものが凝り固まったような影の中から、……カサリ、と乾いた音が漏れる。


「……おそい。……めんどくせぇ……」


ゼロが濁った瞳で虚空を見つめていると、空間を裂くようにミラーが現れた。


「わるかったね、ゼロ君。さあ、はじめようか?」


「……わかった……」


短く応じると、ゼロは寝台で眠る教皇の目の前へ、滑り込むように姿を現した。


「な……!? なんだ……君は……!?」


驚愕に目を見開く教皇に対し、ゼロは感情の消えた声で囁く。


「……俺は、ゼロ。……はじめじゃない。……じゃあな」


その指先が教皇の胸に触れた瞬間、極低温の『毒』が奔った。

教皇の肉体は悲鳴を上げる暇もなく、一瞬にして、透き通るような、けれど禍々しい『氷像』へと変質した。


「ゼロ君。なんか、変な事、いった?」


背後から覗き込むミラーの問いに、ゼロは振り返りもせず言い捨てる。


「……なにも。……どうせ、死んでるんだから。……一緒だろ……」


「そうだねー♪ じゃあ、この氷像、壊して、帰ろうか?」


ミラーが愉悦に顔を歪め、その腕を振り上げた瞬間。

ゼロの冷徹な声が、それを鋭く制止した。


「……ばかか。……お前……」


「な、なんだと?? 逆らうの? 僕に?」


「……壊したら、破片が飛び散る。……お前、掃除するのか?……」


ミラーの動きが止まる。


「ああ、そうか。なるほど。では、その氷像、撤去は、まかすよ。ばれないようにね♪」


ミラーは愉快そうに指を鳴らす。

すると、凍りついた教皇の傍らに、全く同じ顔、全く同じ体躯をした『教皇のコピー』が、泥の中から這い出すようにレンダリングされた。


「さあ、僕の仕事は、これでおしまい♪ ゼロ君、あとはまかせたよ。じゃあね♪」


満足げに頷き、ミラーは闇の中に溶けるように消えていった。

後に残されたのは、物言わぬ『氷像』と、意志を持たない『コピー』。

そして、……カサリと、孤独な羽の音を立てる、ゼロだけだった。


「……よいしょ……」


誰もいなくなった寝所で、ゼロは不釣り合いな掛け声と共に、重い『氷像』をその細い肩に担ぎ上げた。

蛾の羽が、軋むような乾いた音を立てる。


ゼロが向かったのは、教皇庁の最下層に位置する『静寂の間』。

年に一度、聖職者たちが一堂に会して祈りを捧げるためだけの、絶対的な静謐が約束された聖域。


その最奥の闇に、教皇であった『氷像』を静かに安置する。


「……はじめ。……もし……俺に、……勝てたら……」


濁った琥珀色の瞳が、……一瞬だけ、……期待に満ちた顔を覗かせた。


「……サプライズ……だ。……一か月後にな……」


それだけを言い残し、ゼロは振り返ることなく、自らが戻るべき『しゅう』の待つ闇へと溶けていった。


教皇庁の最下層、静寂の間に刻まれた無機質な数字。

それは、運命という名の砂時計が、音もなく反転した合図だった。


ーーーーー 現在:ひだまりの家、隠し通路


墨花の機転により、難を逃れた、一行。

一時の安息を得たはずの彼らに、墨花の厳しく、けれど確かな指針を示した。


「さて、ぴーちゃんの速度から、レイラさんに親書が届くのは、あと約2日」


墨花は指を折り、…仲間たちの顔を一人ずつ見渡していく。


「レイラさんが、解毒薬を探すまで1日として。大急ぎで、こっちに向かって、……約3日。あと、約1週間。はじめ様を、みんなで、守るわよ。いいわね」


その言葉に、迷いはなかった。

絶望的な半年のカウントダウンを、希望へと繋ぎ止めるための、最初の7日間。


「はい!」


全員の声が重なり、一つの強い『意志』となって響き渡る。

はじめを護る。その決意と共に、天使国、最大の逃走劇が、幕を上げた。


―― ゼロ撃破にて、残り30日 ――


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