第八十五話:天に輝く五つ星
踊り場に満ちていた、偽物を排除した後の重苦しい沈黙。
それを切り裂いたのは、墨花の冷静かつ、どこか楽しげな声だった。
「さて、皆様。このまま中のはじめ様を放っておくわけにはいきませんわ。……ですので、私はこれより『隠密』として潜入いたします。よろしいですわね?」
「待ってください、墨花ねぇ様! ダメに決まってますわ! 私も行きますわよ!」
ベアトが即座に食ってかかる。りり、琥珀、アイの三人も、はじめの身を案じて今にも駆け出しそうな表情だ。だが、隠密行動が自分たちの領分ではないことも、痛いほど理解していた。
「あらあら……。ベアトさんには、もっと『特別』な任務をしていただこうと思っておりましたのに。残念ですわぁ」
「と、特別任務……? 何ですの、それは」
墨花のわざとらしい煽りに、ベアトがまんまと食いつく。墨花は扇を口元に当て、秘密めいた微笑みを浮かべた。
「この中で、空を飛べるのは貴女『だけ』ですわ。空中からの監視……これは、ベアトさんにしかできなくてよ?」
「そ、そうよね。私『だけ』ですわよねぇ! さすがは墨花ねぇ様、よく分かっていらっしゃる♪」
ベアトは一瞬で上機嫌になり、羽を誇らしげに羽ばたかせた。墨花は逃さず畳みかける。
「空中で監視、待機していただき、もし何かあれば私から合図を送ります。そうしましたら、一番に……いえ、一瞬で駆けつけてくださいますか?」
「もちろんですわ! 誰よりも早く、私がはじめ様を助け出してみせますわ!」
納得し、空へと飛び上がる準備を始めるベアト。次に墨花は、所在なげに俯いていた三人に視線を向けた。
「そして、りりさん、琥珀さん、アイさん。皆様にも、極めて大事なお願いがありますの」
自分たちは足手まといかもしれない――そんな不安を抱えていた三人の背筋が伸びる。
「三人様には、正面から堂々と乗り込み、『中に入れて』と騒いでいただきたいのです。実は、これこそが作戦の要。皆様が注目を集めることで、教皇庁の監視の目の大半がそちらへ向けられますわ。……あとは、分かりますわね?」
「そ、それなら、私にもできそうです」
「……! うん、わかった。囮だね。任せて!」
「はじめ様を助けるためですもの。全力で騒いでみせますわ」
三人の瞳に、明確な『役割』を与えられた光が宿る。
墨花は、四人の顔を静かに見回した。
その瞳には、いつもの余裕ある微笑みではなく、任務に臨む鋭い光が宿っている。
「皆様、……作戦の最終確認ですわ」
墨花は懐から古びた巻物を取り出し、それを指先でなぞりながら言葉を継いだ。
「一人では届かない場所でも、五つの力が連なり、弾丸となって打ち込まれれば、……いかなる鉄壁も瓦解します。名付けて、『五星連弾作戦』……これにて、はじめ様を奪還いたしますわ」
「五星……連弾……」
ベアトがその名を反芻し、黄金の羽を一際大きく広げた。
アイ、りり、琥珀の三人も、互いに頷き合い、武器を握る手に力を込める。
墨花は扇をパッと閉じると、それを天に向けた。
「皆様、……天に輝く五つの星になったつもりで……気力を込めて、派手に舞ってくださる?」
「「「「了解!!」」」」
四人の声が重なり、夜の空気に溶けていく。
「では、。……。……作戦開始」
墨花のその一言を合図に、五つの影はそれぞれの運命へと、一斉に散っていった。
(……はじめ様、。……。……すぐに向かいますわよ)
「いい加減になさい!! 聖女である私を、……いつまでここで待たせるつもり!?」
静寂に包まれていた教皇庁の正門。そこに、聖女になりすましたアイの、これまでにない高飛車な怒号が叩きつけられた。
普段の穏やかな彼女からは想像もつかない、気位の高い貴族のような振る舞い。門番の男たちは、その迫力に気圧され、。……思わず数歩後退った。
「も、申し訳ございません。しかし、……上の許可が降りない限りは……」
「許可? 私の祈りが、この世界を支えていることを忘れたの!? それとも、……私をここで足止めして、何かあったら、あなたたちが責任を取れるのかしら!?」
アイの背後では、りりと琥珀が示し合わせたように声を上げる。
「そうですわ! 早く通してくださいまし!」
「聖女様を困らせる悪い人は、。……琥珀が許さないんだから!!」
三人の必死の、そして計算し尽くされた『大暴れ』。
門番、そして警備兵たちの意識が、。……完全にその一点に、正面玄関という名の『舞台』に釘付けになった。
その喧騒を背に、墨花は石壁のわずかな凹凸に指をかけた。
下界の騒ぎが、足の裏を通して微かな振動として伝わってくる。
(アイさん、……見事な演技ですわ。おかげで、楽に潜入できそうですわ)
墨花は音もなく、垂直の壁を駆け上がり始めた。
「……ふん、あちらは随分と賑やかですわね」
ベアトは教皇庁の上空、太陽を背負って黄金の軌跡を描きながら、低く呟いた。
眼下の正門では、アイたちが起こした騒動が警備兵たちを右往左往させている。その様子は、この高さから見れば、まるで小さな虫が慌てふためいているかのようだった。
ベアトは視線を上げ、最上階の窓へと狙いを定める。
「異常なしですわ、偵察に。……」
静まり返った上層。見張りの姿も、魔法的な防壁の揺らぎもない。
今のところ、。……すべては墨花の描いた筋書き通りに進んでいる。
「今すぐ助けに行きますわよ、はじめ様」
墨花を先頭に、4人はそれぞれの作戦を開始した。




