第八十四話:残ったコピーは誰だ
はじめとめぐみの背中が三階への階段に消え、踊り場には所在ない沈黙が流れた。
それを、墨花が艶やかな声で塗り替える。
「あらあら……。皆様、はじめ様たちも見えなくなってしまいましたし。待っている間、少しみんなでお話しませんこと?」
墨花は扇を広げ、場を和ませるようにクスクスと笑った。
「せっかくこうして集まったのですもの。少しばかり、ガールズトークというものでも楽しみましょうか♪」
「……。……ふん、まあ、手持ち無沙汰なのは確かだな」
「そうですね。これから長い戦いになるかもしれませんし、親睦を深めるのは良いことだと思いますわ」
レイラとアイが、。……。……疑いもなくその提案に乗る。
「では、まずは簡単な自己紹介から始めましょうか? 改めて、はじめ様との『出会い』のお話なども添えて……。ふふふ、まずは、私から」
烏賊魚人。墨花から、自己紹介を始めた。
「私は、墨花です。魚人国にある宿屋『翠玉楼』の女将。というのは、表向きで♪」
「本当は、獣国の獣王。森羅万象陛下の密偵をやってますの♪」
「はじめ様とは、『翠玉楼』で、お会いしました。では、次、りりさん。どうぞ」
アラクネのりりが、2番手を務めた。
「私は、虫国のみつばち領にある、甘露の村。という所からきました。りりです」
「はじめ様とは、その村に、はじめ様が運び込まれたので、その回復役でお会いしました」
獣人の琥珀が、話し出した。
「私は、獣国の白虎村から来た、琥珀です。はじめ様には、村のみんながおかしくなって、教会に隠れてたら、助けに来てくれました。すんごく、感謝してます!」
次は、ベアトの番だ。
「私は、ベアト。これでも、みつばち領の領主なのですわ。はじめ様とは、私の愚兄が、母の葬儀をすっぽかすっていう大罪をして、それを謝りに来てくださった、王子様♡」
アイが、重い口を開いた。
「私は、元オクタ・エラーのアイアン。でしたが…… しゅうに捨てられ、死を覚悟してた時に、はじめ様が『アイ』という新しい名前をくださって……愛していますわ」
最後に、レイラが語りだした。
「アタシは、レイラ。精霊国に住む、ダークエルフさ」
「あいつとは、娘のルナを助けてもらって。それで、娘をアタシの元まで、護衛してくれた。感謝してるよ」
レイラは腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らす。その「事実」は完璧だ。
だが、墨花は扇の隙間から、冷徹な暗殺者の瞳で獲物を捉えた。
「あらあら。娘さんの命の恩人ですものねぇ。……そして、トールの猛攻から命がけで特攻し、大けがをした。……間違いございませんわね?」
「ああ、そうだ。それがどうした。お前も一緒にいただろう」
「ふふふ。……そして、……あの日。星降る丘で二人きりになった時。はじめ様と何やら親密なこと、されてませんでしたかぁ?」
レイラの肩がびくりと跳ねる。
リリやベアトが「えっ!?」と息を呑む中、墨花はレイラの耳元へ、誰にも聞こえない低い声で、甘く、冷たい猛毒を注いだ。
「ええ、見ていましたわ。……。……はじめ様が貴女の髪を撫でながら、。……。……貴女に結婚を申し込んでた姿も。……」
レイラの思考が、一瞬で凍りついた。
目の前の女は「すべて」を知っている。その女が言うのだ。はじめは「あの日」、結婚を申し込んできたと……
「……っ、そ、それは……、……お前。……なんでそこまで知ってるんだ……。その通りだよ……」
レイラは、ばつが悪そうに、顔を赤らめ、横を向いた。
「おーっほっほっほ!! ――あらあら。残念。……。……」
墨花は扇をパッと広げ、リリやベアトに聞こえる大声で嘲笑を響かせた。
「貴女。……『本物』なら、そこで私を殴り飛ばすべきでしたわ。はじめ様はあの日、結婚なんて、一言もいってなくてよ」
「あなた、コピーね。大根役者さん♪」
レイラの姿が、……みるみるうちに無機質なデータへと変化していく。
ミラーが、「ばれたら消去」と暗示をかけてたのであろう。
「はじめ様の記憶にある『事実』を繋ぎ合わせているだけだから。……。……私の『決定的な嘘』に気付けなかった。……憐れな人形さん」
レイラだったモノが、データの塵となって階段の闇に消えていく。
墨花は、返り血を拭うような仕草で扇を閉じ、その先端をアイの喉元へ突きつけた。
「さて……次は貴女の番ですわよ? アイさん」
「ふふ。私に、何をお聞きになりたいの?」
アイは動じない。その瞳は、レイラの消滅を目の当たりにしてもなお、澄んだ湖のように静かだった。
「スライム国でのあの日。貴女ははじめ様を『不浄なノイズ』といい、『人形』に変えようとした。で、なぜ、やめたんですの?」
「しゅうに、『……黙れ。アイアン』と、行動を制止されましたわ」
完璧な回答。だが、墨花はここから暗殺者の毒を混ぜる。
「あらあら。その後、しゅうに捨てられ、かわいそうに思ったはじめ様が、あなたを「アイ」と名付けた。でも、それは、『人形にされたスライム達を助けるため』だけだとしたら? 実はね、はじめ様、スライム国を去る際に私にだけ仰ったのですよ。**『アイは、救いようのない欠陥品だ。いつか機会があれば、真っ先に切り捨てたい』**と」
リリが「そんな! はじめ様がそんなこと!」と声を荒らげる。
墨花は、アイの瞳に絶望が走るのを待った。精神が崩壊し、偽物としてのボロが出るのを。
しかし、アイは慈しむように微笑んだ。
「……くす。ふふふ。あの方は、本当に不器用で、愛おしいお方。私のことを『欠陥品』と呼びたいほど、私の愛に恐怖を感じていらっしゃるのね」
アイは自身の頬を両手で包み、陶酔したように瞳を閉じた。
「切り捨てたいと仰りながら、私をここまで連れてきた。それは、私という毒がなければ、あの方の心は壊れてしまうから。あの方は、私を拒絶することでしか、私への執着を証明できないのです。……これが、私の愛」
アイはゆっくりと目を開け、墨花を真っ直ぐに射抜く。
「貴女のその『毒』。はじめ様の愛の深さを再確認させてくれましたわ。ありがとう、墨花さん」
「――ッ、一本、取られましたわ」
墨花は扇を静かに下ろした。その頬には、冷や汗が一筋流れている。
どんな「嘘」も「真実」も、アイの前では、すべて彼女に都合の良い「愛の証明」へと変換されてしまう。
「申し訳ございませんでしたわ、アイさん。貴女は、紛れもなく。はじめ様が救い、はじめ様を歪ませた……『本物』ですわ」
墨花は深く、暗殺者としての礼を持って、彼女に謝罪した。
アイを本物と認め、深く頭を下げた墨花。
だが、その頭を上げた瞬間、彼女の瞳からは先ほどまでの熱い嘲笑が消え、底冷えするような計算が始まっていた。
(……さて。これでレイラさんは消去。アイさんは『白』。けれど……)
墨花は扇を唇に当て、踊り場に残った面々を視線だけでなぞる。
(アイさんの話では、コピーは最大で五体。これは奴の仕掛けた揺さぶりかもしれませんけれど、現在判明しているのはレイラさんを含めて四名。……ならば、最悪を想定して『五名以上』存在すると考えるのが暗殺者の定石。……)
四名が偽物。だが、それでは「五」に届かない。
(このパーティー内に、めぐみさんを除いて、これ以上偽物が入り込む余地はない。……。……ならば、この結論が正解? いえ……長年の私の勘が、耳元で執拗に警告していますわ。……これは、想像以上に厄介な問題ですわね)
墨花は、自分たちが今立っている「現実」そのものが、。……。……どこか薄氷の上に建っているような、そんな得体の知れない不安に襲われていた。
(めぐみさん、貴女は一体……誰なのですか……?)
墨花の視線は、三階へと続く階段――はじめと「死んだはずの妻」が消えた闇の先をじっと見つめていた。




