第八十一話:コピーの欠陥
「け、欠陥……?」
はじめは膝をついたまま、震える声で聞き返した。
墨花は手にした扇子で自身の唇をトントンと叩きながら、淀みなく言葉を継ぐ。
「ええ。一つは、『コピーした瞬間までの記憶』しか持てないということ。だから、私たちが裏で交わした最新の約束は知りませんでしたし、このコインの存在も、知っていたところでどうすることもできなかったんですの。まあ、私がいないからどうにかなる、とでも思っていたのでしょうねぇ♪」
墨花はクスクスと、慈悲深いようでその実、奈落の底まで突き落とすような笑顔を見せる。
「そして……もう一つ。こちらの方が重要ですが……。**『記憶はコピーできても、性格までは写せない』**ということですわ」
「……性格?」
「ええ。つまり、あれは単なる、**『台本を知っているだけの、役者が演技している』**に過ぎないということですの。もし性格まで完全にコピーしたら、ミラーさんの言うことなんて、誰も聞きませんものね♪」
はじめは、雷に打たれたような顔をした。
「え、……じゃあ……あの、『はじめ様、あーん♪』とか言ってたベアトさんは……。ベアトさんの記憶を持った、赤の他人の……**『ミラーが用意した名優』**だったってことですかぁぁぁ……!?」
絶望に満ちたはじめの問いに、墨花は「あらあら」と小首をかしげた。
「その通りですわ。はじめ様の『喜ぶ顔』や『困る顔』を逆算して、ミラーさんが演出した『最低の茶番劇』ですわね♪」
はじめは、わなわなと唇を震わせた。
「……あー、俺は、ミラーが書いた三流脚本の上で、恥も外聞もなく踊らされていただけ……。ドキドキして損した……。俺の純情を返せ! ミラー!! 出てこい! 今すぐ謝罪しろぉぉぉ!!」
はじめが虚空に吠えた、その時だった。
どこからともなく、あの耳障りなほど軽薄で美しい声が響き渡った。
『あはは! ばれちゃったぁ? 第1ステージ、クリアおめでとぉ♪ コングラッチレーション♪ さすがは、獣国一番のエージェントだよねぇ。……正直、驚いたよ。君、もしかして「森羅万象」より強いんじゃないのぉ?』
はじめの顔が、般若のように歪んだ。
「……あー、あのさぁ、ミラーさん。今、**『第1ステージ』**って言いました? ってことは、これから第2、第3と続くってことですか? おめでたくねぇんだよバカ野郎ぉぉ!! こっちは今すぐ布団敷いて永眠してぇんだよぉ!!」
はじめの怒号に、その隙を逃さず、墨花は凛とした声を張り上げる。
「はぁぁ……だから、あなたは**『二流』**なんですわ」
『……ん? 二流? 僕が?』
ミラーの声から、一瞬だけ余裕が消える。
「えぇ。相手の力量すら正確に測ることのできない……『お・ば・か・さ・ん♪』」
墨花は満面の笑みを浮かべ、見えない敵に向かって扇子をバチン!と畳んでみせた。
『き、きさまぁ! お前だけは、僕が直々に殺してあげるよ。残酷にね!』
「はいはい。どうぞおいでになって。どうせ、コピーはもう打ち止め。すぐには作れないのでしょう?」
『あはは。舐めてもらっては困るなぁ。その気になれば、100でも200でも、すぐに作れるから♪』
「そうですか。では、お待ちしておりますわ♪」
墨花は冷ややかな目で微笑んだ。
(……つまり、数には制限があって、すぐにはコピーできないってことですわね。本当に、おばかさん♪)
急激に訪れた静寂の中で、今まで沈黙を守っていた女性たちの視線が、一斉にはじめに突き刺さる。
「……はじめ様」
最初に口を開いたのは、りりだった。
その瞳は、底の見えない深海のように暗く、冷たい。
「……そんなにドキドキしていたのですか。あの偽物の『あーん』に」
「い、いや。それは……」
今度は、琥珀が、汚れた服を払いもせず悲しげに首を傾げた。
「……あたしがお腹空かせて捕まってたのに、はじめさんは偽物のあたしたちと楽しくパスタ食べてたんですね……。食いしん坊なのは、はじめさんの方じゃないですかぁ……(ぐすっ)」
「ご、ごめんよ琥珀ちゃん! そんなつもりじゃ……」
はじめが慌てて弁明しようとするが、背後から氷点下の殺気が吹き荒れる。
「……わたくしが泥にまみれてはじめ様を探していたというのに……」
ベアトが、ひしゃげたコインを握りしめ、肩を震わせている。
「……偽物の安い演技に鼻の下を伸ばしていたのですか。そうですか。……ええ、そうですわね」
「伸ばしてない! 全然伸びてないから!!」
「……ふん。結局、男は若い女のあーんに弱いってことだろ」
レイラが忌々しそうに吐き捨て、剣の柄に手をかけた。その瞳は、ミラーへの怒りとはじめへの呆れが半分ずつ混ざっている。
「はじめ……もてもてね。うふ」
めぐみは、少し微笑みながら、はじめの事を見つめている。
そんな中、アイだけは何も言わなかった。
ただ、その視線ははじめを通り越し、ずっとはじめの隣に座り続けている**『めぐみ』**を、射抜くように見つめ続けている。
はじめは、あまりの居心地の悪さに「あー……」と呻くことしかできなかった。
(これ……。……完全に。……詰んだわ……)
「さて、みなさん。場所を移動しましょうか。ここにいても、仕方ないですし」
墨花の絶妙な助け船を聞いたはじめは、心の中で祈りをささげた。
(……神様。仏様。墨花様!……)




