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第八十話:コピーです。団体です

「あらあらあらぁ♪」


 修羅場の極致にあるレストランに、場違いなほどおっとりした声が響いた。

物陰から、さも当然のように現れたのは、墨花(B)だった。


「えーーー。……次は、。……今度は、墨花さんが、2人ですか……」

「あの……。……もう、僕。……帰って寝ていいですか?……」


はじめは、考えるのをやめた。

 脳内の処理能力キャパシティはとっくに限界を超え、感情のメーターは振り切れて「無」の領域に突入している。


「あらあらあらぁ♪ では、私が、完全に思考を停止してしまった、はじめ様の代わりにお答えしますわねぇ」


墨花(B)は、死んだ魚のような目をしているはじめを慈しむように見つめ、隣にいる少女へ水を向けた。


「ね? 琥珀ちゃん」

「そうだね!」


 元気よく答えたのは、。……いつの間にか現れていた二人目の琥珀(B)だった。

はじめは、驚く気力さえ湧いてこない。首を機械的に横に振り、遠い目をして呟く。


「……あー。えっっとぉ。次は、りりさんが、2人になるんですよね。わかります。……。……はいはい、順番に並んでくださいねぇ……」


 いつもの彼らしからぬ、完全に「魂がログアウトした」様子。

そんなはじめの体たらくを気にする様子もなく、墨花(B)は優雅に解説を始めた。


「では、まず、私の事からお話ししますねぇ♪」


言うが早いか、墨花(B)がその場でくるりと一回転する。

 淡い色の服は一瞬で影に溶け、彼女は身軽な「黒装束」へと姿を変えた。そのあまりに鮮やかな変身に、はじめの目が少しだけ見開かれる。


「私は元々、森羅万象様にお仕えし、密偵を務めさせていただいております。今回は、不穏な空気を感じて裏で動くため、あえてはじめ様の元を離れたのですが……こともあろうか、私の偽物まで出てくる始末」


墨花(B)は、先ほどまで「墨花」として振る舞い、今や霧のように消えかかっている偽物を一瞥し、冷ややかに笑った。


「その上、あちらの偽物ったら、私が『ぴーちゃん』に荷物を運ばせたなんて、本当のことをばらしてくれましたので……隠密としては、本当に困ってしまいましたわ。アドリブなんでしょうけど」


はじめは、あんぐりと口を開けたまま、その解説に聞き入るしかなかった。


「ミラーのコピーは、複数体作れること。これは以前の戦いで分かっていました。ですが、3体以上同時に出せるのでは? と疑い、私は裏で状況を観察させていただきましたの」


墨花(B)は、新しく連れてきた方の琥珀(B)の頭を撫でる。


「すると、案の定。天使の門で、琥珀さんが誘拐されていました。おそらく、食べ物に睡眠剤を盛られたのでしょうね。普通の琥珀ちゃんなら簡単には攫えませんが、食い意地が張っているのが災いしましたわ」


「ひどいよ墨花ねーちゃん! ケーキが美味しそうだったんだもん!」


「……で、私はその誘拐犯たちを無力化し、本物の琥珀ちゃんを助け出した、というわけです」


はじめが、ようやく重い口を開いた。


「……あー。……事情は分かりましたよ。でも、じゃあ、あの、……ベアトさんは? どっちが、……本物なんです?」


「それはですね♪」


墨花(B)は、したり顔で説明を続けた。


「ベアトさんとは、前々から秘密裏に連絡を取り合っておりました。私が密偵であることも、彼女には明かしてあったんです」


「ええっ!?」


「はじめ様。……思い出してください。先ほどまでここにいた『ベアトさん』は、私にひどい口のきき方をしましたよね? 外に出ろ、とか」


「あ!!」


 はじめの脳裏に、……先ほどの光景が蘇る。

いつもは墨花を慕い、決して無礼を働かないはずのベアトが、狂乱して墨花(A)を罵っていた。


「これでわかっていただけましたね。先にいたベアトさんは偽物。私は、ミラーという男の性格上、いつかこういう『なりすまし』を仕掛けてくると思っていました」

「ですから、……あらかじめ、本物の皆様には『目印』を渡してあったのです。ね? ベアトさん」


「はい! 墨花ねぇさん。これですわ! はじめ様!」


 後から駆け込んできた、ボロボロのベアト(B)。

彼女が誇らしげに掲げたのは、……獣国の精巧な紋章が刻まれた、鈍く光る銀のコインだった。


「このコインは、陛下が公式に認めた身分証明の証。流通はしておりません」

「これを持っているベアトさんが本物。ちなみに、……りりさんも、琥珀さんも、当然持っていますよ♪」


墨花(B)は、最後にとびきりチャーミングなウインクを飛ばした。


「はじめ様には内緒に、……と、……固く口止めしておりましたけれど♪」


「……。……。……(しばしの沈黙)」


 そして、はじめの絶叫がレストランの屋根を突き破らんばかりに響き渡った。


「ええええーーー!! い、いつから!?……いつから、……俺だけ仲間外れだったんですかぁぁぁ!!」


はじめは、わなわなと震えながら、その場に崩れ落ちた。


「ひどすぎる!……あんまりだ!!」

「俺だけ、……何も知らずに!」

「さっきまで、……本気で、『どっちのベアトを選べばいいんだ……!』って……」

「ハゲそうな勢いで悩んでたんですよ!?……俺の、……この純粋な葛藤を返してくださいよぉぉぉ!!」


 情けなく泣き言を漏らすはじめを、本物のベアトと墨花は、まるで駄々をこねる子供を見るような、温かい目で見守るのだった。


墨花は、手に持った銀のコインを弄びながら、冷めた目で消えゆく偽物たちの残滓を見つめた。


「今回、わかったことが一つありますわ」


 その声は、いつものおっとりした「あらあら」という雰囲気ではなく、真実を見通す密偵の鋭さを帯びていた。


「ミラーさんのコピー。……あれは、対象の『記憶』をもコピーできる。……そこまでは間違いありません。……ですが、大きな欠陥がありますの」


 はじめは、……涙目で床に膝をついたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。


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