第七十九話:ベアトです。再登場です
はじめは、額に滲む冷や汗を拭いながら、乾いた声を絞り出した。
「あー……とりあえず。皆様。お食事でもいかがですか……?」
( じゃないと、みんなの視線で、俺の胃に穴が開くんだよぉぉ!!)
はじめは、救いを求めるように、隣のめぐみへと顔を向けた。
「めぐみ。ここの国、しばらく住んでるなら、おいしい場所、しってるよね……?」
「ええ、もちろん。パスタの美味しいお店があるから、そこへ行きましょうか。はじめ、昔からカルボナーラ、好きだったでしょう?」
めぐみが、かつて仕事休みでの日曜日の昼下がりに言っていたような、懐かしいトーンで答える。
「……パスタ。いいですね。行きましょう、。ぜひ」
( パスタなら、。巻いて食うだけでいい。余計な会話をしなくて済む……はずだろ!?)
その一言が、静かな食卓に投下された最初の爆弾だった。
「……へぇ。はじめ様の好み、よくご存知なんですのね」
店に着くなり、アイが冷徹なトーンで切り出した。
「ですが、今のはじめ様は過酷な旅の途中です。重たいクリーム系より、こちらの清廉なバジルソースの方がお体に合うかと。……ねえ、はじめ様?」
りりが、目は笑わずに問いかける。はじめは無言で、運ばれてきたパスタを機械的に巻き取り、口へ放り込んだ。
(……あー……味がしねえ。……砂を噛んでるみたいだ……)
「ちょっと! なんであんたたちが勝手に決めてるのよ!」
ベアトがテーブルを叩く。
「はじめ様、私のミートボールを召し上がれ! 虫国の肉より質は落ちるでしょうけど、あーん!」
「おい、はじめ。……なんだ、この店は。酒がないのか。こんな水みたいなジュースじゃ、話も弾まんだろう」
レイラが不機嫌そうにグラスを回し、はじめの胸ぐらを掴みかねない勢いで顔を近づける。その横で、琥珀だけが幸せそうに麺をすすっていた。
「おいしー! はじめさん、これおいしいですよぉ!」
はじめは、琥珀の純粋さに救いを求め、ひたすら無言で食い続けた。誰とも目を合わせない。目を合わせれば、そこには地獄が口を開けているからだ。
「ふふ、。はじめ、相変わらず美味しそうに食べるわね」
めぐみが、懐かしそうに目を細める。
「昔、仕事が忙しくて帰れない時も、デスクでそうやってカップ麺をすすってたっていってたわ。……あの時、私がもっと支えてあげられたら、あんな形(離婚)で終わることもなかったのにね」
ピキッ。
店内の空気が凍りついた。りり、アイ、ベアト、レイラの四人から放たれる殺気が、目に見えるオーラとなってテーブルを覆う。
「……過去の話なんて、。……どうでもいいんですのよ」
アイがフォークを微かにひしゃげさせる。
「今、はじめ様の隣にいるのが誰か。……それを理解してから発言していただきたいものですわ」
ベアトは、私が一番。と、いわんばかりの勢いで、話を切り出す。
「そうですよ。過去の思い出に浸るのは勝手ですが、今のはじめ様には私たちが……」
りりは、呪いににも似たトーンで、割り込む。
「そうだそうだ! 昔の女は引っ込んでろ!」
レイラは、とりあえず、同調した。
「あらあらあらぁ♪」
墨花だけは、いつもの調子だ。
「はじめ。……どうしたの? そんなに汗をかいて」
めぐみが、優しくはじめの額をハンカチで拭おうとする。
その手が触れるか触れないかの瞬間、四人の顔色が変わった。
はじめは、それでも、無言でパスタを食べ進めた。
「はじめ。……一生懸命食べてるようだけど。……あまり減ってないみたい、おいしくない?」
めぐみが、覗き込むように、はじめの顔を見て、囁いた。
「……えと、……おなかがいっぱいで……」
(……口が渇いて……まったく、パスタが入っていかないんですよぉ……)
「あら、ごめんなさい」
めぐみは、わざとらしく、頬に手を当てて、溜息をついた。
「妻なのに、あなたの食欲さえ、分かってあげられなくて……」
ピキィィィィィィィィィィィィッ!!!
その時、店内の時が止まった。
「……今、何かいいましたか?」
りりの瞳から、光が消えた。
「『元』をつけ忘れてるようですが。人形でも、なられますか?」
アイは、本気とも冗談ともとれる、ひきつった笑いをしている。
「あーあ。おばさんは、物忘れがひどくて、だめだねぇ」
レイラは、唇をかみしめながら、精いっぱいの社交辞令をくりだす。
「おぃ!ばばぁ!!てめぇ、外にでろぉ!喧嘩、かってやるよぉ!」
ベアトが、テーブルを真っ二つに叩き割った。
「ベアト様、ちょっとおやめなさいな」
墨花が、ベアトを嗜めた。
「うるせぇ!お前も、外にでろ!」
――その時だった。外から、轟音と共に、木霊する声。
「はじめさむぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああーーーーーッ!!」
銀盤の空気を物理的に震わせる、。……。あまりにも聞き覚えのある……
そしてこの「完璧な調和」には一ミリもそぐわない……ハスキーで暴力的なまでの美声が響き渡る!!
「……こ、この声は。……。……まさか?…………って、デジャブ??」
全員が外に出た。その時、目の前に飛び込んできたのは、まぐれもない、ベアトだった。
「はぁっ、……はぁっぁ。……や、やっと……見つけましたわよ、はじめさまぁぁ!!」
そこにいたのは。……息を切らし、ドレスの裾をボロボロにしながらも、瞳にギラギラとした執念を宿した、ベアトだった。
「えーーっと…… ベアト様が、2人?……」
(これ…… ムカデ辺境伯の時みたいに、両方偽物とか?…… もう、嫌なんですが……)




