第七十八話:ゲームですか?修羅場です
天使国の銀の街並みを、冷たい静寂が包んでいる。
はじめの隣では、めぐみが不安げにその腕をギュッと握りしめていた。
「あー、めぐみ。大丈夫ですよ、僕が、ついてますからね」
「でも、……墨花さんが、急にいなくなっちゃったのは、ちょっと、心細いというか、胃が痛いんですけどぉぉ!!」
はじめが情けなく天を仰いだ、その時だった。
「あらあらあらぁ、相変わらず、情けない声を出していますねぇ、はじめさんは♪」
澄んだ、それでいてどこか「重み」のある、聞き慣れたソプラノ。
銀の噴水の影から、長い影を引いて、一人の女がしなやかに歩み寄ってくる。
「……も、墨花さんっ!?」
はじめが目を見開く。
そこには、今朝、冷たく別れを告げたはずの墨花が、さっきまでそこにいたかのような自然さで、微笑んでいた。
「お暇させていただこうと思ったのですが……」
「ぴーちゃんが、戻ってきてくれたので、あの子に荷物を頼んで、急いで、戻ってきましたのぉ♪」
墨花は、優雅に袖を振ると、はじめの隣にいる「めぐみ」を、じっと見つめた。
「でも、……戻ってきてくれて、本当に、よかったぁぁぁ!!」
「さっきは…………ひどい言い方して、ごめんなさぁぁぁぃ」
「うふふふぅ♪気にしてませんわよぉ。こちらこそ、ごめんなさいね」
「ぜ、全然です!!」
はじめが安堵のあまり膝を突きそうになるのを、墨花はそっと支える。
その手の温もり。衣が擦れる微かな絹の音。
天使国の銀の街並み。
再会した「めぐみ」の温もりに酔いしれ、戻ってきた墨花に、はじめが、つぶやく。
「……あー、これこそが、僕が求めていた、平穏な世界。……天国なんですねぇぇ」
と、。……。うっとりと目を細めた、その瞬間だった。
「はじめさむぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああーーーーーッ!!」
銀盤の空気を物理的に震わせる、。……。あまりにも聞き覚えのある……
そしてこの「完璧な調和」には一ミリもそぐわない……ハスキーで暴力的なまでの美声が響き渡る!!
「……こ、この声は。……。……まさか?」
はじめが引き攣った顔で振り返るよりも早く。……背後の銀の門から、凄まじい速度の「光の塊」が突っ込んできた。
「はぁっ、……はぁっぁ。……や、やっと……見つけましたわよ、はじめさまぁぁ!!」
そこにいたのは。……息を切らし、ドレスの裾をボロボロにしながらも、瞳にギラギラとした執念を宿した、ベアトだった。
「あ!!ベアトお姉ちゃんだ!!」
うれしそうな琥珀を横目に、はじめは、困惑した表情を浮かべる。
「……ベ、ベアト様。……ど、どうしてここに。……虫国のお仕事は、どうしたんですかぁぁ!!」
はじめの問いに、ベアトは鼻でフンと笑い、胸を張って言い放つ!!
「あんな面倒な業務、……お兄様に、押しつ――、いえ、全面的に『お任せ』してきましたわぁぁ!!」
「『妹の恋路を邪魔する兄に、明日はないと思いなさい』って、きっちり、…言い聞かせてやりましたからぁぁ!!」
「そしたら…………『応援してるから、行ってこいって♪(嘘)』」
「……お、押し付けただけじゃないですかぁぁ!!……ゼノ君、今頃、血反吐吐きながら、書類仕事、してる姿が、目に浮かぶんですけどぉぉ!!」
はじめのボヤきが、ようやく「いつものテンポ」を取り戻そうとした。その時。
ベアトの鋭い視線が、はじめの腕に寄り添う「めぐみ」へと突き刺さった。
「はじめ様。なんですの。その女。それ以外にも、見たことないブリキみたいな女もいますわね?」
「ブ、ブリキだと!貴様こそ、はじめ様に、べたつくんじゃない!」
アイが、反撃しようとした、その瞬間。
「なんだここは!!……この白いだけの、殺風景な国はぁぁ!!」
絶叫と共に現れたのは……
「っ!?……レイラ。……さん?」
はじめが、目を限界まで見開いた。
精霊国で別れたはずの、レイラだった。
彼女は、ドレスの裾を豪快にまくり上げ、息を切らしながらも、その瞳には、はじめだけが映っていた。
「はぁっ、はぁっ。……やっと、見つけた!!」
「スライム国にいったはずのお前が……なんで、ここに……」
レイラは、はじめに歩み寄るなり、その胸ぐらを掴み、豪快に揺さぶった!!
「……ちょ、……レイラさん、苦しい、苦しいんですけどぉぉ!!……どうしてここに……」
「どうしてだと!!スライム国に異変が。って聞いて、とんで来たら……いねえし……」
「周りに聞いたら、それっぽい奴らが、天使国に行ったって聞いて……確かめに来たんだ」
レイラは、顔を真っ赤にしながら、はじめの耳元で囁いた。
(「お前、心配かけるなよ……約束、守ってくれるんだろ……」)
(「……わかってますから……」)
はじめの囁きが、聞こえるやいなや。レイラの視線が、はじめの腕に寄り添うただならぬ気配の「めぐみ」へと突き刺さった。
「おい。はじめ。この女は、なにもんだ?」
「えっと、この人はですね……」
はじめが言い訳をしようとした、その時。ベアト、アイ、りりが、割って入った。
「はじめ様。その女こそ、何者ですの?私というものがありながら。日焼けしたエルフのくせに」
「は、はじめ様。アイを、アイを。おそばにおいてくださると……」
「はじめ様。なんだか、いつの間にか、恋愛偏差値。上がったんですか?!」
「はじめ。いつの間にか、こんなに付き合ってる人が、いたの? 私、お邪魔だったかな?」
めぐみが、はじめの顔色を伺いながら、状況を教えて。と言わんばかりのアピール。
(しゅ、修羅場だ…………なんにも、悪い事、してないのにぃぃ……)
はじめは、心で絶叫した……
――その光景を、.…….…….…….…….…….……。
しゅうと、ミラーは、その光景を、ビデオ鑑賞するかのように、楽しんでみていた。
「はじめ君。僕のプレゼント、受け取ってくれたかい? せいぜい、君の好きな、家族。ちゃんと、守ってあげてね?♪」
しゅうが、楽し気に笑う。その隣で、ミラーが、微笑む。
「はじめ君。僕のゲームもこれからが、本番だからね? 僕は、本物そっくりのコピーを5体まで作れる。さあ?? 本物。どぉーーれだ♪」
天使国で、美しく、最も醜悪な、ゲームが開催されようとしていた。




