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第四十八話:新キャラ登場です。また敵です

謁見の間に、凍りつくような緊張が走った。ムカデ辺境伯領の陥落という衝撃的な報告に、ヴェスパ女王の背中の羽が、かつてないほど激しく赤色に明滅する。


「……アルト! 予備兵力を直ちに招集せよ! ムカデの領地が落ちるなど、虫国の存亡に関わる……ッ!」


「はっ、直ちに――」


「……。……。……。……あー。……あの、……ちょっといいですか」


 玉座から下されようとした決定コマンドを遮ったのは、膝をガクガクと震わせ、今にもソファの影に隠れようとしていたはじめの、消え入りそうな声だった。


「……はじめ? 貴様、この緊急事態に何を――」


「い、いやぁ。……おかしいなぁ、と思いましてね。……えぇ。……兵士さん、ちょっと仕様確認いいですか? ……その襲撃、……『いつ』の話ですか?」


 はじめは、冷や汗を拭いながらも、エンジニア特有の「矛盾を見つけた時の執拗な瞳」で伝令兵を見つめた。伝令兵は、一瞬だけ肩を揺らし、煤に汚れた顔で答える。


「……昨日の、……昼過ぎだ。……命からがら、……ここまで駆けてきた……」


「昨日の昼過ぎ、……ですか。……へぇー。……あ、アルトさん、ちょっといいですか。……僕らがムカデ領の最前線を通過したのって、いつでしたっけ?」


 話を振られたアルトが、眼鏡をクイと押し上げ、淀みない声で補足を入れる。


「正確には三日前の、正午を過ぎた頃でございますね。……はじめ様、……貴方が『ムカデがいっぱいいるのは仕様ですかバカ野郎!』と叫びながら、辺境伯殿の用意した馬車で領境を越えた時刻です」


「そう! それですよ!! ……ねぇ、兵士さん。……昨日の昼に襲われたんなら、三日前のあの平和な……、いや、平和ではなかったですけど、あの『平穏なアンデッド運用状態』は何だったんですか? ……昨日襲われた場所を、三日前の僕らが『安全に』通れたのは、……。……。……これ、時系列のコンフリクト(衝突)起きてませんかねぇ?」


「なっ……!? はじめ、貴様、何をデタラメをッ!!」


 ヴェスパが声を荒らげるが、はじめの「屁理屈」は止まらない。一度バグを見つけたエンジニアは、たとえ相手が女王だろうと、その修正を終えるまで止まれないのだ。


「……さらに言わせてもらえばねぇ、兵士さん。……君、その煤、……どこでついたの? ……辺境伯領の土って、もっと乾いた茶褐色のはずですよ。……でも君の装備についてるのは、……。……。……何年も放置された『廃墟の埃』ですよね。……昨日ついたにしては、……。……。……匂いまでキャッシュが古すぎるんだよなぁ!!」


「……。……。……」


 伝令兵の呼吸が、ぴたりと止まった。

 ベアトがその異様な空気を察し、はじめの前に立ちはだかるようにして、鋭い視線を兵士に投げかける。


「あら。はじめ様がそう仰るなら、それは『真実』ですわ。……わたくしのはじめ様が、嘘八百を並べるような不誠実な男だとでも? ……さあ、兵士さん。……今の質問、……納得のいく『回答コード』を吐き出してくださるかしら?」


「……陛下、申し上げます。……この兵士、……。……。……先ほどから『心音』が聞こえません。……伝令という負荷の高いタスクをこなしているはずなのに、……。……。……まるで、……。……。……時が止まっているかのような、……静寂……」


 アルトの冷徹な分析が、とどめとなった。

 ホールを支配していた「嘘」という名のパッチが、はじめの屁理屈とりりの憤り、そしてアルトの監査によって、音を立てて剥がれ落ちていく。


 平伏していた兵士が、ゆっくりと顔を上げた。

 煤に汚れていたはずの表情から、一切の「焦り」が消え、そこには、ただ底知れない『虚無』だけが浮かんでいた。


「……。……。……。……。……。……。……あー……」


 その声は、煤けた兵士のものではなかった。

 どこか気怠く、それでいて絶対的な支配力を孕んだ、低く囁くような声。


「……。……。……。……。……。……。……。……。……ばれたか……」


 その瞬間、謁見の間から、全ての「音」が消失した。


「……。……。……。……あー……。……ばれたか……」


 その囁きと共に、煤にまみれた兵士の姿が、内側から爆ぜるように霧散した。

 謁見の間を支配していた全ての音が、瞬時に「0」へと吸い込まれていく。はじめが叫ぼうとした喉の震えも、ヴェスパが玉座を叩いた音も、空気に伝わる前に凍りつき、完全なる静寂へと変わる。


 煤の下から現れたのは、透き通るほどに白い肌を持つ、あまりに美しい……そしてあまりに生気のない、剥製のような青年だった。


(……。……。……。……。……あー。……。……。……。……なに、……これ……)


 はじめは、声にならない悲鳴を脳内で上げることしかできなかった。

 目の前に立つ青年の背中。そこには、本来あるべき虫国の羽ではなく、巨大な蛾の羽が、ドライフラワーのように無残に乾いた状態で生えている。青年がわずかに動くたびに、**「……カサリ……」**という、古い紙が擦れるような、死を予感させる乾いた音が静寂の中に響いた。


「……終末の八柱、……冷徹なゼロ。……。……はじめ、……お前……。……余計なデバッグ……するからだ……」


 消え入りそうなほど低く、それでいて聞いた者の神経系を直接凍結させるような囁き。

 それは言葉というよりも、思考ルーチンそのものを強制終了させるウイルスのように、はじめの意識をじわじわと侵食していく。濁った琥珀色の瞳は、瞬き一つせず、はじめの存在そのものを削り取ろうとしていた。


「……死ぬぞ……。……。……今……。……」


 まるで、今日の天気が「曇り」であることを告げるかのような、あまりに気軽で、冷酷な死の宣告。

 はじめのボヤきさえも、その圧倒的な「停止」の権能の前に、音になることさえ許されない。


「……。……。……。……あー……。……またな……」


 剥製の堕天使、ゼロの姿が、かさりと乾いた羽の音を残して、陽炎のように空間へ溶けて消えた。

 同時に、凍りついていた音が一気にホールへと流れ込む。


「……はぁっ、はぁっ……!!」


 はじめは、肺が千切れるかと思うほどの勢いで酸素を吸い込んだ。喉の奥で渋滞していた「ボヤき」が、ようやく物理的な振動となって溢れ出す。


「……な、なんなんですか……、今の……。あー、怖い。死ぬ。五十八歳の心臓に、あんな『処理停止パッチ』当てないでくださいよぉ……!!」


 腰を抜かし、床にへたり込むはじめ。だが、玉座のヴェスパは、すでに女王としての表情に戻っていた。いや、戻ろうと必死に自分を律していた。


「……アルトッ! 直ちにムカデ領へ最速の偵察兵を出せ! 事実を確認し、報告するのだ!!」


「御意。……直ちに」


 アルトが影に溶けるようにして姿を消す。ヴェスパは、震える手で扇を握りしめ、冷たい視線をはじめへと向けた。


「……はじめ。……あの男が言ったことが真実か、それとも貴様の『屁理屈』が正しいのか。……結果が出るまで、貴様を帰すわけにはいかぬ。……よいな! この城に……わらわの目の届く場所に、いろッ!!」


「えぇぇーっ!? 嫌ですよ! 僕、魚人国に帰ってデバッグの続きがあるんですって……」


「……だめだッ!! 貴様は、その……そう、重要参考人だ!! 逃げ出さぬよう、わらわが……自ら監視してやる!! 感謝しろ!!」


 ヴェスパは、傲慢に言い放ち、プイと顔を背けた。

 だが、その背中の羽は、先ほどまでの恐怖で青ざめていたのが嘘のように、今は「はじめが城に居てくれる」という事実に、隠しきれない歓喜の色で赤ピンク色にチカチカと、激しく、あまりに激しく明滅していた。


(……あー。……。……。……。……。

 ……。……女王様。……。……。……羽が。……羽が、お土産をもらった時より五倍くらい『やったぁぁ!!』って言ってますよ。……。……。……。……これ、調査結果が出るまで、僕、毎日『毒見』という名の接待をさせられるフラグ、立ちましたよねぇぇ!!)


 はじめは、城の豪華な内装を見上げながら、これから始まるであろう「女王の監視デレ」という名の重労働を予感し、深い、深い溜息を漏らした。


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