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第四十七話:お土産ですか?毒見です

大扉の向こうに広がる謁見の間は、高い天井から差し込む光が、磨き抜かれた床に幾何学模様を描き出す、静謐な空間だった。

 玉座に鎮座する女王ヴェスパの姿が見えた瞬間、はじめの歩幅は、これ以上ないほど小刻みに、そして慎重になった。


(……あー。……遠い。……玉座までが果てしなく遠い。……しかも女王様、あの時より三倍くらい威厳(圧)が増してませんか。……これ、僕が近づくたびに向こうの「不審者センサー」の感度が上がって、途中でレーザーに焼かれたりしませんかね……)


 はじめは、震える手で抱えていた『蒼凪あおなぎ』の特産品が詰まった包みを、盾のように前に突き出しながら、ようやく玉座の階段下で立ち止まった。


「……あ、あの。お久しぶりです、ヴェスパ様。……これ、つまらないものですが、その……入国の挨拶といいますか、お土産を持ってまいりました……」


 はじめが差し出したのは、魚人国の香り漂う、見た目にも鮮やかな高級乾物の詰め合わせだ。

 玉座の上、鉄の仮面のような無表情を保っていたヴェスパの触角が、その瞬間、ぴくりと跳ねた。彼女の瞳が、はじめの「解像度の低いデフォルト姿」と、差し出された包みを交互に見つめる。


「……フ、フン。……貴様、わらわがそのような、卑俗な食べ物で喜ぶとでも思っているのか? ……だいたい、わらわは忙しいのだ。わざわざ持ってくるなど、余計な……」


 ヴェスパは、傲慢に顎を上げ、扇で口元を隠した。だが、その背中の羽は、はじめと目が合うたびに「嬉しい!」と叫んでいるかのように、鮮やかな赤ピンク色にチカチカと明滅している。


「……。……。……。……だが、まぁ。……せっかく貴様が、わらわのために、……重い思いをして運んできたのだ。……無碍にするのも女王の慈悲に反する。……仕方なく、本当に仕方なくだが……受け取ってやらぬこともない」


 ヴェスパが、アルトに目配せをする。その仕草はどこか焦ったように、そして隠しきれない期待に満ちていた。

 アルトは、流れるような動作で包みを受け取ると、眼鏡をクイと指で押し上げ、感情の読み取れない声で呟いた。


「……左様でございますか。……以前であれば、このような贈り物は『即座に焼却処分せよ』と仰っていた陛下が、……ずいぶんと『角』が取れたもので。……はじめ様の不器用な誠意が、陛下の強固なファイアウォールを、少しばかり摩耗させたようでございますね」


「なっ……!? アル、トッ!! 貴様、余計なことを申すなッ!!」


「……捨てちゃうの? 琥珀がもらってもいいの?」


 静寂を切り裂いたのは、玉座の威厳も女王の葛藤も物理的に無視した、琥珀の純粋すぎる「空腹」だった。彼女の瞳は、アルトが抱えた乾物の包みにロックオンされ、今にもよだれが零れ落ちそうなほど輝いている。


「……陛下が、あまりお気に召してないようでございますから。琥珀様、よろしければお食べになりますか?」


 アルトが、眼鏡の奥で「してやったり」という冷徹な光を宿し、確信犯的に包みを琥珀の方へと差し出した。その動作には、女王の本音を引きずり出すための邪悪な最適化が施されている。


「わーぃ!! メロンパンの代わりに、これ食べるぅぅ――」


「――待てッ!! 誰が渡すと言ったッ!!」


 琥珀が短い手を伸ばした刹那、ヴェスパの叫びがホールに反響した。その勢いは、先ほどまでの「仕方なく受け取る」というスタンスを自らデリート(削除)し、玉座から身を乗り出すほどの必死さだった。


「……な、何を勝手なことを。……これは、はじめがわらわに持ってきたものだ。……毒見も済んでおらぬものを、子供に与えるわけにはいかぬ。……そう、毒見だ!! わらわが、責任を持って、全て、一欠片も残さず、毒見をしてやるから……貴様はそこで、指でもくわえておれッ!!」


 必死の形相で包みを奪い返す女王。がっかりと肩を落とし、耳まで垂れ下がったような琥珀を見て、ベアトが扇で口元を隠しながら、冷ややかな声で追い打ちをかけた。


「あらあら……。いい大人が子供相手に、食べ物の恨みを買うような真似をなさるなんて。……女王様というより、ただの『食い意地の張った年増』にしか見えませんわね」


(……。……。……。……。……。

 ……あー。……ダメだ。……終わった。……ベアトさん、その『年増』パッチ、今この状況で一番のクリティカルヒット(禁句)ですよ……!! 女王様の触角が、今までに見たことない角度で怒りに震えてますよぉぉ!!)


 はじめは、胃の奥でキリキリと鳴る警報音を聞きながら、冷や汗でぐっしょりになったシャツを掴んだ。外交問題という名の「致命的なエラー」が、目の前で刻一刻と進行しているのを、彼はただ震えながら見つめることしかできなかった。


「……っ、毒見だと言っているだろうが! さあ、アルト、早くその包みを――」


 ヴェスパが、その小さな手をお土産に伸ばそうとした、まさにその時だった。

 謁見の間の大扉が、重量を無視したような勢いで左右に叩きつけられた。


「――申し上げますッ! ヴェスパ女王陛下ッ!!」


 なだれ込んできたのは、一人の伝令兵だった。肩で息をし、煤と埃にまみれたその姿は、いかにも最前線から命からがら逃げ延びてきた「忠義の兵」そのものに見えた。だが、その瞳の奥には、周囲の誰にも気づかせない……音さえも凍りつかせるような、冷徹な「無」が潜んでいた。


「……緊急事態ですッ!! ムカデ辺境伯の領地が、突如出現したアンデッドの大軍に急襲されましたッ!! 守備隊は壊滅、領民は混乱の極みにあります!! 直ちに……直ちに援軍の派遣をッ!!」


 ホールの高い天井に、兵士の悲痛な叫びが反響する。

 ヴェスパの顔から、一瞬で「お土産への執着」が消え、女王としての鋭い殺気が宿った。


「……何だとッ!? あのムカデの……、あの食えない男が、そう簡単に遅れをとるはずが――」


 だが、その場の誰もが緊張に凍りつく中、はじめとりりだけは、別の意味で凍りついていた。二人は弾かれたように顔を見合わせ、言葉にならない驚愕を、視線だけで高速同期シンクロさせる。


(……。……。……。……。……。

 ……え? ……いま、なんて? ……ムカデ辺境伯領が、……いま……襲われた……?

 ……。……。……おかしい。……絶対におかしい。……だって僕ら、あの地がとっくに『死者のシステム』に組み込まれて、辺境伯本人がたった一人の生存者として地獄を見続けていたのを、……あの人の口から直接、聞いてきたんですよ!?)


 はじめの脳内で、あの日の冷たい風と、辺境伯の食いしばった牙の音が再生される。

 りりの瞳にも、明白な動揺と憤りが浮かんでいた。彼女の『聖女』としての感度が、目の前の伝令兵が発するログの「不自然な静寂」を察知し始めていた。


(……あー。……ダメだ。……。……これ、……。……。……情報の不整合なんてレベルじゃない。……とっくに死が『リソース』として管理されていたあの場所が、いまさら『急襲された』なんて……。この兵士さん、……。……。……一体どこの虚偽サーバーから、……。……。……ありもしないデータをデプロイしてるんですかぁぁ!!)


 はじめは、玉座に座るヴェスパの横顔と、平伏する兵士の背中を交互に見つめ、背筋に冷たい「死の沈黙」が這い上がってくるのを感じていた。


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