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第三十五話:毒の解除ですか?実験です

「謁見の準備が整いました。皆様、こちらへ……」


ひらめのヒレを器用に動かすメイドに案内され、はじめたちは水晶宮の最深部、真珠の光が揺らめく謁見の間へと足を踏み入れた。


「——一同、入場せよッ!!」


タイラの、肺活量全開の威厳ある関西弁が広大な空間に響き渡る。その号令に合わせ、はじめを先頭に、聖衣を纏ったベアト、眼鏡を光らせたアルト、おどおどした巨体のグラトニー、そして「はじめさんの隣」を死守するりりと琥珀が、女王の前に整列した。


「まずは、女王様にご挨拶やッ!」


タイラの鋭い視線に促され、一同が礼を尽くす。

玉座に座る黒耀は、表面上は威厳を保っているものの、その瞳からは未だに「龍神様……トカゲ女……」という衝撃のログが消しきれず、どこか精気が漏れ出しているようだった。


「……う、うむ。……では、はじめ。挨拶はよい。……早急に、この『海の白化』……毒の解決策を提示せよ。……これ以上、私の胃が『バキーン!』と鳴る前に……」


「(……女王様、擬音がグラトニー化してるな……)」


はじめは冷や汗を拭い、一歩前へ出た。


「承知しました、女王陛下。……まずは、この毒の特性を正確に把握する必要があります。……グラトニー君、前に。元オクタ・エラーとして、開発者である【冷徹な零】から聞いた仕様を、皆に説明してくれ」


「えっ、あ、僕っすか!?」


グラトニーは巨大な指を合わせ、お母様リヴァイアサンのいない開放感と、はじめの期待に応えたい一心で、大きく深呼吸をした。


「えーっと……ゼロの兄貴が言ってたのは、この毒は『ピキーン!』って感じなんです! こう、海に流すと、お魚さんたちの『ハート』を『スンッ……』って食べて、みんな『カッチカチ』の『シーン……』になっちゃうっていうか……」


「……」


謁見の間を、深い沈黙が支配した。

りりは真剣な顔でメモを取り、アルトは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、タイラは必死に女王の顔色を伺っている。


「……なるほど(わかってない)。つまり、グラトニー君。その『ピキーン!』というのは、海水分子の熱運動を外部から強制停止させる、エントロピーの局所的ゼロ化……ということで間違いないかな?」


はじめが「わかったふり」をして、それっぽい専門用語を被せる。


「あ、そうです! まさにそんな『ピキーン!』です! 兄貴も『これに触れた奴は、みんな存在がデッドロックだぜ!』って、アイスキャンディー食べながら笑ってました!」


「デッドロック……。アルト君、これ、論理的な『氷結』だ。普通のヒールでは解除できない。システムの実行権限を奪って、プロセスの再起動リブートをかけるしかないな」


「左様ですね。……グラトニー殿の言う『スンッ……』は、生体ログの抹消ではなく、一時的な『サスペンド状態』を指していると推測されます。……非常に厄介ですが、解決の糸口は見えました」


アルトが冷静に(でも半分困惑しながら)ログを補完する。

すると、りりが素朴な疑問をタイラに投げかけた。


「……タイラさん。今、グラトニーさんが仰った『カッチカチ』というのは、魂がダイヤモンドのように硬質化し、はじめ様の論理ロジックを受け入れる準備ができた……という聖なる兆しなのでしょうか?」


「(……アカン、この子の翻訳フィルタ、神格化が過ぎる……!)……あ、あー。せや。魂が『カッチカチ』に固まってこそ、真実の愛が『バーッ!』と入り込む余地ができるんや。……いわば、心の防波堤みたいなもんやな。……知らんけど」


タイラは顔を逸らし、全力で真珠を作らんとばかりに胃を抑えた。


「素晴らしいですわッ! ならば話は早いですわ、はじめ様!」


そこで、これまで静かに(はじめの横顔を凝視して)いたベアトが、聖剣の柄を握りしめて宣言した。


「論理だの、デッドだの、小難しいことはお任せしますわ。……要は、私がその『カッチカチ』の海に、太陽のような愛の出力を『ドーン!』とぶち込めば、全て解決クレンジングということでしょう!? 私の愛のパッチ、今すぐデプロイして差し上げますわッ!!」


「ちょ、待ってベアト様! 出力の調整をしないと、海ごと蒸発するからッ!!」


「ねーねーグラトニー、その『シャリシャリ』になったお魚、かき氷にして食べたら美味しいかなぁ?」


琥珀の無邪気な一言が、混沌を極める会議にトドメを刺した。

はじめは、もはや自分の「思い込み」と「周囲の勘違い」がどのレイヤーで衝突しているのか把握しきれず、ただアルトと視線を交わし、深い、深い溜息をつくのだった。


「……お待ちください、ベアト様」


聖剣を抜こうとしたベアトの前に、アルトが音もなく割り込んだ。その眼鏡の奥の瞳は、まるでバグを検知したデバッガーのように冷徹だ。


「貴女様の『愛』が、太陽に匹敵するエネルギーであることは重々承知しております。ですが、この水晶宮のど真ん中でそれをデプロイ(解放)すれば、毒が消える前に魚人国のOSが物理的にクラッシュ(崩壊)しかねません」


「あら、アルト。私の愛を疑うのですか?」


「いえ、過信しているのです。……はじめ様、まずは安全な場所で、ベアト様の『実効出力』を測定すべきかと。……タイラ殿、この近海で、どれだけ暴れても生態系に影響がない……いわば『隔離されたディレクトリ』のような場所はありますか?」


タイラは、相変わらず胃を押さえながら、重い腰を上げた。


「……隔離されたディレクトリ? ようわからんけど、実験場やったら一つ心当たりがあるわ。……ここから北に少し行ったとこに、『沈黙のサンゴ礁』呼ばれる、毒で完全に『スンッ……』と白化したエリアがある。あそこなら、もう死に絶えとるし、岩礁が天然の結界になっとるから、多少『バーッ!』とやっても響かへんやろ」


「沈黙のサンゴ礁……。そこなら、毒の『氷結フリーズ』の強度も測れそうですね」


はじめは「わかったふり」を継続しつつ、内心では(ベアトの愛が爆発して、僕まで消去デリートされないかな……)と戦慄していた。


「よし、決まりですわ! その『沈黙』とやらを、私の愛の絶叫で塗り替えて差し上げますわッ!」


「……さん。今のアルトさんの『ディレクトリ』というのは、聖なる儀式を行うための『祭壇』という意味でしょうか?」


りりが真剣に問いかけると、タイラは遠い目をして答えた。


「……せや。いわば、生贄……やなくて、愛を捧げるための専用のゴミ捨て場……やなくて、特別な場所や。……あかん、胃が『キリキリ』を通り越して『バキバキ』言うてきたわ……」


「『バキバキ』……。女王様の『バキーン!』と共鳴しているのですね……。深海は今、激動の時代を迎えているのですね……っ!」


りりのピュアな誤解が加速する中、一同はひらめのメイドに見送られ、試験場へと向かうことになった。

その背後で、ようやく意識を繋ぎ止めた黒耀が、掠れた声で呟いた。


「……はじめ……。頼むから、海を……蒸発させないで……くれ……。あと、トカゲ女って……呼ばせないで……」


一行は、水晶宮の外に用意された海竜便に乗り込み、北の果てへと向かった。

移動中、はじめはアルトと小声で最終確認を行っていたが、その背後では、もはや「異文化交流」という言葉では片付けられないレベルのすれ違いが加速していた。


「……タイラさん。あそこに見える、あの色が抜けたような白い森が、『沈黙のサンゴ礁』なのですか?」


りりが、窓の外を流れる不気味なほど真っ白な海底を指差した。


「せや。……あそこはもう、毒の『ピキーン!』が強すぎて、命のログが完全に消えてしもうた場所や。……あんな、りりちゃん。ここから先は、普通のヒールなんかじゃ太刀打ちできへん、『バーッ!』としたエネルギーが必要なんや。……わかるか?」


「はい……。つまり、愛の洪水で死の沈黙を上書き(オーバーライト)する……。はじめ様が仰っていた『再起動』とは、再生の産声なのですね……っ!」


「(……この子、絶対将来、宗教でも興すんちゃうか……?)……せ、せや。まあ、そんな感じや。……な、はじめはん」


タイラの振られた話題に、はじめは生返事で応えながら、ついに試験場へと降り立った。

そこは、かつて色とりどりの命が溢れていたであろう、真っ白な墓標の森。潮の流れすら凍りついたような、不自然な静寂が辺りを支配している。


「よし、アルト君。測定準備は?」


「完了しています。……はじめ様、ベアト様の周囲三メートルは『特異点』になります。決して近づかないでください」


アルトが魔法の計測器をセットし、はじめが大きく頷いた。


「ベアト様。準備はいいですか?……まずは、軽くでいいです。その毒の一部を『解凍』するイメージで、愛を込めて聖剣を……」


「わかっておりますわ、はじめ様! 『軽く』ですね……うふふ、はじめ様の期待に応えるためにも、私のすべてをここに捧げますわッ!」


ベアトは聖剣を高く掲げ、瞳に超新星のような輝きを宿した。


「……はじめさん、はじめさん! 魚、シャリシャリしてるよ! これ、叩いたら割れるかな!?」


琥珀が死んだサンゴの魚を突っついている横で、ベアトの全身から、物理的な熱を伴う「聖なる光」が爆発的に膨れ上がった。


「喰らいなさい! 年増トカゲにも負けない、私の新鮮な愛のパッチですわぁぁぁぁぁッ!!」


「え、ちょっと待ってベアト様、その光の収束率は——」


はじめの制止が間に合うよりも早く。

真っ白な沈黙の森が、太陽を直接叩きつけたような黄金の閃光に飲み込まれた。


「——いっけぇぇぇぇッ!!」


ドガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!


海底を揺るがすどころか、海面を突き抜けて天まで届くような、凄まじい轟音が響き渡った。

砂煙(砂しぶき)が舞い上がり、はじめたちは視界を奪われ、アルトの計測器は無慈悲なビープ音とともに「ERROR(測定不能)」の文字を吐き出した。


「(……これ、『軽く』じゃない!! 全然『軽く』ないよ、ベアト様ぁぁぁ!!)」


はじめの悲鳴すら消し飛ばす爆音の中、果たしてサンゴ礁は無事(?)解凍されたのか。

物語は、さらなるカオスの極みへと突き進んでいく——。


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