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第三十四話:ベアトです。一直線です

「はじめ様ッ! ご無事ですかッ!?」


血相を変えて現れたのは、女王の側近であるタイラだった。彼女は元気に戻った海の色と、そこにリヴァイアサンの気配が残っているのを感じ取り、その場にへたり込んだ。


「あ……あの方が直々に動かれたんか……。自分、一体どんな徳を積んだらあんな御方に気に入られるんや……。とにかく、すぐ城に戻るで! 女王はんが泡吹いて待っとる!」


水晶宮に戻るやいなや、はじめは黒耀に詰め寄られた。


「……海龍神様が、直々にお前を『飼いたい』と申されたのだな!?」


「いや、言葉の綾というか、ただの冗談だと……」


「あの方が冗談など言うものか! あの御方はこの海の『理』そのもの。機嫌を損ねれば、我ら魚人国など一瞬で消去されるわ!」


黒耀は真っ青な顔で立ち上がると、近衛兵たちに怒号を飛ばした。


「すぐにありったけの貢物を用意しろ! 私自ら、はじめを連れて神殿へお礼(と献上)に赴く! 遅れれば海が割れるぞッ!!」


数刻後。はじめ、りり、琥珀、そして震えが止まらない黒耀は、深海のさらに深淵に鎮座する「龍神殿」の前にいた。

(……墨花さんは『あらあら、私は翠玉楼の仕込みがありますからぁ』って、しれっと逃げやがった……)


神殿の重厚な扉が開くと、そこには予想だにしない光景が広がっていた。


「……お母様。ここ、磨き終わりました。あと、サンゴの並べ替えも……」

「あらぁ、まだ角に埃が残っているわよぉ、坊や。やり直しねぇ」


そこには、エプロンを首にかけ、涙目で床を磨き上げているグラトニーの姿があった。オクタ・エラーの威厳は微塵もなく、完全に「反抗期の終わったお手伝いさん」と化している。


「あ、あの……海龍神様……。この度は、うちの愚民が粗相を……」


黒耀が床に額を擦り付ける横で、リヴァイアサンはゆったりと玉座から立ち上がり、はじめに歩み寄った。


「あらぁ、ひょろ男くん。思ったより早く来てくれたのねぇ。そんなに私の『飼育箱』が恋しくなっちゃったのかしらぁ?」


リヴァイアサンの指先が、はじめの顎に触れようとした、その時。


——ドガァァァァァァァンッ!!


神殿の絶対的な結界が、外側から放たれた凄まじい「聖なる光(物理)」によって粉砕された。


「——離れなさいッ!! この欲張りな年増トカゲ女ぁぁぁぁぁッ!!」


爆煙の中から飛び出してきたのは、光り輝く聖剣を抜き放ち、瞳に怒りの炎を宿したベアトだった。


「はーじーめーさーまーーーッ!! 今すぐお助けに参りました! どこのどいつが貴方を飼うなんて言ってるんですか! はじめ様を一生『養う』のは、この私なんですからねッ!!」


ベアトは凄まじい速度ではじめの胸に飛び込むと、彼を抱きしめたまま、1,000歳オーバーの龍神を聖剣の先で指し示した。


「……な、な……っ」

黒耀が白目を剥いて卒倒しかける。


リヴァイアサンは驚いたように目を丸くしたが、すぐにクスクスと、深海を震わせるような楽しげな笑い声を上げた。


「ふふっ……あははは! おやおやぁ、若くて元気な小鳥さんが来たわねぇ。ひょろ男くん、こんなに激しい子に愛されて、腰が持ちかしらぁ?」


「う、うるさいです! その、溢れんばかりの年増の色気で、はじめ様を惑わすのはやめてください! はじめ様は私の、私の騎士なんですからッ!!」


「あらぁ、飼い主としての先輩かしらぁ? でもねぇ、お嬢さん。愛の重みを知るには、貴方はまだ……1,000年早いんじゃなくてぇ?」


「なっ……! 1,000年なんて、はじめ様への愛があれば一瞬でスキップして見せますッ!!」


ベアトの額を、リヴァイアサンが指一本で軽く押さえてあしらう。その横で、はじめは天を仰いだ。


(……もう、僕を初期化フォーマットしてくれ……!!)


神殿には、ベアトの叫び声と、龍神の艶やかな笑い声、そしてグラトニーがハタキを落とした虚しい音だけが、虚しく響き渡っていた。


龍神殿の空気は、まさに「神々の黄昏ラグナロク」の直後だった。

聖剣を構えるベアトと、悠然と微笑むリヴァイアサン。その中央で、はじめは自分の「存在理由」を必死にゴミ箱へドラッグ&ドロップしようとしていた。


「……あのう? ほんまに、申し訳ないんですけどぉ……」


その、場違いなほど「低姿勢な関西弁」が、張り詰めた沈黙の隙間に、スッと滑り込んだ。

一同が(はっとしたように)視線を向けると、そこには、真っ白な顔で胃のあたりを押さえたタイラが立っていた。


「……皆さん、お熱いのは結構なんですけど。……そろそろ、出発なさったらどうでしょ? 海の白化、これ以上進んだら、うちの女王はん、今度こそショックで泡から真珠作ってまいますわ……」


タイラの視線の先では、黒耀が近衛兵に支えられながら、「……あ、あの方が……トカゲ女呼ばわり……この国、終わった……」と、うわ言のように呟きながら、魂が半分ログアウトしていた。


「……っ! そうでしたわ、はじめ様! こんな年増トカゲと不毛なレスバ(言い争い)をしている場合ではありませんでした!」


ベアトがパッと聖剣を収め、はじめの右腕をがっしりとホールドする。


「行きましょう、はじめ様! 私が聖なる光で、そのバグだか白化だか、全部焼き払って差し上げますから!」


「あらぁ、いいわよぉ。仕事のできる男は嫌いじゃないわぁ。……坊や(グラトニー)、あなたもそのハタキを置いて、はじめ様の『セキュリティソフト』としてついていきなさいなぁ」


「は、はい! お母様!!」


エプロン姿のワニが、慌てて武器(?)を持ち替えて整列する。

はじめは、そのあまりのカオスっぷりに、端末の再起動ボタンを押したい衝動を必死に抑えた。


「……あ、ありがとうございます、タイラさん。助かりました、マジで……」


「……ええねん。……っていうか、はじめちゃん。自分、あとで絶対、後悔するようなフラグ立てすぎやで。……さ、女王はん運ぶから、手伝ってや……」


一行は、意識の混濁した女王を先頭に、水晶宮への帰路についた。

道中、タイラの口調は、いつもの「ギャハハ!」という爆発力を欠き、どこか「命を削って調整している中間管理職」のような、控えめな、けれど芯の通った関西弁だった。


「……しかし、ベアトはん言うたっけ? 自分、よう龍神様相手に『トカゲ女』なんて言えたなぁ。うち、横で聞いてて、エラが震えて止まらんかったわ……」


「当然です! はじめ様を奪おうとする者は、神であろうとトカゲであろうと、私の敵ですから!」


「……左様ですかぁ。……はじめちゃん、自分、この聖女さんと結婚するなら、先に生命保険バックアップ三つくらい入っといたほうがええよ……」


タイラの低い呟きが、深海に虚しく響く。

はじめは、白化した海をスキャンしながら、自分の将来の「生存率」が急激に低下しているエラーログを、見なかったことにした。


水晶宮の控室。隅で巨体を縮め、震える手でお茶を配るグラトニーを無視して、はじめは目の前の「領主」に向き直った。


「で……ベアト様。戴冠式を終えたばかりの領主が、どうしてここ(魚人国)にいるんですか? ゼノ様はどうしたんですか」


「そんなの決まっています! はじめ様への愛が、私の魂に直接『GPS(神の導き)』をインストールしたからですわッ! 領地の運営なんて、全部お兄様にデリゲート(全権委任)して参りました!」


「……お兄様に、全部?」


はじめが戦慄していると、扉の影から、長旅でボロボロになりながらも眼鏡を光らせた青年が、静かに歩み出してきた。


「左様です、はじめ様。……あの方(ゼノ様)は今頃、みつばち領で数千通の書類の山に埋もれ、『ベアトォー! はじめ殿ぉー!』と、断末魔のような叫びを上げていることでしょう」


「え……あ、どなたですか? その、いかにも仕事ができそうな……」


はじめが気圧されていると、ベアトが「あら、失礼」と青年を扇子で指した。


「紹介しますわ、はじめ様。ヴェスパの女狐から『お目付け役』として押し付けられた、アシナガバチ族の執事、アルトです。……ほら、アルト。憧れのはじめ様にご挨拶なさい」


「……はじめ様。お初にお目にかかります。女王ヴェスパより、貴方の『後方支援、および行動ログの完全収集』を拝命いたしました、アルトと申します。……あの方は、貴方の隣に行けない悔しさで、謁見の間の床を転げ回っておいででしたよ」


「ヴェスパ様が、床を……? いや、それよりアルト君。君、女王の執事なら、彼女を止めなくてよかったのか?」


「止めました。……ですが、女王に全執務を叩きつけた後、このベアト様が『一秒で許可証を出せ、さもなくばはじめ様に不甲斐ないと告げ口する』と脅迫……失礼、交渉なさいまして。……私はその『監視』として、こうして馬車馬のように泳がされてきた次第です」


「……はじめさん。この執事さん、あのヴェスパ様を書類で封じ込めるほどの実務能力があるのに、ベアト様には物理的に引きずり回されています……」

りりが同情の視線を送る中、琥珀だけが「お茶、おかわり!」とグラトニーに懐いていた。


「……ま、まあいい。アルト君、君ほどの演算能力(事務能力)があるなら助かる。……海の毒のクレンジング、協力してくれるか?」


「……御意。狂気的な女性陣に挟まれるより、貴方のスマートな論理ロジックの下で働く方が、よっぽど精神衛生上、好ましいですから」


はじめは、初対面の「鉄壁の執事」が漏らした、あまりに切実な吐息に、深いシンパシーを感じるのだった。


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