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第百二十九話:ゲームとしての価値

教皇庁に響き渡ったミラーの嘲笑は、その場の空気を物理的な重圧へと変えていた。

空間そのものがミラーという毒に侵食されているかのような。異様なまでの、……威圧感。


「……こ、……これが。……兄さんの言っていた『闇の勢力』なのかい?……」


ルチアーノが震える声で呟くと、隣でスープの器を持ったジョヴァンニが、鋭い眼差しで虚空を睨みつけた。


「そうだ。……だが、ここまではっきりと姿を現したのは。……はじめてだよ……」


驚愕に包まれる二人の教皇を背に、墨花が静かにはじめの隣へと並び立つ。


「はじめ様。……どうするおつもりですか?」


「僕に考えがある。……まずは、全員で大教皇庁の門前まで行こう。それから、ルチ教皇、第2教皇様。……これは『チームはじめ』の案件です。……お二人とも、手を出さないで頂きたい」


はじめの言葉は、短く、だが拒絶を許さないほど、真っ直ぐな意志を孕んでいた。


「うふふ。はじめ様。……その言い方では、お二人に伝わりませんわ。『ご迷惑をおかけしたくないので、どうか見守っていてください』と、そうおっしゃっていますのよ♪」


墨花が扇を口元に当て、くすりと艶やかな笑みを漏らす。

だが、その瞳は、リーダーとしての資質(格)を見せ始めたはじめを射抜き、白皙の頬が、ほんのりと、桜色に上書きされていた。

かつての親友しゅうとの決着を前にしたはじめの背中に、彼女は逃れようのない、魅力を再認識させていた。


「では、……いこう。『チームはじめ』……ミラーとの、最終決戦だ!」


「はい!」


墨花を先頭に、アイ、ベアト、レイラ、りり、琥珀、まお。……そして、少し不本意そうなケルちゃん。

全員の応答が一つに重なり、一行は第2教皇庁を後にした。


石畳を叩く迷いのない足音。

やがて彼らの視界に、天使国の最高権威。大教皇庁の、巨大な門が鉄壁の威容を現した。


巨大な鉄門の前に辿り着いた一行を待っていたのは、予想に反した「無音」だった。

本来なら天使国最強の門兵たちが、槍を揃えて立ち塞がるはずの場所に、人影は一つもない。


代わりに、門の正面にポツンと立てられていたのは、一枚の悪趣味な立て看板だった。


『ようこそ、はじめご一行様。この後の地獄をお楽しみください』


血のように赤い文字が、虚空で不敵に笑っているかのように見える。

アイやレイラが不快そうに目を細める中、はじめだけは、こうなることを予見していたかのように、静かに一歩前へ出た。


「……聞こえてるんだろう。……ミラー!!」


はじめの声は、無人の空間に吸い込まれることなく、真っ直ぐに大門へと叩きつけられた。


「どうせこれも、しゅうの指示なんだろう? ゲームマスターなんて、大層な名前を名乗っていながら、お前には自分自身のオリジナリティが、一つもない。……正直、あは。……残念だよ」


はじめが、鼻で笑うように嘲笑を、投げ返す。

数拍の、冷ややかな沈黙。

やがて。……空間そのものが、激しい怒りのノイズを、立て始めた。


『……な、なんだと……!? はじめ……!!』


ミラーの声が、余裕を失い、醜く、歪んで響き渡る。

その苛立ちを、耳にした瞬間、はじめの口元に微かな、だが確信に満ちた笑みが、浮かんだ。


(……かかった……!!)


「人形化」という最強の剣を、奪われたはじめが、今度は「言葉」という「ウイルス」を、ミラーの、傲慢な自意識へと直接流し込んだ瞬間だった。


「どうせ、『しゅうの指示』で、数で押し切ろうって仕掛けだろ?……このままでもいいけど……君の作戦って、ないのかな?……はぁ……」


はじめが放った「深いため息」と、「オリジナリティがない」という毒。

それが空間のノイズをさらに激しく歪ませたその時、冷徹な修一の声が割り込んだ。


『ミラー! こんな挑発に乗るな! お前ははじめを舐めすぎだ!』


焦りを含んだしゅうの叱責。だが、プライドを真っ向から否定されたミラーの防衛本能は、もはやしゅうの言葉さえノイズとして排斥し始めていた。


『お言葉ですが、しゅう様。ゲームマスターはこの私。ここは、私にお任せください』


ミラーの声には、隠しきれない不快感と意地が滲んでいる。

それを聞き逃さず、はじめが追い打ちのログを流し込んだ。


「やっぱりな。全部、しゅうの指示だったんだろう? お前はただ、彼の書いたシナリオをなぞっているだけの『人形』に過ぎない」


『……あはは! がっかりさせてごめんよ、はじめ君! 中の配置も、仕掛けも! 全部、僕のオリジナリティに書き換えた! さあ、入ってきたまえ!』


ミラーの絶叫と共に、巨大な鉄門が地響きを立てて、ゆっくりと口を開いた。


「じゃあ、せいぜい『期待』しとくよ。変だと思えば、すぐクレームを入れるからな? これでも、しゅうとは『元』親友だ。彼の思考なら、手に取るように読める」


はじめが、冷たく言い放つ。

親友。その懐かしい響きをあえて「過去(元)」の遺物として切り捨てることで、修一への決別を宣言したのだ。


「……行こう。みんな」


はじめを先頭に、一行は闇が口を開ける大教皇庁の深淵へと、迷いなく足を踏み入れた。


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