第百三十話:論理で罠を解除?
大教皇庁の巨大な門をくぐり、一行が足を踏み入れた先は、静寂と贅を尽くした重厚な回廊だった。
壁一面に敷き詰められた魔導ランプが、侵入者をあざ笑うかのように不自然に明滅を繰り返す。
はじめが、その歩みをピタリと止め、虚空へ向かってわざとらしく、首を傾げた。
「ミラーさん。……まさか。まさかとは思いますけれど。このあと、うちのメンバーの『コピー』なんて、出しませんよね?」
回廊を流れる空気までもが、一瞬でフリーズしたかのように静まり返る。
はじめの背後で武器を構えるアイやベアトも、その言葉の意図を察し、静かに口元を綻ばせた。
「……まあ、ないですよね。パクリというか、二番煎じというか。天才ゲームマスターを自称するあなたが、そんな古臭い手を使うなんて、考えられませんし。ねぇ?」
『あ、当たり前だろう!……そんな二流の事、するわけないじゃん♪』
天井のスピーカーから響くミラーの返事。
余裕を装ってはいるが、その声は微妙に上擦り、隠しきれない動揺を撒き散らしていた。
かつて墨花に「二流」と断じられた古傷の記憶が、はじめの無慈悲な再確認によって、今再び、深く抉られていた。
「ですよね。……安心しました。期待していますよ、あなたの『オリジナル』に」
はじめはニコリと、毒を含んだ無害な笑みを浮かべ、再び歩き出す。
石畳を叩くはじめの足音は、迷いなく、そして冷徹に回廊へ響き渡った。
はじめは少し進むごとに、まるで先回りするように、次々と言葉を投げていく。
「まさか、この先の角を曲がった瞬間に、天井からプレス機が降ってきたり……なんて古典的なギミック、残ってませんよね? 三流のダンジョンじゃあるまいし。……あ、まさか、そこを曲がった瞬間に、無数の矢が飛んできたりもしませんよね? さすがに、そんな、ありふれた罠は、ミラーさんなら、作らないですよね?」
『……ッ! 当たり前だ! そんなもの、とっくに撤去してあるよ! 全部、書き換えたと言っただろう!』
ミラーの悲鳴に近い絶叫。
彼が心血を注いで配置したはずの『絶望のフラグ』が、はじめの放つ『クレーム』という名のデバッグ・パッチによって、一つ、また一つと論理的にへし折られていく。
それは力によるねじ伏せではない。はじめが仕掛ける、残酷なまでの『論理ざまぁ』だった。
(はじめ君。さすがだ。……おそらく君の勝ちだよ。ミラーはもう、君の手のひらで踊らされているだけだね……)
しゅうの、諦めにも似た乾いた感想。それは、パニックに陥り始めたミラーには、もう届かない。
大教皇庁の深部へと進むにつれ、空気はより冷たく、静寂はより深まっていく。
本来なら襲いかかってくるはずの伏兵も、作動するはずの緻密な罠も。
はじめが先回りして「既視感がある」「パクリだ」とレッテルを貼ることで、ミラーは自らそのスイッチを切らざるを得なくなっていた。
「ミラーさん。……気のせいか、イベントが何一つ起きていませんが? 大丈夫ですか? もちろん、これも計算ですよね。最高の『溜め』を作ってくれている。……さすがです」
『……あ、あはは! 当たり前じゃないか! 雑魚戦や罠なんて、君たちにはつまらないだろう? この後、最高のメインディッシュで楽しませるから、安心してくれ……♪』
ミラーの声は、もはや余裕を通り越して、精神的な限界を告げる震えを含んでいた。
全否定された彼は、自らの最高傑作を封じ込められたまま、未知の中ボス戦へ全てを賭けるしかない。
『あはは。はじめ君。いよいよだよ……その奥に、中ボスを用意した。果たして、クリアできるかな……!?』
不敵に宣言される、最後にして、唯一の抵抗。
巨大な、重厚な扉を前に、はじめはスッと、その眼差しを氷のように鋭く研ぎ澄ませた。
「さあ。本番です。皆さん、気合入れてお願いします。……ここからは、僕の言葉だけじゃ、道は開けませんから」
「……はじめ様。準備万端ですわ。あなたの拓いた道、私たちがさらに広げて見せましょう」
墨花が艶やかに扇を閉じ、漆黒の魔力を指先に纏わせる。
ベアトも不敵な笑みを浮かべ、真紅の剣を軽く回した。
「退屈とも、ようやくおさらば。……ってわけですわね。あくびを噛み殺すのも限界でしたわ」
「ああ。本当にはじめ無双だったからな。このままアイツの心臓まで、言葉だけで届いちまうんじゃないかと思ったぜ」
レイラが愛剣の柄に手をかけ、親指で鍔をわずかに押し上げる。
アイとりりも、それぞれの守護と癒やしの権限を、静かにアクティブへと切り替えた。
「全力で、……お守りします。はじめ様」
「ヒールでのサポートは、私にお任せを!」
琥珀が拳をボキリと鳴らし、まおが眠たげに、だが鋭い光を宿して目を擦る中……
「僕は、ちょっと無理かな? まあ、出来るだけね? ね、眠い……」
「……わい、いらんよな? なんで、おるん? いらんやん? 帰ってもええ?……」
ケルちゃんの、脱力しきった愚痴をあえて聞き流し、はじめは重厚な真鍮の取っ手に手をかけた。
指先から伝わる、石のような冷たさ。
「……さて。突入です」
はじめの、低い、だが揺るぎない声と共に、扉が地響きを立てて、左右へと開け放たれた。




