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第百十四話:変わり者の真実

「まずは、冤罪を晴らしたいと思います。今の状況、外もまともに出歩けないので……」


はじめは、切実な悩みを吐露した。

潜入も、情報収集も、この「顔」が割れているという障害がある限り、常に詰みのリスクがつきまとう。


「ああ、……それね。まあ、仕方ないか。だがはじめ君、君たちは一つ、大きな勘違いをしているよ」


ルチアーノ教皇は、「くくっ」と、込み上げる笑いを堪えるように肩を揺らした。

彼は机の引き出しから、一枚の羊皮紙を取り出し、はじめの前に放り投げた。


「これが、君の手配書だ」


「……誰ですか、これ?」


そこに描かれていたのは、鼻の下をだらしなく伸ばし、極限までビビり散らした、情けない男の顔だった。


「君だよ。……まあ、手配書を作るにあたって証言した門番たちには、君がこう見えていた、ということだね」


ルチアーノ教皇は、ついに堪えきれず、愉快そうに笑い声を上げた。


「まあ、確かにあの時のはじめ様。……こんなお顔でしたわね。結婚報告に行くような、そんなお顔♪」


墨花が扇で口元を隠しながら、楽しそうに追い打ちをかける。


「墨花さん……もう、思い出さないでくださいよ。……黒歴史なんです。騙されていただけなんですぅ……」


はじめは情けない声を出しながら、自分の顔が描かれたマヌケな手配書をまじまじと見つめた。


「ははは! まあ、そう気を落とさないでくれ。君が『本物』だと分かれば、この似顔絵がどれほどデタラメかも証明されたというものだよ。だから、顔だけでばれることはないよ。私が保証しよう」


ルチアーノ教皇の太鼓判に、はじめは、ようやく喉のつかえが取れたような表情を見せた。


「もしかして、……普通に宿に泊まれるんじゃありませんか?」


「却下ですわ、はじめ様」


墨花が即座に、冷徹なシステムエラーを指摘するように首を振った。


「はじめ様の顔を、すべての保安官が詳細に把握しているわけではありません。ですが、『ひだまりの家』の者や、あの日直接はじめ様を見た門番たちがいます。なるべく隠れて過ごすのが安全ですわ」


「まあ……それはそうなんですが……」


はじめが肩を落とすと、ルチアーノ教皇が楽しげに身を乗り出した。


「なら、こうしよう。私が君たちの隠れ家を用意しよう。どうせ二人きりではないんだろう?」


「い、いいんですか! あの……教皇様のお名前を、伺ってもよろしいでしょうか?」


はじめの問いに、教皇は。……慈愛に満ちた、けれどどこか悪戯っぽい微笑みを浮かべた。


「そうだね。君たちとは共同戦線を約束したんだ。自己紹介をしよう。……私の名前は『ルチアーノ・デ・メディチ』。この国の第4教皇さ」


「ルチルーノ・アンデルセン……?」


「ルチアーノ・デ・メディチですわ。……はじめ様」


墨花の呆れたような訂正に、はじめは顔を赤くして、慌てて言い直した。


「……ルチ教皇。とお呼びしてもよろしいでしょうか!」


「ああ。それで構わないよ。……はじめ君」


「で?。……その隠れ家とは?」


墨花の問いに、ルチアーノ教皇は机の上の奉書紙を軽く叩いて答えた。


「ああ、私の管理する『教会』なら安全だよ。もちろん、宿泊も食事も問題なく用意しよう。そうだね……お代は、このお布施で構わないよ」


「いいんですの? 中身も見ずに……」


「ああ、構わない。もし中身が1リグであっても構わないよ。お布施というのは気持ちだからね。そんなもんだろ?」


ルチアーノ教皇は、軽やかに、けれど一切の淀みなく言い切った。


(このルチさん……天使国に来て初めて、……まともな教皇に会った気がする……)


はじめは、……この「変わり者」と呼ばれる男の底知れない度量に、深い感銘を覚えずにはいられなかった。


「あと、これも君たちに渡しておこう。これはこの教皇庁なら、自由に出入りできるパスだ。ただし、出入りは最初の『老夫婦』の格好で来ること。そう登録しておくからね」


「ご丁寧に。……ありがとうございます」


墨花が恭しく礼を述べると、ルチアーノ教皇は一通の封書を差し出した。


「では早速、もう一度変装を施して。部下にその教会まで案内させよう。……教会に着いたら、この手紙を神父に渡すといい。それで何人でも対応してくれるよ」


はじめたちは言われるがままに再び「老夫婦」へと姿を変え、教皇の部下に導かれて、静かに教皇庁を後にした。

天使国の喧騒を、変装というフィルタ越しに眺めながら、ようやく辿り着いたのは、古びた、けれど厳かな佇まいの教会の前だった。


「……セイント・ベルナルド教会か」


はじめは、ルチアーノ教皇から告げられた教会の名前を、自分に言い聞かせるように呟いた。

辿り着いたその場所は、歴史を感じさせる石造りの壁が印象的な、静かな佇まいの教会だった。


「ここは、古いにも関わらず、すごく手入れされていて、好感が持てますね」


墨花が感心したように、教会の尖塔を見上げて微笑む。

確かに、手入れの行き届いた庭や磨き抜かれた扉からは、住まう者の深い愛情が感じられた。


「そうだね。……では、その神父様を探しに行こうか。……と、その前に、変装を解かないとね」


はじめは苦笑いしながら、自分を救ってくれた「黒歴史の似顔絵」を脳裏から振り払い、山田の変装を解除した。

二人は本来の姿を取り戻すと、静かに教会の重い扉を押し開けた。


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