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第百六話:おかしな錬金術師

―― ゼロ撃破から、残り19日 ――


魔人国での初めての朝。

一行は、昨夜の豪華すぎる「おもてなし」の余韻に浸りながらも、これからの捜索に向けて動き出した。

墨花は、一階の帳場にどっしりと構えるサイクロプスの番頭に声をかける。


「番頭さん。本日も泊まらせてもらって、大丈夫かしら? 部屋はそのままで」


「もちろん、大歓迎ですよ! 何泊でも、すぐに対応させていただきます」


番頭は一つ目を細めて、これ以上ないほどの満面の笑みで応じた。


「ところで、一泊おいくらなのかしら? 一人3000リグ(3万円)ぐらい?」


墨花は、昨夜の豪華な食事と温泉、そして行き届いたサービスを考え、相応の対価を提示した。だが、番頭の答えは予想を遥かに超えるものだった。


「いえいえ、とんでもない! うちは、お一人様、100リグ(1000円)でさせていただいてます。もちろん、朝晩の食事付きで。あ、小さいお子様は、50リグ(500円)です」


「え……?」


墨花が絶句するのも無理はなかった。

もしここが天使国なら、同じクオリティの宿なら一泊2000リグ(2万円)でも安い。それがここでは、たったの100リグ。


「……いいんですか? そんなに、安くて?」


墨花は、商人としての「相場観」が音を立てて崩れ去るのを感じていた。

だが、番頭のサイクロプスは、心底不思議そうに巨大な一つ目をぱちくりとさせた。


「もちろんでございます。これでも、うちは魔人国では高級旅館としてさせていただいてますよ」


番頭は誇らしげに、だがどこまでも謙虚に胸を張った。

恐るべきは、魔人国の閉鎖的な経済力だった。


北を峻険な山脈に阻まれ、他三方を荒海に囲まれた魔人国は、物理的な「陸の孤島」だ。

外海との交易が皆無に近いこの国では、貨幣そのものの流通量が極端に少ない。

その結果、1リグで買えるものの価値が、外の世界の十倍以上に跳ね上がっている。

自給率100%という強固な生活基盤があるからこそ、魔人たちは飢えることもなく、独自の穏やかな文化を育んでこれたのだ。

その基盤の上で、さらに魔人たち特有の「おもてなし精神」が加味されているのだ。


「……なるほど。独自の経済圏を確立しているからこそ、この破格の数字が成立するのですわね」


墨花は、商人としての鋭い眼差しで納得の声を漏らした。


「番頭さん、はいこれ2泊分。全員分の宿泊費ですわ。お釣りは取っておいてちょうだい」


墨花が、天使国の感覚でお金を差し出す。

だが、それを見た番頭のサイクロプスは、一つ目を飛び出さんばかりに見開いた。


「お、お客様! これほどの大金……! 釣りなどとんでもない。うちの旅館が丸ごと買えてしまいますよぉ!」


番頭は震える手で銀貨を受け取り、拝むようにして一行を奥へと促した。

恐るべし、魔人国の貨幣価値。

一座は、意図せずしてこの国の「超大富豪」として、捜索を開始することになったのである。


「朝食を食べたら、はじめ様は預けて、例の錬金術師の捜索にまいりましょう」


墨花が、まるで観光ツアーのスケジュールを告げるような軽やかさで言った。


「はじめを置いて出かけて、大丈夫か?」


レイラが、鋭い視線を投げかける。

いくら「人形」の姿をしているとはいえ、彼らの旅の目的そのものであるはじめを、見ず知らずの宿に預けるなど、騎士としては承服しかねる提案だった。


「はじめ様を連れて歩くのは、変に目立つしリスクが高いわ。なら、宿に置いておく方が、リスクは減るわよ」


墨花の理屈は、徹底した合理性に基づいていた。

確かに、あの大荷物(はじめ人形)を抱えての聞き込みは、どう考えても「怪しい一座」そのものだ。


「ま、まあ。理屈はわかるが……」


「さ、全員起こして。まずは、ご飯よ♪」


墨花の号令で、寝ぼけ眼のベアトやりり、アイ、そしてお菓子を夢見る琥珀が次々と食堂へ向かっていく。


(なんか、全員、観光にきた気分だな……大丈夫なのか?)


レイラの不安は、募るばかりだった。

だが、そんな彼女の懸念をよそに、運ばれてきた朝食は、魔人国特産の新鮮な食材をふんだんに使った、信じられないほど豪華なものだった。


結局、そのあまりの美味しさに、レイラまでもが無言で完食してしまう。

腹を満たし、心まで「おもてなし」に骨抜きにされた一行は、ついに錬金術師の捜索へと街へ繰り出した。


宿の門前で、墨花は一座の面々を見渡した。


「皆様。魔人国は広く、闇雲に動くのは得策ではありませんわ。二手に分かれて捜索しましょう。何かあれば、この通信の魔道具で連絡を」


墨花が指し示したのは、かつて『五星連弾』の際に絆を繋いだあの魔道具だった。

かくして、墨花・アイ・琥珀・ケルちゃんの『表の社交チーム』と、レイラ・りり・ベアトの『路地裏チーム』に分かれ、聞き込みが開始された。


だが、意気揚々と街へ繰り出した彼女たちを待っていたのは、魔人国特有の「善意のフィルター」だった。


「あの……この街に、少し変わったというか、変な錬金術師の方はいませんか?」


りりが、道行く角の生えた魔人の女性に尋ねる。

すると魔人は、一つ目を優しく細めて答えた。


「ああ、錬金術師様なら西の塔にいらっしゃいますよ。とっても熱心で、夜な夜な塔を爆発させては『新しい光の研究』をなさっている素敵な方ですよ」


「……爆発?」


レイラが、絶句して聞き返す。


「ええ! 昨日は、街の半分が七色に光りましたもの。幻想的な情景でしたわ。本当にクリエイティブな方なんです」


(……完全に変人じゃない、それ……)


ベアトが、思わず顔を引きつらせる。

だが、この国の住人の目には悪意も皮肉も一切混じっていない。

彼らにとっての「変」は、人々を楽しませる「素晴らしい個性」でしかないようだった。


一方、市場のメインストリートを進む墨花たちの『表の社交チーム』もまた、魔人たちの「過剰なポジティブ変換」に苦戦を強いられていた。


「すみません。このあたりで、少し……いえ、かなり『個性的な』錬金術師の方をご存じなくて?」


墨花が、道行く巨大なオーガの商人に銀貨を差し出しながら尋ねる。

だが商人は、その銀貨を押し戻し、満面の笑みで答えた。


「ああ! 個性的といえば、広場の方で『鉄を綿菓子に変える錬金術』を研究している方がいますよ! お子様たちに大人気で、本当に慈愛に満ちた素晴らしいお方です!」


(……ただの失敗作を配ってるだけじゃないかしら?)


アイが、冷ややかな視線を送る。

どの魔人に聞いても、返ってくるのは「あの方は素晴らしい」「あの方は独創的だ」という絶賛の嵐。

「変人」という言葉が、この国では「聖人」と同義として扱われているようだった。


やがて、通信の魔道具からレイラの焦燥混じりの声が響く。


『墨花さん、そっちはどうだ? こちらは「七色に街を光らせる天才」という情報を掴んだ。今、その男の工房の前にいる』


「……こちらも『鉄を綿菓子に変える慈愛の男』の情報を掴みましたわ。合流しましょう」


二つのチームは、期待と不安を胸に、街の外れにある奇妙な形の塔の前で合流した。

扉を叩くと、中から煤まみれでゴーグルをかけた、いかにも「それっぽい」男が飛び出してきた。


「おお! 私の『七色爆発芸術』を観に来たのかい!?」


煤まみれの男が、ピンク色の煙を上げながら誇らしげに胸を張る。

一座の面々は、顔をピンク色に染められながらも、藁にもすがる思いでその男――自称・魔人国一の光の芸術家を見つめた。


「……あの、私たちは、特別な調合をお願いできる、腕のいい錬金術師の方を探しているのですわ」


墨花が、ハンカチで顔のピンク色を拭いながら、真剣な眼差しで切り出した。

すると、それまで自信満々だった男の表情が、ふっと和らいだ。


「……調合かい? 芸術的な爆発なら任せてほしいが、……実用的な、それも高度な調合となると、僕の手に負えるものじゃないな」


男はそう言って、窓の外、街のさらに奥にある、質素な、だがどこか異質な空気を纏った小さな建物を指し示した。


「もし、『調合を得意とする錬金術師』を求めてるなら……あの子を訪ねてみるといい」


「あの子……?」


レイラが、訝しげに男の指先を追う。


「名は、まお。この国の誰もが認める、だが、誰もが理解できないほどの、孤独な天才さ」


自称芸術家の男の言葉に、一座の間に緊張が走る。

魔人国の人々が「素晴らしい」と絶賛する存在ですら、畏敬の念を抱くほどの存在。

それこそが、自分たちが探し求めていた、『変人』の正体に違いない。


一行は、ピンク色に染まった顔を拭い、決意を秘めてその「まお」の元へと歩き出した。


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