第百四話:天使国脱出計画
「ま、まあ。皆さん、怒らんと、な? ちゃんと、薬を作れる人のあてはあるさかい。な?」
全員の殺気が一点に集中する中、ケルちゃんは綿の詰まった短い手をわなわなと振るわせ、懸命に弁明を始めた。
「うふふ。別に怒ってなんか、いませんわ? ねえ、皆さん」
墨花が首を傾げ、慈母のような微笑みを浮かべる。だが、その瞳の奥は全く笑っていない。
(こ、怖ぁ……。これ、絶対、怒らせちゃダメなやつじゃーん……)
棺の中で、はじめはガクガクと震えながら、女たちの静かな怒りをその身に感じていた。
「魔人国に、天才やけど、変人の錬金術師が居るっちゅう話や。そいつなら、調合できると思うねん」
「思う?」
ベアトが鋭く問い返す。
「それって、出来ないかもってこと?」
アイが追い打ちをかけるように詰め寄ると、その横でりりが静かに頷いた。
「やっぱり、糸で縛って……」
「待て待て、待ってぇな! 『思う』いうたけど、ほぼ間違いなく、多分出来る。……しらんけど!」
レイラは、無言で、剣に手を掛けた。
「それって、なぁに?」
琥珀が無邪気な瞳で首をかしげる。その無垢な問いが、逆にケルちゃんを追い詰めていく。
「つまり、その人しか出来ない。と、おっしゃりたいのですわね?」
墨花が扇子を閉じて断言した。
「そ、そういうこっちゃ。さすがやなぁ、墨花は話がわかるわ」
冷汗を拭いながら、ケルちゃんは墨花の慧眼に縋りついた。墨花は満足そうに頷くと、一同を見渡して告げる。
「では、身支度して、魔人国に行きましょう。はじめ様、起こしたばかりで悪いのですが……また、人形になってくださいね」
「喜んで!」
はじめは迷うことなく、自ら棺の底へと横たわった。外の修羅場に付き合うよりは、再び意識を失う方がよほど安全だと確信したようだった。
「……さて、。……魔人国へ入るための作戦を練り直しましょう」
墨花が冷静に告げ、はじめの横たわる棺を見下ろした。
今のまま棺を運ぶのは目立ちすぎる。そこで全員が一致したのは、売れない人形一座の再現だった。
「ではまず、はじめ様には、看板人形になってもらいます。変に隠すより、どうどうと見せる方が、疑われません」
墨花はそういうと、棺を「豪華な美術品の輸送箱」へと偽装し、その上に「動かぬ看板人形」としてのはじめを据えることを提案した。
「なるほど。これなら、ばれるなら、即。ばれないなら、通過できる。ってことですわね。シンプルイズベストですわ」
ベアトが感心する。
「お前達、見ない間に変わったな……阿吽の呼吸。みたいなの感じるぞ」
レイラが感心と不安が入り混じった表情をする。
(だ、大丈夫なのかな?疑われて、即、破壊……なんて、ないよねぇ?)
はじめの心配をよそに、計画は進む。
墨花の号令で、一座の配役が次々と決まっていく。
団長は墨花。看板女優はアイ。看板娘のベアトに、子役のりりと琥珀。
そして、ケルちゃんは「ただのぬいぐるみ」という、はじめの横に鎮座する、彼にとって最も屈辱的(?)な役回りに徹することになった。
「ま、まて。私の役は?」
レイラが不安げな表情を見せる。墨花は、冷酷に告げる。
「あなたには、見習い荷物持ち。を、して頂きます」
「なっ」
レイラは不満げだが、墨花から、理由を聞くと満面の笑みを浮かべた。
「レイラさん。この中であなたが一番戦闘力がある。だから、出来るだけ、自由な状態を作る為です。いざという時は、御願い致します」
(「それ、詭弁やん……」)
ケルちゃんは、誰にも聞こえない声で、つっこみを入れた。
「では、はじめ様。……申し訳ありませんが、また意識を落として、『人形』になっていただきます」
アイが優しくに告げ、はじめを人形に変えていく。
「次は、人形になったはじめ様を、台座の上に座らせて。揺れるから、固定も忘れずに」
墨花の指示で、華麗に人形一座に変化を遂げた・
「劇団『メサニフタサーカス』……魔人国ツアーの始まりね」
「はい!」
全員の気合と共に、劇団は魔人国へ向けて、出発する。まずは、天使国を脱出。
「西の街道が固められているなら、東へ。……そう簡単にはいかないわね」
墨花が遠くに見える巨大な検問所を見据えて、扇子を握りしめた。
そこには、通常時の数倍の守備兵と、魔力を感知する水晶が並べられている。
「では、皆さん。作戦開始です」
そういうと、墨花は、検問所の男に声を掛けた。
「私たちは、『メサニフタサーカス』という、旅人形一座なのですが、魔人国にいきたいの。通れますか?」
「わかった。なら、荷物全て、出して、開けろ」
男の指示で、荷物検査が行われる。
「特に、異常はなさそうだな。……おい!その人形……」
全員に緊張が走る。
「ぶははは。そんな不細工な人形が、看板人形なのか?お前達、売れてないだろ?」
男の軽蔑とも、本心ともとれる言葉に、墨花は軽快に返事を返した。
「そうなんですの。資金もぎりぎりで。……ですので、魔人国なら、もう少しいい暮らしが出来るかと……」
「まあ、この天使国は、国民全員が、優秀だからな。お前達では、ここは暮らしにくかろう。通っていいぞ」
「ご親切に、ありがとうございます。さあ、みんな、荷物をかたずづけて。出発するわよ」
そう墨花が指示し、全員が荷物をかたずけ、丁寧にお礼をしたのち、天使国国境を越えたのであった。




