無貌顕現
新橋達の到着によってついに総力戦となった名取達。
殺傷能力を持つ危険な魔術を扱うジョン神父と強大な力を持つ神話生物、シャンタク鳥を前に尚も苦戦を強いられるが、それでも少しずつ、戦況は名取達に傾いていくのだった。
本堂で大きな羽音を立てて飛び回るシャンタク鳥、殺傷能力のある危険な魔術を扱うジョン神父。
ジョン神父の魔術を防ぐにはジョン神父を直接叩く以外に方法はなく、近づこうにもシャンタク鳥の刃をも通さない硬い鱗と翼による人間を軽々と吹き飛ばす風圧に阻まれる。
シャンタク鳥を掻い潜って距離を詰めるのは非常に困難であったが、それを突破する唯一の手段をデスは持っていた。
新橋はジョン神父の魔術「萎縮」によって一時的に離脱した中、名取とギルはデスに全てを賭け、シャンタク鳥の討伐を目指すのだった。
「いくぞ! ギル!」
「うん! 任せて!」
名取が前衛を務め、シャンタク鳥の攻撃を先見眼を用いて躱す。後方でギルは常にシャンタク鳥の死角に回り、名取とギルはシャンタク鳥を挟む形で攻撃を繰り出す隙を伺っていた。
「ガァァァ!」
シャンタク鳥が名取を踏みつけようと足を何度も床に打ちつける。
しかし単調かつ大振りなその動きは名取を捉えることはできない。
そして名取は覆面の天使の亡骸の近くに落ちていた槍を拾い上げ、シャンタク鳥の踏みつけ攻撃に合わせて邪眼を先見眼から殲滅眼に切り替えた。
邪気を纏い、力が込み上げてくる。その力を利用し、シャンタク鳥の足に槍を突き刺し、シャンタク鳥を足ごと床に突き刺したことで、釘付けに成功する。
「ギル! 今だ!」
名取の合図で即座にギルはシャンタク鳥の背後から走り込み飛び上がると、翳した手の袖口から大量の蛇が飛び出し、硬い鱗を避けて一斉にシャンタク鳥に噛みついた。
「炸裂蛇弾!!」
炸裂する大量の毒牙から神経毒や出血毒が一斉に注入される。人間が相手ならばこの時点で勝負は決している。熾天使でさえ苦しめた猛毒の一撃。神話生物に対してその効果は未知数であったが、有効であった場合、その効果は絶大である。
シャンタク鳥が驚いたように暴れ回る。
翼を激しく羽ばたかせ、槍の刺さった足を引き抜こうと何度も振るう。槍は足に刺さったまま、床から強引に引き抜かれ、槍にしがみついていた名取ごと、シャンタク鳥は飛び上がる。
「うぉわぁぁぁ!」
「名取のお兄ちゃん!」
バサバサと天井付近まで上昇したシャンタク鳥は空中で身をよじり、噛みついていた蛇を振り落とし、必死にしがみついていた名取も足を激しく振るい、振り落とした。
――グシャッ
振り落とした勢いで凄まじい速度で床に叩きつけられた名取は、まるで数十メートルの高さから叩きつけられたかのように血飛沫を床に撒き散らし仰向けで動かなくなる。
名取とギルがシャンタク鳥と交戦を続ける一方、その隙を掻い潜ったデスは、ジョン神父の立つ祭壇まで辿り着いていた。
「パパ! もう観念して! デスは……パパを殺したくないし……できれば傷つけたくなんかないなの……。神様とかさ、全部忘れてもう1回みんなで一緒に暮らそうなの」
「パパを傷つけたくなければパパの方に付けばいい。観念するのはお前達のほうだ。それに……もう1回みんなで暮らそう? お前が物心ついた頃にはもう《《みんな一緒》》になんていなかったじゃないか。パパの方に来れば暮らすだけじゃない、一心同体となりお前の言う《《みんな一緒》》よりももっと深い絆で結ばれるのだ」
デスはなんとかジョン神父を説得しようと試みるが、ジョン神父の心は揺るがない。
ルシェルだけでなく、デスの訴えも響かないことに歯痒さを覚えながらデスは槍を握りしめる。
「しかしデス、私はお前を末っ子でありながらそれなりに評価しているんだぞ? ルシェルのように神の器となる才能はなくとも、お前の手にしたその力、私が想定していたものを上回る成長を見せている。失敗作の中の失敗作であるお前の《《双子の姉》》とは大違いだ」
ジョン神父がそう言い放った瞬間、デスは大きく目を見開いた。歯を剥き出しにし、目が赤く血走る。
「ギルをバカにするなぁぁ!!」
腹の底から込み上げてくる怒りを吐き出すようにデスが吠えた。
槍を握る手は血管が浮き出るほどに力が込められ、咆哮と共に地面を蹴る。
繰り出される穂先は閃光のようにジョン神父の頬を掠める。
咄嗟に身を躱したジョン神父だったが、その槍撃を見切っていたわけではなく、ほぼ反射的であった。
実の親に対し、一切の迷いなく繰り出された殺意に満ちた一撃。
思わずジョン神父の額に冷や汗が滴る。
今やデスの瞳に映っているのは血の繋がった自身の父親ではなく、大切な家族を侮辱した「敵」であった。
「凄まじい殺気だ……! もはや父親に向ける目ではない」
「うるさい! ギルに謝れ! できないなら死ね!」
一撃、もう一撃と繰り出される槍撃は徐々に速度を増し、槍が翻るたびに空気が裂け、風圧すら置き去りにしてしまいそうな勢いにまで激しくなっていく。
それはジョン神父の反応速度を上回っていき、だんだんと穂先はジョン神父の体を捉え始める。
躱し続けることは不可能だと悟ったジョン神父はぎゅっと拳を握りデスに向かって殴るように突き出した。
デスはその拳を難なく避けたかに思われたが、不意にデスの体は見えない何かに突き飛ばされ、デスの体は勢いよく壁に叩きつけられる。
「がは……!?」
壁に打ちつけた勢いでその場にへたり込み、遅れて流れ始める鼻血を拭って一体何が起きたのか分からないと言わんばかりの顔で困惑するデス。
それを見てジョン神父は怪しく笑った。
「何が起きたのか分からない……とでも言いたげな顔だな。デス、これは『ヨグ・ソトースのこぶし』と言ってね? 不可視の拳を飛ばすことができる魔術だ。どうだ? なかなかの威力だろう?」
デスはなんとか立ち上がろうとするが、足腰に力が入らない。
次第に頭がクラクラと揺れ始め、視界も歪む。
「あれ? なんで?」
魔術を受けた衝撃で脳が激しく揺れ、脳震盪を起こしたデスは、立ち上がることも叶わず気絶してしまった。
「ふむ。殺すには中々至らないが無力化するには十分な魔術だ。まぁ魔術というものは大半がそうなのだが」
ジョン神父は気絶したデスを一瞥すると、再びシャンタク鳥と交戦するギルと名取の様子を確認しようと視線を移したその瞬間。
肩から斜めに一本の線が入る。
遅れてジョン神父の体から血が噴き出した。
まるで自身の体が斬られたことに一瞬気づいていなかったかのように。
目の前には小太刀を逆手に持って斜め方向に振り上げた新橋が立っていた。
一切の気配を感じさせず、ただ影となり闇の中から突然姿を現し、一切の無駄なく最短で刃を振り抜く。
まさに"闇討ち"という言葉はこのことを言うのだろう。
その冷徹な瞳の忍ぶ者の小太刀を握る手。
それは以前「萎縮」によって黒焦げとなったはずの右手。
だがその腕は若干の火傷痕が残っているものの、ルシェルの治癒能力によって見事な復活を遂げていた。
「ぐっ……!! 貴様……いつの間に!?」
「気配を消すのは得意でな。なんとかお前が『萎縮』の詠唱を始める前に間に合ってよかった。お前の神話生物も長くは保たない、お前の負けだ」
「なんだと!?」
ジョン神父がシャンタク鳥の方に目をやると、その巨体は全身から血を流し、目に見えて弱り始めていた。
明らかに動きが鈍ってきているシャンタク鳥、無数の噛み跡から流れる血は勢いを増してドロドロと流れ落ちる。
「よし! 毒が効いてる!」
巨大な体である分、致死量に達するまでは遠いが、毒の影響をもたらすには十分な量の毒を注入できていたのか出血毒の影響がシャンタク鳥に現れ始めていた。
ところが、ギルにはシャンタク鳥に対しとどめを刺す手段がなかった。
ギルは蛇毒で敵をじわじわと追い詰めることには長けている。しかし、一撃で仕留める火力は持ち合わせていなかった。故にシャンタク鳥の鱗に覆われた皮膚の上からとどめの一撃を刺す力をギルは持っていなかった。
肝心の名取も振り落とされた際の落下の影響で気を失っている。
一度は新橋の言葉に敗北を悟りかけたジョン神父に再び笑顔が戻る。そしてデスを吹き飛ばした時と同様拳を握り、「ヨグ・ソトースのこぶし」を新橋に繰り出そうとする……がその時――
「うおぉぉぉ!!」
叫び声を上げながらギルの前に一人の人影が現れる。黒い翼を背に生やし両手で拳銃を握る少女、ルシェルだった。
ルシェルはシャンタク鳥の至近距離にまで近づき、頭部に向けて拳銃で狙いを定める。
「もう! いい加減倒れてよ!」
ルシェルは引き金を引く。
銃声が何度も鳴り響く。
放たれた銃弾はシャンタク鳥の頭部を捉え、とうとうシャンタク鳥は大きな音を立てて床に倒れ伏した。
弾倉が空になるまで撃ち尽くしたルシェルは息を上げながらシャンタク鳥を見つめ、動かないことを確認し、改めて神話生物といえど命を奪ったという事実を胸の奥から湧き上がる命に対する哀れみと罪悪感によって実感する。
一方で「ヨグ・ソトースのこぶし」を繰り出そうとしたジョン神父は新橋によって右腕を切り落とされ、魔術の使用を阻止されていた。
「終わりだ。安心しろ、お前を殺しはしない。お前からは聞き出さなきゃいけない情報があるからな」
「うう……クソ! なぜだ!? どうしてこんなことに……! 私にはまだ……やるべきことが……」
ジョン神父はポタポタと血を流し、よろけながら祭壇の壁にあるボタンを押す。
すると、本堂が大きく揺れ、祭壇の壁が上へと動き出す。
そして下から上がってくるようにして現れたのは、黒や赤のチョーク、煤、インクで埋め尽くされ、無数の数式。幾何学。見たこともない文字列。円と三角形が幾重にも重なり合い、その中心には何度も書き直された「クルーシュチャ方程式の」一節だった。
数字は文字へ、文字は紋様へ、紋様は見覚えのない星図へと姿を変え、視線を動かすたび別の意味を持つ。
見ているだけで本能的な嫌悪を覚える、その不気味で神秘的な方程式は、その先にある気付いてはいけない「宇宙の真理」へと続いているかのようであった。
「私は……まだ……その答えにたどり着いていない……。この……方程式を……解き明かすまでは……」
ジョン神父は方程式の刻まれた壁へすがりつくように張り付いた。
切断された右腕や肩から斜めにつけられた切り傷から血液が壁に付着する。
だがその時だった。
壁に付着した血はまるで意思を持つかのように数式の溝を這い、途切れていた記号と記号を繋ぎ始める。
一本の線。
もう一本。
血が描く軌跡は偶然ではない。
それは長年、誰一人として見出せなかった最後の一節を完成させるための、"最後の一筆"だった。
平面だった壁が、高次元へ折り畳まれた星図へと変貌し、数字は銀河となり、幾何学は時空そのものを示す座標へ姿を変えていく。
ジョン神父の瞳が大きく見開かれる。
「……そう、だったのか」
掠れた呟きが漏れる。
人の器には収まりきらぬ、宇宙の真理ともいえる無限にも等しい知識量。
人智の及んではならぬ領域。
明かされる宇宙の真実、神の正体。
答えが導き出される。
「ああ、そうか……神は……ナイアルラトホテップとは……《《私のことだったのだ》》」
ジョン神父の身体が胸の中心から黒く淀み始める。
その淀みは液体のように揺らぎながら全身を覆い、その輪郭は見るたびに変化していく。
人の姿。
獣の姿。
触腕の群れ。
名状し難き異形。
そのすべてが一瞬ごとに入れ替わり、どれ一つとして真の姿ではない。
ジョン神父の肌は闇へ溶け、瞳は星々の生滅を映す深淵へと変わる。
頭部には顔らしいものは存在しない。
あるのは闇を裂くように輝く三つの深紅の光。
その三つの光点は幾億年という時の彼方から世界を見続けてきた、宇宙そのものの視線だった。
その周囲では周囲の光を呑み込む黒炎のような影が絶え間なく揺らめいている。
背には骨だけを残して腐り落ちたような細い支柱に、闇を薄く引き延ばした膜が張られた異形の翼。
指先は細く鋭く伸び、血のような深紅に染まった鉤爪が虚空をなぞるたび、空間へ黒い裂け目が刻まれる。
一本の柱のように細長く伸びた身体は、床へ触れることなく宙に浮かび、根を張る植物のようでもあり、深海生物の尾のようとも思える。
その姿は祭壇に祀られし彫刻と同一の風貌。
無貌にして千の貌を持つ神。
人類という種を静かに観察し続けてきた宇宙の化身。
人はその存在を畏怖とともにこう呼ぶ。
――闇をさまようもの。
その名は、ナイアルラトホテップ。
ミニコーナー企画!
第7回! 「教えて! 葉月せんせー!」
は〜い皆大好き幽世のアイドル、葉月お姉さんだよ〜!
このコーナーでは葉月お姉さんがこの世界の設定や登場人物の裏設定などメタい話や分からないことに何でも答えるコーナーだよ!
さてさてぇ今回のお題はー? コレだ!
新橋のおじちゃんはどうして速いの?
byデス
なるほどぉ~確かに新橋君ってとっても素速いよね? 流石は現代に生きる忍者! ってとこかな。
それじゃあ今回はその辺りを詳しく解説していこうかな。
まず人間ってのは脳神経の中に魔力を生成する「アストラル神経」っていうのがあるんだ。
これは星や霊体、精神世界など宇宙エネルギーに通ずるものだと考えられていて、これを発見した人はなんとFile2「Cradle of infection」にも登場した「成瀬白那」さんなんだよね。
そしてこのアストラル神経から生み出された魔力を地球に限らず全宇宙空間に存在しているとされている宇宙エネルギーと混ぜ合わせることで魔術というものが生まれるんだけど、実はこれって宇宙エネルギーと混ぜることなく体内で循環させることで運動エネルギーに変えることも可能なんだ。
かつてその力は長きに渡る闘争の歴史の中で無意識的に使用されていたと考えられているんだ。
世界中でも歴史に名を刻んだ闘将や武士達はその力に無意識ながら目覚めていた……なんて考察もされているよ。
そしてついにその運動エネルギーへの変換を意図的に行う集団が現れた。
それこそが我らがジャパニーズ「忍者」なんだ。
彼らはその力を「内力」と呼び、それらを駆使して素早い身のこなしや隠密行動を得意としていったんだ。
内力と呼ばれるものは主に単純な身体能力を底上げするのにも使えるんだけど、新橋君は更に一工夫を施しているんだ。
彼は内力を神経や筋肉への力の伝達を補助する方向へ使い、神経からの伝達スピードを底上げすることで俊敏さを極限まで高めているんだ。
それが本編でも語られた「連動性」に内力を集中させて使っているってことだね。
そうだなぁ……わかりやすく言えば新橋君にとって内力は力をスムーズに伝える「潤滑油」であり力を発揮する「加速装置」だってことだね!
でも彼のデメリットとして、単純な肉体的な力の底上げに内力をあまり使っていないから「スピード」はあっても「パワー」はないんだ。……と言いたいところなんだけど流石は服部半蔵の生まれ変わりと呼ばれた男だね。
先程言った「潤滑油」っていう表現がここで活きてくるんだよね。彼は器用にも内力をスピードからパワーへ力の使い方をシフトすることができるんだ。
でも咄嗟にはできないらしく、前もって意識して「連動性」から単純な「爆発力」へ配分の切り替えの準備をしていないとできないんだって。
まぁそんなことできたら最強フィジカルチート人間が誕生してしまうからね! どうやら世界はその辺りバランスをとってるようなんだね!
まぁ要するに新橋君が素早い理由は「魔力を体内で循環させて運動エネルギー、つまり『内力』へと変え、その力をさらに工夫して使っていたから」なんだ。
どうだい? 彼の素早さの秘密が分かったかな? じゃあ今日はここまで! また次回!




