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境界異常観測録《Re:Genesis》  作者: マチフクとーる
File3 失楽園の少女

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原罪を背負う

 明かされた過去。母親の死、続々と人で亡くなっていく家族や村人達。父親の手によって行われる転生の儀式。ルシェルはあの日の記憶を思い出していた。父親の計画の最終到達点、来たる神への転生の日まで、地下へ幽閉された失楽園の少女は、その運命に抗うため、「失楽園」の筋書き通り、反逆の為に地上を目指しここまできた。

 反逆の物語は終盤を迎え、ルシェルの心は大きく動き出す。

「やだ! パパやめて!」


ルシェルの声はパパには届かない。

かつてママ《《だった》》ものの一部を持って近づいてくるパパの姿。


あの時の目は狂気に染まっていた。

目だけじゃない、パパの全てが狂っているように見えた。

そしてそのパパの後ろにいた知らない《《男》》。

パパは気付いていないようだったけど確かにそこにいた。


男は――笑っていた。人を人とも思わない見下した目で。その目はまるで滑稽な喜劇を眺めるようだった。


震える身体。


逃げようとしても肩を掴む大きな手。


「ルシェル、お前は人類の希望にならなければならない」


低く押し潰すような声。


首を振った。


何度も何度も首を振った。


けれど縛られた身体に抵抗はできない。


顎を掴まれ、無理やり口を開かされる。


泣き叫んでも許されなかった。


嫌だと訴えても届かなかった。


そのとき胸を埋め尽くしていたのは、正体の分からない恐怖だった。


口の中に広がる鉄の味。

胃の奥から異物を押し戻そうと喉の奥からこみ上げてくるのを感じる。

だがパパはそれさえも残さずルシェルの体内に詰め込んだ。


あの日、ルシェルはママと一つになった。



「は!?」



ふと我に返る。

今何が起きている? 名取は? パパは?

ルシェルは恐怖に震えながらまともに働かない頭で状況を整理しようとする。

自分は今、床に手をつき両手にはそれぞれナイフと拳銃を握っている。

顔を上げると巨大な怪物と覆面の天使が名取の身体を押さえている。シャンタク鳥の鉤爪は名取の体に食い込み、今にもとどめを刺されそうであった。


「と、止めなきゃ……」


名取を助けようとするも恐怖に身体がすくんで動かない。


(早く……早くしなきゃ……名取が……殺されちゃう!)


震える身体で銃口を向ける。

だが撃てない。敵とはいえ実の肉親を撃つ覚悟が持てないルシェルに拳銃の引き金は重かった。


ルシェルは父親を恨んでいるわけではなかった。ルシェルには分かっていた。父親が狂わされていたことを。


「ダメ……ルシェルには……撃てない」


ルシェルは絶望に打ちひしがれる。

父親と名取、結局どちらの命も取れない。己の覚悟の弱さと無力さから守られてばかりで何一つ守れない自分に嫌気がさした。


「ルシェル……どうすればいいの?」


どうしようもなくルシェルはぽつりと呟いた――その時、ルシェルを後ろから何かが包み込む。拳銃を握る冷たい手に添えられる手は、ルシェルと同じくらいの大きさにもかかわらず、非常に温かなものだった。


「……ママ?」


ルシェルは背中越しに感じる気配の正体が内に宿るメアリーの魂であることがすぐに分かった。

内なるメアリーの魂がルシェルに優しく語りかける。


「ルシェル、恐れることはないわ。ママがついてるもの。それは殺すためじゃない、救うために使うのよ。お願い、神に狂わされたパパを救ってあげて」


ルシェルの両手に添えられた母親の手が共に拳銃を握り、引き金に指をかける。

銃口が父親であるジョン神父に向けられ、少し震えが残りながらもしっかりと目標を見据える。


「大丈夫、あなたならできる」


母親の言葉が背中を押し、引き金にかける指に力が込められていく。


そして静かな空間に似合わない大きな銃声と共に一発の弾丸が放たれ、ジョン神父の右胸を撃ち抜いた。


銃声と硝煙の元を辿るようにその場にいた全員がこちらを向いた。


「ひっ!」


思わず声が出る。

だがそれでもルシェルには母親が付いている。

もう恐れはしない。

ルシェルは再び銃を構え叫んだ。


「パパもうやめて! こんなの! 間違ってるよ!」


信じられないという顔で呆然とするジョン神父は小さな声で呟いた。


「メアリー?」


それはジョン神父の目にも映っていたのだ。


銃を構えるルシェルを支えるように後ろから両手を添え、真剣な眼差しを送るかつての最愛の妻、メアリーの姿があった。


「ルシェル、お前もメアリーのように私を否定するのか?」


わなわなと震えた声でルシェルを見つめるジョン神父に対してルシェルは何も答えず、ただ銃口を向けて引き金に指をかける。


「なぜだ? お前は神となる器を持っているのだ。なぜ無力な人間でいることにこだわる! 自身がどれだけ恵まれた素質を持っているかも知らずに! なぜだ! なぜなのだ!?」


「ルシェルは……神なんかじゃなくって人としてパパの家族でいたかったの! 神様なんかどうでもいい! ルシェルはパパとママとシャーロットおばさんとギルティアとディズィーみんなそろって普通の『人間の家族』でいたかったの!」


ルシェルは力強く思いの丈を打ち明ける。

家族でいたい――子として当然の思いだった。母親を失い、それも叶わなかった子は、それでも残った家族だけでも共にいたいと強く訴えた。


「そんなもの、神になってしまえばそんなもの! いくらでも叶えられる! お前も私も、ギルティやデスだけでなく私達全員が一心同体となることだって不可能ではない! 身も心も一つ、最高の家族の形じゃないか! 何が不満なんだ! 素質を持ちながら神を否定するだけでなく、『普通の人間』でいたいだと!? 全人類の救世主ともなろう者がなんて自分勝手な願いだ! 人類の希望を棒に振ってまでそのようなことを願うなど、なんと愚かな大罪だと――!」


「うるさい!!」


怒るジョン神父の言葉をルシェルの大きな声が遮った。

そのルシェルの表情は、メアリーに神を否定されたあの日と同じ苦しくも悲しみを帯びているが、その中に、メアリーとは違う確かな「怒り」がそこにあった。


「普通の人間でいたいって言ってるでしょ! 神の器? 人類の希望? そんなの知らない! 人で生まれたルシェルが人として生きたいって言って何が悪いの!? 自分勝手なのはパパの方だよ! 自分の価値観を押し付けて、そのせいで村の人達はおかしくなって……シャーロットおばさんやギルティアとディズィーは人じゃなくなって……ママは死んだんだ! 全部パパのせいでしょ!?」


大人しく寡黙な少女だったルシェルからは想像もできない程の凄まじい言葉の嵐に圧倒されるジョン神父。さらにジョン神父が目を背けてきた事実を突かれ、思わずジョン神父の表情が歪む。

そして畳み掛けるようにルシェルは自身の胸に右手を当て力強く宣言した。


「もしもパパの言うことが本当で、ルシェルが神になる素質があって、人類の希望だったとしても、それでもルシェルは普通の人間として生きたい! それが罪だと言うのなら、ルシェルはその原罪つみを背負って生きてやる!」


「よく言った!!」


ルシェルの宣言の後、間髪入れずに本堂のドアが勢いよく開き、三人の人影が飛び出す。


即座に一人の影から苦無が飛び出し覆面の天使2人の頭部を捉え、シャンタク鳥に飛びかかると小太刀を背から突き刺す。そして左右から挟むように、二つの影の槍撃と蛇による咬撃が同時にシャンタク鳥を捉える。


攻撃を受けたシャンタク鳥は怯み、名取を押さえつけていた足が離れていく。

悶えるシャンタク鳥から三人の影は離れ、一人は名取を抱きかかえ、ルシェルの前に立ち、名取をルシェルに預ける。


影の正体は新橋とギルとデスの三人だった。


「待たせたな。お前の覚悟、しかと見届けたぜ」


「お姉ちゃんのカッコよかったよ!」


「デス達も地獄の果てまで一緒なの」


三人は名取とルシェルを守るようにジョン神父とシャンタク鳥の前に出た。

新橋達の到着に安心したルシェルは肩の力が抜ける。


「皆……来てくれたんだ……」


名取もルシェルに支えられながら安堵の表情を見せる。


「新橋さん……」


「遅くなって悪かったな。今までよく持ちこたえた。今は俺達に任せてルシェルにその傷を癒してもらえ」


新橋はルシェルに名取を預けてギルとデスと共にシャンタク鳥と交戦を始める。


「増援が来ようと同じことだ。所詮は人間、神の使いの前には無力だ!」


ジョン神父はシャンタク鳥を操る。象ほどの巨体は翼を羽ばたかせ、頭上を飛び回ると、三人に向けて急降下し鋭い鉤爪を振り下ろす。


「ガァァァァ!!」


金切り声のような声と共に迫りくる鉤爪を三人は躱し、新橋はシャンタク鳥の眼球にめがけて苦無を投げる。しかしシャンタクの大きく丈夫な翼が苦無を弾き返す。


逆サイドからギルとデスが果敢に攻め込もうとするがシャンタク鳥が翼を羽ばたかせると、風圧でギルとデスは飛ばされる。


「ギル! デス!」


「「大丈夫(なの)!」」


流石の神話生物、その巨体の力は凄まじく人間など軽々と吹き飛ばしてしまう。

ルシェルは名取の治療をしながら心配そうに三人を見ていると、その奥でジョン神父が何やら呪文のようなものを唱えているのが見えた。


「パパ……何を……?」


ジョン神父は何かを唱え終えると新橋に向けて手を伸ばす。

すると、新橋の右腕が突如として燃え上がる。


「ぐぁぁ! クソ! なんだ!?」


右腕が燃え上がり火はすぐに消え去ったが、新橋の右腕は黒焦げになってしまった。


「あれは……『萎縮』だ」


「萎縮?」


名取がジョン神父が使った魔術を推測すると、ルシェルは名取に萎縮とは何か問う。

名取はルシェルの問いに対し丁寧に説明を始めた。


「萎縮とは魔力を込めた詠唱をすることで対象を黒焦げにしてしまう恐ろしい魔術だ。その威力は支払った魔力量に比例して上がっていくが、呪文を成功させるのにも魔力が必要で対象との魔力量の対抗で決まる。だからどちらかに偏りすぎても効果は見込めない扱いの難しい魔術だ」


名取は「萎縮」の説明をすると、疑問が残るのか訝しげな表情で考え込む。


「問題は新橋さんに当たったという事実だ。新橋さんが魔力対抗できないほど不意を突かれたとは思えない。だとすればジョン神父の魔力量が人の域を超えているのか新橋さんの魔力がほとんど残っていないのかどちらかだろう……。問題は後者だった場合だ。そうなった場合、新橋さんはジョン神父の魔術に対する対処法がなく『萎縮』によって全身を黒焦げにされてやられてしまう」


名取はこうしちゃいられないとルシェルから離れ、殲滅眼を解放してジョン神父に向けて一直線に走る。


名取と新橋は互いにアイコンタクトを交わし、新橋は飛び回るシャンタク鳥との交戦を続け、名取はジョン神父の方へと駆けていく。


名取は再び呪文の詠唱を始めようとするジョン神父との距離を詰めようとするが、それに気づいたシャンタク鳥は、新橋達を無視してジョン神父を守るように名取の行く手を阻む。


「くっ……そう簡単にはいかないか」


すかさず別方向から新橋がジョン神父に攻め立てようとするもシャンタク鳥の羽ばたきから生まれる風圧が新橋を寄せ付けない。


シャンタク鳥に手を焼いている内にジョン神父の詠唱は進んでいく。次に魔術の発動を許してしまうと確実に新橋の死は免れない。


やむを得ないと名取は殲滅眼の制御を外す覚悟を決めようとしたその時――


一本の槍がジョン神父の背中を突き刺した。


「がは!? この力は……!?」


ジョン神父の背後の影から姿を現したのはデスだった。

デスの異能力で影から影へ瞬時に移動する技、「影渡り 《シャドウダイブ》」でジョン神父の背後に回り、奇襲を仕掛けたのだ。


「新橋おじちゃんはやらせないなの!」


「そうか、デスは私が与えた力を上手く使いこなしているようだな」


ジョン神父はデスの能力を見て不気味に笑い、デスの頭に手を伸ばす。

デスはその手から禍々しい気配を感じ取ると、即座に槍を引き抜き、距離を取った。


「新橋おじちゃん! ここはギル達に任せて一旦引いて!」


ギルはジョン神父の視界から新橋を遮るように立ち、ルシェルの治癒を受けるよう促す。

新橋は後退し、ルシェルの治療を受けるため、戦線を一時離脱する。


「君達もなかなかやるようだが、それでも私の勝利はゆるがない。人間として生きる人の道を選ぶのならば、人の限界を知り息絶えるのもまた人の道なのだよ」


ジョン神父はそう言ってシャンタク鳥と共に体制を立て直す。

名取達もまた、同じように向かい合い、両者の戦いは熾烈を極めた死闘へと移り変わっていくのであった……。





ミニコーナー企画!


第3回 「休日の1ページ」


休日……それは人の安らぎの1日。日常の中で最も心の緊張が解れ、心も身体も休まる1日の中でこそ見られる登場人物達のプライベートな瞬間。


これはとある人物の休日の何気ない一時のお話……


ここは都内のとある猫カフェ。

落ち着いた雰囲気の店内に大小様々な猫たちが思い思いの場所でくつろいでいる。窓辺では茶トラが気持ちよさそうに日向ぼっこをし、キャットタワーの頂上では黒猫が王様のように店内を見下ろしていた。


そんな癒しに溢れた空間に明らかに異質な人物がいた。

ハネの強い黒髪に鋭い目、控えめに言っても人相の悪いその男性はその見た目と裏腹に胸と背中に「I LOVE CATS」とプリントされたシャツを身に纏い、スティック状のおやつと猫じゃらしの二刀流で堂々と猫と触れ合っている男は文字通り大量の猫を独り占めしていた。


猫からも人気があるのか膝や頭の上に猫を乗せ、まるで自身がキャットタワーであるかのように振る舞っている。


あの〜店長いいんですか? あの人……結構猫持ってかれちゃってますけど……。


まぁいいんじゃない? 今平日昼間だし客足も落ち着いてるからね。

君はここで働いてから日が浅いから知らないだろうけどあの人はウチの一番の常連さんでもあるからねぇ。ほぼ毎日来ているよ。


えっそうなんですか? っていうか毎日!? 大丈夫ですか? ちゃんと働いてるんですかねぇ?


彼、ウチの売り上げにかなり貢献してくれてる"太い人"なんだけど一度軽く話す機会があってね。彼曰く『公務員』らしいんだけどにしても平日昼間とか何日も連続でくるのは本当に公務員なのか疑うけども……毎回最大料金まで居てくれるからねぇ……。凄い偉い人なのか副業とかで凄い稼いでる人だったりするのかな? って思うくらいにしてるよ。


えぇ……ほんと何者なんですか……。ってうわっ店長! 猫吸いでキマってますよ! アレ絶対キマってますって!


こらこら、あんまりそういうこと言わないの。

見慣れたものだよ。あれくらい今更驚かないよ。

それにアレをするってことはそろそろ帰るね。


え? そうなんですか?


彼は帰る前になると、最後に猫吸いをしてから帰るんだ。恐らく余韻を残しておきたいだろうね。

ほら、立ち上がった。お会計の準備だよ。


お会計お願いします


は、はい! お会計ですね? えぇ~とぉ……入場から6時間で最大料金ですね。3500円と……ドリンクがカフェラテを3杯で1500円、猫ちゃんのおやつ贅沢盛りが1つで550円……合計で5550円です。


カードで。控えいらないです。


はい、ありがとうございます。ところでお客さん、どうしてこんなに当店をご利用してくださってるんですか?


え? あぁ……まぁ自分……猫が好きなもので。でも仕事柄、家にいないことが多くて動物を飼うのが難しいんですよ。

ですから猫と戯れたい時はここに来ているんです……でもそれもずっとではないのかも知れないですけどね。


それはどうして?


自分、長期休みをもらってていつもここに来さしてもらってますけど、次に仕事が入った時、いつどれくらい休めるのかわからなくて……それに……


それに?


……いえ、なんでもありません。とにかく休みが不規則な職場なんですよ。


へぇ、中々難しい職場なんですね。ちなみにどんなお仕事なんですかね?


ん、まぁ……人々の暮らしを……守る仕事……か?


それはご立派ですね! カッコいいじゃないですか! ウチではすっかり常連さんですしもしよろしければお名前をお聞きしても?


沢渡です。沢渡紫苑さわたりしおん


沢渡さん! ありがとうございます! それでは、お気をつけて!


あぁ、ありがとうございます。また来ます。


そういって沢渡は猫カフェを後にし去っていった。


どうだった? 彼は?


やっぱりよくわかりませんが、でも結構スゴイ人なのかもしれないですね。


そうかい? まぁウチの常連さんだし猫ちゃん達も大層気に入ってる。大事にしなきゃね。


猫カフェの定員達はそう言って不思議な常連を見送るのだった。


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