第10話 混沌との直面
上下左右・平衡感覚も存在しない不思議な空間、「永遠の無秩序」からの出口を知るため、空間の創造主である闇の住人の最後の一人、カオスの元へと歩みを進め、とうとうカオスの近くまで到達した名取達。
カオスとは一体何なのか? 永遠の無秩序からの脱出は叶うのか? 果たして名取達の運命や如何に……
徐々に近づく緊張感。本能的な恐怖が肌の表面から体の芯にまで染み渡るように広がっていく。
名取達は上下左右、方角さえ曖昧な空間を真っ直ぐに歩いているかさえ分からない道とも呼べない道を進んでいた。
ぐにゃぐにゃと視界が歪む。
前を歩くコンフュージョンの背中でさえまともに認識出来ない。
あまりの平衡感覚の不安定さに酔ってしまいそうになる。
他の者達は大丈夫だろうか? だがそんな事を気にしてもいられない。
今正面から少しでも顔を反らせてしまうと正面の感覚が消えてしまいそうで他人を気にしている余裕など無かった。
「く……効果はあるか?……千里眼!」
名取は千里眼を発動する。
ありとあらゆるものを正確に視覚出来る千里眼は名取の目に映る曖昧でぐにゃぐにゃだった視界をクリアに映し出した。
正面ではコンフュージョンが背後を気にすることなくスタスタと歩いている。
余裕が出来た名取は周囲の者達の状態を確認する。
新橋やルシェル、ギルとデスは千里眼を使う前と名取と同じ様な状態なのかかなり苦しそうな表情で視界に酔ってしまっているのか嘔吐いたりしながらも必死に付いてきている。
一方ナイトはその姿を面白がりながら後方からギルとデスが道を外れないように手を繋いでいた。
名取の状態が良くなったことに気づいたのかコンフュージョンが振り返る。
名取の橙色に光る瞳を流し目で確認すると再び前に向き直る。
「空間の捻れが大きくなってきている。カオスが近い証拠だな。人間にはまともに歩くことすら困難であろうが貴様、良い眼を持っているな。人間風情の貴様には過ぎたものだが」
「初めて褒められた……いや、褒められたのか?」
「君の眼は神格に匹敵するものがあるね。コンフュージョンも素直に褒めればいいのに……」
コンフュージョンの言葉に困惑していると後ろからナイトが訳すように伝える。
それを聞いてコンフュージョンが舌打ちをする。
少しずつ空間の捻れる感覚が和らいでいき、段々と平衡感覚が回復してきた頃、目の前にギリシャ神殿のような建物が見えてくる。
神殿の前に着くと千里眼なしでもはっきりと上下左右の感覚が戻り、ルシェル達は疲労困憊のようで神殿の前で座り込む。
コンフュージョンも案内の役目を終え、地面に倒れている大きな柱に腰を掛け休憩を取っている。
「コンフュージョン、カオスとやらの居場所はこの神殿の中か?」
新橋はまだ回復しきらない平衡感覚に頭を押さえながらコンフュージョンに尋ねる。
コンフュージョンは神殿に目を向けて「そうだ」と答える。
「ここはカオスの根城だ。奴はここの玉座に鎮座している。せいぜい死なんように気を付けろよ? 奴は私よりも血の気が多いからな。私は貴様らの首が飛ばないか楽しみに待っているがな?」
コンフュージョンはニヤリと悪意の籠もった笑みを見せる。
その緊張感はもはや神殿の前に着く前から感じていた。
この先に待っている者はディスコードやコンフュージョン、ナイトと違って敵意を見せて来ないとは限らない。むしろこの3人がここまで友好的? であったのが不思議なくらいだ。
だが地上を目指す上で最後の関門ともいえようカオスとの接触、これを越えなければ地上には出られない。
名取達は避けては通れぬ危険に直面する時が来たのである。
暫しの休憩を入れて体力も回復した所でとうとう神殿の入り口へと向かう。
役目を終え帰っていくと思われたコンフュージョンとナイトがどういう訳か付いてきている。
「ナイトとコンフュージョンも来てくれるんですか?」
「カオスは本当に何するか分からないからね。殺しに来ようものなら一瞬だからその時くらいは守ってあげようと思ってさ。死なれたらつまんないしね?」
「灰の少女の行く末には多少興味がある。こんな所で死なれてはつまらんだろう。あの胡散臭い神父に灰の少女がどういった反逆を見せるか私に見せてみろ。失望はさせるなよ?」
「……ありがとう」
心強いナイトとコンフュージョンの護衛も付き、万全の体制で神殿の内部へと臨む。
人間2人分ほどのサイズの石製の扉を開けようとするが名取の力ではびくともせず、人間勢の力を合わせても開かず、出鼻をくじかれていると、見かねたコンフュージョンが「どけ」と名取達を退かし扉の前に立つと、石製の大きな扉を蹴り破った。
大きな音を立てて砕かれた扉の破片が前方に散らばる。
その先は真っ暗で何も見えないが、外の光が差し込み照らされた足元には赤いカーペットが真っ直ぐ続いている事が分かった。
細心の注意を払い慎重に神殿の中へと足を進めると、入り口の脇から燭台に火が灯り、奥に向けて次々と灯っていく。
やがて最奥の玉座にまで至り、玉座に鎮座する者の姿を露わにする。
玉座で足を組み手の甲で頬杖を付き冷ややかな目で見下ろすその者は赤いロープ姿に紫色の瞳を鋭くギラつかせ顔の左半分には黒く模様がかっている。
そう、この者こそが永遠の無秩序の主である闇の住人の最後の一人、「カオス」である。
「人間風情がここに何用だ」
カオスは目をさらに鋭くさせ名取達に問いかける。カオスから放たれる威圧感がまるで強風に晒されるかのように名取達に襲い掛かる。その圧倒的な圧力に恐れ慄きそうになる心を必死で堪え、震える足を一歩前に踏み込み名取はカオスの問いかけに答える。
「わ、我々は地上を目指して下層から上がってきています。地上へ上がる方法を教えていただきたく参りました。決して敵意はありません」
「ほう、地上へ上がる方法が知りたいと余に教えを乞うか……頭が高いな」
意図せず反射的に先見眼が発動し数秒先の未来が映し出される。
しかしその未来では既に名取の首が吹き飛んでいる。
自分が即死する未来をみた名取は考えるよりも早く即座に跪く。
コンフュージョンが咄嗟に反応しハルバードを振るう。
「ぬぅぅん!」
金属音と共にコンフュージョンの振るったハルバードが何かを弾き飛ばす。
弾き飛ばしたであろう方向には壁を突き破り一本の線のような穴が空いていた。
壁に空いた穴を見る限り見えない斬撃が飛ばされたかのようにも見えた。
カオスは跪く名取と紫色に輝く先見眼を見ると「ほぅ」と珍しい物を見たような反応を示した。
「若造、よく避けたものだな。邪眼を持っているとはなかなか珍しい人間もいたものだ」
「カオス貴様、突然攻撃とはどういうつもりだ」
コンフュージョンがカオスにハルバードを向けて割って入る。カオスはコンフュージョンを見ると少し疑問を浮かべるように眉を潜めて尋ねた。
「コンフュージョン、貴様は何故人間と共にいるのだ? 人間の使いにでもなったか?」
「そんなわけがなかろう。私は灰の少女を連れてきただけだ。他の者などどうでもいい……のだが地上からはコイツらが灰の少女の護衛役をするようであるからな。カオスが殺してしまわんように付いているのだ。思った通り、二言目には殺そうとしたな」
「理解ができんな。余にとっては灰の少女ですらどうでもいい。貴様にはその小娘に何か思い入れでもあるのか?」
「貴様には関係の無い話だ」
コンフュージョンはルシェル達に「下がっていろ」と背後に隠れているように促すと新橋やルシェルはコンフュージョンの後ろに避難する。
「あのさー僕もいるんだけどー?」
後ろからナイトが名取の横に出てくるとコンフュージョンと共に前に出る。
コンフュージョンはハルバードをカオスへ向け、ナイトは犬歯が大きく露出し、腕から指先にかけて筋肉が盛り上がり爪が鋭く尖る。
コンフュージョンとナイトはそれぞれ暗い緑と漆黒のオーラがカオスの放つ威圧感を押し返すように威圧している。
「さて、これでも戦るかい? カオス」
カオスは理解に苦しむような表情のまま組んでいる足を組み替える。
「全く、分からんな貴様等は……。余ならばそれでもやり合っても構わんのだがそこまでして肩入れをする人間共に興味が湧いた。話くらいは聞いてやろう。せいぜい余を退屈させるなよ? 余の機嫌次第でその首が飛ぶと思え」
ひとまず話し合いには持ち込めたようで名取はホッとする。ナイトも肩を叩き「良かったね!」と笑う。
名取は振り返りルシェルの方を見る。
コンフュージョンの後ろに隠れるルシェルは名取と目が合うと「何?」と不思議そうに見つめ返す。
「ルシェル、君がカオスと話すんだ。俺が話したところで所詮、俺は偶々君と地上に出たいという目的が一致しただけの部外者だ。それではカオスを退屈させてしまうだろう。ここは君が地上を目指す理由をちゃんと伝えたほうが良いんじゃないか?」
名取はそう言うとルシェルの前でしゃがみ手を取る。
ルシェルは困惑しながらも覚悟を決めたように小さく頷き、カオスの前へと歩み出す。
カオスは変わらず刺すような視線でルシェルを睨みつける。
ルシェルは少し恐れ慄くも臆する気持ちを押し殺し強気の姿勢を見せる。
「ほう、余を臆さぬか? 面白い小娘よ」
感心するようにカオスの口角が上がる。
ルシェルは胸に手を当ててカオスに話し始める。
「ルシェルはね、パパの良い子にするのやめて外に出るの。きっとパパは許してくれないしもしかしたら殺されちゃうのかも知れない……でもそれでもルシェルはパパに歯向かってでも外に出たい! ママにも言われた気がするの、『自分の思うままに生きなさい』って」
「小娘、何処かで感じたことのある気配かと思えば貴様は神父の娘か? あの男は貴様に対して……いや、貴様等親族を異常なまでに愛情を注いでおったな。そんな愛娘が反逆を起こすとは…神父の奴も気の毒だな」
「パパは好きだけど……でもパパのせいでギルティアもディズィーもルシェルの大切な妹なのに人じゃなくなった。もちろん人じゃなくなってもルシェルの大切な妹だよ? でもそれはルシェルにとって許される行為ではないの。パパはルシェル達を使って何か良くない事を企んでる。ルシェルはそれを止めなきゃいけないの。パパを止めてルシェルは外の世界に出たい。だからお願い、地上への出口を教えて欲しい」
「たとえそれが神父を殺すことになったとしてもか?」
「……ルシェルは……」
ルシェルは少し俯く。
父親の命と自分を天秤にかけさせようなど少女にとっては酷な事であろう。まだ確証には至っていないものの母親が既にルシェルと同化し存在していないとなれば、父親を失ってしまうと実質両親を失う事になる。
その事を受け止められるのか、カオスは今まさにルシェルという少女を試していた。
「それでも、ルシェルはパパを止めて外に出たい」
ルシェルは顔を上げ、真っ直ぐな眼差しで力強く宣言した。
カオスはルシェルの覚悟を確認すると再び足を組み替えて新橋に目を向ける。
「貴様、先程から常に余が貴様等を殺そうとした際の生存策を思考しておるな? 弱者の思考としては正しいと言えようが相手が悪かったな」
新橋は表情1つ変えずに右足を一歩引き、姿勢を少し低くし臨戦態勢に近い状態になる。
「発汗や表情の緊張感による外的な変化も心拍数の上昇や筋繊維の緊張などの内的な変化も《《一切》》感じられん。相当な訓練を積んだのではないか? もはや人間とも思えん。この期に及んで尚、余の襲撃をした際やり過ごす方法を脳内で模索しておるな? 貴様、中々面白い奴だ」
「……それはどうも」
声色からも冷静さを感じさせる新橋にカオスは関心を示す。だがその興味の真意は新橋の心身の強さでは無く、その更に奥にあった。
カオスは新橋を指差すと怪しく微笑む。
「最も興が湧くのはその貴様の心意にある。貴様、ここで死んでもよいと思っているな? 大方自身の身を犠牲に此奴らを逃がし、あわよくば自身も生き延びれば僥倖といったところか?」
その言葉を聞き、名取は新橋の方を振り返る。その時初めて新橋はポーカーフェイスを崩し、苦笑いをした。
「あまりバラされたくなかったんだがな」
観念したように態勢を戻しお手上げだと言わんばかりに両手を挙げる。
そんな新橋に名取は勢いよく新橋の胸ぐらを掴み、怒号に近い大声をあげる。
「新橋さんアンタ俺に散々言っといて自分の命は二の次かよ! 部下には死ぬななんて言っておきながら自分はいつ死んでもいいなんて俺が後輩だからってそんな言葉、大人しく呑んでもらえる訳ないだろ!」
「だからバレないようにしてたんだ。部下の成長の為に命に代えても上司が尻を拭う。ましてや俺のような大した力もねぇ奴なら尚更な」
「自分の事を下に見てりゃ何だってしてもいいと思ってんのか!? 俺には到底理解出来ないレベルの技術をアンタは沢山持ってる! それだけでも充分スゲェだろうが! アンタのような経験豊富なベテランはそんな簡単に死んでいい訳ねぇんだ! だから上司として盾になって死ぬんじゃなくて生き残る術を身を持って見せてくれよ!」
名取の感情の籠もった怒声に目が覚めたのか細く生気の感じられない目が見開き翳りのかかった瞳に光が灯る。
新橋はフッと笑い名取の手を下ろさせる。
「悪かったな、余計な心配をさせた。お前の言う通りだ。全員で生きてここを出よう」
新橋の心配も晴れたところで突然コンフュージョンがハルバードをカオスに向ける。
突然の行動に一同はキョトンとしているとコンフュージョンが口を開く。
「いい加減コイツらを地上に出せ。コイツらの子守もウンザリだ」
カオスは「ふむ」と顎を撫でながら考えると1つ思い付いたように提案した。
「そうだな、余の見解によれば貴様等は束になってもあの神父には敵わん。そこで1つ、余から"邪眼"を1つやろう。だがコレは試練でもある。この邪眼は非常に邪神な力が強く攻撃性が強い。保有者にそれ相応の資格が無ければ邪悪な力にその身を呑まれ、やがて人ではいられなくなるだろう。その力を我が物と出来るか、ここで示して見せよ」
カオスは自身の前を指差し、我こそはという者を待っている。
名取達はお互い顔を見合わせ、誰が邪眼の試練に挑むのか話し合った。
ギルとデスは激しく顔を横に振り拒否している。新橋はいざという時は出られると覚悟は出来ているようだった。
だがここで手を挙げたのはルシェルだった。
「この試練、ルシェルが行く」
意外な一言に思わず一同は驚いた。
まさかルシェルが自ら立候補するとは思ってもいなかった。
ルシェルは左手で胸をぎゅっと握りしめて挙げた右手は恐怖からか震えている。
「パパを止めるためにルシェルも役に立ちたい。でも今のルシェルは何も出来ない役立たずなの。何もかもやってもらってばっかりじゃ嫌! ルシェルも役に立ちたい!」
ルシェルの訴えに名取達は心を打たれ、ルシェルに行かせるべきか真剣に迷った。
ルシェルの覚悟は重々承知なのだがやはりこのまだ幼気さの残る少女に命を懸けた苦行をさせて良いのか? そんな葛藤に心を揺さぶられる。
だが名取だけはそうではなかった。
名取は新橋にこっそり耳打ちすると新橋は「本気なんだな?」と確認する。
名取は静かに頷くと新橋もその意思を汲み取り新橋静かにルシェルの背後に回り込みルシェルを押さえ込んだ。
突然の新橋の行動にギルとデスが怒り2人は新橋に襲い掛かろうとする。
「動くな!」
新橋はルシェルの首元にナイフを当てギルとデスを牽制する。ギルとデスはピタリと動きを止め、新橋に向かって唸っている。
名取はその様子を見届けるとルシェルに向かって優しく微笑んだ。
「ルシェル、君の覚悟は充分に伝わったよ。でもこういうのは俺達大人の仕事なんだ。君が苦しむ必要は無い、ここは俺に任せてくれ」
「待って! そんなの! ルシェル、何も出来てない!」
「何もしなくて良いんだ。ルシェルも、ギルもデスもね? 俺達が必ず君達を地上に連れ出し神父も止めて見せる。大丈夫、俺は既に邪眼を2つ持ってる。一つ増えるくらいわけないさ。だから安心して見届けて欲しい」
後ろで待ってと叫ぶルシェルに背を向け名取はカオスの元へと歩いていく。
その背中を新橋は黙って見届けていた。
カオスの鎮座する玉座へと向かう階段を登ってカオスの目の前へと到達する。
カオスは名取の前でゆっくりと玉座から立ち上がる。
カオスは見立てでも2mを超える大きさをしており近くで見るとその大きさを実感する。
体全体から溢れ出る邪悪な気配と威圧感に圧倒されそうになるも心を強く保ち堂々とした態度で振る舞う。
「貴様が試練を受ける者か? 貴様は既に邪眼を2つも保有しているようだが3つ目ともなれば強欲な奴だな。もはや人間として形が残ったとしても人間と呼べるのか……。非常に興味深い、せいぜい耐えてみせろ」
カオスの指先が黄色の光を放ち、名取の顔に近づく。
名取の命を懸けた試練が今始まる。
ミニコーナー企画!
次回予告をやってみよう!
じゃ~ん! File3 「失楽園の少女」からギルだよ!
ギルもミニコーナー出てみたかったんだよね〜!
というわけで! 張り切って次回予告やっていくよ!
カオスによる邪眼の試練を受ける事になった名取のお兄ちゃん、3つ目の邪眼なんて入れちゃって大丈夫〜? そんな不安も当たっちゃったかな? 名取お兄ちゃんが急に暴れ出しちゃった!? 新橋のおじちゃんも苦しそうな顔でギルも名取のお兄ちゃんが怖いよ〜! そんな中、お姉ちゃんがついに動き出す!?
次回、堕天の少女に抱かれ 次回も絶対みてね!




