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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第三部 六章「星の聖杯」
89/96

「魔女の求めた聖杯」

「……」


 星の瞳が開く。開眼してから数分。少女はずっと天井を見上げるのみに留まっていた。

 ベッドで仰向けになり、真正面には見覚えのない天井。呆然とそれを眺めて軽く時間が過ぎてしまう。

 思考があまり働かない。何も考える気になれずにいた。

 

「あ。大丈夫エリーちゃん?」


 視界に割り込んできた黒髪に、星の瞳が傾く。そこにはネアがいた。

 声をかけられた事で、呆然としていた思考がようやく動き出した。


「……ネアさん?」


「お姉さんよ~。

 なんだかエリーちゃんがいっぱい無茶しちゃったみたいで、お姉さん心配したんだから。

 でも良かったぁ。無事で」


「……そう……でしたっけ?」


 長く眠っていた感覚。その前を思い返しつつ、鈍くも身をゆっくりと起こした。

 その時、2人のいた個室の扉が勢いよく開く。

 飛ぶ込むように入ってきたのは、ルゥテシアだ。


「エリちゃん起きたって本当!?」


 血相を変えるルゥテシア。エリーを見つけるなり、起き上がっているとわかれば彼女は勢いのままに少女を抱きしめた。

 頭が追いつかず、尚もエリーの反応は薄い。しかし、ルゥテシアは違った。

 彼女は強く抱きしめ、泣きながらエリーの無事に安堵していた。


「よかった……っ。

 エリちゃん、よかったよぉ!」


 泣きじゃくるルゥテシア。状況が把握できず困惑するエリー。そして、扉の近くにはもう1人、リキがいた。

 

「……リキ、さん? ルゥテシアさん?」


「よかったです、エリー殿。

 話は色々と聞いておりまして、エリー殿が傷を治してくださったのだと」


「……私が?」


「そうだよぉ! 死にかけだったアタシとリキくんをエリちゃんが助けてくれたってっ。

 リリンもヘイちゃんからも話ちゃんと聞いてるんだからぁ!!

 その後はずっと目を覚まさないって、本当に心配したんだからぁああ!!」


「……」


 段々と、記憶が蘇ってくる。悲惨な光景。安堵する2人は死の淵に立たされていた。それをどうにか救おうと必死で考え。我武者羅だったのだろう。本当に自分が2人を救えたのかと疑心暗鬼にもなる。

 だが、事実だ。2人からは致命傷の傷は消え去り、今もこうして話し合えている。

 酷い負担など、今となっては吹き飛んでしまうほどの奇跡が、エリーの目の前にはあった。

 呆然としていた星の瞳が潤み、いろんなものがこみあげてくる。

 

「よかった……。よかったぁ……っ」


 悲しいわけではない。ただ、嬉しさと安堵で、涙が止まらない。

 再び2人の姿を見れたこと。その命を繋ぐことができたこと。ただその奇跡が心の底から嬉しいだけだというのに。当時の恐怖と絶望感が入り混じって、遅れて恐怖がどっと押し寄せ、同時に溶けてもいった。

 救えたという達成感など、もはや二の次でしかない。

 そこに、2人がいる事実だけがエリーにとっては救いでしかなかった。







 落ち着いてからエリーは大広間にへと連れられる。その道中ネアから一通りの話を聞く事となった。

 今エリーたちがいるのはメフィストフェレスの宝物庫。その中に存在する宿舎だ。どれだけ広い空間なのか、外の見える回廊では緑豊かな自然が見える。池に魚も放し飼い。開放感と豊かな自然素材と、落ち着く香りも。建築と造形から、少しミヤビに似た一風変わった様子もある。どれもこれも、メフィストフェレス決めたものらしく、ネアはそれを元に宝物庫に作ったとか。理由は単純と、メフィストフェレスが望んだから、でしかない。それだけの理由でも、ネアにとってこの建造物は造作もなく用意するものとなったようだ。

 そして、今から向かう大広間には、既に他の契約者たちが集められているらしい。

 円形になった広い空間。大広間に人影が映り込む。


「あ! 姫ちゃんだ!」


 最初に声をかけてきたのはイロハだ。その隣にはクロトも椅子に腰かけていた。


「もう平気なのか?」


「現状は問題なしってとこね。

 顔色もいいし、よかったわ」


「そうか」


 無事であると、エリーをクロトはじっと見つめる。

 色々言いたい事があるのだろう。言葉選びに時間がかかるも、とりあえず無事であることにクロトは安堵した。


「あんま無茶すんなよ。とりあえずはよかったが……」


「すいません、結構長く眠ってしまってたみたいで」


 ネアから聞かされているが、エリーは丸一日ほど眠り続けていたらしい。それだけ精神に負荷がかかっていたのだろう。他者の痛みを体験するはめになったのだ。必死とはいえ、無謀にもほどがあり、エリーも【癒星(ゆぼし)】を使うことは今後躊躇ってしまう。

 

「……本当にすいません。色々勝手しちゃって。

 …………心配かけましたし」


「……べつに」


「べつにじゃないでしょ。アンタが一番心配して気が気でなかったくせに。

 落ち着きないわ、そこら辺でうろうろするわ、苛立つわ。

 鬱陶しいからエリーちゃんの部屋から追い出したのよね。まったく」


 そんなことが……。

 エリーはそう言いそうになる顔でクロトを見る。よほどだったのだろうが、クロトは反論もできず顔を逸らしてしまう。

 続いて、イロハたちもクロトのそんな様子を目の当たりにしており、うんうん、と頷いてもいた。

 

「さっきも先輩怒りそうになってたよ?」

「ちょっと前は柱に頭ぶつけてたよねクロちゃん」

「……たまに上の空にもなっておりました、クロト殿」


「お前らなぁ…………っ」


 目撃者証言ほど現実味があるというもの。みっともない所ばかりで、本人なら絶対に言わないものだというのに。他者は平然とそれを暴露してしまう。

 クロトは怒りと握り拳を作り、グッとその場は堪えた。

 ……が。違和感を感じる。

 確か大広間には他の契約者たちが集まっているはず。だが、そこにはクロトとイロハしかおらず。残りの契約者であるヘイオスとオリガの姿がない。


「あれー? あの眼鏡とお嬢さんはー?

 あとクソ野郎もいないじゃない」


 ネアが大広間をぐるりと見渡す。


「あー、アイツらならまた別だ。

 あのキモイヘラヘラした奴と出てったぞー」


 クロトはどうやらヘイオス、オリガ、そしてカルトの行先を知っているらしい。それに対し、ネアは「またー?」と呆れ顔だ。

 そう噂をしていれば、噂の3人が戻ってきた。

 しかし、誰もがその様子に黙ってしまう。

 

「あーーもう! ホント何やってんのさヘイオスたちはー!!」


「……すまん、オリガ」


 どういうわけか、オリガがヘイオスを引きずって戻ってきた。何かあったのか、ヘイオスはかなり疲れ果ててもいる様子。

 その後ろではこれ以上なくご機嫌なカルトがいた。


「いや~、久々にヘイオスくんと遊べて嬉しいですよぉ♪

 よかったですねぇ。暴れられる場所が用意されてて。よい時間つぶしにもなりましたよ。

 あまりにも暇でしたし、ヘイオスくんがなまってないかも見極めたかったですし。

 一石二鳥とは良いものですね、とても効率がよいです。

 あ。5分後にまた手合わせお願いしますねヘイオスくん。ちゃんと休憩してくださーい。

 私が鬼教師なのヘイオスくんも知ってるでしょー?

 愛の鞭と思って感謝してもいいですよ♪」


「いいよ! もういいって!!

 わけわかんないことになってるから!! 見てるこっちが怖くなるよ!!」

 

 あのヘイオスがろくに立てずにいる。その光景は目を疑うものでもある。

 それを実現させているのが、この規格外な乱入者であるカルトだ。ヘイオスの味方ではあるのだろうが、それは断言もしづらい。隙あればヘイオスは平然とヘイオスですら切り捨てられるからだ。その直前をクロトたちは目撃している。

 カルトが姿を現すなり、ルゥテシアとリキが顔色を青くして物陰にへと潜む。殺されかけたのが、よほどの危機感を抱いている。


「あー! エリたんやっと起きたの!?」


「ほ、本当かオリガ……!?」


「おやおや。という事は、時間つぶしもここまでですか。

 それなりに発散できたので、まあ、よしとしますか~♪」


 そう。誰もがエリーの目覚めを待っていたのだ。彼女が目覚めなければ本題がなにも始まらないからだ。

 まだ話の内容が追いつかず困惑するエリーに、クロトが説明をする。


「エリー。とりあえず今は話し合いっていう流れだ。

 他の奴らにも、お前の中に魔女がいるっていうのはとっくに言ってある」


「そ、そうなんですか?」


「ああ。それで、この場で話のけりを付けるつもりでいる。

 契約者同士の争いも、お前の【呪い】のことも。一番知ってそうな魔女に全部吐かせる。

 その後にどうなるかはわからんが、やる意味くらいはある」


 全てが魔女に繋がっている。契約者も、【呪い】も。まだ魔女は全てを話しきってはいない。それを全てこの場にいる関係者に打ち明ける事で、すれ違っている解釈を全て正す。それが目的だ。

 魔女という張本人は今エリーの中にいる。話すなら今が一番だ。

 

「とりあえず、まずは魔女を表に出させる。

 今は起きているか?」


「そうですね……。

 うーん…………。大丈夫そうですけど……」


「よし。ネア、とりあえず鏡いいか?」


「言われるまでもなくあるっての」


 準備万端と、ネアは大きな姿見を用意していた。人1人どころか、数人は容易と映し出せる大きさだ。さすがに大きすぎるとは思えるが、鏡であることに変わりはない。クロトも妥協する事とした。

 鏡の前。中央に椅子を運び、そこにエリーを座らせ向き合わせる。後ろでは鏡の様子をうかがう面々。

 次第に鏡面は歪み、別のものを映し出した。

 鏡に映るのは黒一色の背景と、白のテーブルに居座る魔女の姿。

 ……なのだが。


 ………………。


 誰もが言葉を慎んだ。

 魔女の赤い瞳が不機嫌そうにこちらを見ている。

 ――怒ってる。魔女がこれ見よがしに怒りを表情に出してしまっている。

 今いる面々の前で、魔女は不快感を隠しきれていない。それはつまり、それほどまでに怒りを溜め込んでいる、ということだ。

 

「……なに不貞腐れてんだよお前」


『べつに。……でも、そうね。言いたい事が山ほどあるというか。

 それを言い出すと本題から逸れてしまいそうだから、とりあえず我慢しているだけよ』


 我慢。魔女からはあまり聞きなれない発言である。

 重たいため息までも吐き捨て、魔女は少しばかり気を取り直してどうにか笑みを浮かべる。


『お久しぶり。……という子たちは何人かいるわね。

 私の、愛おしい子たち』


「……本当に、魔女様……なの?」


『そうよオリガ。

 こんな状態で確かに死んだ身だけど、魂は確かに私だわ』


 思わずオリガの双眸から大粒の涙があふれてしまう。

 二度と会えないと思っていた魔女。その姿には感動もあり、堪え切れないものがあるのだろう。

 しかし、長々と再会を言い合う暇はないらしく、魔女は本題にへと進みだす。


『ようやくしっかり話せるようね。私も気になる事があったし、色々と聞きたい事はあるわ。

 ……特に、そう。ヘイオスにはね』


「……っ。でしょうね。

 私も魔女様には幾つか質問があり、こうしてずっと魂を探しておりました」


『そのようね。まあ、カルトの件も問いただしたいところだけど……』


 魔女は一同の奥。後ろで控え、魔女に向け軽く手を振っているカルトを見る。

 その時の魔女の表情は、不快よりも面倒という顔だ。


『とりあえず、アレは後でいいわ。

 先にヘイオス、貴方の事を教えてちょうだい。

 何故私の魂を探していたのか。そして、そのためにどうしてきたのか。貴方の口から聞きたいわ』

 

 指名を受け、ヘイオスは少し前に出て鏡に向き合う。

 

「やはり、最初から話すべきですね。

 あの星降る夜。その後、私とオリガは自身の悪魔の対話が可能となりました。

 それを期に、私とオリガは魔女様の最後と思われた場所に赴きました。

 そこで私は魔女様の契約悪魔であるダンタリオン。その魔本を見つけました。

 ……バフォメット」


 ヘイオスが命じれば、空間が歪み、一冊の本がヘイオスの手にへと落ちる。分厚い、黒い魔本。クロトが知るのは確かそういったものだったはずだ。だが、ヘイオスの手にあるのは、酷く崩れた魔本でしかない。ページのほとんどが抜け落ち、どうにか原形がある程度だ。

 酷く破損した魔本。ヘイオスはその提示したものを頼りに行動してきたと言う。それはクロトたちも知りうる情報だ。

 とぎれとぎれの文字の羅列。その中から読み取れる、【聖杯】や【呪い】、そして七つの遺産など。

 ヘイオスの目的は幾つかある。


 魔女の遺産を所有する契約者を集めること。

 【呪い】を解除しないこと。

 【聖杯】の破壊すること。


 これらを行動目標としており、加えて魔女の魂を探していた。

 その理由も、ダンタリオンの提示は部分的でしかなく、その内容の詳細も知らされていないからだ。そのため、ヘイオスたちは魔女の魂を探し、その詳細を得ようとしていた。

 当然、契約者全員が同じ気持ちでいるわけでもなく。ヘイオスは武力行使もやむを得ないという判断だった。

 一通り話を静かに聞いていた魔女。彼らがどういう目的で行動していたのかを再度本人から把握。

 そして頷きを返し、魔女は決断を下す。



『――悪いけどヘイオス。

 私、ダンタリオンにそんな伝言なんて頼んだ覚えはないの』



 …………。


「……はい?」


 数秒間を開け、ヘイオスは耳を疑う様子でいた。しかし、事実だ。


『頼んでもいないのよ。そんな伝言。

 そんな暇もなかったし』


 再度事実を突きつける。

 ヘイオスはおろおろとしつつ、焦りだしてもいた。

 

「……えっ。いや、ですがっ!」


『確かに、貴方が嘘なんてつくわけもないし。貴方の言葉は真実なのでしょうね。 

 でも、頼んでないものは頼んでないのよ』


 愕然として、ヘイオスはついに言葉すら出なくなってしまう。

 ヘイオスの行動原理は全てダンタリオンの提示あってのことだ。それが魔女の意志でなかったと、この場で本人から告げられる。

 つまり、ヘイオスのこれまでの行動から意味が失われてしまった瞬間。大義もなにもかも、全てがヘイオスの思い上がりとなり、それに全ての遺産所有者たちを巻き込み、あまつさえ数名の命すら失う未来すらあった。

 

「……つまりあれか。

 この眼鏡、よくよく考えたら大戦犯じゃねーか」


「――ッ!!!?」


 ヘイオスの手から魔本が滑り落ちる。

 何気ないクロトの一言。心臓を抉られた気分で、ヘイオスは両手を床に付け黙り込んでしまった。

 あながち外れてもいない。ヘイオスの行動は全ての遺産所有者たちを戦いの渦に巻き込んでいるのだ。その原因を作っているのもヘイオスだった。


『頑張ってくれてたみたいだけど。まあ、そうなるのかしらね?

 でも【呪い】に関しては確かに解除させるわけにはいかないから、そこは貢献していると思うわよ?

 それにしても酷くボロボロじゃないのダンタリオン。これじゃあ確かにまともな提示も出せないわね。

 ここまで破損し、ダンタリオンの意識も消失してしまってる。

 …………思ったよりも面倒なことになっているわね』


「どういうことだ?」


『まず、ダンタリオンも貴方たちと同じ様に作っているのに、こんな有様なのよ?

 これがそうなるっていうのは、ダンタリオンもそうとうの事があった可能性がでてきたわ。

 おそらくヘイオスたちに見つかる前。その過程で自傷を選んだ。ってとこかしら。

 でなければ、こんなボロボロにもならないわよ』


「……自傷って。自爆機能でも付けてたってのかよ?」


『ダンタリオンは情報の塊よ? 私の研究成果とか色々あるし、情報漏洩を防いだのかしらね。

 まあ、それはいいとしましょう。

 愛しい子たちを集めるっていうのも、その過程からかしらね。

 よかったじゃないヘイオス。誤解も解けたし、これで皆が無益な争いをする必要もないわ』


「で……ですが、【呪い】の件は……っ」


『あー、あれ? クロトたちにも一応警告はしたけど、とりあえず無理だろうから好きにさせてるだけよ。

 そんな簡単に解除できたらたまったもんじゃないわ』


 軽い。そんな軽いのりでいいのか。

 魔女は自信をもって解除が不可能と判断しているが、万が一解除に成功した後の事を考えると恐ろしくもある。

 だが魔女の言葉ならと、ヘイオスもクロトたちの行動を見逃すしかなくなってしまう。

 

『というわけど、話は以上ってところかしら?』


「んなわけねーだろっ。

 今ここで【呪い】に関して吐きやがれクソ魔女!」


『……まだ言ってるのかしら?

 言わないって言ってるのに』


「なんも納得できねーからな。お前はいっつも詳しい事をはぐらかす」


 クロトの意見に、何人かは同意見だ。


「確かにそうよね。魔女さんは遠まわしに警告はするから詳細が掴みづらくもあるわ」

「ボクもできれば姫ちゃんの【呪い】なんとかしたいなぁ……」

「そうだよ魔女さん! こんな危ない【呪い】あったら落ち着いて恋愛できないー!」

「自分も、できればお願いしたのですが……。エリー殿は命の恩人でもありますので」


 ネア。イロハ。そしてルゥテシアにリキも同意見だ。それでも魔女は口を閉ざし続ける。以前魔女は解除方法を教えない理由として、「きっと後悔するから」と話をはぐらかした。具体的な内容も告げていない。それで納得などいくはずもない。

 無言を貫こうとする魔女。次に意見を出したのは、ヘイオスだった。


「……魔女様。できれば、私もそれは気になってはいました」


『……』


「何故、娘子の【呪い】は解除すべきでないのか。その詳細は私も知りません。

 ですが、ダンタリオンに問いを出す間に、彼はそれに関与したものを提示いました。

 

 ――厄災の【呪い】……【厄星】を失えば、真の終焉が訪れる……と」


 それは、【呪い】が解除されれば世界が終わる事を意味てしていた。解除に賛成としていた面々の表情が青ざめながら凍てつく。

 

『……そう。ダンタリオンがそんなことを言ってしまったのね』


「……本当のことなのかよ? 

 【厄星】が……【呪い】が消えたら世界が終わるって、マジで言ってんのかよ!?」


『前にも言ったけど、後悔とはそういうことよ。

 これは私からも言えること。ダンタリオンでも導き出された理論上あり得る話だわ』


「だからこそ、私は魔女様に聞きたいのです。

 何故そのようなことが起こってしまうのか。【呪い】とは一体なんなのか……。

 私はダンタリオンの提示も、魔女様の意志も嘘とは思いません。

 ですが、それでもお聞かせいただけませんか?

 そうでもしなければ、彼らも、そして私も……納得がいきません」


 ヘイオスは【呪い】の解除には賛同できずにいた。その理由はダンタリオンの提示にあり、魔女も間違っていないと告げているからだ。

 もう少し詳細を言わなければ、ただの脅しとも捉えることができる。解除から手を引くことも早々できない。ヘイオスは自身の疑問と晴らすと同時に、クロトたちの判断を切り替えさせようとしていた。


『そうねぇ……。まあ、そこまで言ったなら、ある程度は語らないといけないわね』


 ようやく、魔女は重い腰を起こす様に語りだす。


『ねぇ、クロト。私は前に【呪い】には【聖杯】が関与してるって言ったわよね?』


「……言ってたな。だから【聖杯】を探してたが、毎回そこの眼鏡が先に破壊しやがるんだよっ」


『それは別にいいのよ。だって求めている【聖杯】は、既に()()にあるのだから』


 誰もが周囲に目を向け、最終的にはネアを見る。

 この場の主はネアと、メフィストフェレスだ。


「し、知らないわよ私! メフィ様もさすがにないって言ってるもの!!」


『情報屋のお嬢さんじゃないわよ。

 お求めの【聖杯】。それはずっとクロトたちの近くにあったの』


「いったい、どういう……」


 ずっと探していた【聖杯】。それはずっとクロトたちの近くにあったと魔女は言う。

 だが、それらしいものを見かけたことも、ましてや持ち歩いた事もなかった。それどころか、現物すら直に見た事もないというのに。

 いったい何処にあるというのか。今の近くにあるならと、再度誰もが周囲を見渡す中。ふと、エリーが自身の胸に手を当てる。


『なんとなく、本人が一番気付いているものね。 

 【聖杯】は今目に見えない場所にある。

 

 そう。――エリー。今貴方の中に【聖杯】があるのよ』


 視線が、一気にエリーにへと集まる。

 なんとなく。本当になんとなくだった。エリーは、何度かその姿を見ていた。

 それはエリーの中。精神の奥底。ひび割れた、大きな何か。中にはおぞましい何かが入っている、壁のようなもの。その正体が【聖杯】なのだと、魔女は明かした。

 

「そんな……馬鹿な……っ」


『確かに【聖杯】は関与してたでしょ? 嘘は言ってないわ。

 私が使ったのはただの【聖杯】じゃない。正に世界の基盤でもある【聖杯】。

 世の理を改変すら可能とする、さしずめ【星杯(星の聖杯)】ね。

 そして、私はその中にその子に宿すことで魔力を封じ込め、【呪い】を足した。

 私なんかよりもはるかに強い魔力と【呪い】。そうしてできたのが【厄星】。

 【厄星】はね、【聖杯】の蓋代わりなの。その子の力が一気に解き放たれないようにするための、ね。

 でも、今はひび割れてしまって、時折それが漏れ出してきている。

 そのせいでどんな被害がでるか……。経験した子もいるんじゃなくて?』


 そう。それはクロトも、ヘイオスやオリガも経験している。

 時折見せる、魔女としてのエリーは自我よりも破壊に行動が転じてしまう。【厄星】に続き恐れられる要因だ。これまではなんとか被害を出さずに済んでいたが、現状がただ漏れ出した事による影響。そしてそれがまだ微量であるなら、解放された時の反動は大きい。それこそ、止められるかどうかもわからない。エリーすら自我をたもっていられないほどだ。

 【厄星】とは違う。本当にエリー自ら世界を滅ぼしかねない。

 これが魔女の言う、後悔の結末なのだろう。


『……悪いけど、これで少しは解除したくない理由がわかったかしら?

 私だって、できることなら解除してあげたいわよ。私の【願い】はもう無理なんだもの。

 ……だけど、この子の中にいて思ったの。これだけは解除させるわけにはいかない、って』


「……私は、ずっとこのままなんでしょうか?」


「クソ……っ。どうにかなんねーのかよ!

 例えば、その封じ込めた【聖杯】を【厄星】ごとそのまま取り出せば……っ」


『どうやって?

 クロトは魔女の魔力がどういうものか知っているの?

 【聖杯】に押し込めているとはいえ、エリーの魔力は心臓と同化している魔力核と繋がっている。

 下手に剥がそうとすれば、命に関わる行為よ?』


「責任とかねーのかよ!?

 そうしたのは、お前じゃねーか!!」


『……否定はしないわ。

 とりあえず、私はこれ以上話す事がないし、解除方法を探すことを止めるつもりもない。

 もちろん、あの時の貴方たちの選択に異議を唱えたりもしない。

 だからこそ、私は貴方たちの未来にあまり口出しするつもりないのよ……。

 でも、そういう可能性が大きくあるという事だけは、覚えていてちょうだい』


 魔女の最後の警告になるのだろう。

 【呪い】の解除は、同時に最悪の未来すらあり得るということ。 

 それでも、クロトは唇を噛みしめつつ諦めきれずにいた。そう頑なに否定しどうにかできないかと思考するも、それはなんの良案すら出せず沈黙という形で終わってしまう。

 

「……なんていうか、らしくないわねクロト」


 黙り込んでしまったクロトに、ネアは言う。


「確かに、現状【呪い】の解除は後が怖そうね。でも、だからって諦める理由にはならない、でしょ?

 これまでだって、あれやこれやしてきたじゃない。

 国とか魔王だろうが、悪魔だろうが。魔界だろうが、魔女だろうが。

 それでも、今まで抗って繋げてきたのは、そうやって諦めなかった結果でしょ?

 私はこの程度で根を上げるクロトだなんて、思ってないから。

 なんだかんだで、アンタってしぶといっていうか、無茶苦茶でも正しく通せてる感じあるし。

 少なくとも、お姉さんはそう思ってる」


「……」


「絶対に普通に生きられるようにするって、約束したんでしょ?

 お姉さんは、わずかな希望があるかもしれないって思ってる。

 そんで、アンタがなんとかしてくれるって、ちょーーっとだけ期待もしてる。

 

 アンタがしっかりしなくてどうすんのよ?

 魔女さんの言う事は理に適っていても、アンタなら言ってやるはずでしょ。


 ――なら別の方法を探してでも、無事に解除してみせる。ってね」


 ビシッと。ネアは言い切る。

 

「うじうじすんじゃないわよ。

 アンタが弱気になってると、こっちだって諦めちゃいそうなんだからね」


「……知った様に、言ってくれるな。お前は」


「これでも見る目はあるもんで」


 だが、ネアの言葉で、少し重荷から解放された気分にもなる。

 これまでも、そうしてきたではないか。どうしようもないと思えた場面が幾度もあった。それらを乗り越えてきたのは己やその周囲の助けがあったからだ。

 今までとなにも変わらない。

 ただ、諦めきれない自分がいるなら、そのわずかな希望を探し出すだけにすぎない。

 迷いが吹っ切れた。


『……そういう顔。なんだか不安よりも安心するわ、クロト。

 貴方はそうでないと……ね』


「魔女に期待されるつもりはないが、俺はエリーの【呪い】を解く。

 【呪い】がなくなって世界が滅ぶなら、そうならないための方法を探すだけだ。

 どうせお前が知ってる解除方も、結果が最悪なんだろ? じゃあもういい。

 どれだけかかっても、俺はコイツの【呪い】をどうにかするって決めてるんだ。

 それが俺の目指す道で、これからもなんも変わらない」


「クロトだけじゃ不安だから、お姉さんも協力しちゃう」

「あー! ボクも先輩と一緒にがんばるー!」


「自分も、エリー殿には返しきれない恩がありますからね」

「だよね! アタシもリキくんと一緒~♪」


「ヘイオスはどうする? もう変な隠し事はなし!

 皆友達ってことでいいんだよね。アタシもそんほうがいい!」

「そこまではならんが……、魔女様が止めないならこれ以上は無益な争いでしかない、か」

「大戦犯なヘイオスくんですから、妥協するのは当然かと~♪」

「うるさいカルト! お前にだけは言われたくないっ」


 沈黙と、沈み切っていた空気が変わる。これまで意見のすれ違いで対立していた者たちが、今は同じ方向にへと向いていた。

 背中を押された感覚で、エリーの不安も和らいでゆく。

 きっと、なにかいい手段が見つかる。その【願い】を信じようと意気込んだ。


『いいのね。それで』


「私はいいと思いますよ。なにより、皆さんが仲良くなれる事が嬉しいです」


『そうね……、そうよね……』


 ――願わくば。この平穏が続くことを望む。


 

 

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