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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第三部 五章「最悪の怪物」
87/95

「慈悲なる反逆」

 それを知ったのは、ヘイオスが契約して間もない頃だった。

 数日間は様子見と魔女がヘイオスたちの住まう村で姿を潜ませながらいた時期。彼女はヘイオスがどう変化したのかを確認したかったのだろうが。傷が瞬時に癒えるわけもなく。姿を変えたり、何かしらに耐性を持っているようにもない。ヘイオスは、契約以前と同じでこれといって変化がまったく見当たらなかった。

 それが答えなのだと、彼女も断念するしかなかったのだろう。特に偽る事もなく、結果を魔女から知らされた。


「……そう……ですか。オリガの様には……いきませんでしたか」


「残念だけど、そうね。私もこういう結果があるなんて思ってもいなかったわ。

 でも、気を落とさないでヘイオス。私はただ貴方にその魔武器を預かっていてくれるだけでいいの。

 契約も、貴方の【願い】のためだもの」


「…………」


「大丈夫。私の計画にはあの子がいるもの……。

 私は貴方たちのためにも進まないといけないの。だから……いつまでも此処にはいられない。

 本当にありがとう、ヘイオス」


 ヘイオスは、受け入れる事しかできず、されど心の中で自身に対して劣等感を痛感した。

 【願い】を叶える切っ掛けを与えてくれた魔女。その魔女に恩を返したいと思うも、それは自分では無理と判断された瞬間。

 

 だからこそ、選ばれた魔銃使いが許せなくいた。


 自分では届かない、魔女の期待。最も欲したかったものを得ているにも関わらず、魔銃使いの出した結果は魔女の期待を裏切るもの。

 もしも不死身だったなら、自分が彼女の【願い】を叶える事ができたのでは。不死身でなくても、それを超える力量があれば期待に応えられたのでは。

 過去を悔やみながら、ヘイオスは魔銃使いの前に立っていた。

 誰よりも魔女に期待された魔銃使いを……。








 その時、クロトがヘイオスを見る目が変わった。

 どれだけ厄介な魔武器を扱おうと、その身はなんの加護も受けていない生身の人間でしかない。 

 魔武器というのは使用すれば自身の体力を削ぐものだ。魔銃に限らず、魔剣の様な長さを自在に操るものなども例外ではない。更には悪魔の力を使うなど、普通の人間では身がもたなくなる。それを可能にするには、並みならぬ鍛錬が求められる。

 クロトも経験してきた。幼くも銃に慣れるための訓練。最初など一発撃つだけでも手が弾き飛ばされる勢い。銃を手放してしまうことがどれだけあったか。手を痛め、血を滲ませようとも、クロトには不死としての加護があった。

 もしも、ヘイオスがクロトよりも鍛錬の期間が短く、此処まで対等と張り合えているのなら。それは途方もないものだ。

 そう考えれば、クロトですら自身がヘイオスに劣っているのではと、思わず奥歯を噛みしめてしまう。


「私は、確かに戦う必要などない部類だったのだろう……。

 魔女様が必要としたのは、不死であるお前なのだからな。

 仕方ない……。そう受け入れたさ……。

 私は、共に暮らす者たちのために。生きるために。ただそれだけのために【願い】を叶えたのだから。

 

 だが、……それでも、あの方のために戦いたかったッ!


 この、ただの人の身でも……」


 再び剣が舞う。

 楔の揺れ動く音。その奥で見えるのは、当初見ていたヘイオスの面影が崩れてしまっている。

 冷静としていたヘイオスの表情は、今や焦燥と嫉妬。感情が抑えられずにいた。

 

「それなのに、お前はっ。力と【願い】を与えられておきながら、魔女様を殺したッ!

 あの方は世界を変えたかった。私たちの様な存在を作らない世界をっ。

 お前は、私たちとは違っていたというのにっ。

 役目から外された我々とは、異なっていたというのに!!」


 ヘイオスにとってはクロトの何もかもが許せずにいた。

 地位も、期待も。全て与えられていたクロトを。

 恨まれ、嫉まれることなと、クロトにとっては容易く流せるものだった。だが、ヘイオスのその思想だけは徹底的に否定する。

 

「……悪いが、俺はあの魔女の【願い】なんて、理解できねーんだよ!」


 迫る蛇腹の刃。クロトは炎蛇の皮衣を魔銃に纏わせ刃を形成。魔剣の刃を薙ぎ払い、炎を纏いながらヘイオスと衝突する。

 互いの目には、強い信念が燃え滾る。


「娘子のためでもあった……! 

 あの方は、私たちも、そして娘子も救いたいと強く願っていたっ。

 苦痛から解放され、誰も苦しまなくて済む。それのいったい、何が理解できないというのだ!!」


「ふざけんなよ眼鏡!! 

 人の道ってのは、他人が決めるもんじゃねーんだよ!!

 魔女のシナリオ通り、アイツが神になればよかったって言うのかよ!?

 それがどういうもんか、わかってんのかよ!?」


「……ッ!?」


「世界が変わったら平和であっても、魔女の望む世界には誰もいねーんだよ! 

 何もかもが同一の思想を持った存在を、人間とは言わねーんだよ!!

 そんな世界の神なんて、それこそ生き地獄だぞ! お前らの意見を押し付けんな!!

 俺はアイツを……、エリーをそんなつまんねぇもんになんかさせない。

 エリーはな、自分の事を知っても、――それでも、この世界を望んだんだよ!!!」


 炎の刃が魔剣を薙ぎ払う。

 刹那、クロトは体勢を崩したヘイオスの胴体を蹴り飛ばす。


「ぐ……っ」


「お前らにとって、アイツは世界を壊す厄災かもしれない。

 だがな、俺にとってアイツはこの世界で誰よりも必要な存在なんだよ!

 罪人だろうと、なんだろうと……。それでもアイツはこの世界を望んだんだ。

 俺はアイツに救われた。

 今度は俺が、アイツの【呪い】を解く!

 アイツが、この世界で普通に生きられるようにな!」


「……っ。それが……お前の、答えか」


 身を起こし、ヘイオスは魔剣を天に向け突き立てる。

 納得している様でいるも、ヘイオスの目は退く事を望んではいなかった。


「バフォメット。……もう、終わりにするぞ。

 できればその魂は保管しておくまでに留めておきたかったが、それは無理そうだ。 

 【呪い】の解除だけは……現状無理な相談なのでな……っ」


『よろしいのですねヘイオス殿。

 その気なら、我も止めはしませんが……』


 ヘイオスは、静かに頷く。

 魔剣は突如繋りだし、禍々しく異様な光を放つ。

 風向きが変わる。まるで剣に引き寄せられるかの如く、寒気を帯びた冷気が集い、肉眼でもわかる黒い霧にへと変貌。距離があるというのに、身も毛もよだつ感覚が体内にまで広がる。それは死を連想させるようなものだった。

 その中心にいるヘイオスは、静かに言葉を紡ぎ、呼ぶ。


「――冥府より来たれし使いよ。我が前にその姿を現せ。

 

 ――汝は導く者。その大鎌を振るい、我に仇名す者の魂を。



 ――――【刈り取れ。バフォメット】!」


 霧はしだいに空間を歪め、ヘイオスの背後で巨大な漆黒の穴を生み出す。

 穴の奥深く。鈍く響くは、低く唸りを上げる山羊の鳴き声。声は周囲の大気を震わせつつ、その姿を徐々に現してゆく。

 現れたのは巨大な骨の手。カラカラと軽い音をたてつつ、手には更に大きな大鎌を携えていた。まだ闇の奥では、顔を出さずともクロトを捕らえる眼光をぎらつかせている。

 狙いをクロトに定め、骨の手は大鎌を振り上げた。

 その姿は正に死神。これまでただ空間を操作し、ヘイオスを手助けしていたバフォメットだが。彼の異名である【冥界使者】。それに相応しくある光景が視界全体に広がっていた。


「そっちが大技なら、こっちも容赦しねーぞ!」


 クロトも魔銃を構え直す。纏う炎蛇の皮衣は形状を変え、複数の法陣を展開。魂諸共焼き、砕き、溶かすニーズヘッグの最大の火力。【焼き砕く】力。クロトの意に応え、ニーズヘッグもその使用を許可。

 吹き上がる炎と共に、クロトは唱えようとした。


 その時だ。


 突如2人を襲ったのは、異常なまでの威圧。天から迫るかのような重圧が身に重くのしかかり、クロトとヘイオスは目先の相手よりも周囲に警戒を向けた。


「……ッ!? なんだ、これはっ」


『なーーんでしょう!? すっごい嫌な感覚なのですが!!』


 重圧を放っているのは取り乱すヘイオスではない。もちろん、同じように警戒するクロトでもない。別の何か。

 地鳴りの響く足元。大気の揺れ。それを起こしているのは紛れもなく、上空である。


「これは……、まさかッ!?」


 クロトは気付くと同時に空を見上げた。

 はるか上空。当初はまだ澄んだ夜空であったが、今となっては暗雲が支配し月すら隠している。代わりに空から光を放つ存在があった。

 

「なんで……っ。なんで【厄星(やくぼし)】が!?」


 それは世界を破壊する七つの黒星。

 そして、それを呼ぶことができるのはこの世でただ1人。

 

『どういう事だよ! 姫君になんかあったのかよ!?』


「俺が知るか! 

 とっとと行くぞクソ蛇!!」


 炎は掻き消え、平然とクロトはヘイオスに背を向けその場から駆けだす。向かう先は星の中心。その場所にエリーがいるからだ。

 そんなクロトの焦り様など気にも留めず、ヘイオスは七つの星を見上げたまま呆気に取られてしまう。その星は、以前にも見た事があった。わずかな時間でしかなかったが、それが【厄星】であったのかと認識。まるで自身にも向けられているかの敵意を星から感じたれ、思わず言葉を失ってしまった。

 そのせいか、大鎌も消失してしまい、動けずにいた。


「……あれが……【厄星】」


『我もしっかり見るのは今回が初なのですが……、ヤバい通り越して危険ですぞアレは。

 なんと言いますか……、死霊ですら恐ろしく思える存在ですぞ』


「だが……何故今【厄星】が…………」


 そう。【厄星】にも発動するからには条件があるはず。何が原因でなったのか。それを考えるも、一つの存在が脳裏をよぎってしまう。

 


「……あの……っ、馬鹿者が!!」



   ◆



 【厄星】の中心。その真下には1人の少女がいた。

 目の前には死にへと向かう2人。その姿が認めきれず、否定ばかりが頭の中身を支配してゆく。そんな中で、エリーはただ訴え続ける。

 これ以上進んではいけない。と。


「ダメ……っ、止まってぇ!!」


 エリーはただ1人で【厄星】に抗っていた。自ら呼び起こしてしまった呪いの黒星。それを止めようとした途端、反発する様に酷い重圧が襲ってくる。こんなものに抗う事ができるのか。不安と苦しみで身も心も潰れてしまいそうになる。

 

「止まって! このままじゃ……、全部、壊しちゃう……っ。

 それは、ダメっ。お願いだから……壊さないで!!」


 何故【願い】を否定する必要がある?

 

 そんな問いが投げかけてくるようだ。

 確かに、【願い】のままになれば楽かもしれない。それでも、その道をエリーは選べなかった。

 その先に自分の望む未来がないから。そして、そう教えられてきたからだ。教えてくれたのは、魔銃使いであるクロトだ。その姿が頭の中に浮かび、思わず彼に助けを求めたくもなった。しかし、今彼は近くにはいない。だからこそ、どうにかして自分で止めねばならない。


「はは……、ど~しましょうか?

 これってひょっとしてマズい状況ってやつなのでしょうかね~」


 苦笑するカルトは、無意識に数歩後退りつつ【厄星】を見上げる。それが危険なものだと、例え不死である彼でも理解できたのだろう。

 

「困りましたがぁ、私の標的はそちらの虫の息な2人。

 それだけは、先に狩らせていただきますっ」


 臆することなく、カルトは鱗数枚でできた刃を手にし、それらを投げつける。

 狙いはリキとルゥテシア。動く事すらできない2人は案山子も同然。

 

「ダメェエエ!! 

 ――【守星(かみぼし)】ッ!!!」


 エリーは苦しくも杖を握り、乱暴だろうと古い白星に命じる。

 障壁はカルトの刃から2人を守るも、その存在はとても歪であった。

 この場には【厄星】と、エリーの白星どちらも同時に存在している。そのせいか強固な障壁も揺らいで不安定でしかない。


「……大、丈夫……、大丈夫」


 自分に言い聞かせる。否定ではなく、自分を落ち着かせようとエリーは試みた。

 否定に否定を重ねても、それは大きな否定を招くだけでしかない。


「私は……まだ、絶望なんて、しません。

 だから…………お願い……止まって」


 少女はただ願う。まだ絶望するには早い。2人を助けれる可能性、希望がどこかにあると。それが少しでもあるのなら、その可能性を捨てるわけにはいかない。

 例え簡単でなくても、エリーはその苦の道を選ぶ。

 まだ2人は生きている。2人の中で、悪魔たちがどうにか命を繋いでいてくれている。そう感じたからこそ、その懸命な気持ちは無駄にはしたくはない。


「私は、壊すんじゃない。

 ――守るんですからっ」


 その力は壊すためではない。守るためのものなのだと、エリーは言い聞かせる。






 頑なな意志。それは通じたのか、徐々に重みが薄れてゆく。

 上空に浮かぶ七つの黒星は鎮まり、その姿を暗雲にへと隠し消えていった。

 【厄星】は消え、解放されたエリーはどうにか呼吸を整え、休む間もなく次にへと移る。

 杖を頼りに身を起こし、2人のもとにへと歩み寄り、その状況を間近で確認。しかし、見るに堪えない有様であることに変わりはない。出血は激しく、肌も血の気が引いて危うい状況だ。近くにいるというのに、呼吸の様子もなにも見当たらない。

 また、暗い気持ちが胸の中を覆ってしまいそうになる。


 もう取り返しはつかないのではないのか?

 もう間に合わないのでは?

 

 ……もう、2人は死んでしまっているのでは?


「……っ」


 エリーはそんな気持ちを振り払う。迷った時、エリーが今相談できる相手は1人しかいない。

 その存在にへと、エリーは問う。


「……魔女さんっ、……魔女さんっ」


 力なく、かすれたもので魔女にへと必死に呼びかける。この状況を覆す術を、もしかしたら魔女が知っているかもしれないからだ。

 訴えは届き、魔女の意識を呼び起こす。


『……そんなに必死になって、いったいどうしたのかしら?』


 間の抜けた反応。まだ状況を理解していないのか、エリーはありのまま、今の現状を伝えるしかない。


「魔女さん……っ。

 リキさんが……、ルゥさんが……っ」


 エリーの見ている光景は、すぐに魔女にも映る。

 想像もしていなかった光景でしかない。多くの接触があったわけではないが、そこには魔女自身が選んだ者たちが死の寸前まで追いやられていた。

 激高してもおかしくない状況。だが、魔女は冷静にエリーにへと向き直る。


『……エリー。貴方はこの状況で、どうして私を呼んだのかしら?』


「……っ、教えて……ください」


『…………何を?』


 今の魔女の声に、いつもの余裕のあるものはなかった。

 それでも回りくどい問はエリーの焦燥を掻き立てる。


「魔法を……っ、2人を助ける魔法を教えてくださいっ。

 私のせいで……。2人はなにも悪くないんです。

 早くしないと、本当に死んでしまう……。そんなの、私は嫌なんですっ」


『貴方の言いたい事はわかったわ。……でもね』


「早くッ。……お願い、しますっ。

 傷を治す魔法を……教えてください」


 焦るエリー。しかし、魔女は驚くほど冷静に、その訴えにへと目を逸らしてしまう。

 

『…………ねぇ、エリー。この世界には法則というものがあるの。 

 簡単に言えば、ルールね。それと同じように、魔法にもルールは存在するの』


「……?」


『貴方が求めているのは、そのルールにそぐわないもの。それを世界では奇跡ともとらえれる。

 他者の傷を癒す魔法と言うのは、……現実的に不可能なの』


 その言葉に、エリーは愕然として言葉を失い、今にも消えそうな命を見る。


『クロトたちのような不死というのは、そういった魔法とは別のものなの。

 アレは時間を戻す復元に近いものだから。そして、与えられたクロトたちにあるものなの。

 2人には……残念だけどそれはないし、時の管理人も、魂の管理人もそれを許す事はない。

 ……私ですら、そんな魔法は知らない。ダンタリオンですら知らない。


 可哀想だけど……、どうしようもない事はあるのよ』


 魔女は、その時言った。遠まわしにでも、「諦めて」と。

 どうしようもない。どうにもならない。命はいつか消えるもので、早いか遅いかで、今がその時で、仕方のない事。

 

 ――そんな事が、あっていいわけない。


「…………違う」


 エリーは杖を強く握りしめ、頭上に浮遊する七つの白星を見上げる。

 

『……何をする気なの?』


「魔女さんも、誰も知らないなら、私は自分の星に聞きます……っ。

 本当に私の想いを聞いてくれるなら、きっと……【厄星】とは違う、本当に救えるものがあるはずです」


 少女は祈る。

 救いたい一心で。また2人の時間を取り戻すために。繋いだ関りを失わないために。

 それがどれだけ世界の法則に抗うものだとしても、エリーは自身の【願い】を捨てきる事はできなかった。

 

 ――お願いします。

 ――私は、リキさんもルゥさんも助けたい。

 ――私のために、協力してくださった2人を。助ける力をっ。


 これまで、白星たちはエリーの欲する力を魔女の助言と共に得てきた。

 だが、今回ばかりは星に動きが感じられない。

 更に祈りを続けた。


 ――お願い。応えてっ。

 ――私のせいで2人が死ぬなんて、そんなの絶対に嫌なんです。


 されど、星は微動だにしない。

 

『……エリー、無理よ。

 貴方は確かに膨大な魔力の持ち主だけど、こればかりは覆らない。

 私ですら治癒の魔法を使う者なんて知らないもの。

 薬などとは、これは根本が違うのだから。

 ……リキも、ルゥテシアも…………もう』


 諦めの声が聞こえてくる。しかし、エリーはそれを否定する。


「――リキさんも、ルゥさんも、まだ死んでなんかいません!!」


 必死に、エリーは溢れてしまいそうな涙を拭う。


「聞こえるんです。

 リリンさんと、サイクロプスさんが、必死に2人を助けようとしているのが。

 私がここで諦めたら、皆悲しむ。そんなの、私は絶対に嫌なんです。

 これがいけない事でも、2人の死を認めたら、私はきっと後悔する。また【厄星】に頼ってしまうかもしれない。

 それも嫌なんです。


 世界の決まりとか、無理なことだとしても、私にできるなら、私はそれを変えたい。

 傷ついても、また誰かに死を望まれても、私はそれでも2人を助けたい。


 【願い】だけで足りないなら、私にできる事をします。

 2人を救えるなら、私はどうなったっていい!

 2人の分まで傷ついたって、構わない!

 

 だから、――私の想いに、応えて!!」


 少女の祈りは強くあった。救いたい一心と覚悟。迷いもなにもない。慈愛の意志が叫びとなって星に向けられる。

 


 その時、微動だにしなかった星が動き出す。

 一つの白星が降り、掲げられた杖にへと溶け込む。


『――ッ!? ……まさかっ』


 星は少女に告げる。その力の名を。

 教わった名を少女は躊躇いなく唱え、杖を振るう。



「――滴れ! 【癒星(ゆぼし)】!!」



 エリーの想いに応えた星。それは障壁の頭上にへと星を生み出す。白く、眩く輝く星からは光の雫が滴り落ち、リキとルゥテシアを中心に波紋を広げる。波紋はまるで星空を映すかの如く、幻想的な空間を生み出し夜闇に輝きをもたらす。

 それだけに留まらず、変かも生じていた。

 リキとルゥテシア。2人の傷口が徐々に塞がる様子が見受けられる。


『……そんな……、私ですら使えない魔法。

 こんなことまで実現させてしまうなんて……』


 エリーは、自ら世界の法則に反した。それは断りを覆す【厄星】とは違う。少女の何気ない、救いたいという優しさから産まれた星の魔法。そのかいもあってか、徐々に2人の血色すらも戻りつつある。

 だが、突如エリーの表情は苦悶とし、杖を握る手を震わせた。

 

「……ッ!? あっ、ああああああ!!」


 エリーが途端に叫び出す。

 膝を折り、倒れそうになるも、杖を頼りに踏みとどまる。が、エリーは尚も歯を食いしばり、何かに堪える様子があった。

 思いもよらない、少女が経験した事もない激痛が全身を襲う。呼吸の間も曖昧になるほど。思考すら定まらない感覚に、気を許せば意識を落とす。傷があるわけではない。まるで2人の痛みを体験させられているかの様でいた。

 急激に熱を帯びたかと思えば、血の気が引き、酷い寒気が襲い掛かってくる。

 

『やめなさいっ。人の痛覚を疑似でも体験するなんて、貴方の意識がもたないっ。

 精神が崩壊してしまうわよ!』


 魔女は止める様に言う。

 だが、それをしてしまえば……。

 エリーは首を横に振る。


「だ……めぇ……っ。

 どうして……っ、やめなきゃいけないん、ですか……っ」


『どうしてって……』


「皆、頑張ってるのに……っ。

 どうして、私が諦めなきゃ……いけないんですか!?」


『無茶よっ。この星の力は、あくまで貴方本来の魔力の代わりとして使っているの。

 こんな掟破りまでして。今の貴方の魔力は制限されている。それを無理矢理扱えば……っ』


 その時だった。精神の奥底。魔女の居座る深い闇で、また何かがひび割れた音がしたのは。

 音と共にそれは亀裂を少しずつ広げ、魔女を焦らせる。


『……そりゃあ、無理に引き出せばこうなるわね。

 本当に面倒な子ね……っ。せめて愛しい子の【願い】くらいまってあげられないのかしら!』


「あと……少しなんです……。

 魔女さん……ごめんなさい。でも、あと少し……間に合って……っ」


 

「――それはさすがにできない相談かと?」



 この場にはエリーたち以外にもいた。この惨状を作った張本人――カルトが。


「色々驚きで貴重な場面なので、堪能したい気持ちはやまやまなのですが。

 さすがに2人をこのまま治療されてしまっても、私は見逃したくないと言いますか。

 標的は最後まで仕留めるのが私の性分ですので。残すのも良くないじゃないですか。

 そんな状態ならお嬢さんのその壁、そこまで強度もないかと……。

 その気になれば、お嬢さん諸共片付けて差し上げますとも。

 

 あれですよね。

 ルールは破るためにあるって♪」


 カルトの右腕。包帯の隙間から幾多もの鱗が刃と化しす。

 今のエリーは【守星】と【癒星】を同時に発動させている。どちらかに力を注ぐなら、エリーは一番に【癒星】の維持に専念するしかない。同時に、それは【守星】に対しておろそかになる。

 何度もカルトの攻撃を防いでいたが、今の状態では防ぎきれる事は不可能に近い。

 

「できればもっとお嬢さんとはあれやこれやと語り合いたいのですが。

 まっ、諦めも肝心ですので。あの世でどうかそちらの御2人と一緒に恨んでくださ~い」


 天にへと向く右手。それは幾多もの鱗の刃を束ね、巨大な剣にへと変化する。

 振り下ろされれば一環の終わり。天に届くほどの刃の塊を、エリーは霞む視界で眺めるだけでしかない。

 刃がわずかに傾き、次に急速に落ちる様。


 だが、それが地に衝突する事はなかった。


 カルトの束ねた刃は、突如虚空で半分ほどが消失してしまっていた。

 まるで何かに掻き消されたかの状況に、カルトは不思議と首を傾ける。


「……おや? おやおやおや??」


 続けて、カルトの身が突然拘束される。動きを封じているのは、鎖と、それに連なる刃。

 

「…………あー、これって言い訳とか聞いていただけるのですかね~?

 ――ヘイオスくん」


 カルトの背後。そこにはヘイオスがクロトよりも先にいた。

 魔剣の刃と鎖がカルトを巻き付け、力を加えればカルトから血肉の軋む音が鳴る。


「言い訳を私が許すと思うか? カルト」


「では言い訳なしでいきます♪

 も~、やめてくださいよヘイオスくん。

 空間操作で切断という、配慮のない無慈悲なもので私の得物の大半を消すなんて。

 いくらでも復活できますけど、私は楽しみを邪魔されたことで不機嫌ですぅ。

 私はヘイオスくんのためにそちらの魔装具所有者である御2人仕留める最中です。

 そこんとこ、ヘイオスくんから何か言う事はありますか?」


「――知るかッ!!!」


 ヘイオスは剣を振るい、カルトを岩場にへと薙ぎ払い、激しく打ち付ける。

 だが、それでどうこうなるカルトではない。

 すぐにヘイオスのもとにへと駆け寄り、一気に質問攻めだ。


「嫌ですね~、ヘイオスくん。ひょっとして怒ってますー?

 確かに私はヘイオスくんに捕獲を命じられましたが、時と場合によってはこういう事も予想できたはず。

 それくらい私はヘイオスくんとは長い時間を過ごしているつもりですよぉ? 

 まさか私の事を便利な頼れる身内とでも思ってましたか?

 心外ですね~。私そこまで良い子ちゃんではありませんよ~?

 私は自分に忠実な生き物ですので、勘違いだけは止めてほしいですね~。

 そこはヘイオスくんの選択ミスかと思いますよ。

 私が悪い以前の問題です。

 ご理解いただけましたか? まだまだ理解力の足りてないヘイオスくん」


「いったいどれだけ私を馬鹿にするつもりだカルト?

 命令無視も当たり前。私はそれでもお前ならと思っていたのだがな……」


「信頼は過度にとるものではありませんよ~?

 ヘイオスくんのお願いを私は誠心誠意聞いてあげますとも。

 でも私情が勝つのは仕方ないことです」


「それで許せとでも言うのか?」


「許す許さないは求めませんよ。

 私、自分が百悪くても、その責任を相手に押し付けるタイプなので。

 

 それとも……、許さなければ此処で私をまた冥府にでも送りますか?


 ウロボロスである私はこの肉体に繋ぎ止められているので、魂がはがされても問題なく帰還できますので。

 気が済むならそれでもよろしいですが、ただで送られる私でないというのも、わかってますよね?

 私だって全力で抵抗させていただきますとも」


「……っ。誰が貴様の欲求のための挑発にのるかっ」


 ヘイオスはカルトをその場に置き、窮地にある方にへと駆け寄る。

 重症であったリキとルゥテシア。2人の傷は大方塞がるも未だ意識はなく。だが、微かな呼吸は見てとれるところまで回復している。

 問題はその治癒を維持し続け、意識を朦朧とするエリーだ。もはや痛みという痛覚そのものが麻痺してしまい、息苦しさだけが残りまともな呼吸がとれていない。

 

「……これは、魔法?」


『以前の時とは違いますね。それも治癒の魔法でしょうか。

 また魂の管理人端くれとしてはおすすめできない所業を……』


「2人は?」


『ご安心を。魂ははがれかけてましたが、今はしっかり繋ぎ止められております。 

 無事ではありますが、こちらのお嬢さんの容態は非常に危険かと……。

 魂がとても不安定です……』


 理に抗い続けたエリーは既に限界に近い。

 ぼやける視界には、不安を抱えるヘイオスの表情が映る。


「…………っ、ヘイオス…………さん……?」


「無事……とは言いづらいな。

 すまない。ここまで最悪な事態になるとは……」


 本来なら、ヘイオスの中では遺産を所有する者たちの間で終わらせるつもりでいた。だが、どうしてもそこには魔女の娘であるエリーの存在がある。だからこそ、ヘイオスはカルトに契約者以外を除外するよう強く言いつけていた。

 だが、結果はこの有様だ。


「……リキさんと……ルゥさん……は?」


 もはや自分の目で容態を確認する事すら困難。エリーは近くにいたヘイオスの状態を確認を求めた。

 

「……無事だ」


「………………」


 エリーが結果を理解するのは、少し時間をかけた。

 しかし、幸いな結果に少女はわずかに微笑みかすれた声で呟く。「よかった」と。

 安堵がどっと押し寄せ、エリーの意識はそこで途絶える。【守星】も【癒星】も、すっと空気に溶けて消え、エリーはその場に崩れようとした。

 ヘイオスは焦るも、彼女に触れる事を一瞬躊躇う。脳裏によぎるのは、以前敵意を向けた魔女の姿だ。だが、いざ受け止めてみれば、初めて触れた驚異の少女にそのようなものはない。ただヘイオスが恐れて警戒していただけでしかない。少女の魔法は、破壊もあれば、人を救う奇跡もあるのだから。

 思わず、ヘイオスは眠るエリーに「悪かった」と謝る。

 

「ところでヘイオスくん。

 そちらのお嬢さんの事を私はなにも聞かされておりませんが、ヘイオスくんともお知り合いのご様子。

 となれば、魔女様のお知り合いとも思うのですが、どうなんです?」


「……娘だ。

 …………魔女様の」


「…………あー、なるほど。

 できればそれは最初に言っておいてくださいよヘイオスくん。

 私がこういう人材が好きなのは知ってるでしょうに。本気で殺すところでした。

 嫌ですよ~、魔女様にだけはあの世から恨み言言われるの……」


「お前はなぁッ!」


 ヘイオスの怒りも限界だった。その怒りをぶつけようとすれば、突如覆う様に影が落ちる。訳もわからずヘイオスは黙り込み、直後銃声が聞こえた気もした。

 影は幾多もの刃が密集した壁。それはカルトによって生み出されたものだ。


「危なかったですねぇ、ヘイオスくん。

 お礼はあとでいっぱい良い子良い子させてください♪」


「誰がさせるか馬鹿者が!!」


 刃がカルトのもとにへと瞬時に戻る。壁の奥ではヘイオスたちに向けられた銃口が目に入る。

 遅れて魔銃使い――クロトがその場にはいた。




「おい、眼鏡野郎。

 説明色々してもおうか、このクソが!!」

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