「無限の怪物」
ほんの数秒の出来事だ。
危機迫るルゥテシア。諦めつつも懇願を頭の中で訴え続け……。しかし、それでカルトが気を変えるわけもなく、容赦なく降ろされそうになっていた右腕。
刹那。カルトの視界が、ふと横にへとズレる。
何かしらが迫る気配。振り向いた先でカルトは夜闇に紛れ襲い掛かる存在を目にする。
小柄ながらも鬼を模した角飾り。躊躇いもなく、鋭い蹴りがカルトに向けて振り払われた。
ルゥテシアを襲おうとしたカルトの右腕は、すぐさま蹴りを防ごうと間に割って入り……。
直撃した途端、カルトは一気に身を吹っ飛ばされた。
だが、どうにか危機を免れたものの、安堵だけで終わるものではなかった。
「いや~、ビックリしちゃいましたよぉ。
楽しんでしまうとわかっていても周りがおろそかになってしまうものですね」
吹っ飛んだカルト。リキとルゥテシアから距離は開いたものの、その感覚はあまりにも予想外なものでしかなかった。
カルトの姿は、リキが思っているよりも近くにあったからだ。
リキは、手を抜いた覚えはなかった。どれだけ善良な人間であろうと、ルゥテシアに危害を加えようとした存在など、どうしても許す事などできず。その感情任せに、力のままに振るった。それは普通の人間なら死に至るものだ。それだけリキの力は強い。
岩石を見えないほど飛ばす事ができるリキ。その力で吹きとばされた人の身なら、今頃視界の範囲外にあることだろう。
にもかかわらず、カルトはまだ近くにいた。視界に留まるほど。そして、直撃したというのに、何事もなかったかのように薄ら笑いを浮かべている。まともに受けた右腕も、平然と動かせている様子。
リキは自身が力を無意識に抜いたかと勘違いしてしまいそうになる。しかし、そんな感覚は特になく。その代わりに得たのは別の違和感の方だ。
足がカルトの右腕に直撃した瞬間。轟音に紛れ、僅かだが、何かしらの金属音が聞こえたということ。
「……異様な気配の正体は、そちらの様ですね。
不躾ですが、…………本当に人間ですか?」
失礼半分で、リキはカルトに問う。
対して、カルトは笑ってみせた。
「人間か…………ですか? ハッキリ言って、それは本当に失礼な質問ですね♪
答えは至って簡単です。
私は――人間など面白みもない生き物など当の昔に捨てさせていただきました。
そもそも、普通の人間にいったい何が求められるでしょうか?
一般的な思考。一般的な力量。平凡という怠惰を生きる生き物ほど、平穏に飼い慣らされた家畜同然。
私はそういう存在になど死んでもなりたくありませんからね。
更に言いますと、そういう人材はつまらないだけで、すごく毛嫌いしています。
なので、そちらの様な面白そうな人材はとても大歓迎なのです!」
一時は空虚な目をしていたカルトが、次にリキに向き直れば瞳をキラキラと輝かせる。
その存在を受け入れる様に、腕を広げてカルトは続けた。
「見た所、ヘイオスくんの言っていた異国の方でしょうか?
本当に面白そうな方ですね~。よろしければお友達になりませんか?
そちらのお嬢さんには断られてしまいまして……。
何故か私はよく他の人から嫌われる傾向があるのですよね。何故なのでしょうヵ?
誰しも短所はありますので、これって仕方のないモノなのでしょうかねぇ?」
「ふざけんなぁ!! そんな和やかな話してないし!
というか、普通に煽ってきたのそっちだったじゃん!!」
「ルゥ殿とは同意見ですね。……自分はそちらと友好にはなれないと判断しています」
「これまたキッパリ断られてしまいましたね~♪
ちなみに、何処がいけませんでしたか~?」
「そうですね……。まずは人の精神を逆撫でする言動、でしょうか?」
「……え。話に乗る必要ないよリキくん……」
「それと、明らかにルゥ殿は無抵抗の状態でした。それ以上の危害など看過できません。
最後に、そちらはずっとこちらに異様なものを漂わせていますよね。
……言動とは不似合いな殺意……でしょうか?」
「…………あはっ。
なるほど、な~~るほどぉ。なかなか相手を観ておられますねぇ。
てっきりその面は視覚情報を毛嫌いしているものかと思ってましたが、どうやらそういうものではないようですね。
普通の目よりも鋭い感覚をお持ちの様で、とても興味が湧いてしまいます。
リキくん、でしたね。一応確認ですが、魔女様の関係者で悪魔契約者と、間違いありませんよね?」
「そうですが、何故です?」
「実はですね~。私、ヘイオスくんから色々言われてまして~。誰彼構わずお相手できるわけではないのですよ。
対象はあくまで契約者の皆さん。それ以外は怒られてしまいますのでね」
「それはとても不思議な話ですね。
自分はヘイオス殿よりも、そちらの方が恐ろしく感じますが?」
「あははははっ。面白いことをおっしゃいますねぇ。
……本当によく観ていらっしゃるようでなによりです。
ならば、私が今から御二人をこのまま見逃さないということも、よ~くおわかりですよねぇ!」
異常なまでの重圧が大気を揺るがす。
リキも納得のいく圧力。この重圧が周囲の生き物を追い払ってしまった原因だ。その中心に立ち、リキですら足が地に引き寄せられる。身構えるリキは動きを鈍らせる足など気にも留めず、ゆっくり深呼吸をして臆してしまいそうな気持を鎮める。
「リキくん、アイツ右腕になんか武器隠してる!
……たぶん、刃物の類だと思うから気を付けて」
「さすがのお嬢さんでもそれくらいがご理解いただけましたか。
点数は加点しておいてあげますね♪」
「うっさい! リキくんは強いんだから!」
「確かに先ほどの一撃はそれなりの力がありましたからねぇ。
思わず人ではなく巨大な魔物にでもぶつかったかと思いましたよ」
「そのわりには不思議と腕も折れていない様子ですね」
「まあ、申し訳ないのですがそうなのですよね~。
そういうリキくんは武器は何も無しですか?」
「ご心配なく。自分はこの身で御相手しますので」
「では忠告として、近づきすぎには気を付けてくださいねぇ?
呆気なく終わってはつまらないので!」
それは開戦の合図だった。
カルトは右腕を大きく振るう。すると何かが夜闇で煌めく。鋭く光ったそれはリキにへと向けられたもの。急速に迫る凶器。リキはとっさに飛んできたそれを拳で薙ぎ払う。
虚空で弾かれたのはカルトが有していると思われる武器の姿。それをルゥテシアはようやく視界に収める事ができた。
予想通り、それは鋭利な刃だ。だが、ただの刃ではない。
蒼玉の様に。宝石を思わせる様な蒼く煌めく、薄い刃。
地に突き刺さるよりも前に、それは無力となった途端形を失い、大気にへと溶けて消える。
「な……、なによ今の……っ」
カルトがこれまで物を斬ってきた武器。その正体は確かに刃であるが、消えてなくなるなど、理解が追いつかない。
「まだまだ行きますよ~♪」
更にカルトは大きく振りかぶり、半円を描く様に身を捻らせて右腕を振るう。
今度は五枚。同じ刃が放たれる。複数に増えようと、リキは的確に落とすべきものとそうでないものを判断。ルゥテシアを守りつつ刃の攻撃をその身一つで退け、流れる様に地に落ちていたギターの破片を拾い上げ、それを今度はカルトにへと豪速球で投げ飛ばす。
大気を突き抜ける勢いで飛ばされた破片。しかし、カルトの前でそれは更に細切れにへとなって崩れた。
「……どうやらまだ刃を隠しているようですね」
「在庫切れというものは期待しない方がよろしいですよ~♪
幾らでも準備できますので」
カルトの両手には何枚も刃がある。いったいどれだけの刃を隠し持っているのか。考える余地もなくそれらは一気に解き放たれる。
数なぞ数え切れないほど。それは区切りを置く事なく、断続的に飛びリキを追い詰める。この場合はその場から離れるのが得策だろうが、リキの後ろにはルゥテシアが控えている。離れる事も下がる事もできず、リキは刃を落とし続けるも手に負えずかすり傷を増やしてゆく。
「頑張りますね~。
ですが、更に増えると言ったら、――どうなさいますぅ?」
言葉の通りだ。まだまだ余力のあるカルトは更に飛ぶ刃と刃の感覚を埋めてゆく。人の身一つで防ぎきれる量ではなく、ついにはリキも次の手段にへと動いた。岩の如く硬い地面を力で抉り、翻して壁を作り出した。急ごしらえの壁。突破されるよりも先にその場から離れようと考えた。
だが、刃の強度はリキの考えを優に超えていた。
突き刺さる刃は数秒足らずで壁を破壊。壁の奥にあったのは、隙間なく埋め尽くされた刃の群れ。押し寄せるそれらに、リキはルゥテシアだけでも逃そうとした。
その時だ。
「――払え! 【守星】!!」
硬い壁すら突破する刃の群れ。迫る中、間に割ってはいった壁により全てが弾き飛ばされ脆く崩れ去って行く。
「……おや?」
目を丸くするカルトは思わず手を止めてしまう。リキたちの前にあった岩壁。それとは別の半透明な障壁が2人を包み込んでいた。
「な……なに? これ?」
「これは……確か……っ」
リキは覚えのある事に、遅れて近くに別の存在がいる事に気付く。
2人の窮地を救ったのは1人の少女。月明りに煌めく金髪は夜風になびき、少女の手には身の丈ほどの杖が握られていた。少女の頭上には七つの白い球体が浮遊に、円を描く様に配置されたそれらはまるで少女を天使と彷彿させる。
星の少女――エリーがそこにはいた。
「エリー殿っ、何故こちらに!?」
「嘘!? エリちゃん!?」
この場にエリーがいる事に、リキもルゥテシアも驚きでしかない。
置いていかれたはずのエリーは、自分の脚で追ってきてしまったのだ。
「……ご、ごめんなさいリキさん。
でも、なんだか嫌な予感がして……。不安になってきてしまいました!」
リキとしては少しでも安全な場所にエリーを置いてきたつもりだった。だが、エリーも不安からじっとしていられず。結果この場に居合わせてしまった。
予感は的中。危うい局面でどうにかエリーも2人を救うことができ、安堵のため息がでてしまう。
「……よかったぁ。ちゃんとできて。
でも、まだ安心はできませんよね!」
エリーは杖を今度はカルトにへと向けた。
「これ以上リキさんやルゥさんを傷つけないでくださいっ。でないと、私も……その、容赦できません!」
脅しのつもりなのだろうが、エリーは声をはって言い切る。強くもなく、迫力も皆無。だがエリーは言えたと、どこか意気込んでいた。
普段のエリーからは出てこない言葉だ。本人もそれなりに言葉選びに苦悩したのだろう。
言われた側のカルトは、相変わらずキョトンとして首を傾けてしまっている。
「エ、エリちゃん! そいつ危ない奴だから気を付けて!!
というか、どっかに隠れてて!!」
「えっ、ええ!? あ、危ない人……だとはなんとなくわかります!
でも、危ない目にあってる皆さんを放ってはおけません!」
「あ~~っ、もう良い子の塊だエリちゃんっ」
できれば姿を出さず隠れていてほしいと願うのだがエリーは譲らず。少しでもカルトの目をエリーから逸らそうともするが、カルトの視線はずっとエリーに釘付けだ。
と、思えたが……。ずっと顔を向き合い続ける内、エリーも思わずカルトに首を傾けた。
そして、
「あーーっ♪」
「あーーー!!」
まじまじと向き合った結果。カルトとエリーは一緒になって声をあげる。
カルトはとても感激そうに瞳を輝かせ、エリーは驚いた様子で顔色を青くさせる。
全く異なる反応を見せる2人。その間になにがあったのか。そう蚊帳の外かの2人は思ってしまった。
「お嬢さん、お久しぶりではないですかぁ!」
「え、えっと。確か貴方はぁ~……っ、結構前に山で会った人…………ですよね!」
2人の中では過去に会った光景が蘇る。
まだエリーがクロトと会ってそこまで日数が経ってない頃だ。別行動をとったクロトを待つためとある山の麓で待つエリーは、このカルトと遭遇していた。
エリーとしてはその時のことを恐怖の一角として覚えている。一度だけの遭遇。しかし、とても印象的であったことは間違いない。やけに饒舌と詰め寄られた経験すらある。しばらく会わない間で薄れかけていたが、再会で掘り起こされた気分でしかない。
「エリちゃん……、そいつと知り合いなの……?」
不安と疑心にまみれた目でルゥテシアは問う。
「知り合い……と言いますか……。一度だけ会ったことがあるだけですっ」
「その節は仲良くお話しましたよね~♪
お嬢さんの戸惑いどう反応していいかわからず流されてしまう様はとても可愛らしくありましたよ」
「とにかく! 怖い人だとは覚えています!!」
「私は愛おしいと覚えております!」
お互いなにも心が通じ合っていないという事がよくわかる。
「ですが、しばらく見ない間にお嬢さんも様変わりされてしまいましたね。
先ほどの障壁……精霊魔導ではないですね。となると、魔法……。つまりは魔女……ということでしょうか?」
状況判断として、そう断定されてもおかしくはない。エリーは戸惑いつつもそれに頷いを返す。
「そうなり、ます。できれば私も人を傷つけたくないので、これ以上は止めていただけると助かります」
「うーーーん。さてさて、どうしたものでしょうか?
お嬢さんが魔女として、そちらの御二人に加担されている。念のためですが、お嬢さんは悪魔契約者ですか?」
「…………い、いいえ」
「……………………そーーーですかぁ」
カルトは途端に重たいため息を吐き捨てる。
「困りました! すごく困りました!」
「な、なにがですか……?」
「私、何度も言うのですがヘイオスくんに言いつけられておりまして……。
悪魔契約者以外を相手にしないように言われているのですよぉ。悲しいことに。
そちらの御二人だけならまだよかったです。ですが、お嬢さんは対象外。
此処でお嬢さんにまでも手を出してしまえば……、私、ヘイオスくんにこっぴどく怒られてしまうのですよ。
あんなまだまだ可愛い子でも、怒ると怖いんですよ? 私はヘイオスくんに嫌われたくありませーん。
彼の余生が尽きるまで嫌われたくないと努力しているのですよ~」
なんとも心にもないことを饒舌に語るものだ。
涙を拭う仕草もしているが、リキとルゥテシアからすれば、その言葉の羅列がどれだけ空虚なものか。
既にカルトはヘイオスの言いつけに背いているとも思える行動をとっている。今更言い訳もできないというのに。
しかし、そんなカルトの空虚な苦悩を真っ向から受け止めてしまうのがエリーだ。
「そ、それは大変ですよね。
では、皆さんと仲直りしてちゃんとヘイオスさんともお話しましょう!」
あくまで穏便に事を済ませたいエリー。そして、とても甘い考えでしかない。
どうしようかと悩む様子のカルトだが、すぐに人差し指を立てて提案。
「――ですので! ルールにそぐわず、私はそちらの御二人を狩らせていただこうと思いまーっす♪
要は私がお嬢さんに直接手を出さなければ良いのですよ。まったく問題ありません。
その程度などなんの障害にもなりませんので、良いアイデアだと思います。ええ、本当に。
私って配慮上手なんですよね。――自称ですけど♪」
そう。カルトに話が通じるはずなどなかった。リキもルゥテシアも、そして遅れてエリーもそれを痛感する。
どれだけの言葉を並べたとしても、結局は彼の話で押し通されるのだから。
「折角です。御客さんも増えた事なのでしっかり名乗っておくのも悪くないですね。冥途の土産というものです」
その時、3人は言葉を失う光景を目の当たりにする。
何処からか聞こえる、刃物の擦れる音。それは夜の空間でよく響きながら、姿を現してゆく。
カルトの包帯にまみれた右腕。包帯のいたる隙間から、これまで放たれてきた刃がぞろぞろと伸び出ては、興奮しているかのように互いの刃をうごめかせ擦りあわせている。生きているかの刃の群れは、不気味な音色を奏でながら月明りに照らされていた。
その異様な姿のまま、カルトは紳士的にと静かに身を前にへと傾け名乗り直す。
「お初の方もそうでない方もどうも。
魔女様を敬愛する魔女様の従者が1人――カルトと申します。
どうぞ私の事は人間などという下らない者で扱わず、【怪物】として……。
そう、昔魔女様に付けていただいた――【∞の怪物】とでも言っておきましょうか。その様に扱ってください。
そしてどうか……。
――どうか私を楽しませてください。魔女様に選ばれたみなさん」
『やくまがⅡ 次回予告』
ヘイオス
「…………リキ。何故魔銃使いについたんだ」
クロト
「人望じゃねーの?」
ヘイオス
「ガハッ!(吐血)。
じ……人望…………だと!?」
クロト
「いやそうだろ。
残念だったな~(笑」
ヘイオス
「お前にだけは言われたくないセリフ№1な気がするのは私の気のせいか!?
いや絶対そうだろ!」
クロト
「ギャーギャー騒ぐなよ眼鏡。いつからそんな騒ぐようになったんだよ」
ヘイオス
「お前のせいだろうがっ」
クロト
「他責思考もいい加減にしろよ。事実言っただけで図星なくせして。
そんなんだから見放されるんじゃねーか?」
ヘイオス
「本当にお前に言われたくない言葉をべらべらと……っ。
……おかしい。ルゥテシアはともかく、リキはまだマシなはずだったというのに。
よりにもよって魔銃使いだと。なんの悪夢だ!
こんな恩人にも牙をむいて反旗を翻すような奴だぞ!
話によれば人として底辺な輩じゃないか。何処に良心を傾ける余地があるんだ!?」
クロト
「だから人望じゃねーの?」
ヘイオス
「お前に人望ほど似合わない言葉もないと思うがな!」
クロト
「こっちだって聞きてーくらいなんか親しまれてんだよなぁー。
……当初の頃もさほど良くしてやった記憶が全くないんだがな。
何処に恩義があるのかもわからん」
ヘイオス
「お前がわからなくてどーする!?
変なことを吹き込んで騙しているわけじゃないだろうな!?」
クロト
「眼鏡。俺の事をいったい何だと思っているんだ?」
ヘイオス
「逆族だろ!」
クロト
「ストレートに言うなぁ……。でもしっくりくるから否定できない」
ヘイオス
「次回。【厄災の姫と魔銃使いⅡ】第三部 五章「最悪の怪物」。
……つまりあれか。リキの考えが普通じゃないってことか」
クロト
「俺から見てもそうだぞ。そういうところは理解に苦しんでいる」
ヘイオス
「私もお前も理解に苦しむところなのだがなっ」




