「狂人者」
【歌唱結界】を展開したルゥテシアは、その過激さをさらけ出す。
歌と音楽により虚空から出現したもの。音記号を模した刃は殺意の塊であり、それらは容赦なくカルトを襲う。
片足をずらし、身を反らして一つをかわす。かわしたそれは深く地に突き刺さり、その鋭さを思い知るも、カルトは依然と恐怖心なども全くなく。次から次にへと追奏曲【カノン】はカルトを追い続ける。
カルトがその場から駆けだせば、刃はずらりと後方で並ぶように突き刺さり、一度でも足を緩めれば直撃は免れない。どこまで体力がもつか。ルゥテシアは長時間のライブも熟せるため、その分体力には自信があった。問題はカルトだ。
その様子を見ていて気付いた。余裕の笑みを浮かべるカルト。彼はロングマフラーを巻いているが、その先端にすら刃は届いていない。
それだけに留まらず、徐々に、確実に追っている攻撃との間隔が開いていっていた。
――攻撃が、追いつけてない……!?
追奏曲【カノン】は、標的の立ち位置を目印に攻撃を放つもの。止まる事は案山子になること。逃げれば追われる者となる。止まる事の許されない中、カルトは追いつかれることなく、逆に距離を離してゆく。
それはカルトの脚にまだ余力があり、全力ではないということ。
「あはは。鬼ごっこはよくやったものですね~。
私は追われるのも追うのも好きなのですが、追われている時で申し訳なることがありまして。
――だって、鬼の皆さんが遅いので、本当に申し訳なくなります」
皮肉か。煽りか。含みのある発言の後、カルトは前に出した足で地を強く踏みしめ――。
刹那。ルゥテシアはカルトの姿を見失う。カルトの後ろに並んでいた地に突き刺さる刃。まるで仕組まれた様にまとめられては位置されていたそれらは、一瞬の内に一刀両断されガラス細工が如く砕け散る。
「――斬られた!?」
対象を斬ったという情報から、カルトは何かしらの刃物の武器を有していると考えられる。だが、その形状がどうなのか、一瞬の出来事で見る事はできなかった。
カルトの姿は、いつの間にか、両断された群れの最後尾にいた。だが、武器と呼べるものは何も持っていない。
「強度は……、まあ、こんなものですか。一般的な武器とさほど変わらない程度ですね。
あくまで力の一環と言ったところでしょうか。
それにしても、この程度で手を止められてしまう様では、拍子抜けにもほどがありますよ。お嬢さん」
驚きのあまりか。ルゥテシアの音は途絶えてしまっていた。【カノン】も停止してしまい、指摘されれば嫌悪感が増し次の一手にへと出る。
「なめんじゃないわよ!」
力強く、ルゥテシアは地を蹴りつける。足元を上昇させ、ルゥテシアの周囲にはスピーカーが配置。熱烈なライトアップが彼女の舞台を強調される。ライブステージが展開されれば、マイクスタンドを手に取り声をはる。
「見惚れて撃ち抜かれてその透かした顔できなくしてやる!
行進曲――【マーチ】!!」
別の曲が始まる。音と共に、ルゥテシアの周囲には光の球体が無数に出現。それらは音楽と共に全方位にへと一気に放たれる。一点を狙い定める【カノン】とは違い、相手を近づけさせないための周囲攻撃による弾幕の嵐。それはルゥテシア選曲によって動きが大きく異なり、テンポが速ければ速いほどその過激さは増してゆく。
今のルゥテシアに加減というモノはなく。曲が止まらぬ限り続く弾幕による猛攻。
だが、それでもカルトの余裕が消える様子はない。
まるで人混みを避けるかのように、彼はわずかな隙間をくぐり、直撃すれすれの間に身を立たせている。
「いや~、色々できるのですねぇ♪
手数が結構多いご様子で、私としては問答無用で色々見せてほしいところなのですが……。
でもヘイオスくんが来ちゃうと、私としては面倒でしてねぇ。彼厳しい良い子ちゃんなので」
聞こえない。聞こえない。
ルゥテシアは自身の音に意識を全集中させカルトの声に耳を傾けないようにした。
会ってからずっとカルトの言動はルゥテシアの神経を逆撫でしてくるもの。聞いているだけ苛立つだけでしかない。
今必要なのは、リキが来るまでの時間稼ぎだ。武器もわからない。力量も計り知れない相手。悔しくも、今ルゥテシアはこの戦いに勝算が見いだせずにいた。
殺意を向けて気付く、本能が教えてくる。
――カルトとは戦ってはいけない、と。
理由や理解など、そんなものはいらない。ただ、徐々に追い詰められているという感覚に、ルゥテシアの中では逃げ出したいという恐怖が膨れあがっていく。本能の告げるものは正しくもある。だが、本能のまま逃げ出せば、背を向けて逃げ出せば、次に待っているのは……。
考えたくもない。最悪の結末だけが連想されてゆく。
だからこそ、ルゥテシアは逃げずに踏みとどまり、懸命に待つ事を選んだ。
必ずリキは、間に合って助けに来てくれることを信じて。
だが、それも長くは続かせてくれない。
「私って彼にはどーーーしても嫌われたくなくって~。
数年程度ですが、一応同居という仲ですし。
なので~、あんまり長くお嬢さんにお付き合いしている暇もないのですよね」
「……ッ」
ルゥテシアはマイクスタンドを蹴り飛ばし、唱える。
「幻想曲――【ファンタジア】!」
すると、弾幕は瞬時に風船にへと形状を変え、嵐は消え去りそれらはふわふわと周囲にへと散りばめられる。
少しでもいい。一矢報いたい。
ルゥテシアはすかさず拡声器を手に取り、叫ぶ。
「――ぶっとべぇえええええ――――――」
――…………
その時。【歌唱結界】で一閃が煌めく。
ルゥテシアの叫ぶ声諸共、全てをそれは凌駕。ルゥテシアの意志で爆発するはずだった風船たちは真っ二つに切り裂かれ、予期せぬタイミングで全てが一斉に爆発を起こした。
爆風に煽られ、ルゥテシアの身はステージから放り出される。
「キャッ!」
酷く尻もちをつく。痛む身を擦りつつ、すぐに立ち直ろうとする。
……が。わずかに動いた途端のことだ。手にしていたギターが、突如幾つもの切れ目にそって分解。バラバラに崩れてしまう。
また斬られた。斬られたという事実。自前の武器が破壊されこと。それはルゥテシアにとって力の大半が失われる事となる。自身の声と、自身の奏でる音があるからこそ、その力は大いに発揮されていた。その片割れを失った衝撃は彼女には大きく、頭を混乱させてしまう。
乱れた思考を急激に襲うのは、これまで堪えていた恐怖心だ。焦燥に思考がまとまらず。動けないルゥテシアの【歌唱結界】はいつの間にか解除されてしまっていた。
「もしもーーーし。大丈夫ですかお嬢さん?」
「――ッ!?」
声に顔を向け、間近で目があう。すっかり青ざめた表情からは、ただ恐怖に怯えるだけの弱者でしかない。
驚愕と目を見開いた。ルゥテシアとは違い、爆発の中にいたはずのカルト。その身は傷どころか、影響一つ受けた様子も見受けられない。相変わらず綺麗な顔で、気味の悪い、悪意を全く感じさせない笑みを浮かべている。
「な……っ、なんでアンタ……、あの中で平気でいんのよ!?」
「あ~、なんと言いますか~。その程度できなくて魔女様にお仕えするなど、愚の骨頂と言いますか~。
私ならこの程度当然でありまして、お嬢さん如きが私に傷を負わせるのも難しいわけでして。
ましてや今の私に勝つなど魔女様かヘイオスくんぐらいでして、それ以外は無敗なわけでして~。
お嬢さんを評価するなら、手数は多いにしても、あまり戦闘という経験は薄い、と言ったとこですね。
――残念。10点です♪
あまり自分の力を過信しすぎるのも良くないですよ。実力もさほど。
まあ、私に向ける殺意はいいものでしたよ。そこは加点してあげます。
ですがですが~、やはり残念ではありますねぇ。
魔女様の選びになった御方だというのに、ヘイオスくんとは違って大外れでしかありません。
ガッカリです。拍子抜けを通り越して、お嬢さんはその魔装具を持つにふさわしくないかと?」
最初っから。最初っからカルトにとって、この抵抗はただの力試しでしかなかった。その気になればいつだって決着をつける事が出来ていた。
武器も、力量も、全く把握できていないまま。ルゥテシアの敗北は痛いほど恐怖となって刻みつけられている。カルトがルゥテシアの力量の多くを把握していたとしても、ルゥテシアがカルトを知るなど1割にも満たない。それほど目の前にいる、人の姿をいた怪物が予想の届かない存在でしかなく、理解に苦しむ。
「なんなのよ、アンタ……っ。いったい、なんなのよ!?」
「簡単に言えば、皆さんに近しくも遠い存在ですよ♪
私も魔女様から力をいただいた、ただの欠陥品にして魔女様大好きな【怪物】です」
再度名乗る様に言うと、直後ルゥテシアの身が激しく地に吸い寄せられる。
「――カ、ハァ……ッ!?」
痛みが襲う事で、ようやく自分が地に倒されたと気付く。首、というよりはその上に被せられた魔装具のチョーカー。それをカルトの左手が掴み取り、地に押さえつけていた。
「な……っ、放せ……ッ!」
どうにか喋れることに、弱々しくも抵抗と声をあげる。
しかし、カルトにそれは届かぬものだ。
「さてさて。ガッカリなお嬢さんをこれからどういたしましょうか?
私って失望させられちゃうと白けちゃうタイプなのですよねぇ~。
赤点ギリギリですらないお嬢さんは、もう退場してもらった方が良いかと思いましてね。
そこで一つ。お嬢さんには役に立ってもらおうかと思います!
実はヘイオスくんには、こちらに向かっている数名を任せてきたのですが、さすがにそれではヘイオスくんの負担が多いかと。
それは可哀想なので、お嬢さんにはその何人かを呼んでいただこうと思います。
首をとっても良かったのですが、御自慢の声が出せないと大変でしょ? どうかその声を余すことなく使っていただこうかと。
どんな叫びでも構いません。悲痛や苦痛、泣き言も死への恐怖でもなんでも構いません。
こんな場所なんです。私でなくとも幾らでも予期せぬ事態というのはあります。なのでヘイオスくんも許してくれるでしょう。
例えお嬢さんが耐え切れず死ぬこととなっても、事故だと誤魔化せばよいかと。
できればヘイオスくんの言いつけ通りにしたかったのですが、あまりにもお嬢さんは残念すぎて……。
呪うなら、その程度だった御自身の弱さを恨んでください。
私、つまらない方は心底毛嫌いしておりますので♪」
視界で、カルトの包帯塗れの右腕が映りこんでくる。
何十にも巻かれたそれらの隙間で、何かがうごめいている様にも見え、チラチラと光る。
キシャ……。キシャ……。キシャ……。
まるで刃物の擦れ合う音。
幾度も切り裂いた存在。それが右腕にあるのだと、ルゥテシアの中で確信が持てた。
それがじわじわと、恐怖心を煽るが如く近づく状況に言葉どころか声すら失ってしまう。
「遺言などあればお構いなくどうぞ~♪
ちゃんと後の人にも伝えてあげますので。
……そう伝えた後どう思うか、どう行動するかとても気になってしまいますね~。
そういう方々はいつだって私を楽しませてくださいますので。
憎悪といったものは、人の力を引き出すとっておきの材料ですからねぇ」
どう足掻いても、反論しても無意味と悟った。
目の前の【怪物】は常人の思考をはるかに超えた存在でしかない。狂っている。まるで命のやり取りを娯楽か生甲斐か、自身が楽しむだけのものでしかないと思い込んでいる。それこそが当然なのだと押し付けてくる。その狂った思考は重圧となって重くのしかかり、抗う意識すらを押し潰してしまう。
頭の中では、ずっとリリンが声を上げてくれているというのに、まったく入ってこない。
『ルゥルゥ代わって! このままじゃルゥルゥ死んじゃう!
そんなのやだー!!』
リリンなら、もしかしたらこの状況をどうにかできるかもしれない。だが、そんな考えすら思い浮かばないほどルゥテシアは畏縮してしまっている。
「それではお嬢さん。期待しておりますよ~♪」
――リキくん……!
ルゥテシアは、ただ願う事しかできなかった。
こんな状況でも、リキはきっと誰よりも早く駆けつけて助けてくれると。
死への局面で、彼女はただ固く目を閉ざしてそれだけを願い続ける。
刃かなにか。それがいつ自身の身を裂くかと恐怖に怯えつつ、永遠とも思える恐怖の瞬間はとても長く感じられるものだ。
だが、次に感じたのは痛みというものではなかった。
自身に覆いかぶさる重圧が遠のき、不思議と身が軽くなる。恐怖心がわずかに緩和した時、ルゥテシアは恐る恐る目を開く。
視界にあの【怪物】はいない。代わりにいたのは…………
「……~~~っ」
ルゥテシアは言葉を失ったまま。どう言葉にすればいいかもわからず、その人物だけに意識が動く。
「お待たせいたしましたルゥ殿。
――大丈夫ですか?」
優しく名を呼び、そっと手を差し出してくれる存在。――リキだ。
リキを視界に収めて、ルゥテシアからは恐怖を塗りつぶすほどの安堵と、途端に先ほどまでの恐怖がぶり返す勢いで収まりがつかない。ついには両目に大粒の涙を浮かべた。
「――リキ、くーーーーん!!!!」
泣きじゃくりながらルゥテシアはリキにしがみつく。押し殺していたものが涙となって止めどなく溢れてしまう。
「怖かったぁっ。すっごく……怖かったよぉ!」
「申し訳ありません、ルゥ殿。遅くなってしまって。
……怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」
「いいのぉ! リキくんはちゃんと来てくれたから、いいのぉ!」
申し訳ないというリキ。しかり、ルゥテシアはそんなことはないと断言した。こうして助けてくれたリキに、いったいなんの文句があろうか。願っていた通り、彼は守ってくれたのだから。




