「焦燥の魂」
クロトたちがミヤビから離れアイルカーヌに向かう途中、ようやく通信のできる範囲で待たせているルゥテシアと連絡を取り合う。
『……そっかぁ。残念だったねクロちゃん。でもみんな無事こっちに戻ってこれるみたいで良かったぁ』
「そっちは余計なことなかっただろうな?」
『うん、平気ぃ~。それよりリキくんに会えなくてあたし寂しい~。ちょっとだけいい?』
とりあえずと、クロトはリキに代わることにした。
「ルゥ殿ですか? 自分です」
『わーーーい、リキくーーん! あたし寂しかったぁ~、帰ったら一緒にいっぱいお話しようね~』
「はい。ルゥ殿もお疲れ様でした。自分たちはなるべく早くそちらに戻る予定ですので、もうしばらくお待ちください」
『うん!』
……と。他愛ない話で盛り上がったのが、ルゥテシアにとって数時間前の出来事だった。
「……」
「久しぶり~、ルゥちん」
ルゥテシアの家ではある法則がある。表側の入り口から来るのは仕事関係の人物や配達などをしている業者。裏口を利用するのは関係を表に出せない人物や友人など。
今回裏口から訪問してきたのは、オリガとヘイオスだった。
最初は早めにリキたちが戻ってきたのだと思っていたのだが、現実は違うものだ。夢から覚まされ寝起きの悪い様かの如く。ルゥテシアのその時の表情は冷めに冷めきってしまっている。
けしてオリガやヘイオスが嫌いというわけではない。友人の範囲内で認めてはいる。オリガとも同じ境遇の仲のため、話で盛り上がる事もあるほどだ。何が悪かったかと言えば、それはもうタイミングでしかない。
そして、ルゥテシアはがっかりした様子で、そのまま静かに扉を閉めてしまった。
「ええ!? なんで閉めんのルゥちん!? なんか悪い事したかな!? 用事あるから開けてーーーー!!!!」
「……なんて言うか、ショック受けた」
「そんなショック受ける事あるー!? 久しぶりに会ったのに、さすがにそれはあたしも傷つく! あ!! それともヘイオスになんか問題あった!?」
問題がもしかしたら別にあるのではと、オリガはヘイオスを見る。
「何故こっちに問題をふる……。私はいたって普通だ」
「だってさルゥちん!」
「……やーだ。今はヘイちゃんたちに会いたい気分じゃない」
咄嗟に、またオリガがヘイオスにへと顔を向ける。その目は再度ヘイオスに問題があるのではという訴えが込められていた。
「だから私ではないからな? そんな覚えはないし、たちと言ってるという事はお前もだからな? 私だけを責めるような目をするな……」
「あ……そっか」
「頼むオリガ。私がそんなに信用できないのか?」
「まっさか~」
天真爛漫と、悪気はない様子の笑顔で返されても、向けられた疑念が晴れるわけもなく。
ヘイオスはため息と共に切り替え、扉がダメならと魔剣を振りかざし異空間の穴を開いた。オリガが頭を突っ込んでみれば、そこはルゥテシアのすぐ隣の壁だった。
「やっほー、ルゥちん!」
「キャァアアアアア!!」
「ごめーん。でも大事な用があるってヘイオスが言うからさ~、話だけでも聞いてくんない?」
「だからってそんな侵入方法とらないでよ!? ほんとヘイちゃんのその力最低ー!! 犯罪し放題じゃん!!」
「言いたい放題言ってくれるが、そんなやましいことに使った事はない」
「……実際、今乙女の家に踏み入ってるんですけど? 通報ものなんですけどー?」
「用があると言っているだろう? こちらの用など、何に関するかは明白のはずだぞ」
「む~……」
「お前だって外で悪魔の話はマズいのだろ?」
「……ぶー。わかったよ、仕方ないなぁ。でもリキくん今いないよ?」
「そうか。だが、そう長くは離れていないだろう」
リキが不在で帰る様子もない。ふと、ルゥテシアの視線がヘイオスたちから逸れる。
リキが戻ってくるという事は、一緒にクロトとエリーも戻ってくるという事だ。クロトたちがヘイオスたちを警戒しているのも、それを知りつつ協力しているルゥテシアたちにとって、この場に全員が揃うのは避けるべきだ。
ここは話しだけでも端的に済ませ、リキには後で伝えるという形で流すのがよさそうだが、ヘイオスたちはリキの帰還を待つつもりでもいる。
うまくこの状況をリキやクロトたちに知らせられれば良いが、その隙があるかもわからない。どうやってこの状況を伝えるべきか。それを考えつつ、ルゥテシアはヘイオスたちの話を聞く事とした。
「まず、現状の確認からだ。遺産である魔武器は全部で七つ。その内の六つが契約済みだったが、アイルカーヌに来て七つ全てが契約済みであることが確認された」
「ふーん、大変じゃん」
「他人事の様に言うな……。№5である魔銃は保留。回収予定の№6と7は現在動かずに同じ位置で待機している。それも面倒なところでな。アイルカーヌで最近できた街は知っているだろ?」
「あー、うん。なんかあったねそういうの。ライブ予約入れようとしてたけど、なーんか男性はダメな場所って」
「話が早い。相手は2人。オリガは魔鋏使い1人に酷く惨敗したようでな」
「そ、そんな酷く負けてないもん!!」
手短に済ませるため、3人は個室よりも裏口すぐの屋内で対話をしていた。オリガはひんやりとした床に寝そべり、醜態に対して口を挟む。負けず嫌いな一面があるため、ヘイオスはその詳細を省く事とした。ルゥテシアもいるため、同姓の話相手が必要とも考えていたのだろうが、こうやって口を挟んでしまう空気の読めない様もある。
「次からは私が強引に割り込んでも良いのだが、もう1人魔銃使いも加わっている。回収には困難が生じる。一般人を巻き込むことはしたくないため、そちらにも協力をしてほしいと考えている。さすがに4対2ではこちらの方が圧倒的だろう」
以前からもだが、ヘイオスたちはどうしても魔女の遺産である魔武器を集めたいらしい。できれば契約者もだろう。それがどういうことに繋がるか、一番よく知っているのはヘイオスたちのはずだ。そして、全ての魔武器に契約者がついてしまった。半数近くとはいえ、ヘイオスにも焦りが見える。
「なーんかさ~、うん。ヘイちゃんたちが魔女さんのために頑張ってるのはわかるよ? でもさぁ、そんなに必死になることなの? あたしたち集まったらなんかあるわけ?」
「詳細に関してはこちらも調査中だ」
「なにそれ……。最終的な目的定まってないじゃん。そんなんでいいわけ? そこがわかってからの方がいいんじゃないの?」
「……」
「……まあ、ルウちんの言う事も最もだけどさぁ。その情報源がとっても頼りないというか~、ちょっと問題あってさ。ヘイオスも断片的な情報から詳しい事を調べてんだよ。許してあげて」
「でも納得できなきゃちょっと……。それに、ヘイちゃんたちまだあたしやリキくんに隠し事してそうだし」
ルゥテシアは、あくまで同じ魔武器と悪魔契約者、そして魔女の関係者であること、更にリキの声もありどうにか協力をしていたにすぎない。敵よりは味方という立ち位置に置かれているだけだ。そんなルゥテシアたちに任されているのは魔武器所有者の確保。場合によっては武力も厭わない。それだけだ。
既にクロトたちから聞かされていない情報をルゥテシアたちは得ている。だからこそ、ルゥテシアはクロトたちに協力していた。
信頼を得るためには、それに見合ったものが必要だ。最もらしい事を言い、相手が言葉を詰まらせるならそこまで。ルゥテシアが優位に話を進められる。
「言えないなら言えないでいいよ。その魔武器持ってる2人の事は、リキくんが戻ってきたら相談して考えとくから。あたしだって一応アイルカーヌの重要人物だしー、あんまそういう場で目立ちたくないから」
話はまた後日に持ち越し。そうやって一度帰ってもらい、こちらは体勢を立て直す。
「だからさぁ、今日は一旦おひらきって事でいいんじゃない? あたし新曲の作成もあるし、わりと忙しいんだよね~」
出口もすぐ近くにある。少し進めば外に出られる位置だ。
話を打ち切らせ、この場を退けようとする。それができれば、あとはどうとでもなる。
しばしヘイオスは悩んだ様子だが、わずかに首を縦に振る。
「……そうか」
「うんうん。じゃあ――」
「一つ聞いておきたいルゥテシア。確かに私たちはお前たちに説明不足なところがあるだろうが、それはお前たちが完全に信用できていないからだ」
「……は? それ言っちゃう? まあ、あたしもヘイちゃんたちの事はお友達程度だけどさ。そっちから声かけてきておいて、100%信用してないのは心外なんだけどー? もしかしてヘイちゃん、あたしに喧嘩売ってるわけ?」
「ああ。リキはまだあの性格だからわかりやすい。だが、お前は違う。だからこそこの場で聞いておきたい。人に隠し事云々問うが、――お前、私たちに何を隠している?」
唐突な問い。先ほどまでの空気とはわけが違う。
先ほどまで優位に立っていたと思えたルゥテシア。しかし、信頼関係と隠し事に関して逆手に取られた途端、引きつった笑みが凍り付いてしまう。
どの辺で不審を抱かせたか定かではない。そういったものは出さなかったつもりだった。信頼を完全に勝ち取っていなくとも、それで知った様に見破られる事はルゥテシアにとって焦りを与えてしまう。
「は……っ、なーに言っちゃってんだかっ。さすがにひっどいよ!」
「確かにこれはそう言われても仕方ないかもな。そのために、直にお前に会いに来たのだからな」
少しだけ、違和感はあった。いつも通話でばかり連絡を取り合っていたのに、この日はなんの予告もなく訪問してきた。
「私の契約悪魔が何か知っているだろ。【冥界使者のバフォメット】。魂の管理者側の悪魔だ。……悪いが、バフォメットにお前の魂を覗かせた」
「なっ!? ハアッ!? どういう……っ」
「バフォメットはな、表に出ずとも魂が見えるのだよ。会話中のお前の言動、そして魂からお前がどういったものを抱いているのかは、バフォメットに筒抜けだ」
『……本当は生者の魂を覗き見ることはしたくないのですがねぇ。デリカシーに欠けると言いますか……。ですが命令なので、申し訳ないですが、見させていただきましたとも。……ヘイオス殿の言う通り、隠し事に揺らいでましたが』
ヘイオスの目を通して、バフォメットにはルゥテシアの魂が見えていた。
色。揺らぎ。それらで相手の真意を盗み見る事ができる。人の外装よりも内側を見通すのが魂を管理する側に立つバフォメットの本来持ち合わせている力だ。そうやって魂を判別し、冥府の送るのが彼の役割なのだから。このことから、当然ルゥテシアが隠し事をしているのは明確と判断された。
「ルゥテシア。この件に関してそちらは真実を述べる事ができるか?」
「……っ」
「こちらと同じようだな。……ルゥテシア、お前ならすぐにリキを呼び戻せるはずだ。今すぐ呼び戻せ。そちらが知りたい情報、教え切れていない分をまとめて教えてやる。これ以上、障害が増える様なら、こちらも本気でいかねばならない。魔女様のためにも……、この世のためにも」




