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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第三部 二章「底の闇」
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「【呪い】と声」

 二日目のミヤビの朝食。箸の扱いも前日で慣れたものだ。エリーも時折滑らせてはいたが、難なく食すことができていた。


「卵焼き、甘くて美味しかったですねぇ」


「少し甘すぎた気もするがな……。

 しかし、夜の生魚が出なかったのは助かった。こっちでは生魚も普通に出るんだな」


「そうですね。お魚さんって、生でも食べれるんですね。でも美味しかったですよ。

 ……わさび……というものは、鼻がツーンとしちゃいましたけど」


 思い出してエリーは鼻をおさえる。

 あまり大国では生魚を主体とした料理はない。一風変わったものでカルパッチョに生魚を使用するのは見たことがあるが、実際に生魚を食べたのは今回が初めてだ。驚くほど生臭くもない。……が、どうしても抵抗が未だに残っている。

 

「刺身は新鮮な魚を使うのですが……。

 ミヤビは海に囲まれた島国ですので、料理でよくつかわれますね。生の卵も美味しいですよ」


「……いや、さっきのでいい。火を通してくれ」


 魚だけでなく生卵もあるとは。食文化の違いにも少し頭を悩まされるというもの。

 そんな食べ物の話をしつつ向かうのは、最初に巫女と出会った本堂だ。早朝で少し肌寒く、うっすらと霧のある山の空気。まだ立ち入った事のない本堂の中にへと、リキに案内されつつ入室。






 屋内に入れば奥にへと進み、四角い個室にへと入る。

 少し独特な香りが鼻をくすぐる。ろうそくとは違う。わずかに視界を濁らせる煙が充満していた。匂いの正体はコレだ。


「ようこそ、御客様方。お待ちしておりました」


 巫女が奥で深く頭を下げる。彼女の両側には暗闇にろうそくが灯り、香が焚かれている。巫女は顔を上げると、前に敷かれていた座布団にへと誘う。席は一つ。この場合、そこに座るのはエリーとなる。

 緊張しつつ、エリーは前に出て巫女の前にへと座る。周囲の様子に不安としていれば、巫女が優しく微笑み緊張を和らげていく。


「安心してください。明るすぎる場所では潜んでいるものが隠れてしまう傾向がありますので。

 少し暗いですけど、大丈夫ですよ。まずは、エリーさん。貴方の事を教えていただきますね」

 

 落ち着いた声で語り掛ける。そして、巫女はエリーとの間に何枚も厚いめの紙を置いてゆく。法則があるのか、何かを形作る様に置かれていた。

 後ろで光景を見守るクロトは静かにリキに問いかける。


「なんだあれは?」


「巫女様の占いです。占いには過去、現在、そして未来を簡易的に覗き見る事ができます。

 今巫女様が占うのは、エリー殿の過去と現在です。生い立ちを知り、理解を深める事で相手の奥を見通すのです。

 そして、最後に未来を占うのです」


「占いねぇ……。あんまそういうのは信じた事ねーからな」


「巫女様の占いは大変よく当たりますよ。吉兆も凶兆も同じくらい」


 要は儀式の前の下準備だ。確かに、エリーと巫女は知り合って間もない。情報もなく他者の中を見通すというのは無作法というものなのだろう。

 静かに、一枚ずつ紙をめくる。めくるごとに、巫女は思いつめた様子で瞳を細めた。


「少し、変わったものが出ますね。エリーさん。貴方はとても高貴な方であり、今はその身分から離れておられるのですね」


「わ、わかりますか……?」


「はい。過去にとても悲惨なことがあったのですね。ですが、今はとても落ち着いておられます。

 まだお若いのに、普通の人とは違い生き方をされてこられたのですね。それは過酷であり、幾度も絶望が襲う。

 今こうしていられるのは、やはり良き人々の出会いがあってのこと。お互いが大切に想われているのですね」


 占いの様子は的を射ている。簡易で大雑把ではあるが、間違ってはいない。

 それでも、巫女は少々気になる事がある様子だ。


「ですが、……それだけではないのですよね」


「……と、言いますと?」


「いえ。少しお伺いしますが……エリーさんは他に変わった人格などはありますか?」


「人格?」


 エリーは首を傾ける。


「どういうことだ?」


「人には、時に別の人格を宿す方もおられます。多重人格というものですね。

 趣向、性格、言動。時にそれが急に入れ替わったようになる。まるで、別の人物と見て取れるようなものです」


「……」


 説明を聞けば、若干心当たりはあったりもする。エリーの中には魔女の魂がある。それが引っかかっているのか、あるいは魔女と化した時のことを示唆しているのか。

 更に紙が一枚めくられる。


「……戦火の様子。暗雲と生死の際。まるで戦場を見てきたかのような過去」


「…………戦場」


 エリーの瞼の裏で、燃える城内が浮かぶ。過去の光景。それは夢でのみ見た、自身が忘れてしまっていた悲惨な光景。生まれた地が燃えて崩壊してゆく、過去に起きた事象だ。

 それを示しているのなら、巫女の見える人格とは、過去にエリーが切り捨ててしまった本来の彼女の人格。今となっては過去のものでしかない。

 

「実は、人格がもう一つどころか、あと幾つもありまして……。エリーさんはもしかしたら、前世などの人格を受け継いでおられるやもしれませんね。そういう方もいらっしゃいますので、大丈夫ですよ」


「そ、そうですか。……よかったです」


「はい。エリーさんはとてもお優しくあり、それはとても心の広いものを感じさせられます。

 優しい事は良いことですが、大きすぎる優しさは自身を置き去りにしてしまいます。

 自分より他者を。できることなら星の数ほど、他者に救いを。

 それは……優しさに隠れた欲にも思えますので」


「……欲」


「どうかその優しさを自身にももっと向けてあげてください。貴方が傷ついて悲しむ人もおられますので」


 以前にも言われた事がある言葉だ。誰も彼も救おうとするのは、正しい様で、欲深いことだと。


「それでは、エリーさん。深呼吸をして心を落ち着かせてください」


「は、はい!」


 まだほどけない緊張の糸。言われるがままに深呼吸をし、それらをほどいてゆく。


「では、失礼しますね……」


 心を落ち着かせたことを確認すれば、巫女はエリーの胸にへと手を当てる。互いが静かに瞼を閉ざし、巫女が次に目を見開いた時、その瞳はこれまでの穏やかさとは異なるものにへと変貌する。

 まるで色とりどりのの宝石が如く。少しのろうそくの灯火の動きで変色を繰り返す七色。

 意識を集中させ、巫女の視界は肉眼で捉えられない人の奥底にへと入り込む。






 意識の降り立った場所。巫女は最初に周囲を見渡した。何処までも続く静寂の黒。その世界で自身の白さはより一層際立つ。

 人の奥というものは、華やかなものではない。地面を掘り進めるのと同じで、暗い穴を覗き込み、その中に入るようなもの。そのため、白を纏う事で自身を見失わないようにする。

 巫女が探すべきは、エリーの中にあるとされる【呪い】。その根源だ。

 歩く様に前へ意識を進ませ、巫女の目の前にはあの謎の壁が現れる。


「……なんでしょう? 意識の壁……とは違いますね。それに、ひび割れている?」


 人は、他者に真意を覗き込まれる事を拒む傾向がある。それは自身の領域であり、無意識と心に壁を作るのと同じ。それらは意識の壁として侵入者を阻むものだが、今目の前にあるのはそれとは異なるように感じた。

 まるで、彼女の中には自身とは違う何かが入り込んでいる。ならば、その壁は【呪い】の外壁にあたるやもしれない。


「珍しいですね。【呪い】というものは形を成さないモノが多いというのに。……それに、大きい」


 上を見上げても、その壁が何処まで続いているのかわからない。

 続いて、ひび割れたすきまを覗き込む。

 壁の中も外も変わらない深淵という暗闇。だが、上を見上げた時、壁の中には何かが輝いていた。


「何かしら? ……暗い中に……七つの……星?」


 よく確認する事ができない。今見える星が【呪い】なのか。確かめようと更に前に進もうとした時だ。

 

 ――また…………不純物……。


 心臓が、ゾワリと寒気を感じた。壁の向こう側から聞こえた声は、こちらを拒むようにある。

 精神の奥底には、表とは全く違う意識が潜み、意識の壁の様にこちらを拒む傾向がある。この声もエリーという人物の一部なら【呪い】の手掛かりにもなり得る。

 慎重に。傷つけないように。巫女は一歩引いて対話を試みる。


「貴方は……エリーさんの隠れた意識……なのですか?」


 ――……


「お伺いしたい事があります。私はエリーさんの【呪い】の調べに来ました。

 そして、できる事なら【呪い】を解呪できればと――」


 助けようと。救う様に手を差し出す言葉。

 

 ――……そう。奇遇だね。()()()の【呪い】をどうにかしてほしいところだったんだ。


「…………上の?」




 ――そうそう……。あ、少し訂正をしておこうか。正しくは――()()()()、だ。


 






 その時、無数の気配に巫女は目を疑う。

 思わず声をあげて後退る。

 静かであった空間が、途端に密集した人混みのようにも感じた。ひび割れた壁の奥。隙間からこちらを覗く目が幾つも巫女を捉えては瞬きを繰り返す。しかし、声は更に奥のまま。


 ――そうだね。あの魔女もボクたちの邪魔をするし……。ちょうどいい。キミを使わせてもらおう。


「……ッ!?」


 壁の奥から黒い霧のようなものがあふれ出す。それはしだいに巫女を絡め、強く中にへと引きずり込もうとした。


 ――可哀想だろ? 困ってるんだ。

 ――感情ある生き物たちはこう言えば哀れんで救ってくれるのだろ? 

 ――()()も救われたいんだよ。だから、助けてくれるよね? 

 ――ボクたちの【願い】はただ一つ。

 

 ――あの子の望む【願い】の成就のみなのだから。


 救いを求める声に、心が揺れ動く事はあるだろう。しかし、この時巫女にあったのは哀れみよりも、それらを塗りつぶすような恐怖だ。

 声の主に感情というモノが微塵も感じられない。声は言葉を選んで当てはめているだけにすぎず、それに同情もなにもできない。

 この声はエリーとは全くの別物。占いで感じた幾つものとも違う。

 どうにか引きずり込む手から逃れようとするも、抗う力は非力であり無抵抗にも近い。


 ――何もしなくてもいいよ。キミは()であれば、それでいい。


 後戻りできない。そう感じた時、必死と諦めきれない思いだけが残った。

 それに応えてか、巫女の身が途端に壁から引きはがされ、意識の外にへと放り出された。







「……様っ! …………巫女様!!」



「はあっ、……はあっ!」


 部屋の中で意識を取り戻した巫女が次に見たのは天井だった。酷く呼吸を乱し横たわっていたのだと遅れて気付く。

 その身を案じる様に、ルキが傍でずっと呼んでいた。


「巫女様! ご無事ですか!?」


「……っ、ル……キ……? ……私、どうして」


 どうにか身を起こし状況を確認する。

 巫女にルキが寄り添う様に、驚いた様子でいるエリーにクロトたちが傍にいた。

 状況が把握できておらず、訳が分からないのだろう。巫女も、どうして自分がこの場に戻ってこれたのか、未だに理解できずにいる。

 しかし、追いつかない頭のまま事態は様々に進行していく。


「よくも巫女様をっ!」


「落ち着いてくださいルキ。この場で暴れるのはよくないです……」


「罪人は黙ってろ!」


「あっ? こっちが悪いみてーに言うなよ。あとどっから入ってきた」


「余所者も黙ってろっ!」


「……喧嘩売ってんのか?」


「ダメですよクロトさん。それよりも、そちらは大丈夫なんですか?」


 意識をしっかりたもたねばならない。この状況を説明できるのは自分だけなのだから。

 巫女は落ち着きを取り戻して武器を構えるルキの手を引く。


「ダメよルキ。喧嘩をしたら、御客様方が不審を抱いてしまう。……落ち着いて、私は平気だから」


「……巫女様」


「心配してくれてありがとう。大丈夫。最後までするのが巫女の責務ですもの」


 エリーと向き合い、巫女は自身の観たものを語る。

 

「エリーさん。貴方の中にあるのは、本当に【呪い】だけですか?」


「えっ? ……違うん……ですか?」


「……となると、ご自身でもわからないもの、ということですか。……【呪い】らしきものは見えました。七つの星。これに覚えは?」


「えっと、たぶん【厄星】のことですよね。……私の【願い】を叶えてくれる、星です。良いことよりも、悪いことを」


「…………そうですか。なら、私が見たのは」


 深く考え込み、巫女はエリーよりも、クロトにへと顔を向けそこからは結果を報告する。


「単刀直入に言います。……申し訳ありません。私では【呪い】の解呪に関する事はなにも見つけられませんでした」


「……そうか。まあ、そう簡単とは思っていなかったからな」


「ですが、気になるものは見つけることができました。

 ……エリーさん。貴方の中にあるのは【呪い】だけではありません。

 私に語り掛ける者。私を引きずり込もうとした者。多くの何かが【呪い】と共にいます。

 詳細はわかりませんが、それらも【呪い】と繋がりがあるのは確か。

 そして、私に語り掛ける者は【呪い】と呼べる者ではなかった。あれは、……いったい」


 何処かエリーには思い当たる節があった。

 無数の苦しみを訴える声。

 そして、語り掛ける者の存在。【厄星】と共にそれはよく声として囁きかけてくる。

 

 ――じゃあ……貴方はいったい…………誰?


 今更ながら、そう心に問いかけてしまった。

 【願い】を叶えようとする囁き。ずっと呼んでいる存在。


 それを頭に思い浮かべた時、エリーの心臓が強く鼓動し、意識が揺らぎ始める。

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