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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第三部 二章「底の闇」
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「鬼の子守歌」

 あっという間に休息の一日が終わる。客間の布団の上で1人瞑想をしクロトは静闇の間での経験を取り入れていた。

 周囲の感覚を遮断し、自身という一個体の生に意識を集中させる。周囲から物事を得るのではなく、自分という個体のみを頼りにし、別の生を感じ取るというもの。自分の生を実感し、その範囲を広げる事で他の生を実感できる。そうすることで、より一層自分以外を察知することができるのだが。やはり静闇の間と普通の空間とでは雲泥の差だ。どうしても周囲の音などといった情報が入ってしまう。

 静かに息を吐き捨て、クロトは瞑想を中断する。


「五感に頼らない手法か……。確かに、慣れれば今まで以上に強くなれるだろうが…………。実戦としてはまだまだだな。相手は待ってくれるような奴らじゃない」


 有益とはいえ、まだ今日から始めたものにすぎない。今後はこれをどう成長させるか。日々の積み重ねが重要となってくる。

 それを考えれば、リキがどれだけあの場をよく使っていたかも納得がいった。

 順番としてあの後はリキが静闇の間へ入ったが、出てきたのは3時間後。それも、まだ余力すら感じられた。待ち続けるクロトたちのために早めに出てきたというのがなんとなくわかる。おかげで暇と退屈に難儀しそうになっていた。

 

『もうあそこ入るのやめようぜ~、クロト~~。俺吐きそうなんですけどーー』


「言うほどか? 確かに最初は動揺したが、慣れれば問題ない」


『そんでも姫君との距離感離れすぎっと俺不安で不安で……。あそこなんてもうひでーっての。先に寝る』


「おー……」


 精神への負荷。確かに内側を鍛えるといったものだ。下手をすれば存在すら消えてしまいそうな危うさにへと追い込まれ、あの場からは出てこれなかったやもしれない。

 疲れたかどうか。それを自分に問いかけてみれば、確かに疲れがあった。そのため、クロトも早めに就寝に入る事とする。

 昨晩はニーズヘッグに任せたため、敷布団で眠るのは初めて。隣ではエリーが心地よさそうに布団にくるまっていた。


「そんなにいいのか?」


「あったかいですよ~。お日様の匂いがしますぅ~」


「そういえば、リキが干してたって言ってたな……」


 ほぼ一緒に行動していたはずなのだが、少し間を開けてはこうして雑用をしていたのだろう。昼食の握り飯といった準備など、本当に抜け目がない。

 クロトも布団に入ると、エリーの言う通り日の匂いがし、意外なまでの快適さが押し寄せてくる。

 確かに悪くはない。……が。


「……」


 分厚い布団にくるまるエリー。その布団をクロトはバッと取り払い奪う。


「ぴっ!?」


 そして、訳も言わずエリーを抱き寄せて布団に2人して潜り込んだ。両目をパチパチとさせるエリーは遅れて状況を把握する。強引ではあるが、いつものことでもある。やはりクロトの眠りにはエリーという抱き枕が欠かせないのだろう。そのままクロトは就寝。後にエリーも温もりの中で眠りにつく。


   ◆


 客間の灯りが消え2人が就寝した頃合い。それを確認してから、警護として庭にいたリキがホッと胸を撫で下ろす。やはり異国というだけあって夜を問題なく過ごせれるか不安でもあったのだろう。大丈夫と判断し、静かにその場から移動。最後に本堂の敷地内で不穏なものがないかと回っていれば、縁側の通路で呼び止められる。


「……リキ?」


「……ッ!?」


 リキはすぐさま木陰に隠れる。それからはひょっこりと顔を出しては人物を確認。しかし、それはするまでもなかった。

 覚えのある清らかな声。その声に呼ばれたからこそ、リキは声の主から距離を取る様に隠れたのだ。


「……巫女様。なにか御用です……か?」


 未だに巫女にはなかなか近づけず、遠くから尋ねる事に。夜のため周囲も静かであり、じゅうぶん声は巫女に届いていた。


「見かけたから声をかけたのだけど」


「この時期の夜は冷えますよ……?」


「御勤めの前日は、こうして月夜を眺めるのが習慣なの。……ねぇ、こっちに来て話さない?」


 縁側に腰かけ、巫女は隣に誘う。リキは深く悩んでしまい、なかなかその誘いを受ける事ができずにいた。

 巫女は「んー」と考え込んだ。そして、思いついた様子で、今度は両手を差し出す様に前へ。



「こっちで()()とお話しましょうね~、リキ」



 と。優しく、再度呼ぶ。それはもう、頑固と、拗ねて近づかない幼子をあやす様にだ。

 巫女。真名は――アヤメ。リキたちにとって、彼女はミヤビの巫女であり、姉でもあった。

 

「み、巫女様……。自分はそこまで子供では……ありません」


「あら。でも私にとって、リキもルキも可愛い弟たちだわ。姉様は、そんな2人が大好きなだけよ。今だって頑なに来てくれなくて、姉様悲しいわ」


「……」


 渋々。リキは木陰から出てきた。そして、1人分ほどの感覚を空けて、隣にへと座り込む。

 ミヤビに戻ってきて、ちゃんと姿を現し、此処まで巫女との距離を縮めたのは初めてだっただろう。

 

「……それで、どうされましたか? 巫女様」


「……ん~。家でもやっぱり「姉上」って呼んでくれないのね。ルキもずーっとそうなのだけど、こういう時は2人ともかしこまらなくていいのよ?」


「ですが、その……。ずっと巫女様と呼んでいますし、あまり切り替えるのは難しく……。申し訳ありません」


「ふふ、そうね。昔っから、2人は厳しく育てられてきたものね。……覚えてる? よくお庭の敷地でリキとルキ、それにシマズさんと……。此処で鍛錬していたわよね。リキは物静かで、ルキはそんな貴方を追いかけて。励む2人を見ているのが、とても好きだった」

 

 今は静かな夜の庭。しかし、思い返せば昔の光景が目に映るようだ。リキも覚えている。幼子の時期より、巫女を守る鬼として育てられてきた日々。それは使命であり、何よりも譲れないものだった。

 師と呼べる者もいた。大人たちの間で育ち、あまり子供らしいことはせず、ほんの一握り程度。鍛錬をおろそかにし、もしも巫女であるアヤメになにかあれば……。それを考えるだけで怖くもあった。だからこそ、これは当然であると受け入れていた。

 そのため、リキはずっと自分が許せなかった。自身の行動一つで、巫女の神の目に傷を付けることになってしまった。あの頃を思い出すだけで、罪悪感が押し寄せてくる。

 だからこそ、巫女の前に姿を現すことすら、自分にとってはあってはならない。そう心に戒めをかけていた。

 自分への憎悪というものがこみあげてしまう。今すぐこの場から離れたくもあった。

 しかし、気を散らしていたルキの面がそっと取られてしまう。取ったのはアヤメだ。それを隣に置いて、次にリキを引き寄せる。自身の膝の上にリキの頭を乗せ、頭を撫でてやった。


「いいこ、いいこ。リキも、ルキも、いいこ」


「あ、あの……っ、巫女様っ。さすがに、これは気まずいと言いますか……その」


「ずっとリキに会えなかったから。たまには姉様らしいことをしないとね。それに、こういう時は鬼としてではなく、弟としていてほしいの。……貴方は悪くない。貴方は私のために頑張っただけ。それにね、目はもうちゃんと見えるし、神の目もある。少し衰えてしまったけど、大きな問題ではないの。……それよりも、私は貴方の目の方が心配だわ」


「……気付かれてましたか」


「私は姉様だもの。そして多分、ルキも気付いてる。……元々、リキは目を閉ざしての日常が当たり前だった。でも、昔に比べて更に人に顔を向ける様子もあって、最初は上達したんだと思ってた。だけど、違ったのね。本当に目が見えないからこそ、貴方はそれをより活かすしかなかった。……もう、姉様の姿も見れないのかしら?」


 光を失うというのは、そういうことだ。明確とした姿は見えず、音や気配などで暗い世界に色のない人の輪郭を思い浮かべる感覚。しかし、全てが無になるわけではない。


「そうですね。確かに見れませんが、巫女様の声はしっかり届いてますし、温もりもちゃんと感じられます。苦ではありません」


「……どうしてそうなったかは、話してくれないの?」


「…………申し訳ありません。そこまでは」


 話せば、きっとアヤメは自分を責める事となるだろう。彼女の傷ついた目を治すために、自身の光を捧げたのだから。

 リキはこの真実を話す事はなかった。しかし、もしかしたらアヤメはそれすらも気付いていたかもしれない。自分を責めたくもあっただろう。だが、リキが何故言わなかったのか、それを考えればこれ以上はなにもいらなかった。

 こうして家族が戻ってきた幸福のみを受け止め、巫女は子守唄を口ずさむ。静かな夜に合う、透き通った声。懐かしの故郷の歌にまどろみを感じ、リキはしばしその感覚に身を任せた。

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